民事事件

2018年7月22日 (日)

離婚事件 弁護士は、親子を引き離し、関係をこじれさせることで儲けているのか?

1.「親子を引き離し、関係をこじれさせることで儲ける“離婚ビジネス”の実態」なる記事が掲載されています。

https://hbol.jp/171049

https://hbol.jp/171049/2

http://news.livedoor.com/article/detail/15044811/?p=1

http://news.livedoor.com/article/detail/15044811/?p=2

  記事では、

「関係を壊した妻側が、婚姻費用を請求してくる。離婚しないならカネを払え……と。妻側の弁護士はまるで暴力団です」

「子どものためのお金なのに、弁護士がやっていることはピンハネ。月々10万円をとれるクライアントを10人見つければ、10万円が固定収入になる。顧問契約の2件分です。国が作った機関が、養育費から報酬を得られるようにするなんて、離婚を奨励しているようなものです」

 

「弁護士があえて「事件」を作り出し、売上を得る仕組みを「離婚ビジネス」と酷評するのは笹木孝一さん(仮名、50歳)」

などと弁護士のことを随分と悪く言っています。

 ただ、記事が指摘する「実態」なるものは、私の弁護士としての認識とは大分異なります。今回は離婚事件について記事とは異なる認識があることをお伝えさせて頂きます。

2.記事では、「妻が浮気して出て行った場合の妻側弁護士の対応」を引き合いに出し、「関係を壊した妻側が、婚姻費用を請求してくる。離婚しないならカネを払え……と。妻側の弁護士はまるで暴力団です」などと弁護士の活動を批判しています。

 しかし、専ら分担請求権者である妻側に有責性がある場合、婚姻費用の分担請求は制限されたり否定されたりしています。例えば、東京高決昭58.12.16家月37-3-69は、夫婦の一方が他方の意思に反して別居生活を強行している場合について、子どもの養育費は別として、自身の生活費の請求は認められないとしました。また、市販されている書籍でも、「不貞関係にあるとみられてもやむを得ない」申立人妻からの婚姻費用分担請求について、子どもの養育費相当額を超える請求を認めなかった例は、普通に掲載されています(森公任ほか編著『簡易算定表だけでは解決できない 養育費・婚姻費用算定事例集』〔新日本法規出版,初版,平27〕の243頁以下等)。

「妻が浮気して出て行った」というのが単なる思い込みではなく、証拠に基づいて事実として認定できる場合、代理人弁護士がきちんとした仕事をする限り、裁判所で妻側の弁護士の言いなりになるような結論が出る事態になることは、それほど多くはないのではと思います。

3.また、「子どものためのお金なのに、弁護士がやっていることはピンハネ。…国が作った機関が、養育費から報酬を得られるようにするなんて、離婚を奨励しているようなものです」というのも、誤解を招く言い方だと思います。

  法テラス(国が作った機関)が関与する事件について言えば、婚姻費用や養育費が適切に支払われている限り、幾ら弁護士が事件にしようとしたところで事件にはなりません。それは、事件にできるかどうか(契約を結んで良いかどうか)を受任する弁護士が判断するのではなく、法テラスの民事法律扶助審査会という第三者機関が判断することになっているからです。

  家庭裁判所が算定表を公開しているため、婚姻費用や養育費の額が幾らになるのかは、一般の方でも比較的簡単に目星をつけることができます。

http://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/tetuzuki/youikuhi_santei_hyou/

  これに基づいて、子どものために適当な婚姻費用・養育費が支払われている場合、それでも債務名義を取得しておくだけの理由があるだとか、特に算定表で考慮されていない費用の負担を求める必要があるだとか、何か特殊な事情がなければ、民事法律扶助審査会は契約の締結を認めないと思います。公費を投入したり、資力に乏しい依頼者に経済的な負担をさせたりするだけの必要性・相当性が認められないからです。

  そのため、婚姻費用分担・養育費請求事件として弁護士が法テラスに持ち込んでいるものは、「子どものためのお金」の負担を相手方配偶者が合理的理由もなく拒否している場合が多くを占めているのではないかと思います。

  婚姻費用や養育費を踏み倒したい側からすると弁護士に介入されるのが嫌なのは理解できないわけではありません。しかし、一般的な弁護士は、放っておくと法の趣旨に則った婚姻費用・養育費が支払われないからやむなく法的措置をとっているのが実情です。婚姻費用や養育費の踏み倒しを阻止された側が、請求権者側の弁護士が報酬を受領することを「ピンハネ」と揶揄するのは筋が違うのではないかと思います。

4.「弁護士があえて『事件』を作り出し、売り上げを得る仕組み」なるものも、私の実感では存在しません。

  依頼者が弁護士のところに相談に来るのは、殆どが事件や紛争になった後です。自分で話をしようとしても、どうにもならないということで相談に来ます。夫婦生活が円満に行っているところに「離婚しませんか。」などといって事件を作ろうとすれば、依頼を獲得するどころか激怒されるのが関の山だと思います。

  ちなみに、笹木孝一さん(仮名、50歳)はエフピックの利用を強いられることが不満であるようですが、裁判所がこれを条件とするのは、妻がリビングに置いていたとする録音機に、何かよっぽどのことが記録されていたからである可能性が高いと思います。

  裁判官の執筆に係る「実務上、子と非監護親との関係は良好な場合でも、監護親と非監護親との感情的対立がなかなか解消せず、実施に際しての協議等が円滑に進まないケースが散見されるが、このような場合でも、やむを得ない事情がない限り、出来る限り当事者間での努力が求められよう」(横田昌紀ほか『面会交流審判例の実証的研究』判例タイムズ1292-5)との論稿にも記述されているとおり、裁判所は面会交流に第三者を関与させることにあまり積極的ではありません。上記の論稿でエフピックの職員等の立会いのもとでの面会交流の実施を命ずる審判例として紹介されている事例も「同居中に非監護親の監護親に対する暴力が振るわれた」というケースです。

  裁判所の決定の理由をきちんと検証せず、笹木孝一さん(仮名、50歳)の言い分を鵜呑みにするのは、やや早計かなという印象を受けます。

5.一般の方の中には、専門家であれば誰に聞いても大体似たような答えが返ってくるはずだとお考えの方がいると思います。

しかし、私の肌感では、所掲の記事に書かれているような実態認識は当業界ではかなり特異なもので、多くの弁護士が共有している実態認識とは懸け離れているように思います。

  どの業界にもあてはまることだとは思いますが、独特の考え方や事実認識を持った人は一定数いるので、違和感を持ったらセカンド・オピニオンを聞きに行くことが必要です。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年7月18日 (水)

離婚事件 相手方が死ぬまで待つのは得策か?

1.「夫に離婚を切り出された59歳主婦、離婚せずに夫の死を待つ『打算』」なる記事が掲載されていました。

https://otonanswer.jp/post/18795/

https://otonanswer.jp/post/18804/

 記事は脳梗塞で倒れたことがある会社社長の夫から妻が離婚を求められたという事案を例に挙げ、

① 現時点で離婚を成立させた場合と、

② 夫が協議離婚中「3年後に逝去」して相続が発生する場合

を比較して、「のらりくらりとかわしておく」「あえて何もしない」という選択を示唆し、

「35年も連れ添った相手に「死んでほしい」と願うのは罪悪感が伴いますが、夫のわがままをかなえるために不利な条件をのむ義理はないので、啓子さんが自分の選択を恥じることはないのです。」

 と結んでいます。

このような試算をして離婚に応じるのか否かを決めるのも、一つの考え方だと思います。

ただ、このような試算に基づいての意思決定が専門家から見ての唯一の正解というわけでないことは、ご紹介させて頂いた方が良いと思い、本稿を執筆することにしました。

2.結論から申し上げると、私が同じような相談を受けたとすれば、現在時点である程度まとまった金額を得て離婚することの意義について、この行政書士の方よりも、もう少し詳しく説明するだろうなという気がします。

  それは相手方が当方の思惑を妨害してくることを想定するからです。

  弁護士と行政書士との差は、大雑把に言って、紛争に日常的に接しているのかという点にあると思います。

弁護士は常日頃から相手方のある紛争に関与しています。対立当事者である相手方は、当然、こちらに都合よく動いてくれるわけではありません。むしろ、当方の利益を抑え込み、相手方の利益を最大化するために積極的に活動します。そのため、紛争性のある事案では、将来予測を立てるにしても、相手方が邪魔をせず、ぼうっと見ていていることを前提とした予測ではあまり役に立ちません。

3.記事では遺言が作成されないことを前提に試算がされています。しかし、相手方が余程間抜けでない限り、この種紛争で遺言が作成されないことは先ずないと思います。離婚したい理由が妻に財産を渡したくないことにあるのだとすれば、遺留分減殺請求を想定したうえで全財産を他の相続人に相続させる内容の遺言を残したり、遺留分ギリギリしか妻に相続させない遺言を作ったりすることが容易に想定されます。そういう意味で、遺言が作成されないことを基礎に予測を立てるのは、あまり現実的ではありません。

  相手方の手落ちを前提にした将来予測は、勝敗の行方を神風に期待するようなもので、あまりお勧めはできません。死亡時に得られる財産は、法定相続分の半分(遺留分相当分)程度と見ておくのが、弁護士の一般的な発想だと思います。

4.また、将来予測を立てるうえでは、割合的に削ってくるであろうことと共に、散財・費消といった可能性も考慮しなければなりません。

  あまり露骨なことをしないという前提のもとでも、相続の発生までに財産が減少してしまっていることはそれほど珍しくありません。

  収入は会社の代表取締役社長を退き、息子等に経営を委ねてしまえば、激減します。収入が減れば婚姻費用も減ります。脳梗塞による健康上の不安を抱えての措置であり、現実に就労実体もなくなっているということであれば、これを婚姻費用の支払いを免れるための偽装工作と言い切れるかは難しい問題です。

  また、老後資金の目安は、3000万円といわれることもあります。

https://www.tr.mufg.jp/dekirukoto/commentary/05.html

  記事では夫が3年後に逝去することが前提になっています。しかし、脳梗塞といっても3年内に再発しない可能性の方が再発する可能性よりも大分高いわけです。

https://noureha.com/for_family/attention/relapse/

  しかも、死亡したくない相手方夫は、当然、予防のために手を尽くすでしょうから、逝去してくれる可能性は統計上の数値よりも低くなると推測されます。

  また、相手方による当方の思惑の阻止とは少し異なりますが、会社の経営も何時も上手くゆくとは限りません。会社が倒産して夫が個人保証をしていれば、幾ら財産を持っていても債権者に持っていかれてしまいます。

  回収できる時に回収するということは、債権回収を考えるうえでの重要な考慮要素になります。将来の皮算用よりも、目の前の現金の回収を優先することは債権回収の場面ではそれほど珍しくありません。

5.離婚に応じるのか否かを考えるにあたり、応じた場合に得られる利益と、応じなかった場合に得られる利益とを対照するという発想自体は、それほど特別なことではありません。

  しかし、将来予測を立てるには、相手方の要望を拒絶した場合に、相手方が当方の思惑を阻止するために、二の矢、三の矢としてどういう行動をしてくるかまで考えなければなりません。

  そのためには、紛争解決についての実務経験、遺言や遺留分など離婚と直接的には関わらない領域にまで及ぶ幅広い法律知識が必要になります。

  裁判離婚できないことを梃子に大幅な譲歩を引き出してすぐ離婚した方が良いのか、それとも、離婚せず相手方が死去するまで待った方が良いのか、といった判断は、ある程度の紛争解決の実務経験を積まなければ分かりにくいのではないかと思われます。意思決定に試算を用いるにあたっては、その試算が相手方の行動や、自分でコントロールできないリスクを適切に考慮したうえで作られたものなのかを見極めてからにする必要があります。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年7月 7日 (土)

使用者側のハラスメントと精神疾患による休職・自然退職

1.会社勤めをしていると、病気になったり、怪我をしたりして、働けなくなることがあります。

  病気や怪我が業務上の事由によるものであれば、労働者災害補償保険法に基づいて療養給付や休業給付を受けることができます。また、業務上の病気や怪我で療養のために休業している期間(及びその後30日間)に労働者を解雇することは原則として禁止されています(労働基準法19条1項)。

  他方、私傷病の場合にはこうした制約はありません。私傷病で働けなくなった場合の従業員の立場は就業規則に規定されているのが通例です。厚生労働省のモデル就業規則では、業務外の傷病で療養を継続する必要がある場合に休職とすることとし、休職期間が満了しても傷病が治癒せず就業が困難な場合には、休職期間の満了とともに退職する扱いになると定められています

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000118951.pdf)。

2.業務上の病気や怪我か、私傷病かが問題になる場合として、使用者側のパワハラが関係している場合があります。

  パワハラによって精神疾患を発症した場合、それは業務上の疾病になる可能性があります。

ただ、パワハラは、集積すれば大きな負荷となるものでも、一つ一つを取り出してみると、それほどのことでもないという場合が珍しくありません。また、指導や叱責との区別がつきにくいものもあります。その他、会社を訴える前提で一つ一つの出来事を記録している労働者は稀であること、報復の危険から同僚など協力してくれる関係者を見つけるのが困難であることから、一般論として言うと、パワハラによって精神疾患を発症したことを立証するのは、必ずしも簡単ではありません。

  そのため、法律相談をしていると、直観的な印象としてパワハラによって精神疾患を発症したと思われるのに、私傷病休職の扱いとされている場面を目にすることがあります。

3.休職期間の満了による一般退職扱いの有効性が争われた事案として近時公刊物に掲載された岐阜地判平30.1.26労経速2344-3も、この系譜に属する事件です。

  この事案では、

 ① 育休に復帰した直後から従前と同様の勤務条件での勤務を希望する原告に対し、給与体系を時給制にしたり精勤手当を支給しないとしたりするなどの勤務条件の変更を度重ねて申し入れていたこと、

 ② 歯科技工士として採用された原告に対し、勤務条件の変更の提案を受け入れなかったことや労働局に相談したことに対する制裁的な意味合いで、使用者側がクリニックの歯科技工士らに技工指示書を渡さないように指示していたこと、

 ③ 他の従業員らを立ち会わせたうえで、いわれのない懲戒処分を行ったこと、

 ④ 朝礼で例え話を用いたり、「身近な人の『こうげき』がなくなる本」なる書籍を使ったりしながら、他の従業員らの面前で原告を揶揄し続けたこと、

 を指摘したうえ、

 「被告らの行為によって精神的負荷を受けており、かつ、原告がもともと精神疾患を発症していなかった上、本件精神疾患を発症させるようなその余の事情が認められないことからすれば、これらの精神的負荷の積み重ねによって、原告が本件精神疾患を発症したものと優に推認できる。」

 とし、原告に生じていた不安抑うつ状態・抑うつ神経症に業務起因性を認め、労働基準法19条1項の類推適用により、退職扱いを無効としました。

  また、賃金に関しても、

「使用者たる被告Dの責めに帰すべき事由によって、労働者たる原告が債務の履行として労務を提供することができなくなった以上、原告は賃金請求権を失わない」

 と判示しています。

4.一昔前、社会保険労務士がブログに「社員をうつ病にする方法」なる記事を投稿して物議を醸しました

https://www.sankei.com/life/news/151225/lif1512250012-n1.html)。

  この社会保険労務士は「『世間をお騒がせしたのは申し訳ないと思っています。一部、筆が滑って過剰な表現はありましたがブログに書いた趣旨は間違っていないと思います』などと話しているという」とのことです

https://www.huffingtonpost.jp/2015/12/30/certified-social-insurance-labor-consultant_n_8892716.html)。

 しかし、弁護士の視点から申し上げると、上記のようなアドバイスは会社を間違った方向に導くものだというほかありません。

  社員を鬱病にしたところで、業務起因性が認められてしまえば、基本的には解雇(当該社労士のやや品位に問題のある言葉を借りれば「会社から追放」「首切り」)することはできません。特定の社員を追放するために合目的的・組織的にパワハラをしていれば相当数の痕跡(証拠)が残るだろうとも思います。

  無茶なやり方で退職扱いを強行しようとしても法的紛争に発展するリスクを抱えるだけですし、当該社員が自殺でもしたら恨み骨髄に徹した遺族から莫大な損害賠償を請求されたりマスコミ報道で晒し上げられたりされかねません。

  また、パワハラは被害に遭っていない社員にとっても見ていて楽しいものではありません。仕事への意欲を低下させたり、明日は我が身かという危機感から大量離職を生じさせたります。

  法は常識に沿うように作り込まれているため、素人目にみても「おかしい」と思われるアドバイスは、専門家からみても間違っていることが多いです。過激なアドバイスを受けた場合、それが専門家を標榜する方からのものであったとしても、弁護士等にセカンド・オピニオンを求めてみることをお勧めします。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年7月 2日 (月)

違法解雇で慰謝料を請求できる場合-妊娠等を理由とする解雇

1.法律上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は無効とされています(労働契約法16条)

  このルールをもとに、違法な解雇をされた労働者は、使用者に対して労働契約上の地位の確認を求めることができます。

  労働契約法上の地位の確認が認められれば、解雇されたことによって働けなかった期間に相当する賃金の支払いを求めることができます。

  違法な解雇は、収入の途を奪ってしまうというだけではなく、働いている人に対して大きなショックを与えます。しかし、裁判例の傾向として、こうした精神的苦痛に対して慰謝料まで請求できる事例は決して多くはありませんでした。一般論として、賃金が支払われることで経済的な損失が補填されれば、解雇に伴う精神的苦痛は緩和されると理解されているからです。

  こうした一般論が裁判例として集積される中、近時、注目される裁判例が公刊物に掲載されていました。東京地判平29.7.3労判1178-70です。

2.この裁判例では、妊娠・出産と近接して行われた解雇の有効性が問題になりました。

  解雇の有効性を判断するにあたり、裁判所は、

「事業主において、外形上、妊娠等以外の解雇事由を主張しているが、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことを認識しており、あるいは、これを当然に認識すべき場合において、妊娠等と近接して解雇が行われたときは、均等法9条3項及び育休法10条と実質的に同一の規範に違反したものとみることができるから、このような解雇は、これらの各規定に反しており、少なくともその趣旨に反した違法なものと解するのが相当である。」

「本件においては、原告が第2回休業後の復職について協議を申し入れたところ、本来であれば…被告において…原則として、元の部署・職務に復帰させる責務を負っており、原告もそうした対応を合理的に期待すべき状況にありながら、原告は特段の予告もないまま、およそ受け入れ難いような部署・職務を提示しつつ退職勧奨を受けており、被告は、原告がこれに応じないことを受け、紛争調整委員会の勧告にも応じないまま、均等法及び育休法の規定にも反する解雇を敢行したという経過をたどっている。こうした経過に鑑みると、原告がその過程で大きな精神的苦痛を被ったことが見て取れ、賃金支払等によって精神的苦痛がおおむね慰謝されたものとみるのは相当でない。」

 と判示し、解雇を無効と判断したうえで、事業主に対し、賃金の支払いに加え、慰謝料50万円の支払いを命じました。

3.労働者が妊娠・出産したことや、育児休業をしたことを理由に解雇することは法律で禁止されています(男女雇用機会均等法9条3項、育児休業法10条)。

  明文で禁止されているため、真実は妊娠・出産、育休取得を理由に解雇する場合でも、事業主が「妊娠・出産、育休取得を理由に解雇しました。」と言うことは先ずありません。勤務態度不良、成績不良、適格性欠如など、他にもっともらしい理由を掲げるのが普通です。

  そのため、解雇の有効性をめぐる紛争では、専ら、事業主が挙げている「もっともらしい理由」に解雇を正当化するだけの客観的合理性・社会的相当性が認められるかが争点となるのが通例で、均等法9条3項や育休法10条への違反に解雇無効を導くほか、どのような法的効果が付与されるのか(慰謝料請求の根拠となるのか)が今一判然としていませんでした。

  この裁判例は、

① 妊娠・出産、育児休業の取得と近接した時点の解雇について、客観的合理性・社会的相当性を欠く場合には、仮に他にもっともらしい理由を掲げていたとしても、均等法9条3項違反、育休法10条違反の問題が生じ得ること、

② 単に労働契約法16条違反であるに留まらず、それと同時に均等法違反、育休法違反にも該当する場合、解雇期間中の賃金だけではなく慰謝料まで請求する余地を認めたこと、

に意義があるように思います。

  どこまでが妊娠・出産、育児休業の取得と「近接」しているのかは積み残しの課題です。ただ、この裁判例では、育休明けから解雇の意思表示がされるまで、約8か月の時間的間隔があります。8か月程度の間隔では、未だ「近接」しているとの評価は失われないのだと思われます。

4.労働事件を含め、普通の規模の民事事件の着手金は、50万円もあれば概ねカバーすることが可能です。

  妊娠・出産、育休取得から近接した時期に解雇され、そのことに納得できていない方がおられましたら、ぜひ、一度相談にいらしてください。

  権利保護のお役に立つことができれば、大変嬉しく思います。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2018年6月17日 (日)

転勤(配転命令・出向)と家庭生活

1.2019年卒業学生向け就職情報サイトを運営する民間企業が就職活動に関するWEBアンケートをとったところ、志望する条件として「休日・休暇がしっかり取れる」「転勤のない企業」などの比率が高まっているとのことです

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000268.000013485.html)。

2.転勤が家庭生活に与える影響は、近時、メディアに良く取り上げられるようになっています。

  共働き妻が会社を辞めざるを得ない深刻事情

http://news.livedoor.com/article/detail/14811437/

「親の介護で転勤できない」男性社員の申し出増加

https://style.nikkei.com/article/DGXKZO24427650Y7A201C1NZBP00/

  終身雇用の前提が崩れつつある中、勤務先の辞令一つで家庭生活を犠牲にすることへの疑問の高まりが、学生の希望にも反映してきているのではないかと思われます。

3.転勤をめぐる問題が社会的に耳目を集めるようになってきたためか、近時公刊された判例集に、配転命令の効力が問題になった事案が複数掲載されていました。

  大阪地判平30.3.7労判1177-5は、妻の病気を理由に異動を拒否した職員に対する解雇を無効と判断しました。

  この裁判例は、傍論での判断ではありますが、

 ① 「原告の妻の病状は、相当に深刻なものであったと言わざるを得ず、既に日常生活においても多大な支障が具体的に生じていたと認められる」こと、

 ② 「原告の妻は、本件人事異動を聞いて現にパニック状態となり、自殺未遂を起こすまでの状況に立ち至っており、原告が本件人事異動命令に従えば環境変化により重大な事態を引き起こす可能性も十分に想定し得たこと」

 ③ 「原告の妻の主治医も『治療環境としては居住地ならびに夫の職務や勤務地は現在の状況を維持するのが必須であると判断する。』旨の診断書を作成していること」

 ④ 「原告が本件人事異動を拒否する動機は、妻の病状以外には見当たらず、…不当な動機で本件人事異動を拒否しているとは認められないこと」

 ⑤ 「本件人事異動は…ジョブローテーションの一環として定期的に行われるものであって、原告を…異動させることそのものに高度な必要性があったとまでは言い難いこと」

 などを総合的に勘案すると、人事異動は出向に関する権限を濫用したものと認めるのが相当だと判示しています。

4.また、京都地判平30.2.28労判1177-29は、職種変更及び勤務地異動を伴う配転命令について、

 「使用者である被告としては、労働者である原告Dらに対する本件配転命令にあたり、原告Dらの個々の具体的な状況に十分に配慮し、事前にその希望するところを聴取等したうえで…本件配転目例の業務上の必要性や目的を丁寧に説明し、その理解を得るように努めるべきであった」

 「原告Dらに対する本件配転命令は、原告Dらの個々の具体的な状況への配慮やその理解を得るための丁寧な説明もなくなされたものであり、…その業務上の必要性の大きさを考慮しても、これを受ける原告Dらに予期せぬ大きな負担を負わせるものであることやこれに応じて執るべき手続を欠いていたことという点において、その相当性を著しく欠くものといわざるを得ない。」

 として原告Dらに対する配転命令を違法だと判示しました。

  原告D(女性)は独身ではありましたが、脳梗塞の後遺症によって目が不自由な父ら家族の介護に関わる事情を持っていました。

5.配偶者の病気が深刻なものであり、かつ、そのことが医師による医学的判断に裏付けられている場合、ジョブローテーション程度の必要性しかない配転や出向の命令は拒むことができる可能性があります。

  また、業務上の必要性があったとしても、個々の労働者の置かれた具体的な状況への配慮や説明が不十分なまま行われたなど、適切な過程・手続がとられていない配転命令に対しても、その効力を問題にできる可能性があります。

6.育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律26条は、「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。」と定めています。あまりに家庭生活に犠牲を強いる転勤には、法も消極的な考えを示しています。

  人生設計や家庭生活を考える上で許容できない転勤を命じられた方は、一度法律相談を受けてみても良いかも知れません。

  もちろん、当事務所でも、ご相談はお受付しています。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2018年6月 3日 (日)

教師の残業代(私立学校の部活動顧問の労働時間性)

1.公立学校の小中高の教育職員には時間外勤務手当が支給されません(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法3条2項)。

  そのため、給与に反映されないにも関わらず部活動顧問に多くの時間を割かざるを得ない学校の先生の過酷な労働環境が話題を集めるようになっています。

2.現行の法律上、教育職員に対しては、時間外勤務手当の代わりに、給与月額の4%に相当する教職調整額が支給されています(同法3条1項)。

  また、部活動に対しては、条例によって手当を支給されることも可能とされています。例えば、東京都では学校職員の特殊勤務手当に関する条例で「学校の管理下において行われる部活動の指導業務に従事した場合で、当該業務が心身に著しい負担を与える程度のもの」には教員特殊業務手当という名目で手当を支給することとされています(同条例15条1項参照)。

  しかし、教育職員の方が部活動顧問に費やす時間を考えると、不十分なのが実情ではないかと思われます。

3.部活動顧問の活動に十分な手当がされていなかった背景には、その法的な位置付けが曖昧なことが挙げられるのではないかと思います。

  中学校学習指導要領は部活動について、「生徒の自主的,自発的な参加により行われる部活動については,スポーツや文化及び科学等に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養等に資するものであり,学校教育の一環として,教育課程との関連が図られるよう留意すること」と言及しています。

高等学校学習指導要領も部活動については、「生徒の自主的,自発的な参加により行われる部活動については,スポーツや文化及び科学等 に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養等に資するものであり,学校教育の一環として,教育課程との関連が図られるよう留意すること」と中学校学習指導要領と同じような言及をしています。

  学習指導要領上、部活動は「生徒の自主的、自発的な参加により行われる」ものにすぎないのか、「学校教育の一環として」行われるものなのかが明確に読み取れません。

  学校教育活動の一環であるならば部活動顧問は教育職員の業務といえるのでしょうが、単なる生徒の自主的な活動を支えているにすぎないものであれば業務と認めない考えも出てくる余地があるように思われます。

  上述の東京都の学校職員の特殊勤務手当に関する条例も、部活動の指導業務に従事したとしても、心身に著しい負荷を与えるようなものでなければ、手当の対象外であるかのように読めます。

  冒頭の公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法3条2項との関係で、公立学校の教育職員の方から時間外勤務手当の請求に係る訴訟が起こされないこともあり、裁判所が部活動顧問に従事した時間の労働時間性についてどのように考えているのかもあまり良く分かりません。

4.そうした状況の中、近時興味深い裁判例が公刊物に掲載されました。

  さいたま地判平29.4.6 東京高判平29.10.18労判1176-18です。

  この事例では私立学校におけるバレーボール部の顧問としての活動の労働時間性が争点の一つになりました。

  被告学校法人は、

「部活動の朝練は、何ら強制されるものでなく、原告は何時に来るかを自ら自由に決定できたことに照らすと、それが労働時間にあたるとは認めがたい。」

などと顧問としての活動の労働時間性を争いました。

  しかし、さいたま地裁は、

 「バレーボール部の活動として、本件学校に朝練習の届け出をしている日や、…原告作成の本件日記中に、バレーボールの朝練習をした日については…原告の早出残業を認める。」

 「週番日誌にバレーボール部の活動が記録されている場合には、当該部員の下校時刻を原則として終業時刻とする」

 と部活動の労働時間性を認めました。

  この判断は控訴審である東京高裁でも維持され、確定しています。

  地裁・高裁の判例は公刊物では教諭に対する経歴詐称、勤務態度不良等を理由とする解雇の有効性等に関する事案として紹介されています。しかし、部活動顧問としての活動に労働時間性を認めた事案としても注目されて良いように思われます。

5.公立の学校の場合、法制度上の問題として、いくら部活動の顧問業務に多くの時間が割かれたとしても、時間外勤務手当を請求することは現状ではかなり困難です。

  しかし、私立学校の場合に関して言えば、部活動の顧問業務に従事した時間を労働時間として計算したうえで、時間外勤務手当を請求する余地があるように思われます。

  部活動の顧問業務に忙殺されているのに時間外勤務手当が支払われないとお悩みの私立学校の教育職員の方がおられましたら、ぜひ一度相談にいらして下さい。私立学校の場合、公立学校とは異なり立法の壁があるわけではないため、何等かの形で救済を図れる可能性があります。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年5月24日 (木)

インターネット上のなりすまし行為を行う代償はとても大きい

 最近、インターネット上でのなりすまし行為についての相談を多く受け付けております。

  インターネット上でのなりすまし行為とは、本人の実名や本人がインターネット上で使っているハンドルネームをつかったり、本人の写っている画像を使ったりしてあたかも本人がそのアカウントを使っているような形でインターネットの掲示板やSNSで投稿を行うことを指します。

 インターネット上でのなりすまし行為が続いて本人であれば絶対に投稿しないような内容が投稿されネット上に拡散された結果、本人の名誉が毀損され続けるということも珍しくありません。またインターネット上のなりすまし行為による被害は有名人ばかりではなく、一般の方でも多いのが実情です。本人の知り合いが嫌がらせでインターネット上のなりすまし行為を行うということも少なくありません。

 インターネット上のなりすまし行為は、どうせ自分がやっていることがばれることはないだろうという安易な気持ちで行っている人が多いようです。確かになりすまして投稿する際には、どこかに自分の実名や住所を入力するわけではありませんので、自分がやっていることが特定されるわけはないだろうと考えるのでしょう。

 しかしながら実際には裁判上の手続を使いインターネット上でのなりすまし行為をした者を特定することは可能です。特定するためにはまず投稿がなされたサイトやSNSを運営する会社に対して仮処分を申立て、投稿者の発信者情報(ログイン時のIPアドレス)の開示を求めます。開示された投稿者の発信者情報からは投稿者が利用しているプロバイダが特定できます。そのプロバイダの運営会社に対して発信者情報開示請求訴訟を提起して判決を得れば投稿者の情報(氏名、住所、メールアドレスなど)が判明し、投稿者の特定に至ります。

 インターネット上でのなりすまし行為により本人の名誉が毀損されている場合には、加害者に対しては損害賠償請求を行うことが可能です。それでは具体的にどの程度の損害賠償が得られるのでしょうか。損害賠償の金額は事案の内容によりますが、近時判例タイムズで紹介された裁判例(大阪地裁平成29年8月30日判決 判例タイムズ1445号202頁)の事案が参考になるかと思いますのでご紹介いたします。

 この事案では、加害者はSNSで被害者のなりすましアカウント(被害者がSNSで使っていたアカウント名と同じ名前を使い、かつ被害者の顔写真を使用したもの)をSNSで作りました。このなりすましアカウントは約一か月程度SNS上にそのままの状態で存在していました。そして加害者はこのなりすましアカウントを使って、他者に対し「ザコなんですか」「お前の性格の醜さは、みなが知った事だろう」などといった誹謗中傷を繰り返したり、被害者の顔について醜い顔である旨の侮辱行為を行っていました。そこで被害者は加害者を特定した上で、損害賠償請求訴訟を裁判所に提起したのです。

 裁判所はこの加害者のなりすまし行為によって、被害者の名誉権及び肖像権が侵害されたとして、加害者に対し慰謝料60万円の支払を命じました。

 しかし裁判所が認めた損害はこの慰謝料だけではありません。被害者は加害者を特定するために、SNSの運営会社に対する仮処分およびプロバイダに対する発信者情報開示訴訟を行いましたが、その為に58万6000円の弁護士費用を負担しました。この弁護士費用についても損害として加害者に対して支払を命じているのです。

 さらに裁判所はこの損害賠償請求訴訟自体の弁護士費用(12万円)も損害として加害者に対して支払を命じておりますので、合計130万6000円の損害賠償責任を加害者は負うこととなったのです。
 
 安直な気持ちで行ったなりすまし行為であっても、その結果上記のように大きな代償を払うことになることは良く知っておくべきだと思います。
 
 また一方で、なりすまし行為がどこの誰によって行われたか分からないと言って泣き寝入りする人も多いですが、法的手続をしっかりとっていけば上記のような形で判決を得た上で被害回復へ繋げることもできますので、被害にあったら弁護士に相談されることをお勧めいたします。 
                                                           (弁護士 大窪 和久)

2018年5月22日 (火)

取引先・顧客からのセクハラ

1.財務省の前財務次官の一件以降、連日のようにセクハラに関する報道がされています。

  その中で気になるデータがありました。

  メディア業界内でのセクハラ被害についてアンケートをとったところ、セクハラの相手で最も多かったのは、取材先・取引先だったとのことでした。アンケート回答者107人のうちセクハラの相手として取材先・取引先を挙げた方が74人もいたとのことなので、かなり深刻な状況だと思います

https://mainichi.jp/articles/20180518/k00/00m/040/076000c)。

2.セクハラへの対策を規定しているのは、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」といいます)です。

  均等法11条1項は「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と事業主にセクハラを防止するための措置を講じることを義務付けています。

  この雇用管理上必要な措置に関して、厚生労働省は指針を作成しています(平成18年厚生労働省告示第615号

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000133451.pdf)。

  指針では「取引先の事務所、取引先と打ち合わせをするための飲食店、顧客の自宅等であっても、当該労働者が業務を遂行する場所であれば」職場に該当するとしています。

  また、厚生労働省が作成しているパンフレットには「性的な言動」に関して「取引先、顧客…などもセクシャルハラスメントの行為者になり得る」と明記されています

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/00.pdf)。

 指針上、職場におけるセクハラに係る相談の申出があった場合、事業主は事実関係を迅速かつ正確に確認しなければならないとされています。セクハラが生じた事実が確認できた場合には、被害者に対する配慮のための措置を実施し、同時に行為者に対する措置を適正に行わなければなりません。また、再発の防止に向けた措置を講じることともされています。

 現行法の範囲内でも、取引先からのセクハラを受けた被害者を救済する枠組自体は用意されています。

 しかし、冒頭の毎日新聞の記事のアンケート結果を見る限り、社会に対して法の趣旨が浸透しているとは言い難そうです。

3.取引先からのセクハラが顕在化しにくい背景には、労働者自身に面倒だと思われたくないという意識があるほか、相談を受けた事業主としても強い立場に出にくいという事情があるのではないかと思われます。

  ただ、後者の問題に関しては、近時、事業主に警鐘を鳴らす判決が出されています。千葉地松戸支判平28.11.29労判1174-79です。

  この事案では、男性の大学の非常勤講師が男子学生から臀部を触られるなどのセクハラ行為を受けたことに関し、セクハラ行為がなかったと結論付けた大学が非常勤講師からの情報提供及び要望に対して労働契約上適切な対応をとっていたと認められるのかが争点となりました。

  裁判所は、ハラスメント行為はなかったとする大学を、

 「被告乙山(学生)の履修を継続させるべく、当初から『何もなかった』かのように事態を収束させたいという考えを有していた」

「被告乙山のハラスメント行為を否定することで早期決着を図った」

と批判したうえ、

「被告乙山によるハラスメント行為はなかったという結論を下したことについては、不十分な調査によって被用者である原告に不利な結論を下したというほかなく、被告学園(大学)の措置は労働契約上の義務に違反する」

と判示しました。

 そして、

「被告学園は被告乙山の履修継続及び事態の早期決着を目指すことを優先して、原告側の言い分を尊重しない行動に出たものと言う外なく、…非常勤講師である原告を精神的に相当傷つけた」

として80万円の慰謝料の発生を認めました。

 非常勤講師は学生を授業に出席させないようにしてほしいと求めていました。しかし、大学から「被告乙山は授業料を支払っていることから、授業に出席させない措置をとることはできない」と伝えられたことを受け、代理人弁護士に法的手続を委任したようです。

 大学にとって学生は顧客に近い立場にあります。学校経営上、あまり厳しい指導・処分はしにくかったのかも知れません。しかし、早期決着を図るため被害者を黙らせようとしたことで慰謝料の支払を命じられました。

4.取引先・顧客からのセクハラに対しても法は決して冷淡ではありません。声を上げたい方は、ぜひお気軽にご相談ください。

 また、労働者からセクハラに関する相談を受けた事業者は、言い分が食い違う場合にも適切な事実認定をしなければならないなど、今後、難しい判断を迫られる局面が増えてくることが想定されます。対応に迷われた際には、ご相談を頂ければ、お力になれることは多いかと思います。

  法の趣旨に沿った紛争解決に役立つことができれば、大変嬉しく思います。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年5月13日 (日)

“逆パワハラ”は法律も守ってくれない?

1.「部下が上司イジメ…“逆パワハラ”は法律も守ってくれない?」という記事が掲載されています

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/227918/1)。

  記事は、

「“逆パワハラ”によって出勤停止になった部下が上司と会社を提訴し、勝訴した。」

事例を引き合いに出し、

「法律も無力だったりする。」

と指摘しています。

 また、該当の事例に対する弁護士のコメントとして、

「『その部下は、上司の指導や指摘に対して『勝手にしろよ』などとタメ口で、上司を批判し、取り合わなかった。そういう言動があまりにも続いたため、会社側が出勤停止にしたのです。ただ、パワハラの定義は職場内での優位性を利用し、職場環境を悪化させたり、精神的・身体的苦痛を与えること。この部下は人間関係や経験の面でも上司の優位に立っていなかったため、パワハラには該当しないと判断されました。相手が“下”の立場である以上、上司が被害を受けても、法的に守ってもらえないケースもあるのです』」

 という発言を引用しています。

  しかし、部下から上司への不適切な振舞いに対し、法律は必ずしも無力ではないと思います。

2.記事が挙げているような事例での部下の勝ち方には、二つの類型があります。

  一つ目は、「勝手にしろよ」などの暴言が「あまりにも続いた」という事実自体が証拠によって認定できなかったという類型です。懲戒処分の原因になった事実自体が証拠によって認められない場合、会社が敗訴するのは当たり前です。

これはきちんとした証拠もなく懲戒処分を下した会社の不手際であって、法律が無力であることとは違うと思います。

  二つ目は、「勝手にしろよ」などの暴言が「あまりに続いた」事実自体は認定できるものの、当該事実に対する処分として出勤停止が重すぎるという類型です。

  この場合、裁判所が判断しているのは、飽くまでも出勤停止が不相当に重いということだけです。戒告、減給などのより軽い処分であれば、部下が敗訴していた可能性は十分にあると思います。法律は、部下の言動に問題がないとお墨付きを与えているわけではありませんし、部下の不適切な言動に無力であるわけでもありません。

私企業がどのような懲戒処分の基準を持っているのかは外部からは分かりませんが、公務員の場合、他の職員に対する暴言により職場の秩序を乱した職員に対する懲戒処分の標準例は「減給又は戒告」とされています(平成12年3月31日職職-68「懲戒処分の指針について」第2-1(5)参照)。既に何度も同じような言動で戒告などの懲戒処分を受けているというのであればともかく、暴言でいきなり出勤停止という重い処分をとったとすれば、それは元々負けても不思議でない事案だったという見方もできると思います。

3.処分との均衡が害されていない限り、暴言を吐いた部下を就業規則に基づいて懲戒に処することは当然可能です。部下の側が優位というわけではないのであれば、懲戒処分を下すなり、部下を配置転換させるなりすればよいと思います。こうした対応は現行の法律の枠内でもとることが可能です。

  また、行政解釈上、職場のパワーハラスメントは「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義されています。定義上、パワハラが「職務上の地位や人間関係といった『職場内での優位性』を背景にする行為」であれば上司から部下に対するものに限られないことは厚生労働省のホームページ上でも明確にされています

http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000126546.html)。

  部下が何等かの優位性を背景に上司に対してパワハラをしていたとすれば、当然、不法行為として損害賠償請求をすることが可能です。また、近時では使用者に「パワハラの訴えがあったときには、その事実関係を調査し、調査の結果に基づき、加害者に対する指導、配置換え等を含む人事管理上の適切な措置を講じるべき義務」があるとする裁判例も出されています(東京高裁平29.10.26労判1172-26参照)。このような裁判例を根拠に、会社に対して問題の部下に人事管理上の適切な措置を講じるよう求めることも可能だと思います。

4.より適したルールを模索するため、法の不備を指摘することは必要です。

  ただ、「法律は守ってくれない」といった類の論稿を掲載することには慎重さも必要だと思います。それを見て、権利の救済を諦め、絶望してしまう人が出てくるかも知れないからです。

  部下から上司に対するものであったとしても、暴言や無視、意地悪から人を守ることに関して、法律は決して冷淡ではないと思います。

  理不尽なことには何等かの対応策があるのが普通なので、諦めたり泣き寝入りしたりする必要はないと思います。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年4月25日 (水)

面会交流は強制できるか

  先日の所内勉強会で、面会交流に関する裁判例を取り上げました。皆さんのお役に立つと思いますのでご紹介します。

 

  ご存知の通り、面会交流とは、親権を持たない親が、離婚後も子どもと会うなどして交流をもつことを指します。離婚前に別居している間でも面会交流は可能です。

 

  せっかく面会交流について決めても守られない場合にこれを強制する手段として、間接強制という方法があります。

  間接強制とは、「履行しない場合には1か月あたり何万円を支払う」等として義務者に心理的な圧力をかけて義務の履行を促す方法です。

 

もっとも子どもの心情にも配慮しなければならない面会交流に間接強制が使えるかどうかについては議論の余地があります。この点について平成25年3月28日に出された最高裁決定は、調停や審判で、面会交流の日時又は頻度、各回の面会交流時間の長さ、子の引渡しの方法などが具体的に定められているときには間接強制ができる場合があることを明らかにしました。

  つまり、義務の内容に着目し、「給付の特定に欠けるところがない」場合には間接強制が肯定されるとしたものです。

 

  これに対して今回ご紹介する裁判例(大阪高裁平成29年4月28日決定)は、面会交流をなすべきことについて審判で定められた場合において、給付の特定に欠けるところはないとした上で、義務の履行可能性に着目し、次のように述べて間接強制をすることができない旨の判断を示しました。

 

  「間接強制をするためには、債務者の意思のみによって債務を履行することができる場合であることが必要であるが、幼児のような場合であれば、子を面会交流所に連れていき非監護親に引き渡すことは監護親の意思のみでできるが、未成年者(筆者注:当時満15歳3か月)のような年齢の場合は子の協力が不可欠である上、未成年者は相手方との面会交流を拒否する意思を強固に形成しているところ、未成年者は平成29年××月より高等学校に進学しており、その精神的成熟度を考慮すれば、抗告人らにおいて未成年者に相手方との面会交流を強いることは未成年者の判断能力ひいてはその人格を否定することになり、却って未成年者の福祉に反するということができる。したがって、本件債務は債務者らの意思のみによって履行することはできず履行不能というべきである。・・・以上によれば、抗告人らの本件債務の不履行に対しては間接強制決定をするのは相当でない。」

 

  本裁判例が「給付の特定に欠けるところはない」としながら間接強制を否定したのは、

①未成年者が15歳3か月の高校生であること

②義務者らが、その後、権利者に対し、再度の面会交流禁止の調停を申し立て、家裁調査官の意向調査において、未成年者が権利者との面会交流を明確に拒否し、その拒否の程度も強固であること

③未成年者は抗告人らの意向も踏まえ自らの意思で面会交流を拒否しており、これを本心でないか、抗告人らの影響を受けたものとして軽視することが相当でないこと

④未成年者の精神的成熟度

を考慮したものと思われます。

 

先に触れた最高裁決定の事案では、子の年齢が7歳に満たなかったという事情がありました。それに対し、本裁判例の事案では、子の年齢は15歳余と比較的成熟していますので、子の意向を十分に汲むべきであると考えられたのだと思われます。

最高裁判例と今回の裁判例を併せて検討すると、要件を備えている場合には原則として間接強制が可能だけれど、精神的にある程度成熟している子が自身の意思で拒んでいるような場合には間接強制が許されないということになりそうです。

成熟したお子さんの面会交流に関するトラブルを考える上で参考になると思われますのでご紹介した次第です。

もし、このブログを見られている方で、お子さんの面会交流についてお困りのことがございましたらお気軽にご相談ください。

                  (弁護士 馬場大祐)

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