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2021年7月

2021年7月 2日 (金)

あるオーバーステイ事件(2)

刑事事件と並行し、証人として協力してくれた元技能実習生から、相談を受けた。

友人で困っている人がいる、とのことだった。

彼は技能実習生として来日し、3年間の活動を終え、特定活動の資格で在留していた。給料は最低賃金でありあまりに安いため転職をしようと退職した。会社と合意のうえだった。

しかし、会社からは最終月の勤務分の給料が支払われなかった。それどころか、給料支払い日に、会社からお金を支払えとの通知が届いた。通知には、様々な名目で一方的に給料からお金を控除すること、控除で足りない分を支払えと書かれていた。

労働基準法は賃金全額払いの原則を定めており、使用者は労働者に対し賃金全額を支払わなければならない。労働者と労使協定等で合意していない限り、使用者が一方的に賃金から控除をすることなどできない。明らかな法律違反である。会社が控除の理由としている請求権自体根拠のないものであった。

会社に給料を支払うよう通知を送ったが、返答はなかった。彼が所属する組合に連絡したが、当事者間の問題なので組合は関与しない、とのことであった。労働基準監督署に通報したが、社長は賃金を直接取りに来ない限り支払わないと言っている、監督署からはそれ以上は言えない、とのことであった。彼は現在遠方に居住しているため、他の手段を取れないか考えた。

訴訟を起こそうにも、時間もかかり弁護士費用だけで足が出てしまうことは明らかだった。そんな時、事務所の先輩弁護士から先取特権に基づく債権差押命令申立の手段を教えてもらった。これは、判決を経ず、給与債権たる先取特権に基づき本差押えをする方法である。しかし、実務でこの手段を活用することはまだあまり多くないようだ。直接的な手段であるため、厳格な立証が要求されるからである。しかし、調べてみると、簡易かつ迅速な手段であり、近年裁判所の運用も柔軟になりつつあることがわかってきた。

彼は毎月出勤表に労働時間を記録しており、記録した労働時間を元に会社が月々の給料明細を作成していた。しかし、給料明細の時間外労働、深夜労働の計算方法は誤っていた。そこで誤った計算により支払われていない過去の時間外労働分、深夜労働分の未払賃金も請求することにした。残っている限りの過去の給料明細、出勤表を探してもらい、出勤表及び給料明細が揃っている証拠が固い月に絞って申立をした。報告書を作成し説明を補充した。

その結果、申立から20日程度で債権差押命令が発令された。補正や補充が求められるかもしれないと思っていたが、形式的な補正だけで済んだ。

元技能実習生は、困っている友人の役に少しでも立ちたいとの思いから刑事事件にも証人として出廷してくれた。

彼は自分の友人は困っている人たちばかりだと言っていた。勤務先で暴力を受けたり、賃金を支払ってもらえないことなど皆経験しているのだという。彼自身、職場で暴力を受けていた。作業中に、事故で怪我をしたのに何の保障も受けられなかった。仕事を辞め現在難民申請中である。理不尽な目に遭っている友人も皆、どうすればいいのか手段もわからず、結局何もできないという。

刑事事件の執行猶予判決が出て、被告人は在宅で帰国を待つこととなった。出てすぐに、彼らは私に連絡をくれ、郷土料理を振舞ってくれた。お金に余裕があるわけでもないのに、感謝の気持ちだといい、全額御馳走してくれた。その時は、気持ちは嬉しかったが、何もできていない自分が不甲斐なかった。今回、少しでも返すことができたのなら良かったと思う。

(北浦結花)

あるオーバーステイ事件(1)

国選の刑事事件で初めて外国人事件を受任した。オーバーステイ、偽造在留カード行使の事案だった。

被告人は、外国人技能実習生として来日したが、職場で何度も暴力を受け、耐えきれず逃走した。給料も低額だった。在留延長の手続もできぬままオーバーステイとなった。インターネットで仕事を探し、ネット上で知り合った人から言われるまま偽造在留カードを買い受けた。その後警察に職務質問をされた際、偽造在留カードを示し、逮捕された。

外国人技能実習制度は奴隷制度だと揶揄されることもある。技能実習のため、技能実習生は、本国の送出機関に手数料を支払う。日本円で約60万円の費用を借金してまで用立てる。彼らは、家族に仕送りをしたい、と夢や希望に溢れて来日する。しかし実情は厳しい。多くの技能実習性は最低賃金でこき使われる。時には規定労働時間を超えた深夜労働、時間外労働に従事させられる。月々の給料は手取りにして僅か10万円前後である。適切な残業代等が支払われないケースも多い。彼らは給料のほとんどを家族への仕送り、借金返済に費やす。

受け入れ企業の質も低い。就労は団体管理型(管理団体が技能実習生を受け入れ、傘下の企業等で実習をする態様)が大半を占める。受け入れ先の業種は製造業、建設業、一部の農林水産業等に限定される。技能実習制度発足以降、時間外手当等の不払い、最低賃金法違反、賃金の不当控除等の事案が多く見られるようになった。それにとどまらず暴言、暴力、セクハラ、パワハラ等の人権侵害、在留カードの取り上げ、強制貯金、強制帰国といった人権侵害も問題となってきた。入管法の改正等により管理責任が強化されるなどの措置が取られてきたものの状況は改善していない。酷使、暴力、賃金の不払いなどはもとより、与えられる仕事も誰でもできる肉体労働等であり、技術を習得させることなど予定されていない。外国人技能実習制度は表向き外国人の技能の習得、これを通じた日本の技術の海外移転を目的とすると謳っているが、実体は人手不足を補う安価な労働力確保のための制度として利用されている。

あまりの過酷な労働環境、給料の低さから外国人技能実習生の失踪は後を絶たない。毎年5000~9000人の実習生が失踪している。組合等に相談しても実習先の変更はできない。ひとたび失踪してしまうと、入国管理局に出頭しても国に強制送還され、借金だけが残る。そのため失踪後、借金を返すまでは、と不法就労に従事したり、オーバーステイとなり、逮捕される技能実習生も多い。

 裁判では彼が職場で暴力を受け逃走に追い込まれたことを、当時相談を受けていた友人の証言等から立証した。しかし、裁判所は、事情はどうあれ日本の法律を軽視し、罪を犯したのであり悪質であると判示した。彼は審理中、法廷で終始震えていた。最終陳述で何度も頭を下げ、ごめんなさい、私が全部悪かったです、許してください、と拙い日本語で謝った。

 日本が作った制度で追い詰められたのではないか、と思った。このような制度が恥ずかしく申し訳なかった。

(北浦結花)

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