民事事件

2018年4月25日 (水)

面会交流は強制できるか

  先日の所内勉強会で、面会交流に関する裁判例を取り上げました。皆さんのお役に立つと思いますのでご紹介します。

 

  ご存知の通り、面会交流とは、親権を持たない親が、離婚後も子どもと会うなどして交流をもつことを指します。離婚前に別居している間でも面会交流は可能です。

 

  せっかく面会交流について決めても守られない場合にこれを強制する手段として、間接強制という方法があります。

  間接強制とは、「履行しない場合には1か月あたり何万円を支払う」等として義務者に心理的な圧力をかけて義務の履行を促す方法です。

 

もっとも子どもの心情にも配慮しなければならない面会交流に間接強制が使えるかどうかについては議論の余地があります。この点について平成25年3月28日に出された最高裁決定は、調停や審判で、面会交流の日時又は頻度、各回の面会交流時間の長さ、子の引渡しの方法などが具体的に定められているときには間接強制ができる場合があることを明らかにしました。

  つまり、義務の内容に着目し、「給付の特定に欠けるところがない」場合には間接強制が肯定されるとしたものです。

 

  これに対して今回ご紹介する裁判例(大阪高裁平成29年4月28日決定)は、面会交流をなすべきことについて審判で定められた場合において、給付の特定に欠けるところはないとした上で、義務の履行可能性に着目し、次のように述べて間接強制をすることができない旨の判断を示しました。

 

  「間接強制をするためには、債務者の意思のみによって債務を履行することができる場合であることが必要であるが、幼児のような場合であれば、子を面会交流所に連れていき非監護親に引き渡すことは監護親の意思のみでできるが、未成年者(筆者注:当時満15歳3か月)のような年齢の場合は子の協力が不可欠である上、未成年者は相手方との面会交流を拒否する意思を強固に形成しているところ、未成年者は平成29年××月より高等学校に進学しており、その精神的成熟度を考慮すれば、抗告人らにおいて未成年者に相手方との面会交流を強いることは未成年者の判断能力ひいてはその人格を否定することになり、却って未成年者の福祉に反するということができる。したがって、本件債務は債務者らの意思のみによって履行することはできず履行不能というべきである。・・・以上によれば、抗告人らの本件債務の不履行に対しては間接強制決定をするのは相当でない。」

 

  本裁判例が「給付の特定に欠けるところはない」としながら間接強制を否定したのは、

①未成年者が15歳3か月の高校生であること

②義務者らが、その後、権利者に対し、再度の面会交流禁止の調停を申し立て、家裁調査官の意向調査において、未成年者が権利者との面会交流を明確に拒否し、その拒否の程度も強固であること

③未成年者は抗告人らの意向も踏まえ自らの意思で面会交流を拒否しており、これを本心でないか、抗告人らの影響を受けたものとして軽視することが相当でないこと

④未成年者の精神的成熟度

を考慮したものと思われます。

 

先に触れた最高裁決定の事案では、子の年齢が7歳に満たなかったという事情がありました。それに対し、本裁判例の事案では、子の年齢は15歳余と比較的成熟していますので、子の意向を十分に汲むべきであると考えられたのだと思われます。

最高裁判例と今回の裁判例を併せて検討すると、要件を備えている場合には原則として間接強制が可能だけれど、精神的にある程度成熟している子が自身の意思で拒んでいるような場合には間接強制が許されないということになりそうです。

成熟したお子さんの面会交流に関するトラブルを考える上で参考になると思われますのでご紹介した次第です。

もし、このブログを見られている方で、お子さんの面会交流についてお困りのことがございましたらお気軽にご相談ください。

                  (弁護士 馬場大祐)

2018年3月 5日 (月)

離婚事件 不可能は可能にはならない(中編)

離婚事件に絡んで「不可能を可能にする裏マニュアル」なるものが販売されているようです

http://www.tuyuki-office.jp/rikon9025.html)。

 上記のホームページでは、

1.無収入の相手から養育費をもらえる。

2.お金のない人から慰謝料をもらえる。

3.公正証書がなくても強制執行はかかる。

4.祖父母に孫の養育費を請求できる。

5.証拠がなくても浮気相手に慰謝料を請求できる。

6.自営業の人に差し押さえをかける。

7.不貞行為を認めない相手に慰謝料を請求する。

ことが可能になると標榜しています。

 サイトを作成しているのは行政書士の方のようです。行政書士には家事調停、家事審判、訴訟といった裁判所での手続を代理する権限がありません。作成者の方は裁判実務の経験に基づいて上記のようなことを標榜しているわけではないのだろうと思います。

上記のような宣伝文句で文書を販売することに関しては、裁判実務に携わっている弁護士からすると、かなり強い違和感があります。

私は問題のマニュアルを読んだわけではありません。しかし、上記のような宣伝文句を見た一般の方の中には、そのような手段があるのだと字義通りに受け取る方がいるかも知れません。誤解に基づいて逸脱した行動がなされないよう注意喚起する必要があると思われたことから、今回は、上記のような宣伝文句を標榜することの適否について、私なりの見解を前編・中編・後編の三回に分けてお話させて頂きたいと思います。

 今回の記事は中編です。

 1.2は前編に収録しています。本編では3、4、5について解説します。

3.公正証書がなくても強制執行はかかる。

  これは当たり前です。

例えば、調停調書や審判書、判決書に基づいて強制執行をかけられるのは当然のことです。寧ろ、公正証書がないと強制執行できないと誤解している人の方が少ないのではないかと思います。

4.祖父母に孫の養育費を請求できる。

  これは理論上、請求できる場合もあるというのが正確なところだと思います。

  直系血族には互いに扶養する義務があります(民法877条1項)。孫から見て祖父母は直系血族なので、扶養料を請求することは理論的には可能です。

  ただ、扶養義務には順位があり、「先順位者となった扶養義務者に現実に扶養能力がある限り、後順位扶養義務者に扶養能力があってもその義務は具体的に生じない」(島津一郎ほか編『別冊法学セミナー基本法コンメンタール 親族』〔日本評論社,第5版,平20〕290頁)とされています。

実務的に問題になることが殆どないため、それほど裁判例が充実しているわけではありませんが、扶養義務は祖父母よりも親が優先します(東京家裁昭33.6.30家庭裁判所月報10-8-32、新潟家裁昭53.2.3家庭裁判所月報30-12-61)。

したがって、父母に扶養能力がある限り、祖父母への養育費の請求は基本的には難しいと思われます。

  収入が零であるという言い分が、裁判所に受け入れられにくい主張であることと併せて考えると、祖父母に扶養料を請求できるのは、親が死亡・失踪しているような場面に限られてくるのではないかと思います。

  祖父母に孫の養育費を請求できると言い切っている点は、扶養の順位決定の問題を看過している点で、誤解を招く表現だと思います。

5.証拠がなくても浮気相手に慰謝料を請求できる。

  請求できるのは当たり前です。ただ、相手方が否認した場合、裁判所が慰謝料の支払を命じることはありません。

  金銭を請求することと、その請求を法的に理由があるものと裁判所が認めるかどうかは全く別の問題です。

  証拠がなくても金銭を請求すること自体は可能です。相手方が浮気を認めれば裁判所は応分の慰謝料の支払を命じてくれます。しかし、証拠がない中で相手方が浮気の事実を認めるかどうかは偶然に頼ることになります。否認された場合、立証責任という裁判のルール上、証拠がなければ必ず負けます。なお、当然のことながら、否認している相手方やその周辺に圧力を加え、浮気を認めるように強要することには適法性に重大な疑義があります。

  一般の方の中には、「請求できる」ことと「それを裁判所が認める」ことを厳密に区別していない方もいます。そのような中で「請求できる」と標榜するのは誤解を招く表現だと思います。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2018年3月 4日 (日)

離婚事件 不可能は可能にはならない(前編)

 離婚事件に絡んで「不可能を可能にする裏マニュアル」なるものが販売されているようです

http://www.tuyuki-office.jp/rikon9025.html)。

 上記のホームページでは、

1.無収入の相手から養育費をもらえる。

2.お金のない人から慰謝料をもらえる。

3.公正証書がなくても強制執行はかかる。

4.祖父母に孫の養育費を請求できる。

5.証拠がなくても浮気相手に慰謝料を請求できる。

6.自営業の人に差し押さえをかける。

7.不貞行為を認めない相手に慰謝料を請求する。

ことが可能になると標榜しています。

 サイトを作成しているのは行政書士の方のようです。行政書士には家事調停、家事審判、訴訟といった裁判所での手続を代理する権限がありません。作成者の方は裁判実務の経験に基づいて上記のようなことを標榜しているわけではないのだろうと思います。

上記のような宣伝文句で文書を販売することに関しては、裁判実務に携わっている弁護士からすると、かなり強い違和感があります。

私は問題のマニュアルを読んだわけではありません。しかし、上記のような宣伝文句を見た一般の方の中には、そのような手段があるのだと字義通りに受け取る方がいるかも知れません。誤解に基づいて逸脱した行動がなされないよう注意喚起する必要があると思われたことから、今回は、上記のような宣伝文句を標榜することの適否について、私なりの見解を前編・中編・後編の三回に分けてお話させて頂きたいと思います。

 今回の記事は前編です。前編では1.2についてコメントします。

1.無収入の相手から養育費をもらえる。

  もらえないと思います。

養育費の計算方法は実務的に固まっています。

裁判実務では、三代川俊一郎ほか『簡易迅速な養育費等の算定を目指して-養育費・婚姻費用の算定方式と算定表の提案―』判例タイムズNo.1111-285という論文に掲載されている算定方式が採用されています。これに基づいて作成された養育費・婚姻費用の算定表を家庭裁判所では一般公開しています

http://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/tetuzuki/youikuhi_santei_hyou/)。

  表を見て頂ければお分かりになると思いますが、義務者の収入が零であれば、設定される養育費は零円です。

  ただ、真実収入がなければ、その人は飢え死にしていなければ辻褄が合わないことになります。そのため、家裁での調停で義務者の側が、幾ら収入が零だと言い張っても、何か余程特殊な事情でもない限り、まともに取り合われることはありません。こういう場合、嫌がらせのためだけに働いていない、あるいは、収入を殊更に隠匿しているという前提のもと、過去の就労実績や賃金センサスのような統計資料に基づいて収入が推計され、算定表にあてはめて養育費が計算されることになります。

  しかし、真実無収入であれば、養育費はもらえません。養育費の計算は算数の問題のように公式に一定の数値を代入して行われるため、相手の収入が零の場合にもらえることはありません。収入を零と仮装している相手方から養育費をもらう方法はありますが、これを「無収入の相手から養育費をもらえる。」というのは正確ではないように思われます。

2.お金のない人から慰謝料をもらえる。

  もらえることもないわけではありませんが、お金のない人から確実に慰謝料をもらう方法は存在しません。確実にもらう方法という意味の裏技はないです。

  判決などで払うように命じられた慰謝料を相手方が任意に支払わない場合に備え、法律では強制執行という仕組みが用意されています。

  強制執行は、相手方が持っている財産を、差し押さえ、換価して、回収する、という構造を持っています。

  相手方が財産を持っていなければ、差押・換価の対象がないため、慰謝料を回収することはできません。

  強制執行手続に基づかないで強制的に金銭債権を回収する方法は存在しません。相手方が任意に払わない場合に法律が定めている手続に基づかないで債権を回収することを自力救済といいます。自力救済は違法です。

  相手方がどこかから借金をしてきて金銭を支払ったり、親族の方が相手方の支払う慰謝料を立替えたりすることはありますが、それは実務上偶々そうなる事案もあるというだけです。借金や立替を強要すれば、下手をすれば犯罪になりかねません。そのような意味において、やはり、お金がない方から確実に慰謝料を回収する方法は存在しません。

  法制度上不可能であるはずなのに、「お金のない人から慰謝料をもらえる。」と断定的なことを言うのは誤解を招くように思います。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2018年2月27日 (火)

飯館村自死裁判に関するご報告

平成30年2月20日、福島第一原発事故時に飯舘村最高齢だった102歳の大久保文雄さんが自死された件で、東京電力の責任を問う裁判の判決が出されました。

当該裁判では、主として文雄さんの死亡と事故の因果関係の有無及び死亡慰謝料の金額(事故が自死に寄与した割合)が争われましたが、判決は因果関係を認め、事故が自死に寄与した割合を6割と判断しました。

これまでも、事故と自死の因果関係を認める裁判はいくつか出されています。今回の裁判が、労災のストレス強度評価表を用いて因果関係を認めた点は、従来の裁判と同様です。特筆すべきは、うつ病等を経て正常な判断ができなくなった上での自死でなければ、そこに自らの判断が介在する以上因果関係は認められないと主張する東京電力の判断を正面から否定したことにあります。これまでの裁判では、うつ病等の病状を介在させることが必須であるかのように読める部分があり、結果として避難に馴染めずうつ病等を発症して自死に至った案件ばかり因果関係が認められてきました。しかし、大久保さんに関しては、避難を嫌ってその前に自殺しており、一見して「覚悟の自殺」であったこと、即ち必ずしも何らかの精神障害を発症して自死に至ったとは言い切れない点があり、弁護団は、精神障害を介在せずとも事故による強度のストレスによって死を選ぶしかない状況に追い込まれることがあるという主張を続けてきました。つまり、今回の判決は、正常な判断を以てしても死を選ぶしかない状況に陥る者がいるという、事故によって生じるストレスの大きさを正面切って認めたものと評価できます。

一方で、寄与の割合を下げられた理由のひとつに、大久保さんの息子が事故直前にすい臓がんによる余命宣告を受けていたことが挙げられています。大久保さんは当時、息子の病状については一切知らされていませんでしたが、何某かの重篤な病を患っていると悟ることはあるだろうということで、これが自死の一因になった可能性があるというのです。しかし、102歳の大久保さんは、その年齢からこれまで何度も逆縁の憂き目に合ってきましたし、数年前には愛妻すら失っていますが、それでも毎日を堅実に生きてきたのです。今更、息子が先に逝くことを悟ろうとも、あと少しで自身も寿命を全うすることになるとわかっていながら敢えて後追いを選ぶとは考え難いにも関わらず、このことが自死の引き金になったと判断されたのは遺憾であると言えます。

現在、この国はあの大事故を経てなお、原発政策を推進しようとしています。そうして無理に再稼働させ、あるいは新設する原発を廃する方法も見出せぬままに、です。大久保さんの教訓が、このような政策に対する一石となることを期待して、今後の情勢を見守りたいと思います。

(石丸 文佳)

 

2018年2月20日 (火)

医師の残業代・時間外勤務手当(国公立病院を念頭に)

医師の労働時間の管理が適切になされていないのではないかとの新聞報道がありました。これによると、特に大学病院の医師の労働時間の管理体制の不備が顕著で、労働時間がタイムカードなどで客観的に管理されていると回答した医師の割合は5.5%でしかなかったとのことです

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201802/CK2018021902000108.html)。

 医師の就労形態としては、時間外勤務手当を含む形の高額の年俸で雇用されている例がしばしば見受けられます。

 しかし、年俸が高額であったとしても、それだけで労働時間規制を免れることはできません。医師が労働者に該当する限り、事業主は労働時間を管理したうえで、時間外勤務手当を支払う必要があります。時間外勤務手当部分が明確に区分されていない場合に残業代の支払いがあるとみなされないことはもとより(最二小判平29.7.7判タ1442-42)、年俸のうち時間外勤務手当分が幾らといったように、時間外勤務手当の額が明確に区分されていたとしても、その固定部分で賄えない部分は、きちんと清算されなければなりません。固定残業代の仕組みがとられていたとしても、固定部分で賄えない時間外勤務手当の有無及び金額を把握するため、事業主は労働時間を適切に管理する必要があります。

 新聞記事によると、民間病院ではタイムカードなどによる管理がなされていると回答した割合が49.5%であるのに対し、公的病院では19.1%、国公立病院では10.2%、大学病院では5.5%と、民間とそれ以外とで顕著な差が生じています。

 民間とそれ以外とで顕著な差が生じている背景には、国公立病院や公的病院、国立の大学病院の勤務関係を把握している弁護士が不足していて、残業代請求の受け皿が十分に整っていないこともあるのではないかと思います。

 公的な機関の職員の勤務関係はかなり複雑で、知っていなければ答えられないことも多々あります。例えば、公立の学校の教育職員の場合、法律で「時間外勤務手当及び休日勤務手当は支給しない」(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法3条2項)と残業代が発生しないことが法律上明記されています。このような規定は法律家的な感覚からすると相当に違和感があり、直観に頼ると回答を誤りかねない問題の一つです。

 国立病院の場合、独立行政法人国立病院機構に組み込まれている病院であれば、同機構を相手に時間外勤務手当を請求することになります。同機構は独立行政法人通則法上の中間目標管理法人とされています(独立行政法人国立病院機構法4条)。中間目標管理法人は非公務員型の独立行政法人なので(独立行政法人通則法51条に対応する規定がないこと参照)、労働基準法の定め通りに時間外勤務手当を請求してゆくことになります。

 国立の大学病院は国立大学法人が大学設置基準(文部省令第28号)39条所定の附属施設として設置するものです。したがって、国立の大学病院に勤務する医師は国立大学法人を相手に時間外勤務手当を請求することになります。国立大学法人も非公務員型の法人なので、労働基準法の定め通りに時間外勤務手当を請求してゆくこといなります。

 公立病院の職員の場合の勤務関係は少し複雑です。

 地方公共団体が自分で病院事業を行っていて、かつ、条例に特別な定めがない場合、勤務医の立場は一般職の地方公務員になります。この場合、地方公共団体に対して時間外勤務手当を請求することになります。地方公務員法では労働基準法の適用除外が定められていますが、時間外勤務手当の発生根拠である労働基準法37条の適用は除外されていないため(地方公務員法58条参照)、労働基準法の定め通りに時間外勤務手当を請求してゆくことになります。

 地方公共団体が自分で病院事業を行っていて、かつ、条例で地方公営企業法の職員の身分取扱いに関する規定の適用が定められている場合、その勤務関係は地方公営企業法などによって規律されます。この場合、地方公共団体に対して時間外勤務手当を請求することになります。労働基準法37条の適用は除外されていないため(地方公営企業法39条1項)、労働基準法の定め通りに時間外勤務手当を請求してゆくことになります。

 地方公共団体が病院事業を特定地方独立行政法人や一般地方独立行政法人に委託している場合、その法人に対して時間外勤務手当を請求することになります。特定地方独立行政法人は公務員法型の法人なので(地方独立行政法人法47条)、一般職の地方公務員と同様に時間外勤務手当を請求できることになります(適用除外に関しては地方独立行政法人法53条参照)。一般地方独立行政法人は非公務員型の法人なので(地方独立行政法人法47条に相当する規定がないこと参照)、労働基準法の全面的な適用のもと、時間外勤務手当を請求してゆくことになります。

 相談窓口でお悩みの医師ほか医療従事者の方がおられましたら、ぜひ、ご相談にいらしてください。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年2月16日 (金)

不本意な合意の効力を否定できる場面(労働事件)

 一般論として言えば、不承不承交わした合意であったとしても、それだけでは合意の効力を否定することはできません。合意の効力を否定するには、錯誤に陥っていたとか、騙されたとか、強迫されたといった事情が必要になります。

 しかし、労働者と使用者との間で交わされた合意に関していえば、騙されていたり、誤解していたり、脅かされたりしたといった事情がなくても、自由な意思に基づいていないという理由で、合意の効力を否定できる場合があります。

 外形的に合意してしまっていたとしても、自由な意思に基づいていないという理由で合意の効力を覆せる場面は、大きく言って二つあります。

 一つは、賃金や退職金、残業代の放棄や不利益変更が問題になる場面です。

 賃金である退職金債権を放棄する旨の意思表示が有効であるためには「自由な意思に基づくものであることが明確でなければならない」と理解されています。自由な意思に基づくものであるか否かを判断するにあたっては「合理的な理由が客観的に存在していたものということ」ができるか否かがポイントになるとされています(最二小判昭48.1.19民集27-1-27参照)。要するに、単に外形的に権利放棄に同意や承諾をしたとしても、その同意や承諾が自由意思に基づいているといえるような客観的な何かがなければ、同意や承諾を有効とみることはできないという意味です。

 この判断枠組みは、賃金や退職金に関する労働条件の不利益変更に同意した場面や、時間外勤務手当(残業代)の請求権の放棄が問題となる場面でも適用されます(最二小判平28.2.19民集70-2-123、最一小判平成24.3.8労判1060-5)。

 もう一つは、妊娠・出産に関係して降格や退職に同意してしまった場合です。

 妊娠や出産を理由として解雇その他不利益な取り扱いをしてはならないことは、特別法で禁止されおり、妊産婦は一般の労働者よりも更に強く保護されています(男女雇用機会均等法9条3項)。

 降格に承諾してしまった場合にも「当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在」しないことを理由に承諾の効力を覆せる可能性があります(最一小判平26.10.23労判1100-5参照)。また、下級審で「自由な意思に基づいて退職を合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すること」を合意退職が有効であるための要件としているかのように読める裁判例があることは先に当ブログでもご紹介させて頂いたとおりです(東京地裁立川支部判平29.1.31労判1156-11参照)。

 労使間の合意の場面では、判例上、一般の契約法理とは異なる特殊な取り扱いがされていることも珍しくありません。

 強く言われて仕方がなくて合意してしまった、きちんとした情報の提供を受けないまま合意してしまった、退職にあたり未払残業代のことを良く考えることなく債権債務なしという内容の合意をしてしまったなどの事情がある場合には、本当に合意の効力を覆すことができないのかを改めて検討する価値があります。

 もし、釈然としない感覚をお抱えの方がおられましたら、一度、専門家に相談されることをお勧めします。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年2月15日 (木)

合意退職を争える場合(マタハラ)

 会社の辞めさせられ方には、二つの類型があります。

 一つは、よく知られている解雇です。

 もう一つは、退職勧奨を受けて、個々の労働者が使用者と退職を合意する場合です(合意退職)。

 一般論として言うと、裁判所が解雇の有効性をそう簡単に認めることはありません。社会通念上相当であると認められない解雇権の行使が許されないことは法文上も明記されています(労働契約法17条)。

 他方、一旦してしまった合意退職の効力を覆すことは簡単ではありません。退職勧奨の過程で使用者が労働者を錯誤に陥らせていたり、強迫的な言動が用いられていたりするなどの事情があり、かつ、それを立証することができるだけの材料が揃っていなければ、合意退職をなかったことにするのは困難です。使用者の側が、あまりにあからさまな証拠を残すことは、それほど多くみられるわけではなく、実務的な感覚でいえば、解雇を争うのと合意退職を争うのとでは、難易度にかなりの差があります。

 しかし、妊娠や出産に関係して、不本意ながらも退職を合意してしまったというケースでは、錯誤や詐欺、強迫といった事情がなかったとしても、合意退職の効力を覆せる可能性があります。

 東京地裁立川支部平29.1.31労判1156-11は、「退職は、一般的に、労働者に不利な影響をもたらすところ、雇用機会均等法1条、2条、9条3項の趣旨に照らすと、女性労働者につき、妊娠中の退職の合意があったか否かについては、特に当該労働者につき自由な意思に基づいてこれを合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか慎重に判断する必要がある。」としたうえ「被告側で、労働者である原告につき自由な意思に基づいて退職を合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することについての、十分な主張立証が尽くされているとはいえず、これを認めることはできない」と合意退職の効力を否定しました。

 この件は事実経過に照らして合意の事実自体が認定されなくても不思議ではないケースでしたが、それでも単に合意しただけでは退職の効力は認められない・合意に効力が認められるためには自由意思に基づいているといえるだけの客観的な状況が必要だとしたことは、かなり画期的な判示です。

 この判例は、不本意な形で退職勧奨に応じてしまった妊婦・産婦に対し、司法的な救済の道を広げています。

 もし、ご自身にもあてはまるのではないかとお思いの方がおられましたら、お気軽にご相談ください。

 お役に立つことができれば、大変嬉しく思います。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年2月14日 (水)

パワーハラスメントの類型(不正行為の強要)

職場のパワーハラスメントとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう」と定義されています。(厚生労働省 職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000021hkd.html 参照)。

 上記報告は、パワーハラスメントの行為類型として、①身体的な攻撃(暴行・傷害)、②精神的な攻撃(脅迫・暴言等)、③人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)、④過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)、⑤過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)、⑥個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)を掲げています。ただ、これらは「職場のパワーハラスメントのすべてを網羅するものではないことに留意する必要がある」とされています。

 円卓会議で掲げられている行為類型で概ねの事案が網羅されるため、時折、円卓会議の報告以外にどのようなパワーハラスメントの類型があるのかという疑問が寄せられることがあります。

 この問の答えとして、本記事の副題として掲げさせて頂いた不正行為の強要が挙げられるのではないかと思います。

 居宅介護等を業とする会社(被告)が従業員(原告)に対し業務命令として大阪市に提出する書類の改ざんという不正行為を命じたという事案において、「書類の改ざんという不正行為を命じたこと、そのために労働基準法所定の労働時間を優に超える労働を強いたこと、また改ざんした書類に基づく虚偽の報告をするよう指示したことは、被告による違法な業務命令として、原告に対する不法行為にあたるというべきである」とした判例があります(大阪地裁平18.9.15労判924-169参照)。この事案は労働時間的な意味での「過大な要求」を含むものですが、不正行為の指示が従業員に対する不法行為を構成し得ることを明示的に指摘した点に意味があります。

 不正行為の指示には、行政に対する不正行為ではあっても労働者に対する不法行為になるわけではないとした事例もあります(静岡地判平26.7.9労判1105-57参照)。ただ、これは労働者自身も作業に従事している間は、その違法性に気付いていなかったという事実認定を前提にしているため、もともと不正行為の強要があったとは言いにくい事案であるように思われます。

 嫌々ではあっても、不正行為に加担したことを認める形になることから、この種のパワハラは表に出にくい性質があります。代表的な行為類型に書かれていないのは、そのためではないかと思われますが、実際にはそれなりの件数が眠っているのではないかと思います。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年1月23日 (火)

【裁判例の紹介】他人の画像をツイッターで勝手に投稿した人について発信者情報の開示が認められた事例

 当事務所では定期的に所内弁護士による勉強会を行っています。先日その勉強会の中でツイッターの投稿者についてプロバイダに対し発信者情報の開示が認められた事件の裁判例をピックアップしました。近時ツイッターの投稿に関する相談が増えており、私も代理人として発信者情報の開示を行うことも多いので、事務所のブログの方でも取り上げることに致しました。

 今回私が取り上げた裁判例(新潟地方裁判所平成27年(ワ)542号 判例時報2338号86頁)は、原告の写真が、無断でツイッターで投稿されたことから、この投稿者に関する情報の開示を原告の法定代理人(原告の親)が被告(プロバイダ)に対して求めたというものです。ツイッターの投稿の内容は、「投稿者の孫娘が安保法制反対デモに連れていかれたところ熱中症で死んだ」というものでしたが、その「孫娘の写真」として原告の写真が勝手に使われていたのです。

 ツイッターでは実名アカウントを作り投稿している人もいますが、多くの人は匿名での投稿を行っています。その投稿に何の問題もなければよいのですが、人の名誉を棄損したり、プライバシーを侵害するような内容であることもあります。また今回取り上げた裁判例のように、他人の写真を勝手に使った肖像権を侵害する投稿であることもあります。

 投稿を行った発信者に対して直接投稿を行わないよう求めたり、権利侵害に対する損害賠償を請求するには、発信者を特定する必要があります。しかし、ツイッターのアカウントが匿名である場合、表記されている情報だけでは、どこの誰が投稿をしたのか分かりません。 

 その場合、ツイッターに対して発信者情報開示請求を行います。インターネット上の投稿により権利を侵害された場合、投稿者に対して損害賠償を行うなど正当な理由がある場合には、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(プロバイダ責任制限法)という法律により、特定電気通信役務提供者(掲示板やSNSの管理者等)に対して投稿者の情報の開示を求めることができます。

 しかし、ツイッターの運営会社は投稿者の実名などの情報を有していないため、発信者の特定のために投稿がなされたときのIPアドレスの開示を求めることになります。IPアドレスが判明すれば、投稿者がどのプロバイダを利用してインターネットに接続したのか分かるからです。そして、IPアドレスから判明したプロバイダに対して、ツイッターの投稿がなされた時間にIPアドレスを利用した利用者の氏名や住所等を開示するように求めることになります。

 ただしプロバイダが必ず発信者の情報を開示するとは限りません。プロバイダは発信者情報の開示請求があったときに利用者に対して情報を開示して良いかどうか確認を取りますが、利用者が情報の開示に承諾しない場合、情報開示を行わないという判断に至ることが多いからです。その場合には本裁判例のように発信者情報の開示を求めてプロバイダを相手取り裁判を提起する必要があります。

 今回取り上げた裁判例では、結論として裁判所はツイッターの投稿により原告の肖像権が侵害されているとして、原告の言い分を認め、被告であるプロバイダに対し投稿者の発信者情報の開示を命じました。

 被告は「本件画像は既にWEBで公開されていたものであり(原告の写真は原告の父親が自分のツイッターアカウントでアップロードしていました)、今回問題となっている投稿がなされたからといって、肖像権の侵害がなされたとは言えない」旨の主張をしています。しかし裁判所は、WEBで公開された写真であるといえどもその画像の利用は被撮影者の意思にゆだねられるべきであり、自分の画像を死んだ他人のものとして投稿されることを承諾するということも考え難い等の理由からこの被告の主張を退けました。

 また、被告は、問題となっている投稿では原告の名前があげられておらず、原告の写真かどうかは分からないので、原告の評価は低下しないから権利侵害にあたらない旨の主張も行いました。しかし裁判所は、肖像権はみだりに自己の要望や姿態を公開されない権利なので、社会的評価の低下の有無は肖像権侵害の有無と関係ないという理由からこの被告の主張も退けました。

 なお、本判決で開示された情報に基づき投稿者は特定され、その後原告と投稿者の間で和解が成立しているということです。

 ツイッターや掲示板で匿名の投稿により権利侵害がなされても、泣き寝入りする人は非常に多いです。確かに発信者情報開示には本件の様に裁判上の手続まで必要な場合が多く簡単にはいきませんが、きちんと手続を踏むことによって投稿者を明らかにできることもありますので、お困りの際にはお早めに法律事務所に相談することをお勧めいたします。
                           (弁護士 大窪和久)

2017年11月13日 (月)

【裁判例の紹介】名義貸しがなされた場合においても割販法によるクレジット契約取消が認められる場合があるとした最高裁判例

 私は2011年から2016年までの間北海道の名寄市で弁護士業務を行っておりましたが、その間に発生した消費者事件の弁護団(旭川弁護士会の有志中心に道内道外の弁護士により活動していました)に入っています。この度この消費者事件が解決し、また事件の裁判例も紹介されております(平成29年2月21日最判 判例タイムズ1437号40頁等)ので、本ブログでも取り上げさせていただくことにしました。

 事件の内容としては次の様なものです。

1 平成21年8月から平成23年11月にかけて、呉服店の代表者が顧客らに対して「クレジットを組めないお年寄りがいる。絶対に迷惑をかけないので名前を貸して欲しい」等といって名義を貸すよう求めました。
 顧客らは、呉服店とつきあいが長いこともありこれを断れず、代表者の求めに応じて名義貸しを行ってしまい、呉服店との間で架空の売買契約(実際にはクレジットを組めないお年寄りはいませんでした)を結ぶと共に、信販会社との間で立替払契約を行いました。
 信販会社は、顧客らに対して購入確認の電話をかけましたが、顧客らは予め呉服店の代表者から言われていた通り、自分で購入したという応対をしました。

2 信販会社から代金相当額の支払を受けていた呉服店は、当時経営が苦しく、これを運転資金に回していたようです。呉服店は顧客らの口座に毎月分割支払金相当額を入金していました。ところがこれが続かなくなり、平成23年11月に営業停止してしまいました(なおこの呉服店については平成24年4月に破産開始決定が出されています)。

3 信販会社は、呉服店の顧客らに対し、立替金残金の支払請求を行いました。

 呉服店の倒産後顧客らから消費生活センターの方に相談が殺到する状況となりました。消費生活センターの方でも仲介を行いましたが、信販会社は名義貸しを行った顧客は呉服店と同じ責任を持つという姿勢をとっており、解決に至りませんでした。その後、旭川弁護士会の有志で弁護団を組むことになりました。ただ弁護団の方で信販会社と交渉を行うも信販会社の姿勢は変わらず、信販会社から数十名の顧客が提訴されるに至りました。

 本件の主な争点は、割賦販売法という法律により、呉服店の顧客らが信販会社の請求を拒めるか否かという点でした。この法律では、販売業者が不実告知(うその説明)により事実誤認をさせて契約をさせた場合には、信販会社との契約も取り消すことができる旨を定めています(割賦販売法35条の3の13第1項)。名義貸しの際「クレジットを組めないお年寄りがいる。絶対に迷惑をかけないので名前を貸して欲しい」という説明が不実告知にあたるかどうかというのが問題になりました。

 訴訟においては、第一審の旭川地裁(顧客側の主張を認める)と第二審の札幌高裁(信販会社側の主張を認める)で判断が分かれ、最高裁で判断されることとなりました。

 最高裁は、名義貸の場合であっても、それが販売業者の依頼に基づくものであり、その依頼の際、契約締結を必要とする事情、契約締結により購入者が実質的に負うことになるリスクの有無、契約締結によりあっせん業者に実質的な損害が生ずる可能性の有無など、契約締結の動機に関する重要な事項について不実告知があった場合には割賦販売法によって契約取消を認めたとしても法の趣旨に反しないとして、札幌高裁の判決を破棄差戻しました。

 これまで名義貸しの同種事件については、下級審の裁判例でも考え方が分かれていましたし、本件でも地裁と高裁で考え方が分かれてしまいましたが、本件で初めて名義貸しの場合でも消費者の保護を認められうるという最高裁の判断が出されたことになりました。

 なお、差戻審においては和解期日が設けられ、結果顧客らと信販会社の間で和解が成立し、本件は解決しています(和解内容については非公開)。

 本件では、信販会社から請求を受けた顧客を泣き寝入りさせることなく、消費生活センターと連携し弁護団として解決できたことがとても良かったと思います。消費者事件は一人の被害者だけだと訴訟に応じるだけの資力もないため泣き寝入りしてしまうということも多いのですが、弁護団を組めれば一人当たりの負担も少なくなり解決の道も見えてきます。今後も同様の取り組みを続けていければと思います。
                           (弁護士 大窪和久)

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