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2024年1月 8日 (月)

手続的正義

1月4日、大田区の新旧教育委員の懇親会に参加しました。その懇談の席で、当時一緒に教育委員を務めた医師のYさんから「弁護士さんは悪い奴の弁護も引き受けなければならないから大変でしょう。」と尋ねられました。実はこの質問は様々な方からしばしば寄せられる質問ですが、弁護士の職責についての本質的な問いでもあります。

そもそも「悪い人」なのかどうか、具体的事件の犯人であるかどうか、誰がどうやって見極めるのか。事実として、冤罪事件は存在します。当事務所の神山弁護士が主任を務めた東京電力OL殺人事件は、1審裁判官こそ慧眼で無罪を言い渡しましたが、2審高等裁判所の裁判官は被告人の身体拘束を続けたまま無期懲役の逆転有罪判決を言い渡し、最高裁も上告を棄却しました。再審で被告人が無罪を言い渡されたのは逮捕から15年を経た後のことでした。再審の決め手になったのは、被害者の身体から検出された、被告人ではない男性の体液のDNAでした。捜査機関が捜査の当初からこの事実に真摯に向き合い、採取した体液についてのDNA鑑定を怠らずにいれば、初期の段階で冤罪は防げたでしょう。しかし検察は再審請求の段階に至ってもこの体液の提出を拒み続けていました。高裁の命令を受けて提出された体液のDNA鑑定を行ったところ、被告人の物ではないことが判明したのでした。

多くの国民は、警察、検察は優秀で、不正など行わないと信じていますが、日々刑事事件を扱っている弁護士から見れば、彼らはひとたび特定の人物を犯人だと思い込むと、その人物を有罪にするためには手段を択ばない—偽証や証拠の改ざんも厭わないー独善的な正義感を持っているように思えます。そしてそこを厳しくチェックすることが弁護人の重大な使命の一つです。

それでは、現実に罪を犯した人から、「私は真犯人であるが、無罪の主張をしてほしい」と言われたときにどうすればよいのでしょう。多くの場合、真犯人である場合には決定的な証拠が揃っていることが多いので、むやみに争うことのメリットは少なく、却って量刑上不利益に扱われる場合も少なくない旨伝えますが、そうしたやり取りを全て踏まえた上で、あくまで無罪主張を求められる場合どうするかという問題です。

私はためらわず無罪の主張をします。こう答えると、当然のように、あなたの正義感に反しないか、と問われます。まさに弁護士の職業倫理に迫る問です。そこで、手続的正義についてのお話をします。

近代以降の刑事司法は、罪刑法定主義、証拠裁判主義に基づいて運営されるべきものとされています。法の定める罪を犯さなければ罰せられることはない、証拠なくして有罪とされることはないという原則です。ここをゆるがせにすると、恣意的な処罰や、薄弱な証拠による冤罪が横行してしまいます。だから、「法的な手続に則って収集された証拠によって犯罪が立証されたときのみ、被告人を有罪にできる」というルールを守ることこそが正義とされるのです。これを手続的正義と言います。現代の法は、証拠が十分でないことにより真犯人が処罰を免れる不正義よりも、証拠が十分でないのに人を犯人と決めつけて処罰する不正義の方がより重大な不正義だとしているのです。「百人の罪人を罰せざるとも1人の無辜を罰することなかれ」という法格言はこのことを言います。

ですので、弁護人である私たちは、常に、この人を罰するに足る証拠があるか、という問いかけを捜査機関や裁判所に行わなければならず、そのことは、被告人が「自分が真犯人である」と弁護人に告げている場合とそうでない場合とで異ならないのです。

付言すれば、被告人が自白している場合であっても真犯人でないことはいくらでもあります。これも神山弁護士が弁護人を務めた事件ですが、足利事件では被告人が当初幼女の殺害を自白して(自白させられて)おり、犯行を認める上申書まで提出して(提出させられて)います。その意味では、被告人の「私が真犯人です」という告白自体も疑ってかかるべきものです。

Yさんは最後に「それでも、こんなひどい奴の弁護はできないと思うことはありませんか」と質問しました。これに対して私は次のように答えました。

Y先生は、悪人が瀕死の状態で先生の下に運ばれてきたときに、持てる力の限りを尽くして処置に当たりませんか?その点は、先生方医師の職業倫理と私たち弁護士の職業倫理に共通するものがあるように思います。

新春早々意外なところで手続的正義や職業倫理の話を熱く語ったひと時でした。

(櫻井)

 

 

 

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