民事事件

2018年2月20日 (火)

医師の残業代・時間外勤務手当(国公立病院を念頭に)

医師の労働時間の管理が適切になされていないのではないかとの新聞報道がありました。これによると、特に大学病院の医師の労働時間の管理体制の不備が顕著で、労働時間がタイムカードなどで客観的に管理されていると回答した医師の割合は5.5%でしかなかったとのことです

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201802/CK2018021902000108.html)。

 医師の就労形態としては、時間外勤務手当を含む形の高額の年俸で雇用されている例がしばしば見受けられます。

 しかし、年俸が高額であったとしても、それだけで労働時間規制を免れることはできません。医師が労働者に該当する限り、事業主は労働時間を管理したうえで、時間外勤務手当を支払う必要があります。時間外勤務手当部分が明確に区分されていない場合に残業代の支払いがあるとみなされないことはもとより(最二小判平29.7.7判タ1442-42)、年俸のうち時間外勤務手当分が幾らといったように、時間外勤務手当の額が明確に区分されていたとしても、その固定部分で賄えない部分は、きちんと清算されなければなりません。固定残業代の仕組みがとられていたとしても、固定部分で賄えない時間外勤務手当の有無及び金額を把握するため、事業主は労働時間を適切に管理する必要があります。

 新聞記事によると、民間病院ではタイムカードなどによる管理がなされていると回答した割合が49.5%であるのに対し、公的病院では19.1%、国公立病院では10.2%、大学病院では5.5%と、民間とそれ以外とで顕著な差が生じています。

 民間とそれ以外とで顕著な差が生じている背景には、国公立病院や公的病院、国立の大学病院の勤務関係を把握している弁護士が不足していて、残業代請求の受け皿が十分に整っていないこともあるのではないかと思います。

 公的な機関の職員の勤務関係はかなり複雑で、知っていなければ答えられないことも多々あります。例えば、公立の学校の教育職員の場合、法律で「時間外勤務手当及び休日勤務手当は支給しない」(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法3条2項)と残業代が発生しないことが法律上明記されています。このような規定は法律家的な感覚からすると相当に違和感があり、直観に頼ると回答を誤りかねない問題の一つです。

 国立病院の場合、独立行政法人国立病院機構に組み込まれている病院であれば、同機構を相手に時間外勤務手当を請求することになります。同機構は独立行政法人通則法上の中間目標管理法人とされています(独立行政法人国立病院機構法4条)。中間目標管理法人は非公務員型の独立行政法人なので(独立行政法人通則法51条に対応する規定がないこと参照)、労働基準法の定め通りに時間外勤務手当を請求してゆくことになります。

 国立の大学病院は国立大学法人が大学設置基準(文部省令第28号)39条所定の附属施設として設置するものです。したがって、国立の大学病院に勤務する医師は国立大学法人を相手に時間外勤務手当を請求することになります。国立大学法人も非公務員型の法人なので、労働基準法の定め通りに時間外勤務手当を請求してゆくこといなります。

 公立病院の職員の場合の勤務関係は少し複雑です。

 地方公共団体が自分で病院事業を行っていて、かつ、条例に特別な定めがない場合、勤務医の立場は一般職の地方公務員になります。この場合、地方公共団体に対して時間外勤務手当を請求することになります。地方公務員法では労働基準法の適用除外が定められていますが、時間外勤務手当の発生根拠である労働基準法37条の適用は除外されていないため(地方公務員法58条参照)、労働基準法の定め通りに時間外勤務手当を請求してゆくことになります。

 地方公共団体が自分で病院事業を行っていて、かつ、条例で地方公営企業法の職員の身分取扱いに関する規定の適用が定められている場合、その勤務関係は地方公営企業法などによって規律されます。この場合、地方公共団体に対して時間外勤務手当を請求することになります。労働基準法37条の適用は除外されていないため(地方公営企業法39条1項)、労働基準法の定め通りに時間外勤務手当を請求してゆくことになります。

 地方公共団体が病院事業を特定地方独立行政法人や一般地方独立行政法人に委託している場合、その法人に対して時間外勤務手当を請求することになります。特定地方独立行政法人は公務員法型の法人なので(地方独立行政法人法47条)、一般職の地方公務員と同様に時間外勤務手当を請求できることになります(適用除外に関しては地方独立行政法人法53条参照)。一般地方独立行政法人は非公務員型の法人なので(地方独立行政法人法47条に相当する規定がないこと参照)、労働基準法の全面的な適用のもと、時間外勤務手当を請求してゆくことになります。

 相談窓口でお悩みの医師ほか医療従事者の方がおられましたら、ぜひ、ご相談にいらしてください。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年2月16日 (金)

不本意な合意の効力を否定できる場面(労働事件)

 一般論として言えば、不承不承交わした合意であったとしても、それだけでは合意の効力を否定することはできません。合意の効力を否定するには、錯誤に陥っていたとか、騙されたとか、強迫されたといった事情が必要になります。

 しかし、労働者と使用者との間で交わされた合意に関していえば、騙されていたり、誤解していたり、脅かされたりしたといった事情がなくても、自由な意思に基づいていないという理由で、合意の効力を否定できる場合があります。

 外形的に合意してしまっていたとしても、自由な意思に基づいていないという理由で合意の効力を覆せる場面は、大きく言って二つあります。

 一つは、賃金や退職金、残業代の放棄や不利益変更が問題になる場面です。

 賃金である退職金債権を放棄する旨の意思表示が有効であるためには「自由な意思に基づくものであることが明確でなければならない」と理解されています。自由な意思に基づくものであるか否かを判断するにあたっては「合理的な理由が客観的に存在していたものということ」ができるか否かがポイントになるとされています(最二小判昭48.1.19民集27-1-27参照)。要するに、単に外形的に権利放棄に同意や承諾をしたとしても、その同意や承諾が自由意思に基づいているといえるような客観的な何かがなければ、同意や承諾を有効とみることはできないという意味です。

 この判断枠組みは、賃金や退職金に関する労働条件の不利益変更に同意した場面や、時間外勤務手当(残業代)の請求権の放棄が問題となる場面でも適用されます(最二小判平28.2.19民集70-2-123、最一小判平成24.3.8労判1060-5)。

 もう一つは、妊娠・出産に関係して降格や退職に同意してしまった場合です。

 妊娠や出産を理由として解雇その他不利益な取り扱いをしてはならないことは、特別法で禁止されおり、妊産婦は一般の労働者よりも更に強く保護されています(男女雇用機会均等法9条3項)。

 降格に承諾してしまった場合にも「当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在」しないことを理由に承諾の効力を覆せる可能性があります(最一小判平26.10.23労判1100-5参照)。また、下級審で「自由な意思に基づいて退職を合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すること」を合意退職が有効であるための要件としているかのように読める裁判例があることは先に当ブログでもご紹介させて頂いたとおりです(東京地裁立川支部判平29.1.31労判1156-11参照)。

 労使間の合意の場面では、判例上、一般の契約法理とは異なる特殊な取り扱いがされていることも珍しくありません。

 強く言われて仕方がなくて合意してしまった、きちんとした情報の提供を受けないまま合意してしまった、退職にあたり未払残業代のことを良く考えることなく債権債務なしという内容の合意をしてしまったなどの事情がある場合には、本当に合意の効力を覆すことができないのかを改めて検討する価値があります。

 もし、釈然としない感覚をお抱えの方がおられましたら、一度、専門家に相談されることをお勧めします。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年2月15日 (木)

合意退職を争える場合(マタハラ)

 会社の辞めさせられ方には、二つの類型があります。

 一つは、よく知られている解雇です。

 もう一つは、退職勧奨を受けて、個々の労働者が使用者と退職を合意する場合です(合意退職)。

 一般論として言うと、裁判所が解雇の有効性をそう簡単に認めることはありません。社会通念上相当であると認められない解雇権の行使が許されないことは法文上も明記されています(労働契約法17条)。

 他方、一旦してしまった合意退職の効力を覆すことは簡単ではありません。退職勧奨の過程で使用者が労働者を錯誤に陥らせていたり、強迫的な言動が用いられていたりするなどの事情があり、かつ、それを立証することができるだけの材料が揃っていなければ、合意退職をなかったことにするのは困難です。使用者の側が、あまりにあからさまな証拠を残すことは、それほど多くみられるわけではなく、実務的な感覚でいえば、解雇を争うのと合意退職を争うのとでは、難易度にかなりの差があります。

 しかし、妊娠や出産に関係して、不本意ながらも退職を合意してしまったというケースでは、錯誤や詐欺、強迫といった事情がなかったとしても、合意退職の効力を覆せる可能性があります。

 東京地裁立川支部平29.1.31労判1156-11は、「退職は、一般的に、労働者に不利な影響をもたらすところ、雇用機会均等法1条、2条、9条3項の趣旨に照らすと、女性労働者につき、妊娠中の退職の合意があったか否かについては、特に当該労働者につき自由な意思に基づいてこれを合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか慎重に判断する必要がある。」としたうえ「被告側で、労働者である原告につき自由な意思に基づいて退職を合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することについての、十分な主張立証が尽くされているとはいえず、これを認めることはできない」と合意退職の効力を否定しました。

 この件は事実経過に照らして合意の事実自体が認定されなくても不思議ではないケースでしたが、それでも単に合意しただけでは退職の効力は認められない・合意に効力が認められるためには自由意思に基づいているといえるだけの客観的な状況が必要だとしたことは、かなり画期的な判示です。

 この判例は、不本意な形で退職勧奨に応じてしまった妊婦・産婦に対し、司法的な救済の道を広げています。

 もし、ご自身にもあてはまるのではないかとお思いの方がおられましたら、お気軽にご相談ください。

 お役に立つことができれば、大変嬉しく思います。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年2月14日 (水)

パワーハラスメントの類型(不正行為の強要)

職場のパワーハラスメントとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう」と定義されています。(厚生労働省 職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000021hkd.html 参照)。

 上記報告は、パワーハラスメントの行為類型として、①身体的な攻撃(暴行・傷害)、②精神的な攻撃(脅迫・暴言等)、③人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)、④過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)、⑤過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)、⑥個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)を掲げています。ただ、これらは「職場のパワーハラスメントのすべてを網羅するものではないことに留意する必要がある」とされています。

 円卓会議で掲げられている行為類型で概ねの事案が網羅されるため、時折、円卓会議の報告以外にどのようなパワーハラスメントの類型があるのかという疑問が寄せられることがあります。

 この問の答えとして、本記事の副題として掲げさせて頂いた不正行為の強要が挙げられるのではないかと思います。

 居宅介護等を業とする会社(被告)が従業員(原告)に対し業務命令として大阪市に提出する書類の改ざんという不正行為を命じたという事案において、「書類の改ざんという不正行為を命じたこと、そのために労働基準法所定の労働時間を優に超える労働を強いたこと、また改ざんした書類に基づく虚偽の報告をするよう指示したことは、被告による違法な業務命令として、原告に対する不法行為にあたるというべきである」とした判例があります(大阪地裁平18.9.15労判924-169参照)。この事案は労働時間的な意味での「過大な要求」を含むものですが、不正行為の指示が従業員に対する不法行為を構成し得ることを明示的に指摘した点に意味があります。

 不正行為の指示には、行政に対する不正行為ではあっても労働者に対する不法行為になるわけではないとした事例もあります(静岡地判平26.7.9労判1105-57参照)。ただ、これは労働者自身も作業に従事している間は、その違法性に気付いていなかったという事実認定を前提にしているため、もともと不正行為の強要があったとは言いにくい事案であるように思われます。

 嫌々ではあっても、不正行為に加担したことを認める形になることから、この種のパワハラは表に出にくい性質があります。代表的な行為類型に書かれていないのは、そのためではないかと思われますが、実際にはそれなりの件数が眠っているのではないかと思います。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年1月23日 (火)

【裁判例の紹介】他人の画像をツイッターで勝手に投稿した人について発信者情報の開示が認められた事例

 当事務所では定期的に所内弁護士による勉強会を行っています。先日その勉強会の中でツイッターの投稿者についてプロバイダに対し発信者情報の開示が認められた事件の裁判例をピックアップしました。近時ツイッターの投稿に関する相談が増えており、私も代理人として発信者情報の開示を行うことも多いので、事務所のブログの方でも取り上げることに致しました。

 今回私が取り上げた裁判例(新潟地方裁判所平成27年(ワ)542号 判例時報2338号86頁)は、原告の写真が、無断でツイッターで投稿されたことから、この投稿者に関する情報の開示を原告の法定代理人(原告の親)が被告(プロバイダ)に対して求めたというものです。ツイッターの投稿の内容は、「投稿者の孫娘が安保法制反対デモに連れていかれたところ熱中症で死んだ」というものでしたが、その「孫娘の写真」として原告の写真が勝手に使われていたのです。

 ツイッターでは実名アカウントを作り投稿している人もいますが、多くの人は匿名での投稿を行っています。その投稿に何の問題もなければよいのですが、人の名誉を棄損したり、プライバシーを侵害するような内容であることもあります。また今回取り上げた裁判例のように、他人の写真を勝手に使った肖像権を侵害する投稿であることもあります。

 投稿を行った発信者に対して直接投稿を行わないよう求めたり、権利侵害に対する損害賠償を請求するには、発信者を特定する必要があります。しかし、ツイッターのアカウントが匿名である場合、表記されている情報だけでは、どこの誰が投稿をしたのか分かりません。 

 その場合、ツイッターに対して発信者情報開示請求を行います。インターネット上の投稿により権利を侵害された場合、投稿者に対して損害賠償を行うなど正当な理由がある場合には、「特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律」(プロバイダ責任制限法)という法律により、特定電気通信役務提供者(掲示板やSNSの管理者等)に対して投稿者の情報の開示を求めることができます。

 しかし、ツイッターの運営会社は投稿者の実名などの情報を有していないため、発信者の特定のために投稿がなされたときのIPアドレスの開示を求めることになります。IPアドレスが判明すれば、投稿者がどのプロバイダを利用してインターネットに接続したのか分かるからです。そして、IPアドレスから判明したプロバイダに対して、ツイッターの投稿がなされた時間にIPアドレスを利用した利用者の氏名や住所等を開示するように求めることになります。

 ただしプロバイダが必ず発信者の情報を開示するとは限りません。プロバイダは発信者情報の開示請求があったときに利用者に対して情報を開示して良いかどうか確認を取りますが、利用者が情報の開示に承諾しない場合、情報開示を行わないという判断に至ることが多いからです。その場合には本裁判例のように発信者情報の開示を求めてプロバイダを相手取り裁判を提起する必要があります。

 今回取り上げた裁判例では、結論として裁判所はツイッターの投稿により原告の肖像権が侵害されているとして、原告の言い分を認め、被告であるプロバイダに対し投稿者の発信者情報の開示を命じました。

 被告は「本件画像は既にWEBで公開されていたものであり(原告の写真は原告の父親が自分のツイッターアカウントでアップロードしていました)、今回問題となっている投稿がなされたからといって、肖像権の侵害がなされたとは言えない」旨の主張をしています。しかし裁判所は、WEBで公開された写真であるといえどもその画像の利用は被撮影者の意思にゆだねられるべきであり、自分の画像を死んだ他人のものとして投稿されることを承諾するということも考え難い等の理由からこの被告の主張を退けました。

 また、被告は、問題となっている投稿では原告の名前があげられておらず、原告の写真かどうかは分からないので、原告の評価は低下しないから権利侵害にあたらない旨の主張も行いました。しかし裁判所は、肖像権はみだりに自己の要望や姿態を公開されない権利なので、社会的評価の低下の有無は肖像権侵害の有無と関係ないという理由からこの被告の主張も退けました。

 なお、本判決で開示された情報に基づき投稿者は特定され、その後原告と投稿者の間で和解が成立しているということです。

 ツイッターや掲示板で匿名の投稿により権利侵害がなされても、泣き寝入りする人は非常に多いです。確かに発信者情報開示には本件の様に裁判上の手続まで必要な場合が多く簡単にはいきませんが、きちんと手続を踏むことによって投稿者を明らかにできることもありますので、お困りの際にはお早めに法律事務所に相談することをお勧めいたします。
                           (弁護士 大窪和久)

2017年11月13日 (月)

【裁判例の紹介】名義貸しがなされた場合においても割販法によるクレジット契約取消が認められる場合があるとした最高裁判例

 私は2011年から2016年までの間北海道の名寄市で弁護士業務を行っておりましたが、その間に発生した消費者事件の弁護団(旭川弁護士会の有志中心に道内道外の弁護士により活動していました)に入っています。この度この消費者事件が解決し、また事件の裁判例も紹介されております(平成29年2月21日最判 判例タイムズ1437号40頁等)ので、本ブログでも取り上げさせていただくことにしました。

 事件の内容としては次の様なものです。

1 平成21年8月から平成23年11月にかけて、呉服店の代表者が顧客らに対して「クレジットを組めないお年寄りがいる。絶対に迷惑をかけないので名前を貸して欲しい」等といって名義を貸すよう求めました。
 顧客らは、呉服店とつきあいが長いこともありこれを断れず、代表者の求めに応じて名義貸しを行ってしまい、呉服店との間で架空の売買契約(実際にはクレジットを組めないお年寄りはいませんでした)を結ぶと共に、信販会社との間で立替払契約を行いました。
 信販会社は、顧客らに対して購入確認の電話をかけましたが、顧客らは予め呉服店の代表者から言われていた通り、自分で購入したという応対をしました。

2 信販会社から代金相当額の支払を受けていた呉服店は、当時経営が苦しく、これを運転資金に回していたようです。呉服店は顧客らの口座に毎月分割支払金相当額を入金していました。ところがこれが続かなくなり、平成23年11月に営業停止してしまいました(なおこの呉服店については平成24年4月に破産開始決定が出されています)。

3 信販会社は、呉服店の顧客らに対し、立替金残金の支払請求を行いました。

 呉服店の倒産後顧客らから消費生活センターの方に相談が殺到する状況となりました。消費生活センターの方でも仲介を行いましたが、信販会社は名義貸しを行った顧客は呉服店と同じ責任を持つという姿勢をとっており、解決に至りませんでした。その後、旭川弁護士会の有志で弁護団を組むことになりました。ただ弁護団の方で信販会社と交渉を行うも信販会社の姿勢は変わらず、信販会社から数十名の顧客が提訴されるに至りました。

 本件の主な争点は、割賦販売法という法律により、呉服店の顧客らが信販会社の請求を拒めるか否かという点でした。この法律では、販売業者が不実告知(うその説明)により事実誤認をさせて契約をさせた場合には、信販会社との契約も取り消すことができる旨を定めています(割賦販売法35条の3の13第1項)。名義貸しの際「クレジットを組めないお年寄りがいる。絶対に迷惑をかけないので名前を貸して欲しい」という説明が不実告知にあたるかどうかというのが問題になりました。

 訴訟においては、第一審の旭川地裁(顧客側の主張を認める)と第二審の札幌高裁(信販会社側の主張を認める)で判断が分かれ、最高裁で判断されることとなりました。

 最高裁は、名義貸の場合であっても、それが販売業者の依頼に基づくものであり、その依頼の際、契約締結を必要とする事情、契約締結により購入者が実質的に負うことになるリスクの有無、契約締結によりあっせん業者に実質的な損害が生ずる可能性の有無など、契約締結の動機に関する重要な事項について不実告知があった場合には割賦販売法によって契約取消を認めたとしても法の趣旨に反しないとして、札幌高裁の判決を破棄差戻しました。

 これまで名義貸しの同種事件については、下級審の裁判例でも考え方が分かれていましたし、本件でも地裁と高裁で考え方が分かれてしまいましたが、本件で初めて名義貸しの場合でも消費者の保護を認められうるという最高裁の判断が出されたことになりました。

 なお、差戻審においては和解期日が設けられ、結果顧客らと信販会社の間で和解が成立し、本件は解決しています(和解内容については非公開)。

 本件では、信販会社から請求を受けた顧客を泣き寝入りさせることなく、消費生活センターと連携し弁護団として解決できたことがとても良かったと思います。消費者事件は一人の被害者だけだと訴訟に応じるだけの資力もないため泣き寝入りしてしまうということも多いのですが、弁護団を組めれば一人当たりの負担も少なくなり解決の道も見えてきます。今後も同様の取り組みを続けていければと思います。
                           (弁護士 大窪和久)

2017年8月14日 (月)

絵画商法による消費者被害

 絵画商法とデート商法を併せたような被害に遭った方の救済に役立つ判決が得られました(東京地方裁判所 平成28年(レ)第742号 上告棄却により確定)。

 秋葉原で駅付近を歩いていたところ、チラシを持った女性から「良かったら絵を見に行きませんか。」などと声を掛けられた男性がいました。その方は、「時間がありません。」と断りましたが、女性は「あまり時間は取らせないから少しでも見ていきませんか。」などと勧誘を続けました。結局、男性は画廊の絵画展示場に案内され、数十万円もする高額な絵をローンで購入する契約を結びました。

 その後、男性は画廊から電話を受けるようになりました。「見てもらいたいものがあります。来られませんか。」「イベントに来て欲しいです。来られませんか。」などと画廊に呼び出されては、同じように数十万円する高額な絵をローンで購入していました。

 結局、ローンの支払ができなくなって、ご相談に来られました。

 本件のポイントは、訪問販売としてクーリングオフが認められるか否かです。

 裁判では、

① 男性が声をかけられた場所が本件店舗の入り口から5m程度しか離れていなかったとしても、訪問販売といえるための要件である「営業所等以外の場所において呼び止め」「営業所等に同行させた」といえるかどうか、

② 「みてもらいたいものがあります。来られませんか。」などの電話が、訪問販売といえるための要件である「電話…により当該売買契約…の締結について勧誘するためのものであることを告げずに営業所…への来訪を要請」したことにあたるのかどうか、

③ クーリングオフの期間を進行させるためには、法定の事項が記載された書面を交付しなければならないところ、「ジクレ(筆者註・コンピューターによる絵画の複製)」という記載で法律が記載を要求している「商品の…種類」を記載したといえるか、

といったことが争点になりました。

 裁判所は、①については「呼び止めた従業員等が顧客と一緒に移動した距離がたとえ数m程度にすぎない場合であっても、その営業所等まで向かわせる経緯が、顧客がその自由な意思によって当該営業所等に赴くか否かを決定することが阻害されるような客観的状況であった場合は、『同行させた』ものとみるのが相当である」として店舗付近の声掛けでも訪問販売としてのキャッチセールスにあたることを認めました。

 行政解釈では「通常の店舗販売業者が、店舗の前で行う『呼び込み』は、『同行させ』る行為が欠けて」おり、訪問販売には該当しないとされています。本判決は店舗から数mしか離れていない場所での呼び込みでも、一定の場合には訪問販売にあたり得ることを認めたものです。

 また、②についても、絵を販売することに触れられたり、明言されたりすることなく勧誘されたものであるから、これだけでは勧誘するためのものであることを告げたことにはならないと判示しました。ここでは、「新しい作品が入りました。ご紹介したい作品があるので、ぜひいらしてください。」と伝えていたとしても、結論は左右されないと述べています。来訪を要請するのは買わせるためだということはある程度予測できますが、それではだめだということです。

 ③についても裁判所は、「『ジクレ』との表記のみでは一般顧客において本件各絵画が元となる絵画の複製品であるということすら容易に理解できないといえるから、『商品の~種類』(法41項)の記載があるとも認められない。」と判示しました。

 ジクレとは絵画の複製技法を指す言葉で、元になる絵をコンピューターに取り込みそれをプリンタで印刷して複製する技法です。男性が購入したのは絵の複製物であるジクレでしたが、ジクレが何を意味するのかは男性自身も分かっていませんでした。

 「種類」の表記は行政解釈でも一般に普及していない表現(専門用語や学術名)では足りないとされていましたが、「ジクレ」という表記では種類を表示したことにはならないとの判断が出されました。

 ネット等をみると、秋葉原では本件と良く似たことが、かなり昔から行われているようです。

 不意打ち的に必要もない絵を買うことになってしまい、買ったことを後悔している方がおられましたら、ぜひ一度ご相談ください。時間が経っていたとしても、クーリングオフで契約をなかったことにできる可能性があります。

(弁護士 師子角 允彬)

2017年5月11日 (木)

【裁判例の紹介】相続に関する弁護士の助言につき弁護士に説明義務違反があったとする事例

 当事務所では定期的に所内弁護士による勉強会を行っており、先日その勉強会の中で弁護士が説明義務違反とされた事件の裁判例をピックアップしました。この裁判例(平成28年8月24日東京地裁判決 判例タイムズ1433号211頁)のでは、弁護士の助言により被相続人名義の不動産の贈与原因の登記をした相続人が単純承認したとみなされたことについて弁護士に説明義務違反を認められており、原告が請求した損害賠償請求については全額認められています。
 この裁判例についてツイッターで呟いたところ反響がそれなりにありましたので、事務所のブログの方でも取り上げることに致しました。
 裁判例における事実関係は次の通りです。
(1)父親Aと母親Bの間には子供として長女Cと次女X(訴訟の原告)がいた。また長女CにはDという子どもがいた。
(2)Aは数千万円の借金があり債務超過の状態にあったが、自宅の土地建物についてDに対して贈与する内容の契約書を作っていた(ただし生前に登記手続までは行われていなかった)。
(3)弁護士YはCの代理人として相続放棄手続をとった。
(4)弁護士YはAとDを代理してAからDの贈与による所有権移転登記手続を行った。
(5)弁護士YはXとBの代理人として相続放棄の手続を行った。
(6)Aの債権者がXとBに対して支払を求める訴訟を行った。Aの債権者はXとBの行った相続放棄について、放棄を行う前に行った所有権移転登記手続が相続財産の処分にあたり相続を承認したことになるから、相続放棄は無効であるとの主張を行った。裁判所はこの主張を認め、XとBは敗訴し支払義務を負うことになった。
 
 Xは弁護士Yに対し、相続放棄より先に所有権移転登記を行うと相続放棄が無効になるおそれがあると説明する義務があるにもかかわらずこれを怠ったとして、説明義務違反による損害賠償請求訴訟を起こしました。
 弁護士YはXの主張に対し、相続放棄の前に所有権移転登記をした場合相続放棄が無効とされてしまう可能性は半々程度であるが、相続放棄を先行させるよりは不動産を守る可能性が高いこと、仮に相続放棄が無効でも破産をするなどの方法があること等説明は行っているので、説明義務違反はないという反論を行いました。
 
 裁判所は弁護士Yの主張に関し、上記の程度の説明は行ったことについては認定しました。しかしながら、所有権移転登記手続を行うことにより相続放棄が無効と判断される可能性は相当高く、相続放棄が無効とされる可能性が半々程度と考えたこと自体見通しを誤ったものなので、その見通しの上で行った説明も不十分であるとしました。また、相続放棄が無効となった場合多額の債務の支払いを求められて自己破産まで余儀なくされるような危険を現実性のあるものとして説明せず、かりにそのような説明があったら通常相続放棄を選択したはずであると指摘しました。
 その上で弁護士Yに説明義務違反があるとして、Xに対して損害賠償責任を負うとしています。
 
 弁護士による説明義務違反については過ちを犯さないよう自戒しなければいけないところです。
 Xは弁護士Yに対して「Y先生に相続手続きをお願いした当初は、こんなにも大変なことになると思っていませんでした」「1日考えましたが、やはり自己破産には抵抗があります。先生もご指摘されたように、私は何の利益も受けていませんし・・・敗訴にならないように、御力を貸してください」と記載されたメールを送っています。自己破産という重大なリスクを甘受するという人はまずいませんので、Xがメールに書いてあるようなことを考えるのは当然のことだと思いました。
 またXは訴えられた債権者以外の関係でも相続により債務を負っており、そのことについて弁護士Yに問い合わせたところ、弁護士Yからは時効待ちを行うのが賢明であるとのメールが送られてきています。ただ借金について時効待ちという説明で納得できる人は殆どいないのではないでしょうか。その間に訴えられればさらに多額の遅延損害金のついた債務名義が増えてしまい、ますます苦しい状況に追いやられてしまいます。
 依頼者が負うリスクについて軽く考えることなく、その上で適切な説明を行うべきであることを改めて考えさせてくれる裁判例でした。                    
                                            (弁護士大窪和久)

2016年8月 7日 (日)

就職活動と前科・前歴

 被疑者、被告人から、警察に捕まったことが就職活動に与える影響について相談を受けることがあります。

 典型は、

① 履歴書の賞罰欄に捕まったことを書かなければならないのか、

② 前科や前歴のことを面接でどのように言えば良いのか、

というものです。

 弁護士によって回答は別れると思いますが、私なりの考え方をお伝えさせて頂きます。

 先ず、①の問題についてお話しします。

 結論から言うと、前歴に留まる限り記載しなくても構わないと思います。他方、前科をお持ちお方の場合、賞罰欄に「なし」とは書けません。この場合、賞罰欄を空欄にしておいたり、賞罰欄のない履歴書を使用したりして対処することになります。

 前歴とは、罪を犯したものの起訴猶予になった履歴や、少年時代に処分を受けたりした経歴などをいいます。前科とは分かりやすく言えば、裁判所で有罪判決を受けたことをいいます。

 履歴書「賞罰」欄の「罰」の解釈について、東京高裁(東京高判平3.2.20労判592-77)は、

「履歴書の賞罰欄にいわゆる罰とは、一般的には確定した有罪判決をいうものと解すべき」

と判示しています。

この判例では上告がされていますが、最高裁でも東京高裁の判断は維持されています(最判平3.9.19労判615-16)。

 この判決を根拠にすれば、「有罪判決を受けたわけではないから『罰』はない」という解釈が成り立ちます。ここから前歴である限り賞罰欄には記載しなくても良いのではないかというアドバイスが導かれます。

 他方、確定した有罪判決を受けている場合、賞罰欄に「なし」と記載することはできません。

 しかし、積極的に告知しないことにはそれほどの問題はないと思います。

 前の職場においてセクハラ・パワハラを行ったとして問題にされたことを告知しなかったことを理由とする解雇の可否が問題となった事案ではありますが、東京地裁(東京地判平22.11.10労判1019-13)は、

「告知すれば採用されないことなどが予測される事項について、告知を求められたり、質問されたりしなくとも、雇用契約締結過程における信義則上の義務として、自発的に告知する法的義務があるとまでみることはできない。」

と判示しています。

 少し大雑把に言えば、要するに積極的に虚偽を述べない限り秘匿しておく分は構わないという理解が成り立ち得るということです。セクハラ・パワハラと前科は異なりますが、これを類推することで、賞罰欄を空欄にしておいたり、賞罰欄のない履歴書を使ったりすることは差し支えないのではないかというアドバイスが導かれます。

 次に、②の問題についてお話しします。

 この問題への回答のヒントも上述の東京地裁の判例にあります。

 尋ねられた場合に積極的に嘘を言うことはできませんが、嘘にならない範囲で回答したり、聞かれない限り黙っているという姿勢で臨んだりすることは差支えないのではないかと思います。

 以上が就職希望者、労働者側の立場に立ったアドバイスになります。

 なお、これとは逆に使用者側から前科・前歴のある人の採用を見合わせる方法を尋ねられた場合には、特定の書式の履歴書の使用を指定したり、面接で明確に尋ねたりしておくといったアドバイスをすることになります。

「採用を望む応募者が、採用面接に当たり、自己に不利益な事項は、質問を受けた場合でも、積極的に虚偽の事実を答えることにならない範囲で回答し、秘匿しておけないかと考えるのもまた当然であり、採用する側は、その可能性を踏まえて慎重な審査をすべきであるといわざるを得ない。」

と判示した判例もあるため(前掲東京地判平22.11.10労判1019-13)、採用側には注意が必要です。

(弁護士 師子角 允彬)

2016年7月14日 (木)

慰謝料肩代わりの約束と不倫・不貞

「不倫女性が慰謝料をチャラにする『法律の抜け穴』の存在とは」という記事が下記のサイトに掲載されていました。

http://woman.excite.co.jp/article/lifestyle/rid_Wooris_208213/

http://woman.excite.co.jp/article/lifestyle/rid_Wooris_208213/

 記事には、

「『もしあなたの奥さんから慰謝料を請求されたら……』と不倫女性が不安を訴えるのに対し、夫が『大丈夫! 何かあってもお前を守るから』などと無責任な発言をして、慰謝料肩代わりの約束に至るケースが多いようです。」

と書かれています。

 ここで言う「慰謝料肩代わりの約束」というのは、

「妻が(夫の)浮気相手に慰謝料を請求してきた場合、夫が慰謝料を立て替えて妻に支払うという約束」

を意味しているようです。

 このような契約を結んでいれば、不倫相手女性に慰謝料を請求しても、夫の財産(夫婦共通の財産)から不倫相手女性にお金が流れるため、妻は不倫相手女性に不貞慰謝料を請求しにくいというのが記事の論旨のようです。

 こういう不審な記事を真に受ける方は少ないとは思います。しかし、「慰謝料肩代わりの約束」なる契約を結び、安心して不貞行為に及ぶ方がいないように注意喚起しておきます。なお、問題の記事が例示しているのが、夫が第三者女性と不倫をした場合のようですから、以下ではその場合を例に解説します。

 先ず、安心して不貞行為の相手方になるため「慰謝料肩代わりの約束」を結んだとしても、契約の有効性には強い疑義があります。

 法律の基礎的な論点として「動機の不法」という問題があります。賭博資金を得るため金銭消費貸借契約をした場合、売春目的で家屋の賃貸借契約をした場合などのように、契約をする目的ないし動機が違法な場合、その契約の効力をどのように理解するかという問題です。

 判例は当事者が動機を法律行為の内容とした場合、一方の違法な動機を相手方も知っている場合などで契約を無効だと判示してきました。

 不倫は犯罪ではありません。しかし、民法上の違法行為ないし不法行為には該当します。不貞関係を維持するため、予め「慰謝料肩代わりの約束」をする場合、そこには違法行為を行うために契約を結んでいるという要素が出てきます。また、不倫への心理的負担を軽くし、これを容易にするために契約を結んでいることは不倫をする夫も不倫相手女性も知っているわけです。通説的な理解を前提にすれば、「慰謝料肩代わりの約束」は無効と判断される可能性が高いと思います。実際、大審院時代のものではありますが、不倫をした夫が不倫相手の女性に将来結婚することを約した上で扶養料を支払うことを内容とした契約について、その法的効力を否定した判例もあります(大判大正9.5.28大審院民事判決禄26773頁参照)。契約が無効である場合、不倫相手女性にも普通に負担割合が生じてきます。

 また、夫婦共通の財産からの金銭の流出が抑止力になるのは、婚姻関係が維持される場合だけです。妻が不貞夫との離婚を決意した場合、不貞夫と不倫相手女性との間での内部的負担割合がどうなっていようが妻にとっては関係ありません。

 ここで重要なのは、妻が不貞夫と別れるつもりになるかどうかは不倫相手女性に全く予測できないことです。偶然的な事情に依存せざるを得ない時点で、紛争予防を目的とした枠組みとしてはかなり問題があると思います。

 記事では行政書士が「不倫女性から依頼を受けて公正証書など公的書類を作成したケースは100件をくだらない」とも書かれています。

 公証人法26条は無効の法律行為について公正証書を作成することを禁止しています。この記事が本当であるとすれば、公正証書の作成に何等かのイレギュラーな事情が介在している可能性もあると思います。

 法律の抜け穴はそうそうありませんし、見つけようとしたところで不幸になる人が増えるだけです。法律の抜け穴を標榜する記事は真に受けないのが一番です。

(弁護士 師子角 允彬)

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