民事事件

2018年10月18日 (木)

面前虐待

あまり聞きなれない言葉ですが、児童相談所で「面前虐待」を理由に保護されるケースが増えていて、良くご相談を受けます。

 面前虐待とは、子どもの面前で父親と母親が大喧嘩をすることが子どもにとって精神的な虐待に当たるので、児童相談所に保護される理由になるというものです。

喧嘩をするほど仲が良いなどというのは昔の話のようです。もともと他人同士なのですから、意見が違うことは仕方がありませんが、相手の人格非難や、無理矢理自分の言うことを通そうとすると、激しい言い争いになり、それを子供の前で見せてしまうと、子どもが恐怖心を抱いたり、自分が悪かったのではないかと罪悪感を持ったり、怒号や、罵り合いがまた起こるのではないかというトラウマに捉われるということが分かって来ています。

たかが夫婦喧嘩だと大人は思うかも知れませんが、子どもにとって、目の前で大声で叫ばれる、母親が殴られる、包丁を片方が持ち出す、どれも大きな恐怖です。大喧嘩の果てに警察を呼んだりすると、警察が児童の面前虐待であるとして児童相談所に通報することになっています。

 そして度重なると児童相談所は、この環境に子供を置いておくことは出来ないと考えて児童施設に保護する手続きを開始します。

 その段階で相談に見える方は虐待という意識がありません。子供を虐めたわけではないのに相談所は訳も言わずに子供を連れて行った、と言います。

 弁護士は、子どもを返してくれない、会わせてもくれない、という不満をお聞きすることになります。確かに説明しない相談所もどうかと思うのですが、この場合、何が問題で、返してくれないのかを、しっかり把握することが大事であり、弁護士であれば、児童相談所に話を聞いてその理由をご説明することが可能です。

 一般的には、児童相談所は、子どもを安心して返せる環境があるかどうかを重視して考えています。夫婦のどちらが悪いとか、夫婦喧嘩の原因は何かというご両親の訴えを一応は聞きますが、それを判断したり裁定したりすることはいたしません。夫婦が今後、子どもの前でひどい喧嘩をしないと安心出来て初めて子どもを返すことを考える方向に向かいます。

 そのことを理解しないと、いつまでも子どもを返して貰えないことになります。こういうケースでは、弁護士が役に立つことがあると感じております。

(弁護士 神山 昌子)

2018年10月 3日 (水)

非弁行為を行うネット削除業者にご注意ください

 近年インターネットの誹謗中傷の被害が増えていますが、その一方でインターネットの投稿・記事の削除請求を代行する業者も存在しています。

 しかしながら、昨年2月に東京地方裁判所は、ネット削除業者の行った「削除代行」は弁護士以外に行うことが法律上禁じられている「非弁行為」に該当することから、依頼者との間の契約は無効となるとした上、ネット削除業者に対して依頼者に代金全額の返還を命ずる判決を下しました(平成29年2月20日東京地裁判決 判例タイムズ1451号237頁。なおこの判決は確定しています)。

 弁護士法72条では、弁護士でないものが報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うこと(非弁行為)を禁止しています。そしてこれに違反した場合には弁護士法77条3号により犯罪行為をしたものとして2年以下の懲役又は300万円以下の罰金に処せられることとなっています。

 法律上非弁行為が禁止されているのは、法律上の専門知識が担保されていない非資格者が法律問題を扱うことにより、不適切な処理がなされ関係者が被害を受ける危険があるとともに、紛争自体さらに複雑化をしてしまうことがあるからです。私が地方に赴任していた際に取り扱った事件でも、相談に来る前に弁護士資格を有さない者が法律紛争を取り扱ったために紛争が深化してしまっていたケースは多々ありました。そのような事態を防ぐため、法律は厳しい罰則をもって非弁行為を禁じているのです。

 上記裁判において被告のネット削除業者は、ネット記事などの削除代行はウェブサイトに対して情報を提供して削除を依頼するという単純かつ画一的な行為であり、専門的知識も不要であるから、法律事件に関する法律事務にはあたらないという主張をしていました。しかし裁判所は、削除依頼は投稿者の権利を行使することによって、ウェブサイト運営者の表現の自由と対立しながらも記事の削除を行い投稿者の権利を守るという効果をもたらすものであるとして、被告のネット削除業者の言い分を全面的に否定しました。

 この判決以降、ネット削除業者も表立って自ら削除を行うということを宣伝することは少なくなってきたように思われますが、中には専門家を紹介するなどといってみたり、専門家の名前を借りて削除を行うなどという業者もいますので注意が必要です。上記裁判の被告のネット削除業者も、依頼者に対して難易度の高いものはパートナーの行政書士において削除申請を行わせるなどといっていたようです(なお行政書士も報酬を得る目的で法律事件に関して法律事務を取り扱うことは禁じられております)。

 非弁行為を行うネット削除業者に対して依頼を行うことは自ら不利益を被る可能性があるばかりではなく、非弁行為という犯罪に加担することにもなりますので絶対にしてはなりません。ネット上の誹謗中傷の被害にあった場合には専門家である弁護士に直接相談して、説明を受けたうえ納得のいくやり方で依頼するのが良いでしょう。 

(弁護士 大窪 和久)

2018年9月 5日 (水)

まとめサイト上の誹謗中傷の投稿への対処について

インターネットに関する相談の中で、近年良く受けているのがいわゆるまとめサイトに誹謗中傷の投稿が掲載されているというものです。

まとめサイトとは、匿名掲示板等やSNSの投稿をまとめて記事にして掲載しているサイトのことをいいます。したがって、例えば誹謗中傷の投稿が匿名掲示板に書かれていった場合にまとめサイトでもその誹謗中傷の投稿が掲載されることになります。

検索エンジンなどで人名を検索した場合、元となった匿名掲示板やSNSの投稿よりもまとめサイトの投稿の方が上位に来ることも良くあります。匿名掲示板やSNSについては読む人も利用者に限られますが、まとめサイトは匿名掲示板やSNSの利用者以外にも読者があるからです。まして有名なまとめサイトに投稿が掲載された場合には読者が爆発的に増えることにもなります。

匿名掲示板やSNSの場合、誹謗中傷の投稿削除要望に対応する窓口が作られており、(曲がりなりにも)削除対応されるためそれで投稿が削除されることもあります。ただまとめサイトの場合、そもそも運営主体がどこなのかサイト上で明記されていないものがほとんどですし、連絡先とされているメールアドレスへ連絡しても無視されることも良くあります。そのため掲載元の匿名掲示板やSNSよりも投稿削除が難しいということになりがちです。

ただ、このような運営主体が不明なまとめサイトであっても、どこかのサーバーを利用します。そこでサーバーを管理する会社を特定した上、そのサーバー管理会社を相手にしてプロバイダ責任制限法(特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律)により投稿削除を請求することができます。弁護士が投稿削除の依頼を受けた場合も、サーバー管理会社に対して削除請求を行って投稿を速やかに削除させるのが通例です。

まとめサイト上の投稿削除だけではなく、まとめサイトにより誹謗中傷の投稿が広められたことについての損害賠償責任をとってもらいたいという思いもあるでしょう。この点近時まとめサイトの行ったまとめ投稿に対し、不法行為に基づく損害賠償が認められた裁判例(大阪地裁平成29年11月16日判決 判例時報2372号59頁)の事案が参考になるかと思いますのでご紹介いたします。

この事案では、匿名掲示板の投稿をまとめサイトに掲載したことにより原告の権利を新たに侵害したかどうかが争点となりました。この点被告(まとめサイトの運営)側は、仮にまとめサイト上に問題がある投稿の掲載があったとしても、原告の権利はあくまで掲載元の匿名掲示板の投稿により侵害されたにすぎず、まとめサイト上の掲載が新たに原告の権利を侵害したとはいえないと主張しています。

ただ裁判所は、サイト上の掲載では表題の作成や表記文字の強調等が行われていることや、まとめサイト上に多数のコメントが掲載されており多くの読者がいること等からすると、まとめサイト上の投稿は引用元の匿名掲示板の投稿とは異なる新たな意味合いを有するものであるとして、被告の主張を排斥し、まとめサイト上の掲載が新たに原告の権利を侵害したと認めました。なお、地裁での判決の後本年6月に大阪高裁で本件の控訴審判決が出されていますが、地裁の判断を維持しています。

上記裁判例の考え方に従えば、まとめサイト上の投稿に対してまとめサイトの運営者に対しても損害賠償請求を行うこともありえることになります。

まとめサイト上の誹謗中傷の投稿については運営者がどこの誰だか分からないこともあって泣き寝入りする人も多いですが、弁護士に依頼すれば投稿削除や被害回復へ繋げていくこともできますので、まず弁護士に相談されることをお勧めいたします。

                                    (弁護士 大窪 和久)

2018年8月 9日 (木)

定年後再雇用で不当な労働条件(賃金・給与)を提示された方へ

1.年金の受給開始年齢(65歳 国民年金法26条、厚生年金保険法42条1号)に達するまでの高齢者福祉を代替させるため、法は事業主に対して高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保するための措置を講じることを義務付けています(高年齢者等の雇用の安定等に関する法律9条1項)。

  具体的には、① 定年の引き上げ、② 継続雇用制度の導入、③ 定年の廃止 のいずれかの措置をとらなければなりません。

  厚生労働省が発表している「平成29年『高年齢者の雇用状況』集計結果」によると、高年齢者雇用確保措置は従業員31人以上規模の99.7%で導入されています。また、雇用確保措置の内訳は、① 定年の引き上げ が17.1%、② 継続雇用制度 が80.3%、③ 定年制の廃止 が2.6% となっています。

https://www.mhlw.go.jp/file/04-Houdouhappyou-11703000-Shokugyouanteikyokukoureishougaikoyoutaisakubu-Koureishakoyoutaisakuka/0000182225.pdf

資料を参照すれば分かるとおり、多くの企業は、雇用安定措置として、継続雇用制度(いわゆる定年後再雇用の制度)を採用しています。

2.継続雇用制度で雇い入れられるにあたっては、現役時の給与よりもかなり低い給与水準が示されることが珍しくありません。

  この点に関係して、近時、大幅な賃金引下げを伴う定年後再雇用の提案をすることの適否が問題になった判例が公刊物に掲載されました。福岡高裁平29.9.7労経速2347-3九州惣菜事件です。

  この事案では、定年前に33万5500円の月額賃金(時給換算1944円)をもらっていた労働者に対し、時給900円・月収ベースで月額賃金8万6400円になるような給与水準を示すことの適否が争われました。

  裁判所は、

 「再雇用について、極めて不合理であって、労働者である高年齢者の希望・期待に著しく反し、到底受け入れ難いような労働条件を提示する行為は、継続雇用制度の導入の趣旨に違反した違法性を有する」

 「その判断基準を検討するに、継続雇用制度(高年法9条1項2号)は、高年齢者の65歳までの『安定した』雇用を確保するための措置の一つであり、『当該定年の引上げ』(同1号)及び『当該定年の定めの廃止』(同3号)と単純に並置されており、導入にあたっての条件の相違や優先順位は存しないところ、後二者は、65歳未満における定年の問題そのものを解消する措置であり、当然に労働条件の変更を予定ないし含意するものではないこと(すなわち、当該定年の前後における労働条件に継続性・連続性があることが前提ないし原則となっており、仮に、当該定年の前後で、労働者の承諾なく労働条件を変更するためには、別の観点からの合理的な理由が必要となること)からすれば、継続雇用制度についても、これらに準じる程度に、当該定年の前後における労働条件の継続性・連続性が一定程度、確保されることが前提ないし原則となると解するのが相当」である

 「したがって、例外的に、定年退職前のものとの継続性・連続性に欠ける(あるいはそれが乏しい)労働条件の提示が継続雇用制度の下で許容されるためには、同提示を正当化する合理的な理由が存することが必要であると解する。」

 との規範を示したうえ、

「本件提案の労働条件は、定年退職前の労働条件との継続性・連続性を一定程度確保するものとは到底いえない。したがって、本件提案が継続雇用制度の趣旨に沿うものであるといえるためには、そのような大幅な賃金の減少を正当化する合理的な理由が必要である。」

「月収ベースの賃金の約75パーセント減少につながるような短時間労働者への転換を正当化する合理的な理由があるとは認められない。」

と会社側による極端な給与水準の引き下げに違法性を認めました。

 結局、この事案で、裁判所は、会社側に対し、原告への100万円の慰謝料の支払を命じました。

3.定年後再雇用に伴って、給与水準が下がったからといって、直ちに違法性が認められるわけではありません。

  しかし、企業経営的な論理で給与水準を下げざるを得ないとしても、それには一定の限界があります。上述の裁判例は、その限界を画する一例としての意味があります。

  会社側が月収ベースの賃金の75パーセントを減少させた背景には、雇用保険法における高年齢雇用継続給付の仕組み(雇用保険法61条以下参照)と平仄を合わせたことが推察されます。高年齢雇用継続給付とは、60歳以後の賃金が60歳時点の75パーセント未満になった場合に給付金が支給される制度です。

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11600000-Shokugyouanteikyoku/0000172176.pdf

  ここから逆算して、60歳時点との比較において25パーセントの給与水準を保障していれば合理性は否定されないはずだという思惑があったのではないかと推察されます。

  しかし、上記の裁判例は75パーセントも給与水準を減少させるのは、行き過ぎだと判断しました。もちろん、上記裁判例は減少幅を構成するパーセンテージだけで結論を出しているわけではありませんが、それでも同様の発想に基づいて定年後再雇用者の給与水準を設定している企業に対して、法的な責任を追及する足掛かりとなる判例には違いありません。

4.定年後再雇用に伴って極端に低い賃金水準を提示されて経済的なお悩みをお抱えの方・理不尽さを感じている方は、ぜひ一度相談にいらしてください。

また、その際には、似たようなお悩みをお抱えの方に声を掛けることをお勧めします。この種の制度論を争う訴訟は、原告の数に応じて争点が拡散していく類の事件ではないため、集団訴訟として事件化できれば、原告の方一人あたりの弁護士費用の負担を大幅に薄められる可能性があるからです。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年8月 7日 (火)

離婚事件 別居10年で夫が妻に払う額は数千万?

1.「“別居”10年で夫が妻に払う額は数千万円」という記事が掲載されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/15094884/

  記事には、

「婚姻費用。俗に「コンピ」とも呼ばれるこの費用こそが、あなたを破産に追い込む悪魔のコスト。これは『離婚が成立するまでは夫婦の関係が継続しているものとして、稼いでいるほうは相手側にそれまでと同等の生活レベルを保証する義務がある』というもの。」

「たとえ妻が不貞を働き慰謝料を払うほうだとしても、離婚をゴネられれば簡単に婚姻費用でモトを取られてしまうのだ。」

「この婚姻費用は正式に離婚が成立するまで払い続けなければならない。妻が不貞を働いて一方的に家を飛び出していったとしても、である。」

「結局、離婚成立までにどれくらいかかるのか。要は裁判所が裁定を下すか、相手が納得して離婚届に判子を押せばいいわけだ。フルに戦って高裁(2審)まで争えば、ゴネてる側に離婚の原因があったとしても5年、子どもがいれば10年くらいは軽くかかってしまう。」

「これを早めるには5~10年分の婚姻費用(+慰謝料・財産分与)を提示して、和解に持ち込むしかない。星の数ほどもある判例から落としどころは見えているので、裁判官も弁護士も双方をそこに誘導しようとする。」

などと書かれています。

 著者は理論物理学研究者を標榜する方のようです。実務法学とは大分畑違いであるような気がしますが、不正確と思われる部分について真に受ける人がいないよう、情報発信をした方が良いと思い、本記事を執筆することにしました。

2.先ず、婚姻費用で破産したというのは聞いたことがありません。普通に生活していれば、婚姻費用で破産することは理論上も有り得ません。

  婚姻費用の算定には「基礎収入」という概念が使われるからです。

  「基礎収入」とは、「税込収入から公租公課、「職業費」及び「特別経費」を控除した金額」とされています(三代川俊一郎ほか『簡易迅速な養育費等の算定を目指して-養育費・婚姻費用の算定方式と算定表の提案-』〔判例タイムズ〕1111-285参照)。職業費は「給与所得者として就労するために必要な出費(被服費、交通費、交際費等)」(前掲文献)のことです。「特別経費」は「家計費の中でも弾力性、伸縮性に乏しく、自己の意思で変更することが容易でなく、生活様式を相当変更させなければその額を変えることができないようなもの」とされていて、具体的には「住居費や医療費などがこれに該当する」(前掲文献)と理解されています。

  税金などの公租公課、被服費・交通費・交際費等、家賃や医療費などの自分自身にかかってくる生活費を控除した収入を割り付けて行くのが婚姻費用に関する基本的な考え方です。生活費が別枠で留保されているわけですから、破産するほど相手方に生活費を絞りとられることは、家裁で採用されている計算式的にありえません。法は不可能を強いるものではありません、身の丈に合わないようなお金の使い方をしない限り、婚姻費用のせいで破産することはありません。

3.不貞を働いた妻がゴネて簡単に婚姻費用で元を取るだとか、不貞を働いて一方的に家を飛び出した妻に離婚が成立するまで婚姻費用を払わなければならないだとかいった話も、私にはあまり馴染みのない議論です。

このブログで以前にも指摘したことがありますが、専ら分担請求権者である妻側に有責性がある場合、婚姻費用の分担請求は制限されたり否定されたりしています。例えば、東京高決昭58.12.16家月37-3-69は、夫婦の一方が他方の意思に反して別居生活を強行している場合について、子どもの養育費は別として、自身の生活費の請求は認められないとしました。また、市販されている書籍でも、「不貞関係にあるとみられてもやむを得ない」申立人妻からの婚姻費用分担請求について、子どもの養育費相当額を超える請求を認めなかった例は、普通に掲載されています(森公任ほか編著『簡易算定表だけでは解決できない 養育費・婚姻費用算定事例集』〔新日本法規出版,初版,平27〕の243頁以下等)。

4.さらに言えば、離婚事件では、5年も10年も粘れるものではありません。

前提として、弁護士には訴訟遅延を図ることが禁止されています。職務基本規程という日弁連の会規で「弁護士は、怠慢により、又は不当な目的のため、裁判手続を遅延させてはならない。」とされています(職務基本規程76条)。意図的に引き延ばしているのかは素人の方には分からなくても、相手方の代理人弁護士には分かります。無理な引き延ばしを図れば、相手方から懲戒請求されかねません。また、裁判官から「テンポ良く仕事のできないダメな代理人」という烙印を押されても手続上何も良いことはありません。したがって、わざと手続を遅延させるというのは、弁護士にとっては、例え顧客から要請されたとしても、やりたくないことの一つです。

更に言えば、平成15年から「裁判の迅速化に関する法律」という法律が制定され、これに基づいて裁判所は審理期間の短縮のために種々の努力をしてきています。結果、審理期間は一昔前よりも大分短縮されています。

5年も粘ることが無理なことは統計上からも伺えます。

離婚事件は、調停(不成立)→訴訟(第一審)→訴訟(控訴審)といったように手続が流れて行きます。

  現在閲覧できる最新の司法統計である「家事 平成28年度 第16表 婚姻関係事件数-終局区分別審理期間及び実施期日回数別-全家庭裁判所」によると調停不成立で終わった1万1185件の事件のうち、2年を超える審理期間がかかったものは23件しかありません。

  また「民事・行政 平成28年度 第40表 控訴審通常訴訟既済事件のうち控訴提起により受理した事件数-事件の種類及び審理期間(原審受理から終局まで)別-全高等裁判所」によると、一審受理から終局までにかかった期間という括りでも、人事を目的とする訴え1256件のうち、審理期間が5年を超えるものは8件だけです。

 http://www.courts.go.jp/app/sihotokei_jp/search

  私自身の実務感覚・経験からすると、婚姻関係の破綻に原因のある相手にゴネられているだけのケースの場合、概ねの事案では1~2年程度で控訴審での判決まで行きついているのではないかと思います。ゴネているだけの場合、話し合いによる解決の見込みがないものとして、早々に調停に見切りを付けて不成立で終わらせ、訴訟提起すれば、5年も10年もかかるということは先ずありません。勿論、相手に非があることが明白なのに当方から5~10年分の婚姻費用を解決金として提示したこともありません。

5.家事調停や人事訴訟の代理業務が法的に許されていない士業の方や、そもそも法律に関係する資格を有していないにも関わらず専門家を自称する方の中には、相談者に過度に厳しい見通しを告げて、裁判外で相談者に不利な合意を結ぶことを後押ししているように思われる方が散見されます。相手方に不貞行為がある場合のように、専ら相手方に有責性があるにもかかわらず、当方から5年~10年分の婚費を支払うような形での離婚を打診すれば、相手方にとっては渡りに船で、協議離婚が成立するのは当たり前です。これを自称専門家のアドバイスのお陰と有難がるのは誤りです。

  一般の方には専門家を自ら標榜する方の発言の信憑性を評価するのは難しいと思います。本ブログで信憑性に疑義のあるネット記事(最近、特に、離婚に関するものが目につくように思います)に対する論評を加えているのもそのためです。個人的には離婚など当事者間に利害対立のある事件に関することは、紛争処理の実務経験のある弁護士に相談することをお勧めします。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年7月31日 (火)

ご近所トラブルに遭われた方へ

最近、ご近所トラブルの話を多く聞きます。

 

ペットの鳴き声、テレビ・ラジオなどの騒音、境界線のはみだし、明らかな嫌がらせ行為など、ご近所の方で困ったご経験をお持ちの方は少なくないのではないでしょうか。

 

一度ご近所トラブルを抱えてしまうと、長期間にわたりかなりのストレスを抱えることになります。

特にそれが持ち家であったり、引っ越してきたばかりですぐに転居することを考えていない場合には、より辛い状況が長く続いてしまうのではないかと思います。

 

当事者間の話し合いで解決できれば大きな問題にはなりません。

しかし、交渉の仕方がまずければ、感情的な対立が大きくなり、もはや話合いのムードではなくなります。

 

こういうとき、誰に相談したらよいのでしょうか。

明らかに身の危険を感じるのであれば、まずは警察に行かれた方がよいと思います。

しかし、危険までは感じない場合、あるいは警察が刑事事件として扱ってくれない場合もあります。

 

そのような場合には、弁護士に相談してみることをお勧めします。

 

数年前、興味深い裁判例がでました。大阪地裁平成27年12月11日判決です。

これは、飼い犬の鳴き声により近隣住民に財産的、精神的損害を与えたとして、飼主に対する損害賠償請求が認容された事例です。

 

この事件では、

・飼主の敷地内で放し飼いにされていた犬は、10年以上にわたり昼夜を問わず吠えることがあった。

・その犬は他の犬と比較すると鳴き声が大きい方である。

・飼主の家から原告の家までは約4m幅の道路を挟んで直線距離で約32.5mである。

・飼主は、原告から犬の鳴き声に対する苦情を言われたり、調停の申立てをされたりした後も、犬の鳴き声を低減させるための適切な措置を執らなかった。

といった事情がありました。

 

そのような中、この事件の原告は、飼主に対し、睡眠障害を伴う神経症を発症するなどしたとして、民法718条1項または同法709条による損害賠償請求権に基づき、治療費及び慰謝料等の支払いを求め、裁判所は請求を一部認容する判断を示しました。

 

今回紹介した裁判例のほかにも、裁判によって決着をつけた近隣トラブルも少なくありません。

 

 

抱え込んでストレスを溜めてしまう前に、身近な弁護士に相談してみてください。

もちろん、当事務所に相談してくださることも大歓迎です。

一度ご相談にいらしてください。



(弁護士 馬場大祐)

2018年7月22日 (日)

離婚事件 弁護士は、親子を引き離し、関係をこじれさせることで儲けているのか?

1.「親子を引き離し、関係をこじれさせることで儲ける“離婚ビジネス”の実態」なる記事が掲載されています。

https://hbol.jp/171049

https://hbol.jp/171049/2

http://news.livedoor.com/article/detail/15044811/?p=1

http://news.livedoor.com/article/detail/15044811/?p=2

  記事では、

「関係を壊した妻側が、婚姻費用を請求してくる。離婚しないならカネを払え……と。妻側の弁護士はまるで暴力団です」

「子どものためのお金なのに、弁護士がやっていることはピンハネ。月々10万円をとれるクライアントを10人見つければ、10万円が固定収入になる。顧問契約の2件分です。国が作った機関が、養育費から報酬を得られるようにするなんて、離婚を奨励しているようなものです」

 

「弁護士があえて「事件」を作り出し、売上を得る仕組みを「離婚ビジネス」と酷評するのは笹木孝一さん(仮名、50歳)」

などと弁護士のことを随分と悪く言っています。

 ただ、記事が指摘する「実態」なるものは、私の弁護士としての認識とは大分異なります。今回は離婚事件について記事とは異なる認識があることをお伝えさせて頂きます。

2.記事では、「妻が浮気して出て行った場合の妻側弁護士の対応」を引き合いに出し、「関係を壊した妻側が、婚姻費用を請求してくる。離婚しないならカネを払え……と。妻側の弁護士はまるで暴力団です」などと弁護士の活動を批判しています。

 しかし、専ら分担請求権者である妻側に有責性がある場合、婚姻費用の分担請求は制限されたり否定されたりしています。例えば、東京高決昭58.12.16家月37-3-69は、夫婦の一方が他方の意思に反して別居生活を強行している場合について、子どもの養育費は別として、自身の生活費の請求は認められないとしました。また、市販されている書籍でも、「不貞関係にあるとみられてもやむを得ない」申立人妻からの婚姻費用分担請求について、子どもの養育費相当額を超える請求を認めなかった例は、普通に掲載されています(森公任ほか編著『簡易算定表だけでは解決できない 養育費・婚姻費用算定事例集』〔新日本法規出版,初版,平27〕の243頁以下等)。

「妻が浮気して出て行った」というのが単なる思い込みではなく、証拠に基づいて事実として認定できる場合、代理人弁護士がきちんとした仕事をする限り、裁判所で妻側の弁護士の言いなりになるような結論が出る事態になることは、それほど多くはないのではと思います。

3.また、「子どものためのお金なのに、弁護士がやっていることはピンハネ。…国が作った機関が、養育費から報酬を得られるようにするなんて、離婚を奨励しているようなものです」というのも、誤解を招く言い方だと思います。

  法テラス(国が作った機関)が関与する事件について言えば、婚姻費用や養育費が適切に支払われている限り、幾ら弁護士が事件にしようとしたところで事件にはなりません。それは、事件にできるかどうか(契約を結んで良いかどうか)を受任する弁護士が判断するのではなく、法テラスの民事法律扶助審査会という第三者機関が判断することになっているからです。

  家庭裁判所が算定表を公開しているため、婚姻費用や養育費の額が幾らになるのかは、一般の方でも比較的簡単に目星をつけることができます。

http://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/tetuzuki/youikuhi_santei_hyou/

  これに基づいて、子どものために適当な婚姻費用・養育費が支払われている場合、それでも債務名義を取得しておくだけの理由があるだとか、特に算定表で考慮されていない費用の負担を求める必要があるだとか、何か特殊な事情がなければ、民事法律扶助審査会は契約の締結を認めないと思います。公費を投入したり、資力に乏しい依頼者に経済的な負担をさせたりするだけの必要性・相当性が認められないからです。

  そのため、婚姻費用分担・養育費請求事件として弁護士が法テラスに持ち込んでいるものは、「子どものためのお金」の負担を相手方配偶者が合理的理由もなく拒否している場合が多くを占めているのではないかと思います。

  婚姻費用や養育費を踏み倒したい側からすると弁護士に介入されるのが嫌なのは理解できないわけではありません。しかし、一般的な弁護士は、放っておくと法の趣旨に則った婚姻費用・養育費が支払われないからやむなく法的措置をとっているのが実情です。婚姻費用や養育費の踏み倒しを阻止された側が、請求権者側の弁護士が報酬を受領することを「ピンハネ」と揶揄するのは筋が違うのではないかと思います。

4.「弁護士があえて『事件』を作り出し、売り上げを得る仕組み」なるものも、私の実感では存在しません。

  依頼者が弁護士のところに相談に来るのは、殆どが事件や紛争になった後です。自分で話をしようとしても、どうにもならないということで相談に来ます。夫婦生活が円満に行っているところに「離婚しませんか。」などといって事件を作ろうとすれば、依頼を獲得するどころか激怒されるのが関の山だと思います。

  ちなみに、笹木孝一さん(仮名、50歳)はエフピックの利用を強いられることが不満であるようですが、裁判所がこれを条件とするのは、妻がリビングに置いていたとする録音機に、何かよっぽどのことが記録されていたからである可能性が高いと思います。

  裁判官の執筆に係る「実務上、子と非監護親との関係は良好な場合でも、監護親と非監護親との感情的対立がなかなか解消せず、実施に際しての協議等が円滑に進まないケースが散見されるが、このような場合でも、やむを得ない事情がない限り、出来る限り当事者間での努力が求められよう」(横田昌紀ほか『面会交流審判例の実証的研究』判例タイムズ1292-5)との論稿にも記述されているとおり、裁判所は面会交流に第三者を関与させることにあまり積極的ではありません。上記の論稿でエフピックの職員等の立会いのもとでの面会交流の実施を命ずる審判例として紹介されている事例も「同居中に非監護親の監護親に対する暴力が振るわれた」というケースです。

  裁判所の決定の理由をきちんと検証せず、笹木孝一さん(仮名、50歳)の言い分を鵜呑みにするのは、やや早計かなという印象を受けます。

5.一般の方の中には、専門家であれば誰に聞いても大体似たような答えが返ってくるはずだとお考えの方がいると思います。

しかし、私の肌感では、所掲の記事に書かれているような実態認識は当業界ではかなり特異なもので、多くの弁護士が共有している実態認識とは懸け離れているように思います。

  どの業界にもあてはまることだとは思いますが、独特の考え方や事実認識を持った人は一定数いるので、違和感を持ったらセカンド・オピニオンを聞きに行くことが必要です。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年7月18日 (水)

離婚事件 相手方が死ぬまで待つのは得策か?

1.「夫に離婚を切り出された59歳主婦、離婚せずに夫の死を待つ『打算』」なる記事が掲載されていました。

https://otonanswer.jp/post/18795/

https://otonanswer.jp/post/18804/

 記事は脳梗塞で倒れたことがある会社社長の夫から妻が離婚を求められたという事案を例に挙げ、

① 現時点で離婚を成立させた場合と、

② 夫が協議離婚中「3年後に逝去」して相続が発生する場合

を比較して、「のらりくらりとかわしておく」「あえて何もしない」という選択を示唆し、

「35年も連れ添った相手に「死んでほしい」と願うのは罪悪感が伴いますが、夫のわがままをかなえるために不利な条件をのむ義理はないので、啓子さんが自分の選択を恥じることはないのです。」

 と結んでいます。

このような試算をして離婚に応じるのか否かを決めるのも、一つの考え方だと思います。

ただ、このような試算に基づいての意思決定が専門家から見ての唯一の正解というわけでないことは、ご紹介させて頂いた方が良いと思い、本稿を執筆することにしました。

2.結論から申し上げると、私が同じような相談を受けたとすれば、現在時点である程度まとまった金額を得て離婚することの意義について、この行政書士の方よりも、もう少し詳しく説明するだろうなという気がします。

  それは相手方が当方の思惑を妨害してくることを想定するからです。

  弁護士と行政書士との差は、大雑把に言って、紛争に日常的に接しているのかという点にあると思います。

弁護士は常日頃から相手方のある紛争に関与しています。対立当事者である相手方は、当然、こちらに都合よく動いてくれるわけではありません。むしろ、当方の利益を抑え込み、相手方の利益を最大化するために積極的に活動します。そのため、紛争性のある事案では、将来予測を立てるにしても、相手方が邪魔をせず、ぼうっと見ていていることを前提とした予測ではあまり役に立ちません。

3.記事では遺言が作成されないことを前提に試算がされています。しかし、相手方が余程間抜けでない限り、この種紛争で遺言が作成されないことは先ずないと思います。離婚したい理由が妻に財産を渡したくないことにあるのだとすれば、遺留分減殺請求を想定したうえで全財産を他の相続人に相続させる内容の遺言を残したり、遺留分ギリギリしか妻に相続させない遺言を作ったりすることが容易に想定されます。そういう意味で、遺言が作成されないことを基礎に予測を立てるのは、あまり現実的ではありません。

  相手方の手落ちを前提にした将来予測は、勝敗の行方を神風に期待するようなもので、あまりお勧めはできません。死亡時に得られる財産は、法定相続分の半分(遺留分相当分)程度と見ておくのが、弁護士の一般的な発想だと思います。

4.また、将来予測を立てるうえでは、割合的に削ってくるであろうことと共に、散財・費消といった可能性も考慮しなければなりません。

  あまり露骨なことをしないという前提のもとでも、相続の発生までに財産が減少してしまっていることはそれほど珍しくありません。

  収入は会社の代表取締役社長を退き、息子等に経営を委ねてしまえば、激減します。収入が減れば婚姻費用も減ります。脳梗塞による健康上の不安を抱えての措置であり、現実に就労実体もなくなっているということであれば、これを婚姻費用の支払いを免れるための偽装工作と言い切れるかは難しい問題です。

  また、老後資金の目安は、3000万円といわれることもあります。

https://www.tr.mufg.jp/dekirukoto/commentary/05.html

  記事では夫が3年後に逝去することが前提になっています。しかし、脳梗塞といっても3年内に再発しない可能性の方が再発する可能性よりも大分高いわけです。

https://noureha.com/for_family/attention/relapse/

  しかも、死亡したくない相手方夫は、当然、予防のために手を尽くすでしょうから、逝去してくれる可能性は統計上の数値よりも低くなると推測されます。

  また、相手方による当方の思惑の阻止とは少し異なりますが、会社の経営も何時も上手くゆくとは限りません。会社が倒産して夫が個人保証をしていれば、幾ら財産を持っていても債権者に持っていかれてしまいます。

  回収できる時に回収するということは、債権回収を考えるうえでの重要な考慮要素になります。将来の皮算用よりも、目の前の現金の回収を優先することは債権回収の場面ではそれほど珍しくありません。

5.離婚に応じるのか否かを考えるにあたり、応じた場合に得られる利益と、応じなかった場合に得られる利益とを対照するという発想自体は、それほど特別なことではありません。

  しかし、将来予測を立てるには、相手方の要望を拒絶した場合に、相手方が当方の思惑を阻止するために、二の矢、三の矢としてどういう行動をしてくるかまで考えなければなりません。

  そのためには、紛争解決についての実務経験、遺言や遺留分など離婚と直接的には関わらない領域にまで及ぶ幅広い法律知識が必要になります。

  裁判離婚できないことを梃子に大幅な譲歩を引き出してすぐ離婚した方が良いのか、それとも、離婚せず相手方が死去するまで待った方が良いのか、といった判断は、ある程度の紛争解決の実務経験を積まなければ分かりにくいのではないかと思われます。意思決定に試算を用いるにあたっては、その試算が相手方の行動や、自分でコントロールできないリスクを適切に考慮したうえで作られたものなのかを見極めてからにする必要があります。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年7月 7日 (土)

使用者側のハラスメントと精神疾患による休職・自然退職

1.会社勤めをしていると、病気になったり、怪我をしたりして、働けなくなることがあります。

  病気や怪我が業務上の事由によるものであれば、労働者災害補償保険法に基づいて療養給付や休業給付を受けることができます。また、業務上の病気や怪我で療養のために休業している期間(及びその後30日間)に労働者を解雇することは原則として禁止されています(労働基準法19条1項)。

  他方、私傷病の場合にはこうした制約はありません。私傷病で働けなくなった場合の従業員の立場は就業規則に規定されているのが通例です。厚生労働省のモデル就業規則では、業務外の傷病で療養を継続する必要がある場合に休職とすることとし、休職期間が満了しても傷病が治癒せず就業が困難な場合には、休職期間の満了とともに退職する扱いになると定められています

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000118951.pdf)。

2.業務上の病気や怪我か、私傷病かが問題になる場合として、使用者側のパワハラが関係している場合があります。

  パワハラによって精神疾患を発症した場合、それは業務上の疾病になる可能性があります。

ただ、パワハラは、集積すれば大きな負荷となるものでも、一つ一つを取り出してみると、それほどのことでもないという場合が珍しくありません。また、指導や叱責との区別がつきにくいものもあります。その他、会社を訴える前提で一つ一つの出来事を記録している労働者は稀であること、報復の危険から同僚など協力してくれる関係者を見つけるのが困難であることから、一般論として言うと、パワハラによって精神疾患を発症したことを立証するのは、必ずしも簡単ではありません。

  そのため、法律相談をしていると、直観的な印象としてパワハラによって精神疾患を発症したと思われるのに、私傷病休職の扱いとされている場面を目にすることがあります。

3.休職期間の満了による一般退職扱いの有効性が争われた事案として近時公刊物に掲載された岐阜地判平30.1.26労経速2344-3も、この系譜に属する事件です。

  この事案では、

 ① 育休に復帰した直後から従前と同様の勤務条件での勤務を希望する原告に対し、給与体系を時給制にしたり精勤手当を支給しないとしたりするなどの勤務条件の変更を度重ねて申し入れていたこと、

 ② 歯科技工士として採用された原告に対し、勤務条件の変更の提案を受け入れなかったことや労働局に相談したことに対する制裁的な意味合いで、使用者側がクリニックの歯科技工士らに技工指示書を渡さないように指示していたこと、

 ③ 他の従業員らを立ち会わせたうえで、いわれのない懲戒処分を行ったこと、

 ④ 朝礼で例え話を用いたり、「身近な人の『こうげき』がなくなる本」なる書籍を使ったりしながら、他の従業員らの面前で原告を揶揄し続けたこと、

 を指摘したうえ、

 「被告らの行為によって精神的負荷を受けており、かつ、原告がもともと精神疾患を発症していなかった上、本件精神疾患を発症させるようなその余の事情が認められないことからすれば、これらの精神的負荷の積み重ねによって、原告が本件精神疾患を発症したものと優に推認できる。」

 とし、原告に生じていた不安抑うつ状態・抑うつ神経症に業務起因性を認め、労働基準法19条1項の類推適用により、退職扱いを無効としました。

  また、賃金に関しても、

「使用者たる被告Dの責めに帰すべき事由によって、労働者たる原告が債務の履行として労務を提供することができなくなった以上、原告は賃金請求権を失わない」

 と判示しています。

4.一昔前、社会保険労務士がブログに「社員をうつ病にする方法」なる記事を投稿して物議を醸しました

https://www.sankei.com/life/news/151225/lif1512250012-n1.html)。

  この社会保険労務士は「『世間をお騒がせしたのは申し訳ないと思っています。一部、筆が滑って過剰な表現はありましたがブログに書いた趣旨は間違っていないと思います』などと話しているという」とのことです

https://www.huffingtonpost.jp/2015/12/30/certified-social-insurance-labor-consultant_n_8892716.html)。

 しかし、弁護士の視点から申し上げると、上記のようなアドバイスは会社を間違った方向に導くものだというほかありません。

  社員を鬱病にしたところで、業務起因性が認められてしまえば、基本的には解雇(当該社労士のやや品位に問題のある言葉を借りれば「会社から追放」「首切り」)することはできません。特定の社員を追放するために合目的的・組織的にパワハラをしていれば相当数の痕跡(証拠)が残るだろうとも思います。

  無茶なやり方で退職扱いを強行しようとしても法的紛争に発展するリスクを抱えるだけですし、当該社員が自殺でもしたら恨み骨髄に徹した遺族から莫大な損害賠償を請求されたりマスコミ報道で晒し上げられたりされかねません。

  また、パワハラは被害に遭っていない社員にとっても見ていて楽しいものではありません。仕事への意欲を低下させたり、明日は我が身かという危機感から大量離職を生じさせたります。

  法は常識に沿うように作り込まれているため、素人目にみても「おかしい」と思われるアドバイスは、専門家からみても間違っていることが多いです。過激なアドバイスを受けた場合、それが専門家を標榜する方からのものであったとしても、弁護士等にセカンド・オピニオンを求めてみることをお勧めします。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年7月 2日 (月)

違法解雇で慰謝料を請求できる場合-妊娠等を理由とする解雇

1.法律上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は無効とされています(労働契約法16条)

  このルールをもとに、違法な解雇をされた労働者は、使用者に対して労働契約上の地位の確認を求めることができます。

  労働契約法上の地位の確認が認められれば、解雇されたことによって働けなかった期間に相当する賃金の支払いを求めることができます。

  違法な解雇は、収入の途を奪ってしまうというだけではなく、働いている人に対して大きなショックを与えます。しかし、裁判例の傾向として、こうした精神的苦痛に対して慰謝料まで請求できる事例は決して多くはありませんでした。一般論として、賃金が支払われることで経済的な損失が補填されれば、解雇に伴う精神的苦痛は緩和されると理解されているからです。

  こうした一般論が裁判例として集積される中、近時、注目される裁判例が公刊物に掲載されていました。東京地判平29.7.3労判1178-70です。

2.この裁判例では、妊娠・出産と近接して行われた解雇の有効性が問題になりました。

  解雇の有効性を判断するにあたり、裁判所は、

「事業主において、外形上、妊娠等以外の解雇事由を主張しているが、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことを認識しており、あるいは、これを当然に認識すべき場合において、妊娠等と近接して解雇が行われたときは、均等法9条3項及び育休法10条と実質的に同一の規範に違反したものとみることができるから、このような解雇は、これらの各規定に反しており、少なくともその趣旨に反した違法なものと解するのが相当である。」

「本件においては、原告が第2回休業後の復職について協議を申し入れたところ、本来であれば…被告において…原則として、元の部署・職務に復帰させる責務を負っており、原告もそうした対応を合理的に期待すべき状況にありながら、原告は特段の予告もないまま、およそ受け入れ難いような部署・職務を提示しつつ退職勧奨を受けており、被告は、原告がこれに応じないことを受け、紛争調整委員会の勧告にも応じないまま、均等法及び育休法の規定にも反する解雇を敢行したという経過をたどっている。こうした経過に鑑みると、原告がその過程で大きな精神的苦痛を被ったことが見て取れ、賃金支払等によって精神的苦痛がおおむね慰謝されたものとみるのは相当でない。」

 と判示し、解雇を無効と判断したうえで、事業主に対し、賃金の支払いに加え、慰謝料50万円の支払いを命じました。

3.労働者が妊娠・出産したことや、育児休業をしたことを理由に解雇することは法律で禁止されています(男女雇用機会均等法9条3項、育児休業法10条)。

  明文で禁止されているため、真実は妊娠・出産、育休取得を理由に解雇する場合でも、事業主が「妊娠・出産、育休取得を理由に解雇しました。」と言うことは先ずありません。勤務態度不良、成績不良、適格性欠如など、他にもっともらしい理由を掲げるのが普通です。

  そのため、解雇の有効性をめぐる紛争では、専ら、事業主が挙げている「もっともらしい理由」に解雇を正当化するだけの客観的合理性・社会的相当性が認められるかが争点となるのが通例で、均等法9条3項や育休法10条への違反に解雇無効を導くほか、どのような法的効果が付与されるのか(慰謝料請求の根拠となるのか)が今一判然としていませんでした。

  この裁判例は、

① 妊娠・出産、育児休業の取得と近接した時点の解雇について、客観的合理性・社会的相当性を欠く場合には、仮に他にもっともらしい理由を掲げていたとしても、均等法9条3項違反、育休法10条違反の問題が生じ得ること、

② 単に労働契約法16条違反であるに留まらず、それと同時に均等法違反、育休法違反にも該当する場合、解雇期間中の賃金だけではなく慰謝料まで請求する余地を認めたこと、

に意義があるように思います。

  どこまでが妊娠・出産、育児休業の取得と「近接」しているのかは積み残しの課題です。ただ、この裁判例では、育休明けから解雇の意思表示がされるまで、約8か月の時間的間隔があります。8か月程度の間隔では、未だ「近接」しているとの評価は失われないのだと思われます。

4.労働事件を含め、普通の規模の民事事件の着手金は、50万円もあれば概ねカバーすることが可能です。

  妊娠・出産、育休取得から近接した時期に解雇され、そのことに納得できていない方がおられましたら、ぜひ、一度相談にいらしてください。

  権利保護のお役に立つことができれば、大変嬉しく思います。

(弁護士 師子角 允彬)

 

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