使用者側のハラスメントと精神疾患による休職・自然退職
1.会社勤めをしていると、病気になったり、怪我をしたりして、働けなくなることがあります。
病気や怪我が業務上の事由によるものであれば、労働者災害補償保険法に基づいて療養給付や休業給付を受けることができます。また、業務上の病気や怪我で療養のために休業している期間(及びその後30日間)に労働者を解雇することは原則として禁止されています(労働基準法19条1項)。
他方、私傷病の場合にはこうした制約はありません。私傷病で働けなくなった場合の従業員の立場は就業規則に規定されているのが通例です。厚生労働省のモデル就業規則では、業務外の傷病で療養を継続する必要がある場合に休職とすることとし、休職期間が満了しても傷病が治癒せず就業が困難な場合には、休職期間の満了とともに退職する扱いになると定められています
(http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000118951.pdf)。
2.業務上の病気や怪我か、私傷病かが問題になる場合として、使用者側のパワハラが関係している場合があります。
パワハラによって精神疾患を発症した場合、それは業務上の疾病になる可能性があります。
ただ、パワハラは、集積すれば大きな負荷となるものでも、一つ一つを取り出してみると、それほどのことでもないという場合が珍しくありません。また、指導や叱責との区別がつきにくいものもあります。その他、会社を訴える前提で一つ一つの出来事を記録している労働者は稀であること、報復の危険から同僚など協力してくれる関係者を見つけるのが困難であることから、一般論として言うと、パワハラによって精神疾患を発症したことを立証するのは、必ずしも簡単ではありません。
そのため、法律相談をしていると、直観的な印象としてパワハラによって精神疾患を発症したと思われるのに、私傷病休職の扱いとされている場面を目にすることがあります。
3.休職期間の満了による一般退職扱いの有効性が争われた事案として近時公刊物に掲載された岐阜地判平30.1.26労経速2344-3も、この系譜に属する事件です。
この事案では、
① 育休に復帰した直後から従前と同様の勤務条件での勤務を希望する原告に対し、給与体系を時給制にしたり精勤手当を支給しないとしたりするなどの勤務条件の変更を度重ねて申し入れていたこと、
② 歯科技工士として採用された原告に対し、勤務条件の変更の提案を受け入れなかったことや労働局に相談したことに対する制裁的な意味合いで、使用者側がクリニックの歯科技工士らに技工指示書を渡さないように指示していたこと、
③ 他の従業員らを立ち会わせたうえで、いわれのない懲戒処分を行ったこと、
④ 朝礼で例え話を用いたり、「身近な人の『こうげき』がなくなる本」なる書籍を使ったりしながら、他の従業員らの面前で原告を揶揄し続けたこと、
を指摘したうえ、
「被告らの行為によって精神的負荷を受けており、かつ、原告がもともと精神疾患を発症していなかった上、本件精神疾患を発症させるようなその余の事情が認められないことからすれば、これらの精神的負荷の積み重ねによって、原告が本件精神疾患を発症したものと優に推認できる。」
とし、原告に生じていた不安抑うつ状態・抑うつ神経症に業務起因性を認め、労働基準法19条1項の類推適用により、退職扱いを無効としました。
また、賃金に関しても、
「使用者たる被告Dの責めに帰すべき事由によって、労働者たる原告が債務の履行として労務を提供することができなくなった以上、原告は賃金請求権を失わない」
と判示しています。
4.一昔前、社会保険労務士がブログに「社員をうつ病にする方法」なる記事を投稿して物議を醸しました
(https://www.sankei.com/life/news/151225/lif1512250012-n1.html)。
この社会保険労務士は「『世間をお騒がせしたのは申し訳ないと思っています。一部、筆が滑って過剰な表現はありましたがブログに書いた趣旨は間違っていないと思います』などと話しているという」とのことです
(https://www.huffingtonpost.jp/2015/12/30/certified-social-insurance-labor-consultant_n_8892716.html)。
しかし、弁護士の視点から申し上げると、上記のようなアドバイスは会社を間違った方向に導くものだというほかありません。
社員を鬱病にしたところで、業務起因性が認められてしまえば、基本的には解雇(当該社労士のやや品位に問題のある言葉を借りれば「会社から追放」「首切り」)することはできません。特定の社員を追放するために合目的的・組織的にパワハラをしていれば相当数の痕跡(証拠)が残るだろうとも思います。
無茶なやり方で退職扱いを強行しようとしても法的紛争に発展するリスクを抱えるだけですし、当該社員が自殺でもしたら恨み骨髄に徹した遺族から莫大な損害賠償を請求されたりマスコミ報道で晒し上げられたりされかねません。
また、パワハラは被害に遭っていない社員にとっても見ていて楽しいものではありません。仕事への意欲を低下させたり、明日は我が身かという危機感から大量離職を生じさせたります。
法は常識に沿うように作り込まれているため、素人目にみても「おかしい」と思われるアドバイスは、専門家からみても間違っていることが多いです。過激なアドバイスを受けた場合、それが専門家を標榜する方からのものであったとしても、弁護士等にセカンド・オピニオンを求めてみることをお勧めします。
(弁護士 師子角 允彬)
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