取引先・顧客からのセクハラ
1.財務省の前財務次官の一件以降、連日のようにセクハラに関する報道がされています。
その中で気になるデータがありました。
メディア業界内でのセクハラ被害についてアンケートをとったところ、セクハラの相手で最も多かったのは、取材先・取引先だったとのことでした。アンケート回答者107人のうちセクハラの相手として取材先・取引先を挙げた方が74人もいたとのことなので、かなり深刻な状況だと思います
(https://mainichi.jp/articles/20180518/k00/00m/040/076000c)。
2.セクハラへの対策を規定しているのは、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」といいます)です。
均等法11条1項は「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と事業主にセクハラを防止するための措置を講じることを義務付けています。
この雇用管理上必要な措置に関して、厚生労働省は指針を作成しています(平成18年厚生労働省告示第615号
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000133451.pdf)。
指針では「取引先の事務所、取引先と打ち合わせをするための飲食店、顧客の自宅等であっても、当該労働者が業務を遂行する場所であれば」職場に該当するとしています。
また、厚生労働省が作成しているパンフレットには「性的な言動」に関して「取引先、顧客…などもセクシャルハラスメントの行為者になり得る」と明記されています
(http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/00.pdf)。
指針上、職場におけるセクハラに係る相談の申出があった場合、事業主は事実関係を迅速かつ正確に確認しなければならないとされています。セクハラが生じた事実が確認できた場合には、被害者に対する配慮のための措置を実施し、同時に行為者に対する措置を適正に行わなければなりません。また、再発の防止に向けた措置を講じることともされています。
現行法の範囲内でも、取引先からのセクハラを受けた被害者を救済する枠組自体は用意されています。
しかし、冒頭の毎日新聞の記事のアンケート結果を見る限り、社会に対して法の趣旨が浸透しているとは言い難そうです。
3.取引先からのセクハラが顕在化しにくい背景には、労働者自身に面倒だと思われたくないという意識があるほか、相談を受けた事業主としても強い立場に出にくいという事情があるのではないかと思われます。
ただ、後者の問題に関しては、近時、事業主に警鐘を鳴らす判決が出されています。千葉地松戸支判平28.11.29労判1174-79です。
この事案では、男性の大学の非常勤講師が男子学生から臀部を触られるなどのセクハラ行為を受けたことに関し、セクハラ行為がなかったと結論付けた大学が非常勤講師からの情報提供及び要望に対して労働契約上適切な対応をとっていたと認められるのかが争点となりました。
裁判所は、ハラスメント行為はなかったとする大学を、
「被告乙山(学生)の履修を継続させるべく、当初から『何もなかった』かのように事態を収束させたいという考えを有していた」
「被告乙山のハラスメント行為を否定することで早期決着を図った」
と批判したうえ、
「被告乙山によるハラスメント行為はなかったという結論を下したことについては、不十分な調査によって被用者である原告に不利な結論を下したというほかなく、被告学園(大学)の措置は労働契約上の義務に違反する」
と判示しました。
そして、
「被告学園は被告乙山の履修継続及び事態の早期決着を目指すことを優先して、原告側の言い分を尊重しない行動に出たものと言う外なく、…非常勤講師である原告を精神的に相当傷つけた」
として80万円の慰謝料の発生を認めました。
非常勤講師は学生を授業に出席させないようにしてほしいと求めていました。しかし、大学から「被告乙山は授業料を支払っていることから、授業に出席させない措置をとることはできない」と伝えられたことを受け、代理人弁護士に法的手続を委任したようです。
大学にとって学生は顧客に近い立場にあります。学校経営上、あまり厳しい指導・処分はしにくかったのかも知れません。しかし、早期決着を図るため被害者を黙らせようとしたことで慰謝料の支払を命じられました。
4.取引先・顧客からのセクハラに対しても法は決して冷淡ではありません。声を上げたい方は、ぜひお気軽にご相談ください。
また、労働者からセクハラに関する相談を受けた事業者は、言い分が食い違う場合にも適切な事実認定をしなければならないなど、今後、難しい判断を迫られる局面が増えてくることが想定されます。対応に迷われた際には、ご相談を頂ければ、お力になれることは多いかと思います。
法の趣旨に沿った紛争解決に役立つことができれば、大変嬉しく思います。
(弁護士 師子角 允彬)
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