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2018年8月 7日 (火)

離婚事件 別居10年で夫が妻に払う額は数千万?

1.「“別居”10年で夫が妻に払う額は数千万円」という記事が掲載されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/15094884/

  記事には、

「婚姻費用。俗に「コンピ」とも呼ばれるこの費用こそが、あなたを破産に追い込む悪魔のコスト。これは『離婚が成立するまでは夫婦の関係が継続しているものとして、稼いでいるほうは相手側にそれまでと同等の生活レベルを保証する義務がある』というもの。」

「たとえ妻が不貞を働き慰謝料を払うほうだとしても、離婚をゴネられれば簡単に婚姻費用でモトを取られてしまうのだ。」

「この婚姻費用は正式に離婚が成立するまで払い続けなければならない。妻が不貞を働いて一方的に家を飛び出していったとしても、である。」

「結局、離婚成立までにどれくらいかかるのか。要は裁判所が裁定を下すか、相手が納得して離婚届に判子を押せばいいわけだ。フルに戦って高裁(2審)まで争えば、ゴネてる側に離婚の原因があったとしても5年、子どもがいれば10年くらいは軽くかかってしまう。」

「これを早めるには5~10年分の婚姻費用(+慰謝料・財産分与)を提示して、和解に持ち込むしかない。星の数ほどもある判例から落としどころは見えているので、裁判官も弁護士も双方をそこに誘導しようとする。」

などと書かれています。

 著者は理論物理学研究者を標榜する方のようです。実務法学とは大分畑違いであるような気がしますが、不正確と思われる部分について真に受ける人がいないよう、情報発信をした方が良いと思い、本記事を執筆することにしました。

2.先ず、婚姻費用で破産したというのは聞いたことがありません。普通に生活していれば、婚姻費用で破産することは理論上も有り得ません。

  婚姻費用の算定には「基礎収入」という概念が使われるからです。

  「基礎収入」とは、「税込収入から公租公課、「職業費」及び「特別経費」を控除した金額」とされています(三代川俊一郎ほか『簡易迅速な養育費等の算定を目指して-養育費・婚姻費用の算定方式と算定表の提案-』〔判例タイムズ〕1111-285参照)。職業費は「給与所得者として就労するために必要な出費(被服費、交通費、交際費等)」(前掲文献)のことです。「特別経費」は「家計費の中でも弾力性、伸縮性に乏しく、自己の意思で変更することが容易でなく、生活様式を相当変更させなければその額を変えることができないようなもの」とされていて、具体的には「住居費や医療費などがこれに該当する」(前掲文献)と理解されています。

  税金などの公租公課、被服費・交通費・交際費等、家賃や医療費などの自分自身にかかってくる生活費を控除した収入を割り付けて行くのが婚姻費用に関する基本的な考え方です。生活費が別枠で留保されているわけですから、破産するほど相手方に生活費を絞りとられることは、家裁で採用されている計算式的にありえません。法は不可能を強いるものではありません、身の丈に合わないようなお金の使い方をしない限り、婚姻費用のせいで破産することはありません。

3.不貞を働いた妻がゴネて簡単に婚姻費用で元を取るだとか、不貞を働いて一方的に家を飛び出した妻に離婚が成立するまで婚姻費用を払わなければならないだとかいった話も、私にはあまり馴染みのない議論です。

このブログで以前にも指摘したことがありますが、専ら分担請求権者である妻側に有責性がある場合、婚姻費用の分担請求は制限されたり否定されたりしています。例えば、東京高決昭58.12.16家月37-3-69は、夫婦の一方が他方の意思に反して別居生活を強行している場合について、子どもの養育費は別として、自身の生活費の請求は認められないとしました。また、市販されている書籍でも、「不貞関係にあるとみられてもやむを得ない」申立人妻からの婚姻費用分担請求について、子どもの養育費相当額を超える請求を認めなかった例は、普通に掲載されています(森公任ほか編著『簡易算定表だけでは解決できない 養育費・婚姻費用算定事例集』〔新日本法規出版,初版,平27〕の243頁以下等)。

4.さらに言えば、離婚事件では、5年も10年も粘れるものではありません。

前提として、弁護士には訴訟遅延を図ることが禁止されています。職務基本規程という日弁連の会規で「弁護士は、怠慢により、又は不当な目的のため、裁判手続を遅延させてはならない。」とされています(職務基本規程76条)。意図的に引き延ばしているのかは素人の方には分からなくても、相手方の代理人弁護士には分かります。無理な引き延ばしを図れば、相手方から懲戒請求されかねません。また、裁判官から「テンポ良く仕事のできないダメな代理人」という烙印を押されても手続上何も良いことはありません。したがって、わざと手続を遅延させるというのは、弁護士にとっては、例え顧客から要請されたとしても、やりたくないことの一つです。

更に言えば、平成15年から「裁判の迅速化に関する法律」という法律が制定され、これに基づいて裁判所は審理期間の短縮のために種々の努力をしてきています。結果、審理期間は一昔前よりも大分短縮されています。

5年も粘ることが無理なことは統計上からも伺えます。

離婚事件は、調停(不成立)→訴訟(第一審)→訴訟(控訴審)といったように手続が流れて行きます。

  現在閲覧できる最新の司法統計である「家事 平成28年度 第16表 婚姻関係事件数-終局区分別審理期間及び実施期日回数別-全家庭裁判所」によると調停不成立で終わった1万1185件の事件のうち、2年を超える審理期間がかかったものは23件しかありません。

  また「民事・行政 平成28年度 第40表 控訴審通常訴訟既済事件のうち控訴提起により受理した事件数-事件の種類及び審理期間(原審受理から終局まで)別-全高等裁判所」によると、一審受理から終局までにかかった期間という括りでも、人事を目的とする訴え1256件のうち、審理期間が5年を超えるものは8件だけです。

 http://www.courts.go.jp/app/sihotokei_jp/search

  私自身の実務感覚・経験からすると、婚姻関係の破綻に原因のある相手にゴネられているだけのケースの場合、概ねの事案では1~2年程度で控訴審での判決まで行きついているのではないかと思います。ゴネているだけの場合、話し合いによる解決の見込みがないものとして、早々に調停に見切りを付けて不成立で終わらせ、訴訟提起すれば、5年も10年もかかるということは先ずありません。勿論、相手に非があることが明白なのに当方から5~10年分の婚姻費用を解決金として提示したこともありません。

5.家事調停や人事訴訟の代理業務が法的に許されていない士業の方や、そもそも法律に関係する資格を有していないにも関わらず専門家を自称する方の中には、相談者に過度に厳しい見通しを告げて、裁判外で相談者に不利な合意を結ぶことを後押ししているように思われる方が散見されます。相手方に不貞行為がある場合のように、専ら相手方に有責性があるにもかかわらず、当方から5年~10年分の婚費を支払うような形での離婚を打診すれば、相手方にとっては渡りに船で、協議離婚が成立するのは当たり前です。これを自称専門家のアドバイスのお陰と有難がるのは誤りです。

  一般の方には専門家を自ら標榜する方の発言の信憑性を評価するのは難しいと思います。本ブログで信憑性に疑義のあるネット記事(最近、特に、離婚に関するものが目につくように思います)に対する論評を加えているのもそのためです。個人的には離婚など当事者間に利害対立のある事件に関することは、紛争処理の実務経験のある弁護士に相談することをお勧めします。

(弁護士 師子角 允彬)

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