1月,2月の神山ゼミのお知らせ
【1月】
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1.男女雇用機会均等法は、妊娠・出産を理由とする女性労働者に対する解雇その他不利益な取り扱いを禁止しています(男女雇用機会均等法9条3項、同施行規則2条の2)。また、育児・介護休業法10条は、労働者が育児休業の申出をしたり、育児休業をしたりしたことを理由とする解雇その他不利益な取り扱いを禁止しています。
しかし、妊娠、出産を機会に仕事を辞める方は珍しくありません。第一生命経済研究所の試算によると、出産を機に仕事を辞める女性正社員やパート・派遣労働者は年間で20万人にのぼるといいます。
https://www.fnn.jp/posts/00344160HDK
その中には法の趣旨に反する形で退職を余儀なくされた方も、多数含まれているのではないかと思います。
2.近時、女性歯科衛生士に対する産休後退職扱いの有効性が問題になった事案が公刊物で公表されました(東京地判平29.12.22労判1188-56)。
これは、女性に退職の意思もそれを表示する言動もなかったにもかかわらず、不快感を抱いた理事長が、出産後の女性を強引に退職扱いにしてしまったという事件です。
退職扱いになった女性は、理事長や同僚職員に対し、「育児休業を取得した上、職場復帰する意思を表示」したり、被告や社会保険労務士事務所に「育児休業取得の手続を進めるための必要書類」を求めたりしていました。被告法人は随分と無理のあることをやったと思います。
こうした扱いは当然違法であり、裁判所は女性からの地位確認請求、育児休業給付金相当額の損害賠償、慰謝料などの請求を認めました。
その結論自体は普通の判断ですが、注目されるのはその慰謝料の高さです。
裁判所は
「労働契約上の権利を有する地位及び賃金、育児休業取得その他の権利」
に対する侵害について、
「原告には労働契約上の権利を有する地位の確認、賃金及び育児休業給付金相当額等の損害賠償に関する請求が別途認容されても回復しえない重大な精神的損害が発生している」
として、200万円もの慰謝料を認めました。
その理由として、裁判所は
「職そのものを直接的に奪っていること、原告には退職の意思表示とみられる余地のある言動はなかったこと、A理事長に故意又はこれに準じる著しい重大な過失が認められること、判決確定後も専ら使用者側の都合による被害拡大が見込まれること」
のほか
「いわゆるマタニティ・ハラスメントが社会問題となり、これを根絶すべき社会的要請も平成20年以降も年々高まっていること」
を指摘しています。
3.これだけ高額の慰謝料が認定される可能性があるとなると、嫌がらせをするような会社には戻りたくない・職場復帰(地位確認)までは望まないというケースであったとしても、訴訟提起することに相応の経済的な合理性があります。
もし、理不尽な目に遭って悔しい思いをされている方がおられましたら、ぜひご相談にいらしてください。一人一人が声を上げることは、社会問題としてのマタニティ・ハラスメントの根絶にも繋がってゆくのではないかと思います。
(弁護士 師子角 允彬)
1.近時、退職代行を謳うサービスが流行しているようです。
https://www.j-cast.com/2018/07/21334344.html?p=all
記事によると「明日から会社に行かなくてOK!」なる売り文句が使われることもあるとのことですが、そのような煽情的な宣伝文句を一般化することに対しては、少し疑問を感じます。
2.退職に関するルールは民法で規定されています。
期間の定めのない雇用契約に関していえば、いつでも解約の申入れをすることができます。この場合、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了します(民法627条1項)。
解雇予告期間とされている2週間に関しては、就業規則や合意等で1か月程度までであれば延長することも可能とする見解と、片面的強行規定であって合意による予告期間の延長が労働者を拘束することがないとする見解と、大雑把に言って二通りの理解があるように思われます(野川忍『労働法』〔日本評論社,第1版,平30〕356頁等参照)。
いずれにせよ、「明日から会社に行かなくてもOKか?」と聞かれた場合には、最低2週間、就業規則の体裁により1か月程度は引継ぎに従事する必要があるというのが法律家としての一般的な回答ではないかと思います。
3.ただ、明日から会社に行かなくても良くなる方法は絶対にないのかと言われれば、そうとも限りません。以下の二つの場合には、明日から会社に行かなくても良いという判断を下せるのではないかと思います。
一つは有給休暇を利用できる場合です。
「解雇予定日をこえての時季変更は行えない」とした解釈例規(昭49.1.2基収5554号)に準拠し、退職予定日までの勤務日を有給休暇で埋めてしまえる場合です。
もう一つは、多忙かつ長時間の深夜にも及ぶサービス残業を余儀なくされていたり、会社代表者が高圧的な態度で罵声を浴びせていたりするなど、予告期間中の勤務を要求することが妥当でない事由が認められる場合です。
民法628条は「当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。」と規定しています。期間の定めのない場合にも、この規定が適用されて、やむを得ない事由がある場合に即時退職できるかは、法文上定かではありません。しかし、「労働者は、期間の定めの有無を問わず、やむを得ない事由があるときは予告期間を設けることなく、直ちに労働契約を解除して退職することができる(民法628条)。この『やむを得ない事由』は当該労働関係に関する全ての事情を考慮して解除の前に予告期間を要求することが妥当でない事由を指すものと解される。」と判示したうえ、予告期間を置かない即時退職を認めた下級審裁判例があります(東京地判平30.3.9労経速2359-26)。
著しいサービス残業を強いられていたり、パワーハラスメントを受けていたりする場合には、予告期間を置かない即時退職も適法になる余地があります。
一般に退職代行を利用したくなるようなのは後者のような場合だと思われます。ただ、そもそも期間の定めがない雇用契約に民法628条が適用されるという理解が一般性を有するのかといった問題があるほか、予告期間を置かずに出勤しないことが適法となる「やむを得ない事由」があるといえるかどうかに関しては裁判例の集積がそれほど進んでいないため、個別の事案で予告期間を置く必要があるかどうかに関しては、弁護士でも判断が難しいと思います。
4.退職代行を謳う業者の中には、交渉を行うわけではないから弁護士法72条で禁止されている非弁行為には該当しないと主張するものもあるようです。
しかし、きちんとした法的判断を伴わず退職の意思表示だけ取り次いで、勤務先から反論が寄せられた場合に交渉も行わないといったことをして、本当に大丈夫なのかと心配に思います。
損害賠償請求を受けることは実務上あまりないにせよ、無断欠勤を理由とする懲戒解雇や退職金不支給等の報復行為に及ばれることは考えられないわけではないからです。実際、データ消去や在庫持ち出しを伴う集団退職に関する特異な例ではあるものの、退職の意思表示から一斉に出社しなかった労働者に対する懲戒解雇・退職金不支給を肯定した裁判例もあります(東京地判平18.1.25労判912-63等)。また、退職金不支給の判断に対しては、当方から退職金請求訴訟を提起する労をとらなければどうにもなりません。
個人的には、非弁行為に該当しないことについて、工夫や説明をしなければならないサービスを利用することは推奨していません。
法律が絡むことには、法専門家である弁護士に相談・依頼するのが安全だと思います。
(弁護士 師子角 允彬)
1.法は、労働契約の内容について、できる限り書面による確認をするものとしています(労働契約法4条2項)。また、使用者に対しては、労働者に対し、賃金、労働時間その他労働条件を書面で明示することを義務付けています(労働基準法15条、同法施行規則5条3項)。
しかし、労働関係の法律相談をしていると、雇用契約書を作っていない、労働条件明示書面の交付も受けていないという方が結構おられます。
法律関係を明確にする書面がないと、使用者と労働者との間での認識の齟齬が生じやすく、紛争が発生する危険も高まります。
2.近時、労働契約書も労働条件明示書面も作成されていなかった事案において、時間外勤務手当の請求の可否が問題となった事案が公刊物に掲載されました。東京地判平30.3.9労経速2359-26です。
被告となった会社は、
「月給25万円~40万円」
「※ 年齢・経験・能力などを考慮の上、給与額を決定します。」
「9:30~23:00(実働8時間/シフト制)」
「4週6休」
などという労働条件を公開して募集をかけました。
原告2名はこれを見て応募し、被告会社に採用されました。原告らの賃金は、それぞれ40万円、34万円と定められました。
通常、求人広告は申込の誘引と理解されており、そのまま労働条件になるわけではありません。応募者に対しては、求人広告とは別に、改めて労働条件明示書面が渡されることになっていて、労働条件になるのは、この労働条件明示書面や労働契約書に書かれていることです。
しかし、この事案では、労働契約書も労働条件明示書面も作成されなかったことから、原告らは40万円、34万円というのを基本給だと考えました。
これに対し、会社は40万円、34万円を、基本給、家族手当、技能手当、皆勤手当、定額残業手当、普通残業手当、深夜残業手当、休日勤務手当に区分して支給しました。
こうした扱いに対し、原告らは40万円、34万円を基礎賃金として時間外勤務手当が支払われるべきだとして会社を訴えました。
結論から申し上げると、裁判所は、時間外勤務手当の基礎賃金を、それぞれ40万円、34万円を基礎に算定すべきと判示しました。残業代に当たる部分の存在、金額、計算方法を示すことなく、給与明細書を交付する段階で一方的に内訳を決定しても、そのようなことは認められないとしています。
3.俗にブラック企業と言われる遵法意識の希薄な会社には、法を無視しても、既成事実を積み重ねて行けば済し崩し的に何とかなるといった発想を持つ傾向があるように思われます。
しかし、現実には何ともなりません。裁判所に事件が係属する事態になってしまうと、法を順守していない側が圧倒的に不利です。
求人広告を見て応募・採用されたものの、労働条件について事前に書面で明示されることもなく、入社してから突然「あれは残業代込みでの給料だ。」などと言われて理不尽さをお感じになられている方がおられましたら、ぜひ、一度相談にいらしてください。
残業代に関する事件は争点や検討対象が似通っていることが多く、原告となる方の数が増えても比例的に手間が増えるわけではありません。今回ご紹介させて頂いた裁判例の事案のように複数の方で同時にご依頼を頂けると、スケールメリットから一人あたりの着手金の負担を減らすこともできるかと思います。
(弁護士 師子角 允彬)
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