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2019年1月

2019年1月28日 (月)

司法書士による問題のある事件処理(風俗店からの退職をめぐる労働事件に関連して)

.以前、退職させてくれないブラック企業のお話をしましたが、そうした職種の1つに風俗店があるようです。退職を持ち出すと逆に理不尽な要求をされることも少なくありません。そういうときは弁護士など専門職に解決を委ねることが望ましいのですが、残念ながら専門職なら誰でもいいというわけでもないのです。

  そこで今回は、司法書士により問題のある事件処理がなされた例をお話しします。問題の司法書士はインターネットを通じて風俗トラブルを解決すると大々的な宣伝を行っているため、同種の被害の発生を防ぐ必要があると思われたからです。

2.風俗店に勤務していた女性Aさんは、勤務先の店に退職を申し出ました。給与明細が支給されないうえ、賃金の計算方法もはっきりとしていないなど、給料の支払いがきちんとしていなかったからです。

  Aさんは勤務先の店に退職の意思を伝えました。しかし、風俗店はAさんには紹介料が発生している(風俗店にAさんを紹介した人に紹介料を払っているため、Aさんに抜けられると紹介料が無駄になる)などと言って退店を認めてくれませんでした。そればかりか、Aさんに対し、同僚の女性を介して「店を辞めるのであれば、必要書類に直筆のサインをもらうため家に行く。」などと伝えてきました。

  Aさんは既婚者です。家には旦那さんと二人の子どもさんがいます。家に来られて風俗店で働いていた事実を知られるのは避けたいと思いました。

  Aさんはインターネットで風俗に強いとされている法律家を探し、問題のB司法書士に事件を依頼しました。

3.AさんはB司法書士との間で「風俗店との退職トラブルの交渉代理」と表題が付けられた委任契約書を取り交わしました。

  委任契約書の「着手金」の欄は空欄になっていました。その一方で「報酬又は成功報酬」の欄には「270,000(税込)円」という記載がありました。

  また、契約書には、

「受任者の承諾なくして受任後に依頼内容及び進行状況を他言することを禁止します。」

「報酬未払いによって訴訟に移行する場合、前提として依頼者の家族、親族から依頼者に報酬支払を進言して頂くことを目的…として受任者から依頼者の家族、親族に通知書が届く可能性があります」

といった文言も書かれていました。

4.その後、B司法書士による風俗店との「交渉」が始まりました。

  B司法書士は、Aさんに対し、

贈り物を渡して風俗店を懐柔していることや、

謝罪金9万円(示談金と称する金額10万円から未払賃金概算1万円を控除した額)を払うことで退店を認めてくれそうだ、

ということを報告してきました。

 しかし、Aさんは別に悪いことをしているわけではないのに、自分がお金を払わなければならないことがどうしても納得できませんでした。本来であれば未払賃金の精算を求めたいところなのに、逆にお金を払わなければならないのは、意味が分からないと感じました。

  そのような意向を示すAさんに対し、B司法書士は風俗店への謝罪金9万円を自分の「報酬又は成功報酬」27万円から差引くことを提案してきました。それで和解してくれないかというのです。

  B司法書士の事件処理に違和感を覚えたAさんは、私のところに相談に来ました。

5.B司法書士の事件処理には、かなりの問題があると思われます。

  先ず、取り交わされている契約書の特異性です。

 弁護士が依頼人との間で交渉代理を目的とする委任契約を結ぶ場合、

「受任者の承諾なくして受任後に依頼内容及び進行状況を他言することを禁止します。」

 という内容の条項を挿入することは基本的にありません。

  専門家が一般の方と契約を結ぶにあたり、セカンド・オピニオン、サード・オピニオンを受ける自由を制約することは許されるべきではないと思います。そもそも、同僚の専門家の批判に耐えられる水準の仕事をしているという矜持があれば、依頼内容を他言されたところで、どうということはないはずです。

  私に法律相談をするとき、Aさんは他言禁止条項の存在を気にしていました。このような条項は、セカンド・オピニオン、サード・オピニオンを受けたいという気持ちを抑制することになり、適切とは思われません。

6.次に指摘できるのが、交渉の相手方との関係性です。

  対立関係にある交渉相手に贈り物を送るというのは、強い違和感があります。受任事件に関して相手方に利益の供与をすることは、弁護士職務基本規程に違反します(弁護士職務基本規程54条)。これは弁護士に限ったことではなく、相手方への利益供与は司法書士倫理上も禁止されています(司法書士倫理39条2項)。誰のための代理人なのかを考えれば自明のことです。

7.取り付けようとした合意の内容や、その取り付け方にも問題があります。

  前提として申し上げると、本件で風俗店からのAさんに対する損害賠償請求が認められる可能性は殆どありません。「紹介料」などと称する損害は、Aさんが辞めようが辞めまいが発生していた営業上の費用であり、Aさんが店を辞めたこととは因果関係がありません。また、法定の予告期間(基本2週間 民法627条1項参照)さえ置けば退店することには何の違法性もなく、その観点から責任を問われるいわれはないという言い方もできます。Aさんが直観的に感じたように、風俗店にお金を払うというのは明らかにおかしいのです。

8.おかしな合意を結ぶことを断るAさんに対し、B司法書士は自分の報酬を減らして和解することを持ち掛けてきます。

  これも常識を逸脱した事件処理のやり方です。

  既婚・子持ちのAさんは、「家に行く。」などと脅されて、いわれのない金銭の支払いを請求されています。言ってみれば恐喝の被害に晒されています。

  反社会的な手法に対しては、絶対に屈してはならないと依頼人を励ますのが普通の法律家です。金銭を払うことを勧めることには強い違和感を覚えます。まして、自分の報酬を減らすというのは、経済的な意味合いとしては、司法書士が恐喝行為をしている風俗店と結託し、依頼人から支払われるお金を分配しているのと何ら変わりありません。

9.Aさんから相談を受けた私は、B司法書士との契約を解除したうえ、風俗店との交渉を引き継ぎました。

  風俗店とは、①退職に合意すること、②Aさんが未払賃金1万3400円の支払いを受けること、③風俗店関係者はAさんの自宅や職場を訪問しないこと、④風俗店関係者はAさんが風俗店で稼働していた事実を第三者に口外しないことなどを内容とする合意が成立しました。当然のことながら、Aさんが風俗店にお金を支払うことはありませんでした。

10.しかし、B司法書士との関係は、委任契約を解除しただけでは終わりませんでした。B司法書士が報酬を請求するとの意向を示したからです。

  契約書の体裁上、明らかにAさんとの委任契約は着手金零の完全成功報酬制契約でしたし、B司法書士が成功と言えるような成果を何一つ獲得していないことは明白でした。

  しかし、放置していては、契約書の記載を口実に家族宛ての督促状でも出されたら、風俗店で働いていたというAさんの秘密は暴露されてしまいます。

  Aさんから訴訟委任を受けた私は、やむなくB司法書士を相手に報酬支払債務が存在しないことの確認を求める訴えを提起しました。

  当然、裁判所ではAさんの訴えを全面的に認める判決が言い渡されました。

  判決はB司法書士の行為について「〇〇(風俗店の店舗名 括弧内筆者)に不法な利益を供与することを条件に示談金を給付する民法の不法原因給付及び司法書士倫理39条1項で禁止されている相手方からの利益供与に該当するもの以外の何物でもない。」「被告の…行為は、もはや法律及び司法書士倫理規定に反する行為に該当し無効であると言わざるを得ない」と厳しく批判しています。

11.専門家の能力を評価するのは、一般の方にとっては困難です。「風俗に強い」と自称している専門家が本当に強いとは限りません。だからこそ、セカンド・オピニオン、サード・オピニオンを受けることは重要であり、その自由は守られなければなりません。

  余程特殊な事件でもない限り、依頼している弁護士や司法書士から、依頼内容や事件の進行状況について他言を禁止するなどと言われた時には、本当に依頼を続けて良いのかを一旦立ち止まって考えてみてください。何かおかしいのではないかという直観を大事にしてください。

  弁護士には守秘義務があります。依頼人の承諾もないのにセカンド・オピニオンを求められたことを第三者に明らかにすることはありません。

  派手な宣伝文句に惑わされることなく、違和感を覚えたら、取り敢えず相談に来ていただければと思います。

(弁護士 師子角 允彬)

2019年1月10日 (木)

予告ない即時解雇は可能か?

1.「問題社員はすぐクビに。予告なく即日解雇が可能な雇用契約は?」と銘打った記事が掲載されていました(https://www.mag2.com/p/news/381188)。

  記事は、問題のある社員を雇うことへのリスク対策として、

「採用時には2か月の有期雇用契約にすべきです。2か月以内の有期雇用契約であれば、期間途中で問題が発覚した場合に、解雇予告なく即日解雇が可能です。もちろん、2か月での雇止めもできます。」

との方法を紹介しています。

 しかし、これは間違いだと思います。

  このような方法をとっても、即時解雇は可能にはなりません。

2.労働基準法上、「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。」とされています(労働基準法20条1項本文)。

  ただ、このルールは例外があり、

 「二箇月以内の期間を定めて使用される者」

 には適用されません(労働基準法21条2号)。

  記事の筆者は、この解雇予告手当の例外規定を根拠に「解雇予告なく即時解雇が可能」と称しているものと思われます。

  しかし、これは解雇の有効性と解雇予告手当の除外事由に該当するか否かを混同しています。

  法は「使用者は、期間の定めのある労働契約・・・について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。」と規定しています(労働契約法17条1項)。

  有期労働契約では「やむを得ない事由」がない限り労働者を解雇することはできません。解雇予告手当の支払い義務の存否は、「やむを得ない事由」が認められて解雇できる場合に問題になることです。厚生労働省労働基準局が発行している概説書にも、労働基準法21条2号の説明箇所で「契約に期間の定めがある場合に、その契約期間満了前に解除することは、民法上は原則としてやむを得ない事由があるとき(同法第六二八条、同様の規定として労働契約法第一七条第一項)又は使用者が破産したとき(同法第六三一条)に限られており(これらの事由の存しない解雇は無効と解される…)、無条件には解雇することができない。」と明記されています(厚生労働省労働基準局『労働基準法 上』〔労務行政,平成22年版,平23〕325-326頁)。

  解雇予告手当の支払義務の存否は、解雇が有効になし得る場合であって初めて問題になるものです。2か月以内の有期雇用契約にしたところで、客観的に合理的な理由、社会通念上相当であると認められる理由のない即時解雇はできません。

3.更に言えば、有期雇用にした趣旨や目的が労働者の適正を評価・判断するためである場合、有期雇用にしてもあまり意味がありません。

  最高裁が、

「使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は契約の存続期間ではなく、試用期間であると解するのが相当である。」

との判断を示しているからです(最三小判平2.6.5民集44-4-668)。

 最高裁の判断は20年以上も昔に出されたものであり、下級審判例の蓄積も進んでいます。期間の定めが試用期間であると理解される場合、当然のことながら、期間の経過をもって自動的に雇止めにすることはできません。労働やの適性を評価・判断する趣旨で有期雇用契約を締結する場合、特段の事情がない限り、有期雇用契約とは扱ってもらえないのです。

4.記事は、

「2か月たって問題がないようでしたら、更に6か月の有期雇用契約を結びます。」

と論旨を進めています。

 しかし、法は、

「使用者は、有期労働契約について、その有期労働契約により労働者を使用する目的に照らして、必要以上に短い期間を定めることにより、その有期労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならない。」

と規定しています(労働契約法17条2項)

 また、「試用の期間の延長規定・・・の適用は、これを首肯できるだけの合理的な事由のある場合でなければならない。」と無制約な試用期間の延長を否定した裁判例も古くから出されています(大阪高判昭45.7.10労判112-35参照)。

  記事にあるような細切れの有期雇用契約で労働者の適正を見極めるという制度設計は、構築したところで、それが裁判になった場合に有効に機能するのかは甚だ疑問です。

5.問題のない有為な人材を集めたいのであれば、有為な人材にとって魅力的な処遇を用意することが肝要です。余程給料が高いのであれば別かも知れませんが、経営者の方は、自分が労働者であったとした場合、有期雇用契約で細切れにされ、地位が不安定になっているような会社に応募したくなるかを考えてみると良いと思います。きちんとした処遇ができないと、問題のある方しか応募してくれなくなり、それがまた歪な制度設計に繋がるという負のスパイラルに陥ってしまう危険があります。そして制度設計の歪さは集団訴訟のリスクを抱えることに繋がってしまいます。就業規則の作成・変更を行うにあたっては、弁護士と相談のうえ、慎重に検討することが肝要です。

  また、所掲のような記事を真に受けた会社から不安定な立場に置かれた挙句、合理的な理由もなく雇い止めに遭った方がおられましたら、一度相談に来てみてください。私の実務感覚上、裁判所は法を潜脱しようとするやり方に対しては、それが露骨であればあるほど厳しい姿勢をとってくれます。

(弁護士 師子角 允彬)

2019年1月 8日 (火)

5年無期転換ルールは人手不足のご時世に5年で人を辞めさせざるを得ないおかしな悪法か?(続)

1.過日、無期転換ルールに対して「人手不足のご時世に5年で人を辞めさせざるを得ないおかしな悪法」として揶揄する見解を紹介させて頂きました。

https://www.mag2.com/p/news/375000)。

 同記事の不適切だと思われる点は既にブログに掲載させて頂いたとおりです

http://sakuragaokadayori.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-6d73.html)。

 本日は記事の中で引用されていた、

「女性が20年働いた職場を雇止めされたケースでした。大手企業だから早くに対応も始めていて、法改正時の今から5年前、2013年の契約更新時の新しい契約書に『4月以降の通算契約期間は5年を超えないものとする』と今までなかった文言を追加したそうです。会社側は、当然のように『法律が変わって、5年を超えて更新できなくなった』と説明をして、『ここでやめるか、ハンコを押すかの二択だ』と言ったらしいです」

との事例への対応についてお話しします。

2.このような場合、基本的には判を押さないという対応が正解だと思います。

  20年以上も有期雇用契約を反復していれば、雇い止めにあたり、客観的に合理的な理由や社会通念上の必要性が認められなければならないことは明らかだからです。

  会社との関係をどのように調整するのかは問題になりますが、不更新条項付きの雇用契約書に署名・押印しなかったとしても、法的には同一の労働条件で契約が更新された扱いとなる可能性が高いと考えられます。

  更新回数・勤続年数が少なく、労働契約法19条所定の雇止めを制限するルールが適用されるかが読みづらい時には、目先の雇用の確保をとるかどうかで判断に悩むことはあります。しかし、本件はそのようなケースではありません。

3.では、記事で、

「有期雇用の女性は、『おかしい』と思いながら、5年経てば、社会情勢や経営環境もまた変わって、残ることもできるかもしれない…とハンコを押したそうです」

 と続けられているように、判を押してしまったらどうでしょうか。

  この場合、次期で雇止めを争うことは不可能になるのでしょうか。

  結論から申し上げると、そのようなことはありません。

  確かに、不更新条項付きの契約書に署名・押印してしまったことは、雇止めの効力を争うにあたって不利な材料になることは否定できません。

  しかし、二者択一を迫られた時の労働者の立場は、裁判所も理解していて、不更新条項付きで有期労働契約を更新してしまったら直ちに雇止めが有効になるといった硬直的な判断はしていません。

  例えば、東京地決平22.7.30労判1014-83は、「不更新条項を保留して、本件労働契約の更新はできないか」と質問したところ「そのような契約はできない」と断られた為、不更新条項付きの契約書に署名・押印したという事案において、「雇用調整を行うことの合理性を窺わせる事情が想定できない」と述べたうえ「本件不更新条項を付した労働契約時の事情を考慮しても、本件雇止めの正当性を認めることはできない。」と判示しています。

  裁判官による著作の中にも、

 「労働者としては署名を拒否して直ちに契約を終了させるか、とりあえず署名して次期の期間満了時に契約を終了させるかの二者択一を迫られるため、労働者の自由意思に基づいた意思表示といえるか疑問があり、不更新の合意を含む契約書に署名押印したことをもって、それまでに生じた更新の合理的期待を放棄する意思表示又は消滅をさせる意思表示をしたといえるかについて、慎重な検討を要する」

 「不更新条項による合理的期待の減殺を認めつつも、なお雇用継続にたいする 合理的期待が認められる場合があると考えらえられる」

 「更新時に不更新条項が付された事実は、期間満了時の合理的期待の有無を判断するための重要な要素とはいえるが、あくまで一要素にとどまる」

 としたものがあります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院,初版,平29〕294-295頁参照)。

  20年以上に渡って雇用が継続している中、法の趣旨について誤った説明を受け、やむなく不更新条項付きの契約書に署名・押印してしまったという場合であれば、救済される可能性も決してなくはありません。

  不更新条項付きの契約書に署名・押印してしまったとしても、何とかなるケースはあります。釈然としない方は、諦めることなく、一度弁護士に法律相談されることをお勧めします。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2019年1月 6日 (日)

5年無期転換ルールは人手不足のご時世に5年で人を辞めさせざるを得ないおかしな悪法か?

1.労働契約法18条1項は、有期労働契約が更新されて5年をこえたときは、労働者の申し込みにより、期間の定めのない労働契約に転換できるとするルールを定めています(以下「無期転換ルール」といいます)。

  無期転換ルールに対しては「人手不足のご時世に5年で人を辞めさせざるを得ないおかしな悪法」として揶揄する見解もみられます

https://www.mag2.com/p/news/375000)。

 記事は、無期転換権の発生を阻止するため、有期労働契約の更新をしない企業があることを念頭に、

「企業も辞めさせたくないのに働きたい人を辞めさせないといけない、人手不足の時代にアンマッチングが起こる、ヘンで理不尽な法改正」

と無期転換ルールを批判しています。

  しかし、問題視されるべきなのは、無期転換ルールの適用を免れるために有期労働契約の更新をしない企業側の姿勢なのであって、議会や政府、無期転換ルールを批判するのは筋違いであると思われます。

2.そもそも、無期転換ルールは「辞めさせたくないのに働きたい人を辞めさせないといけない」法律ではありません。

  企業としては、辞めさせたくないのであれば、無期雇用にするなり、無期転換権が発生することを前提に有期労働契約を更新することが可能だからです。

  5年以上も必要性が認められ続けている類の業務であれば、すぐにすぐ仕事がなくなるということも考えづらく、担当者を無期雇用にしたところで、それほどの実害があるとは思われません。

また、本邦では整理解雇がそれ自体違法とされているわけでもありません。一定の要件さえ充足すれば、仕事がなくなった時に余剰人員を整理解雇することも可能です。無期雇用になったところで、本当に不必要な人員が生じてしまったときは、企業は整理解雇の要件にきちんと従って解雇できるのです。

3.記事は、

「長く働きたい人が辞めざるを得なくなる法律っておかしい」

ということを言うために、

「女性が20年働いた職場を雇止めされたケースでした。大手企業だから早くに対応も始めていて、法改正時の今から5年前、2013年の契約更新時の新しい契約書に『4月以降の通算契約期間は5年を超えないものとする』と今までなかった文言を追加したそうです。会社側は、当然のように『法律が変わって、5年を超えて更新できなくなった』と説明をして、『ここでやめるか、ハンコを押すかの二択だ』と言ったらしいです」

 との事例を引用し、

「大手企業としては、そういわざるを得ないんでしょうね。理想の方法とは違うけど、あながちやり方が間違いとも言えないし…」

 と無期転換ルールを批判しています。

4.しかし、これは明らかに間違ったやり方です。

  法は雇止め(有期労働契約の不更新)だからといって全く自由に行えるという建付けにはなっていません。

 ① 有期労働契約が過去に反復して更新され、期間の定めのない労働契約と社会通念上同視することが可能な場合、

 や、

 ② 契約更新への期待に合理的な理由がある場合、

 には、雇止めにあたって、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められることが必要とされています(労働契約法19条参照)。

  20年も有期労働契約を反復して稼働しているというケースである場合、①、②いずれの観点からみても、雇止めを行うにあたっては、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要になります。

「法律が変わって、5年を超えて更新できなくなった」というのは無期転換ルールの説明として明らかに誤っています。

更新はできるけれども、無期転換ルールが適用されるというのが正確な説明になります。法の内容を誤解させて意思決定を迫るような手法は明らかに間違っています。

5.では、無期転換ルールの適用を避けたいからだと正直に説明しさえすれば、契約不更新が認められるかといえば、それも法の趣旨に照らすと疑義があります。

  厚生労働省は、無期転換ルールについて

 「無期転換申込権が発生する有期労働契約の締結以前に、無期転換申込権を行使しないことを更新の条件とする等有期契約労働者にあらかじめ無期転換申込権を放棄させることを認めることは、雇止めによって雇用を失うことを恐れる労働者に対して、使用者が無期転換申込権の放棄を強要する状況を招きかねず、法第18条の趣旨を没却するものであり、 こうした有期契約労働者の意思表示は、公序良俗に反し、無効と解されるものであること。」

 との解釈を示しています(基発0810第2号 平成24年8月10日 厚生労働省労働基準局長「労働契約法の施行について」

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/141128d.pdf 参照)。

  また、平成27年8月7日には厚生労働省大臣官房地方課長・厚生労働省労働基準局長・厚生労働省職業安定局長名で「労働契約法の『無期転換ルール』の定着について」という通知が出されています。

  ここでは参議院厚生労働委員会の附帯決議を指摘したうえ、

「政府は『無期転換ルールの本格的な適用開始に向けて、労働者及び事業主双方への周知、相談体制の整備等に万全を期すとともに、無期転換申込権発生を回避するための雇止めを防止するため、実効性ある対応策を講ずること』を求められている」

との認識が示されています。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc2180&dataType=1&pageNo=1

 無期転換申込権発生を回避するための雇止めは防止されるべきものだとするのが議会の意思ですし、行政解釈でもあります。

  法の趣旨を普通に理解すれば、無期転換ルールを免れることを目的とした雇止めに客観的な合理性や社会通念上の相当性が認められる可能性は著しく低いだろうと思われます。

6.社会保険労務士の方がどのような対応をとるのかは不分明ですが、所掲のような事案に直面した場合、企業側の弁護士であれば、少なくとも法の趣旨について誤った説明を行うことは間違いだと言うでしょうし、20年働き続けた女性側から相談を受けた弁護士であれば、雇止めの理由が無期転換ルールを免れることだけにある場合、そんなことでは首にならない可能性が高いと励ますところだと思います。

  立法の経緯や趣旨を正確に説明せず、所掲のような不更新条項付きの契約書の取り交わしを迫ることに対しては、理想の方法とは違うし、やり方としても間違っていると言うのが法専門家としての一般的な見解だと思います。

  所掲のような事態が法的に問題ないものだとの誤解が招かれないよう、本記事を執筆しました。

(弁護士 師子角 允彬)

 

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