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2018年6月

2018年6月17日 (日)

転勤(配転命令・出向)と家庭生活

1.2019年卒業学生向け就職情報サイトを運営する民間企業が就職活動に関するWEBアンケートをとったところ、志望する条件として「休日・休暇がしっかり取れる」「転勤のない企業」などの比率が高まっているとのことです

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000268.000013485.html)。

2.転勤が家庭生活に与える影響は、近時、メディアに良く取り上げられるようになっています。

  共働き妻が会社を辞めざるを得ない深刻事情

http://news.livedoor.com/article/detail/14811437/

「親の介護で転勤できない」男性社員の申し出増加

https://style.nikkei.com/article/DGXKZO24427650Y7A201C1NZBP00/

  終身雇用の前提が崩れつつある中、勤務先の辞令一つで家庭生活を犠牲にすることへの疑問の高まりが、学生の希望にも反映してきているのではないかと思われます。

3.転勤をめぐる問題が社会的に耳目を集めるようになってきたためか、近時公刊された判例集に、配転命令の効力が問題になった事案が複数掲載されていました。

  大阪地判平30.3.7労判1177-5は、妻の病気を理由に異動を拒否した職員に対する解雇を無効と判断しました。

  この裁判例は、傍論での判断ではありますが、

 ① 「原告の妻の病状は、相当に深刻なものであったと言わざるを得ず、既に日常生活においても多大な支障が具体的に生じていたと認められる」こと、

 ② 「原告の妻は、本件人事異動を聞いて現にパニック状態となり、自殺未遂を起こすまでの状況に立ち至っており、原告が本件人事異動命令に従えば環境変化により重大な事態を引き起こす可能性も十分に想定し得たこと」

 ③ 「原告の妻の主治医も『治療環境としては居住地ならびに夫の職務や勤務地は現在の状況を維持するのが必須であると判断する。』旨の診断書を作成していること」

 ④ 「原告が本件人事異動を拒否する動機は、妻の病状以外には見当たらず、…不当な動機で本件人事異動を拒否しているとは認められないこと」

 ⑤ 「本件人事異動は…ジョブローテーションの一環として定期的に行われるものであって、原告を…異動させることそのものに高度な必要性があったとまでは言い難いこと」

 などを総合的に勘案すると、人事異動は出向に関する権限を濫用したものと認めるのが相当だと判示しています。

4.また、京都地判平30.2.28労判1177-29は、職種変更及び勤務地異動を伴う配転命令について、

 「使用者である被告としては、労働者である原告Dらに対する本件配転命令にあたり、原告Dらの個々の具体的な状況に十分に配慮し、事前にその希望するところを聴取等したうえで…本件配転目例の業務上の必要性や目的を丁寧に説明し、その理解を得るように努めるべきであった」

 「原告Dらに対する本件配転命令は、原告Dらの個々の具体的な状況への配慮やその理解を得るための丁寧な説明もなくなされたものであり、…その業務上の必要性の大きさを考慮しても、これを受ける原告Dらに予期せぬ大きな負担を負わせるものであることやこれに応じて執るべき手続を欠いていたことという点において、その相当性を著しく欠くものといわざるを得ない。」

 として原告Dらに対する配転命令を違法だと判示しました。

  原告D(女性)は独身ではありましたが、脳梗塞の後遺症によって目が不自由な父ら家族の介護に関わる事情を持っていました。

5.配偶者の病気が深刻なものであり、かつ、そのことが医師による医学的判断に裏付けられている場合、ジョブローテーション程度の必要性しかない配転や出向の命令は拒むことができる可能性があります。

  また、業務上の必要性があったとしても、個々の労働者の置かれた具体的な状況への配慮や説明が不十分なまま行われたなど、適切な過程・手続がとられていない配転命令に対しても、その効力を問題にできる可能性があります。

6.育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律26条は、「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。」と定めています。あまりに家庭生活に犠牲を強いる転勤には、法も消極的な考えを示しています。

  人生設計や家庭生活を考える上で許容できない転勤を命じられた方は、一度法律相談を受けてみても良いかも知れません。

  もちろん、当事務所でも、ご相談はお受付しています。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2018年6月14日 (木)

スタッフ弁護士になる10の理由(その1)

 最近、法テラスの常勤弁護士(スタッフ弁護士)への志望者が減っているといいます。私はスタッフ弁護士として6年間働いた経験から、ロースクール生や修習生に自信を持って法テラスを就職先としてお勧めします。題して「スタッフ弁護士になる10の理由!」(書きながら自分がスタッフ弁護士に戻りたくてなってきたことはさておき・・・)。

 なお、この4月から私は法テラスの広報・調査室長として働いていますが、以下は法テラスの組織としての見解ではなく、かつまた今の自分の所属先を喧伝するために書くわけでもありません(法テラスを宣伝することが私の今の仕事ではあるのですが、それを措いてもという意味で)。純粋に、元スタッフ弁護士としての私個人の意見です。桜丘で2年間修業した後、2006年に法テラス佐渡を立ち上げて3年半を佐渡で過ごし、その後に那覇へ異動して2年半、合計6年間をスタッフ弁護士として過ごしました。

 那覇の後は、法テラスを辞めてアメリカに留学たり、JICAの長期専門家としてネパールに赴任したりしておりましたが、こちらの話はまた別の機会に。とりあえず、「スタッフ弁護士になる10の理由(その1)」いきます!

 

1 事件に集中できる。

 法テラスの司法過疎対策事務所と、日弁連のひまわり公設事務所の役割は基本的には同じです。私は佐渡にいましたが、佐渡島内の事件をどんな事件でも受けて、地域の司法アクセスを確立することです。異なるのは、法律事務所の「経営」をするかどうか。ひまわり公設に限らず、法律事務所のパートナーになると、事務所の収支はもちろんのこと、雇用主として職員の待遇も考えなければなりません。

 法テラスでは、組織として職員を採用しているため、人事評価に参考意見をつけることを除けば、スタッフ弁護士個人が労使交渉の使用者側になることはありません。事務職員と名実ともに「同士」として、事件に取り組める環境があると言えます。独立し、あるいはひまわりの公設の同期が経営について悩んでいる時に事件処理だけに没頭していた私は、ある意味幸せものでした。

 スタッフ弁護士として働く間、地元の弁護士会の委員会や研修に参加することで、先輩から多くのことを学ぶことができました。ただ、法曹界でよく「事件が人を育てる」と言われるように、依頼者の人生がかかった一つ一つの事件にこそ、最も大きな学びがあります。経営のリスクを負わない以上、事件を数多くこなすことによる経済的な受益こそありませんが、弁護士として事件に集中できる環境はプライスレスです。

 

2 単価の低い事件にも取り組める。

 スタッフ弁護士には一般の弁護士が受け控えてしまうような、時間当たりの単価が低い事件に積極的に取り組むことが期待されています。

 私が経験した「単価の低すぎる事件」の一つには、離婚調停に一年以上かかったものがありました。様々な事情で5年間別居していた高齢者夫婦が、離婚調停の中で、病気や介護、住宅、年金の問題を一つずつ解決し、同居を再開したという事案でした。事件が終了してから暫くしてから、体の不自由な夫の体を妻が支えて事務所を訪ねて下さり、「二人で釣りに行ったんだ!」と魚をくれた時は本当に嬉しかったのを覚えています。

 しかし、常勤弁護士ではなく契約弁護士として事件を受任したいたら、民事法律扶助家事調停の報酬は数万円です。ご本人達が本音で語れるようになるまでの数か月をじっくり付き合えたか。市役所への介護保険の申請に付き合ったり、調停外での夫婦の面談に付き合ったりできたかは疑問です(手弁当を覚悟してやると思うけどね!というのは、今の契約弁護士としての自分に対する宣言)。スタッフ弁護士だったからこそ、とことん付き合って、最後にご夫婦の仲良く並ぶ笑顔を見ることができたのだと思います。

 

3 困難な事件に集中できる。

 さて、ここまで「事件に集中できる」とか言っていませんが、もう一回だけ言います。たまに、「そんなお金にならない事件ばかりやって、弁護士としての力がつくのか?」と言われます。でも、「単価が低い=簡単」ではありません。その多くは、困難さ故に時間がかかり、結果として単価が低くなるものです。

 本来的には困難な事件であれば、その単価があがることが理想なのでしょうが、法テラスの利用者は経済的に困窮しており、民事法律扶助では最終的に利用者本人が弁護士報酬を償還しなければなりません。一方で、国選刑事弁護事件は、報酬計算に係る法テラスの裁量の余地がないようにという弁護士会からの要請から、統一的な基準が作られているため、「例外的な」困難さに対応することができないのが現実です。

 櫻井弁護士から新人の頃に聞かされていたことの一つに、「困難な事件を避けるのはもったいない。困難な事件に真剣に取り組んでこそ力が伸びるし、依頼者からの信頼を勝ち得ることができる。」というものがあります。沖縄では2年半の間に裁判員裁判8件を受けることができました。スタッフ弁護士としての6年間、民事でも刑事でも様々な意味で困難な事件に取り組めたことが、弁護士としての自分の基礎体力を作ったと感じます。

 事件に集中できる環境があり、単価の低く(社会の隅っこで複合的な苦しんでいる人が最も必要とする)、特に困難な事件に取り組むことが期待されている。振り返ってみると、私にとってはとても幸福な時間でした。

 

4 ノーリスクで事務所経営の練習ができる。

 事件に集中できる環境があるとはいえ、事務所の収支が分からない訳ではありません。事件処理にかかる経費はもちろんですが、人件費を含む事務所の固定経費も知ろうとさえすれば、把握することができます。契約弁護士として受任していたら支払われていただろう国選・民事法律扶助事件の報酬は事件毎に分かります。司法過疎事務所であれば、「有償事件」と呼ばれる一般的な弁護士報酬で受任する事件もあります。

 国選・扶助事件だけで収支を合わせることは難しいでしょうが、日々の事務所運営かかる経費を知り、自分がどの程度のボリュームの事件を受けることができるかを知ることは、将来の独立開業する際の貴重なトレーニングになります。一度開業して日々の運転資金を自分で回す前に、「自分の財布から経費を支出する」という痛みなく事務所運営の練習ができるというのはスタッフ弁護士の魅力の一つだと思います。

 少々脱線しますが、「スタッフ弁護士は事件処理経費を『全く』気にしなくていいことが魅力だ!」という人がいます。私は、それは事実ではなく、仮に事実だったとしても「魅力」には当たらないと考えます。確かに、経営者として自分の財布から人件費や固定経費を支出しなければならない開業弁護士に比べれば、経費のことが頭に浮かぶ機会は遥かに少なくて済みます。

 しかし、スタッフ弁護士が受けている事件だからといって、一般弁護士が受任したら出せない経費が支出できる訳ではありませんし、スタッフ弁護士の人件費を含む法テラスの運営費が公費で賄われている以上、コスト意識を持つことは必要です。これは事件の費用対効果を考えるべきと言っている訳ではありません。一回の訪問で済むことが自分の準備不足のために二回目の訪問が必要になってしまうことを避けたり、職員の事務処理がスムーズに進むような工夫をして残業を減らしたりすることで、効率的な事務所運営を行なうことが求められると考えています。ただ、法律事務の独立性があるため、このような細かいことを組織側から言われることは、少なくとも私がスタッフ弁護士をしていた頃はありませんでした。自ら律することで、自分や職員の負担を減らしてワークライフバランスを高めることにも繋がると思います。

 社会人経験のないまま弁護士になった私には、経営者としてのリスクを負う前に事務所運営の練習ができたこと、職員との人間関係学んだことは、とても貴重な経験となりました。

 

2018年6月 3日 (日)

教師の残業代(私立学校の部活動顧問の労働時間性)

1.公立学校の小中高の教育職員には時間外勤務手当が支給されません(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法3条2項)。

  そのため、給与に反映されないにも関わらず部活動顧問に多くの時間を割かざるを得ない学校の先生の過酷な労働環境が話題を集めるようになっています。

2.現行の法律上、教育職員に対しては、時間外勤務手当の代わりに、給与月額の4%に相当する教職調整額が支給されています(同法3条1項)。

  また、部活動に対しては、条例によって手当を支給されることも可能とされています。例えば、東京都では学校職員の特殊勤務手当に関する条例で「学校の管理下において行われる部活動の指導業務に従事した場合で、当該業務が心身に著しい負担を与える程度のもの」には教員特殊業務手当という名目で手当を支給することとされています(同条例15条1項参照)。

  しかし、教育職員の方が部活動顧問に費やす時間を考えると、不十分なのが実情ではないかと思われます。

3.部活動顧問の活動に十分な手当がされていなかった背景には、その法的な位置付けが曖昧なことが挙げられるのではないかと思います。

  中学校学習指導要領は部活動について、「生徒の自主的,自発的な参加により行われる部活動については,スポーツや文化及び科学等に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養等に資するものであり,学校教育の一環として,教育課程との関連が図られるよう留意すること」と言及しています。

高等学校学習指導要領も部活動については、「生徒の自主的,自発的な参加により行われる部活動については,スポーツや文化及び科学等 に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養等に資するものであり,学校教育の一環として,教育課程との関連が図られるよう留意すること」と中学校学習指導要領と同じような言及をしています。

  学習指導要領上、部活動は「生徒の自主的、自発的な参加により行われる」ものにすぎないのか、「学校教育の一環として」行われるものなのかが明確に読み取れません。

  学校教育活動の一環であるならば部活動顧問は教育職員の業務といえるのでしょうが、単なる生徒の自主的な活動を支えているにすぎないものであれば業務と認めない考えも出てくる余地があるように思われます。

  上述の東京都の学校職員の特殊勤務手当に関する条例も、部活動の指導業務に従事したとしても、心身に著しい負荷を与えるようなものでなければ、手当の対象外であるかのように読めます。

  冒頭の公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法3条2項との関係で、公立学校の教育職員の方から時間外勤務手当の請求に係る訴訟が起こされないこともあり、裁判所が部活動顧問に従事した時間の労働時間性についてどのように考えているのかもあまり良く分かりません。

4.そうした状況の中、近時興味深い裁判例が公刊物に掲載されました。

  さいたま地判平29.4.6 東京高判平29.10.18労判1176-18です。

  この事例では私立学校におけるバレーボール部の顧問としての活動の労働時間性が争点の一つになりました。

  被告学校法人は、

「部活動の朝練は、何ら強制されるものでなく、原告は何時に来るかを自ら自由に決定できたことに照らすと、それが労働時間にあたるとは認めがたい。」

などと顧問としての活動の労働時間性を争いました。

  しかし、さいたま地裁は、

 「バレーボール部の活動として、本件学校に朝練習の届け出をしている日や、…原告作成の本件日記中に、バレーボールの朝練習をした日については…原告の早出残業を認める。」

 「週番日誌にバレーボール部の活動が記録されている場合には、当該部員の下校時刻を原則として終業時刻とする」

 と部活動の労働時間性を認めました。

  この判断は控訴審である東京高裁でも維持され、確定しています。

  地裁・高裁の判例は公刊物では教諭に対する経歴詐称、勤務態度不良等を理由とする解雇の有効性等に関する事案として紹介されています。しかし、部活動顧問としての活動に労働時間性を認めた事案としても注目されて良いように思われます。

5.公立の学校の場合、法制度上の問題として、いくら部活動の顧問業務に多くの時間が割かれたとしても、時間外勤務手当を請求することは現状ではかなり困難です。

  しかし、私立学校の場合に関して言えば、部活動の顧問業務に従事した時間を労働時間として計算したうえで、時間外勤務手当を請求する余地があるように思われます。

  部活動の顧問業務に忙殺されているのに時間外勤務手当が支払われないとお悩みの私立学校の教育職員の方がおられましたら、ぜひ一度相談にいらして下さい。私立学校の場合、公立学校とは異なり立法の壁があるわけではないため、何等かの形で救済を図れる可能性があります。

(弁護士 師子角 允彬)

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