離婚事件 相手方が死ぬまで待つのは得策か?
1.「夫に離婚を切り出された59歳主婦、離婚せずに夫の死を待つ『打算』」なる記事が掲載されていました。
https://otonanswer.jp/post/18795/
https://otonanswer.jp/post/18804/
記事は脳梗塞で倒れたことがある会社社長の夫から妻が離婚を求められたという事案を例に挙げ、
① 現時点で離婚を成立させた場合と、
② 夫が協議離婚中「3年後に逝去」して相続が発生する場合
を比較して、「のらりくらりとかわしておく」「あえて何もしない」という選択を示唆し、
「35年も連れ添った相手に「死んでほしい」と願うのは罪悪感が伴いますが、夫のわがままをかなえるために不利な条件をのむ義理はないので、啓子さんが自分の選択を恥じることはないのです。」
と結んでいます。
このような試算をして離婚に応じるのか否かを決めるのも、一つの考え方だと思います。
ただ、このような試算に基づいての意思決定が専門家から見ての唯一の正解というわけでないことは、ご紹介させて頂いた方が良いと思い、本稿を執筆することにしました。
2.結論から申し上げると、私が同じような相談を受けたとすれば、現在時点である程度まとまった金額を得て離婚することの意義について、この行政書士の方よりも、もう少し詳しく説明するだろうなという気がします。
それは相手方が当方の思惑を妨害してくることを想定するからです。
弁護士と行政書士との差は、大雑把に言って、紛争に日常的に接しているのかという点にあると思います。
弁護士は常日頃から相手方のある紛争に関与しています。対立当事者である相手方は、当然、こちらに都合よく動いてくれるわけではありません。むしろ、当方の利益を抑え込み、相手方の利益を最大化するために積極的に活動します。そのため、紛争性のある事案では、将来予測を立てるにしても、相手方が邪魔をせず、ぼうっと見ていていることを前提とした予測ではあまり役に立ちません。
3.記事では遺言が作成されないことを前提に試算がされています。しかし、相手方が余程間抜けでない限り、この種紛争で遺言が作成されないことは先ずないと思います。離婚したい理由が妻に財産を渡したくないことにあるのだとすれば、遺留分減殺請求を想定したうえで全財産を他の相続人に相続させる内容の遺言を残したり、遺留分ギリギリしか妻に相続させない遺言を作ったりすることが容易に想定されます。そういう意味で、遺言が作成されないことを基礎に予測を立てるのは、あまり現実的ではありません。
相手方の手落ちを前提にした将来予測は、勝敗の行方を神風に期待するようなもので、あまりお勧めはできません。死亡時に得られる財産は、法定相続分の半分(遺留分相当分)程度と見ておくのが、弁護士の一般的な発想だと思います。
4.また、将来予測を立てるうえでは、割合的に削ってくるであろうことと共に、散財・費消といった可能性も考慮しなければなりません。
あまり露骨なことをしないという前提のもとでも、相続の発生までに財産が減少してしまっていることはそれほど珍しくありません。
収入は会社の代表取締役社長を退き、息子等に経営を委ねてしまえば、激減します。収入が減れば婚姻費用も減ります。脳梗塞による健康上の不安を抱えての措置であり、現実に就労実体もなくなっているということであれば、これを婚姻費用の支払いを免れるための偽装工作と言い切れるかは難しい問題です。
また、老後資金の目安は、3000万円といわれることもあります。
https://www.tr.mufg.jp/dekirukoto/commentary/05.html
記事では夫が3年後に逝去することが前提になっています。しかし、脳梗塞といっても3年内に再発しない可能性の方が再発する可能性よりも大分高いわけです。
https://noureha.com/for_family/attention/relapse/
しかも、死亡したくない相手方夫は、当然、予防のために手を尽くすでしょうから、逝去してくれる可能性は統計上の数値よりも低くなると推測されます。
また、相手方による当方の思惑の阻止とは少し異なりますが、会社の経営も何時も上手くゆくとは限りません。会社が倒産して夫が個人保証をしていれば、幾ら財産を持っていても債権者に持っていかれてしまいます。
回収できる時に回収するということは、債権回収を考えるうえでの重要な考慮要素になります。将来の皮算用よりも、目の前の現金の回収を優先することは債権回収の場面ではそれほど珍しくありません。
5.離婚に応じるのか否かを考えるにあたり、応じた場合に得られる利益と、応じなかった場合に得られる利益とを対照するという発想自体は、それほど特別なことではありません。
しかし、将来予測を立てるには、相手方の要望を拒絶した場合に、相手方が当方の思惑を阻止するために、二の矢、三の矢としてどういう行動をしてくるかまで考えなければなりません。
そのためには、紛争解決についての実務経験、遺言や遺留分など離婚と直接的には関わらない領域にまで及ぶ幅広い法律知識が必要になります。
裁判離婚できないことを梃子に大幅な譲歩を引き出してすぐ離婚した方が良いのか、それとも、離婚せず相手方が死去するまで待った方が良いのか、といった判断は、ある程度の紛争解決の実務経験を積まなければ分かりにくいのではないかと思われます。意思決定に試算を用いるにあたっては、その試算が相手方の行動や、自分でコントロールできないリスクを適切に考慮したうえで作られたものなのかを見極めてからにする必要があります。
(弁護士 師子角 允彬)
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