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2019年3月 7日 (木)

ハラスメントに対し、適切な対応を求める権利

1.近時、従業員による知的障害者に対する暴言等と使用者責任の有無等をテーマとする裁判例が公刊物に掲載されました。

  生鮮食品・一般食品・家庭用品・衣料品等を販売するスーパーマーケットのベーカリー部門で働いていた知的障害者の原告が、同僚の従業員から「幼稚園児以下」「馬鹿でもできる。」といった趣旨の暴言を浴びせられていたことなどを理由に当該従業員及び勤務先会社に対して損害賠償を請求した事案です(東京地裁平29.11.30労判1192-67)。

  この事案で、裁判所がハラスメントが起きた場合の事後対応について、目を引く判示をしていました。

  具体的には、

 「事業主は、障害者に限らず被用者が職場において他の従業員等から暴行・暴言を受けている疑いのある状況が存在する場合、雇用契約に基づいて、事実関係を調査し適正に対処をする義務を負うべきであるが、どのように事実関係を調査しどのように対処すべきかは、各企業の置かれている人的、物的設備の現状等により異なり得るから、そのような状況を踏まえて各企業において判断すべきものである。そうすると、企業は、その人的、物的設備の現状等を踏まえた事実関係の調査及び対処を合理的範囲で行う安全配慮義務を負うというべきである。」

 という判示です。

  本件では、

 「店長としては、被告丙川及び他のベーカリー部門の従業員1名に対して事実関係を確認し、原告と他人を比べるような発言をしてはいけない旨注意をしている」こと、

 「被告丙川に注意をした上でそれでも事態が変わらない場合は、原告の配置転換やベーカリー部門の業務を切り分けるなどの対応を検討」していたこと

 などをしたうえ、結論として勤務先会社の事後対応義務違反を否定しています。

  しかし、ハラスメントの疑義に対し、事実関係を調査し、適正に対処する義務の存在を正面から認めたことは画期的だと思います。

2.裁判には立証責任というルールがあります。これは、ある事実が存在するのかしないのかが良く分からない場合、その事実をないものと同じように取り扱ってしまうというルールをいいます。ハラスメントの有無を争点とする裁判では、損害賠償を請求する側がハラスメントの事実を立証しなければならず、水掛け論になって真偽不明という状態に陥れば、ハラスメントはなかったものと同じように扱われます。

  事後対応義務は事実関係の調査義務を含むものです。ハラスメントの被害者としては、こうした義務を根拠に勤務先に調査を求めることにより、ハラスメントを受けたという痕跡を残しやすくなると思われます。また、今後の裁判例の集積をみなければ即断はできませんが、ハラスメントの事実自体が真偽不明で認定できない場合であっても、それが労働者側から申出があった適時の時期に必要な調査が行われていないことに起因する場合、そのこと自体によって一定の慰謝料を請求する根拠になる可能性を含んでいます。

3.セクハラに関しては、男女雇用機会均等法11条2項を受けた平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(最終改正:平成28年8月2日厚生労働省告示第314号)において、事業主は、

 事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること、

 職場におけるセクシュアルハラスメントが生じた事実が確認できた場合には、速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと、

 などの措置を講じなければならないとされています。

  今回ご紹介した裁判例は、セクハラだけではなく、男女雇用機会均等法11条2項のような明示的な法的根拠のないパワハラの場合においても、適切な事後対応を求める根拠となるものです。

4.「パワハラはセクハラの場合とは異なって、他の部下の面前で叱責する例も多いことから、密室性の程度がより低い場合は多いものの、被害者の立証手段が供述に限られることも多く、結局、好意の存否、態様等にかかる事実認定が困難である場合が多い」(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務,第2版,平30〕278頁)事件類型の一つです。

時の経過とともに、記憶が薄れたり、関わり合いになりたくないという気持ちが大きくなったりして、周辺第三者の供述は得られにくくなることは珍しくありません。被害直後に適切な事後調査が行われるようになることは、企業側に深刻な事態に至る前の段階での適切な対応を促したり、この種の事案における真相の解明を容易にしたりする可能性を持っています。

5.都道府県労働局等が受け付けている総合労働相談窓口コーナーに寄せられる「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数は、平成18年度には2万2153件であったものが平成28年には7万0917件と3倍以上に増え、その後も増加傾向にあります。

https://www.no-pawahara.mhlw.go.jp/foundation/statistics/

 直ちに損害賠償請求訴訟を提起することまでは考えていない場合でも、勤務先への事後対応の申し入れなど、弁護士が関与できる余地はそれなりにあるかと思います。

 お悩みの方は、ぜひ、一度ご相談にいらしてください。

(弁護士 師子角 允彬)

 

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