「明日から会社に行かない」は許されるか?(退職に当たっての予告期間の要否)
1.近時、退職代行を謳うサービスが流行しているようです。
https://www.j-cast.com/2018/07/21334344.html?p=all
記事によると「明日から会社に行かなくてOK!」なる売り文句が使われることもあるとのことですが、そのような煽情的な宣伝文句を一般化することに対しては、少し疑問を感じます。
2.退職に関するルールは民法で規定されています。
期間の定めのない雇用契約に関していえば、いつでも解約の申入れをすることができます。この場合、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了します(民法627条1項)。
解雇予告期間とされている2週間に関しては、就業規則や合意等で1か月程度までであれば延長することも可能とする見解と、片面的強行規定であって合意による予告期間の延長が労働者を拘束することがないとする見解と、大雑把に言って二通りの理解があるように思われます(野川忍『労働法』〔日本評論社,第1版,平30〕356頁等参照)。
いずれにせよ、「明日から会社に行かなくてもOKか?」と聞かれた場合には、最低2週間、就業規則の体裁により1か月程度は引継ぎに従事する必要があるというのが法律家としての一般的な回答ではないかと思います。
3.ただ、明日から会社に行かなくても良くなる方法は絶対にないのかと言われれば、そうとも限りません。以下の二つの場合には、明日から会社に行かなくても良いという判断を下せるのではないかと思います。
一つは有給休暇を利用できる場合です。
「解雇予定日をこえての時季変更は行えない」とした解釈例規(昭49.1.2基収5554号)に準拠し、退職予定日までの勤務日を有給休暇で埋めてしまえる場合です。
もう一つは、多忙かつ長時間の深夜にも及ぶサービス残業を余儀なくされていたり、会社代表者が高圧的な態度で罵声を浴びせていたりするなど、予告期間中の勤務を要求することが妥当でない事由が認められる場合です。
民法628条は「当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。」と規定しています。期間の定めのない場合にも、この規定が適用されて、やむを得ない事由がある場合に即時退職できるかは、法文上定かではありません。しかし、「労働者は、期間の定めの有無を問わず、やむを得ない事由があるときは予告期間を設けることなく、直ちに労働契約を解除して退職することができる(民法628条)。この『やむを得ない事由』は当該労働関係に関する全ての事情を考慮して解除の前に予告期間を要求することが妥当でない事由を指すものと解される。」と判示したうえ、予告期間を置かない即時退職を認めた下級審裁判例があります(東京地判平30.3.9労経速2359-26)。
著しいサービス残業を強いられていたり、パワーハラスメントを受けていたりする場合には、予告期間を置かない即時退職も適法になる余地があります。
一般に退職代行を利用したくなるようなのは後者のような場合だと思われます。ただ、そもそも期間の定めがない雇用契約に民法628条が適用されるという理解が一般性を有するのかといった問題があるほか、予告期間を置かずに出勤しないことが適法となる「やむを得ない事由」があるといえるかどうかに関しては裁判例の集積がそれほど進んでいないため、個別の事案で予告期間を置く必要があるかどうかに関しては、弁護士でも判断が難しいと思います。
4.退職代行を謳う業者の中には、交渉を行うわけではないから弁護士法72条で禁止されている非弁行為には該当しないと主張するものもあるようです。
しかし、きちんとした法的判断を伴わず退職の意思表示だけ取り次いで、勤務先から反論が寄せられた場合に交渉も行わないといったことをして、本当に大丈夫なのかと心配に思います。
損害賠償請求を受けることは実務上あまりないにせよ、無断欠勤を理由とする懲戒解雇や退職金不支給等の報復行為に及ばれることは考えられないわけではないからです。実際、データ消去や在庫持ち出しを伴う集団退職に関する特異な例ではあるものの、退職の意思表示から一斉に出社しなかった労働者に対する懲戒解雇・退職金不支給を肯定した裁判例もあります(東京地判平18.1.25労判912-63等)。また、退職金不支給の判断に対しては、当方から退職金請求訴訟を提起する労をとらなければどうにもなりません。
個人的には、非弁行為に該当しないことについて、工夫や説明をしなければならないサービスを利用することは推奨していません。
法律が絡むことには、法専門家である弁護士に相談・依頼するのが安全だと思います。
(弁護士 師子角 允彬)
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