“逆パワハラ”は法律も守ってくれない?
1.「部下が上司イジメ…“逆パワハラ”は法律も守ってくれない?」という記事が掲載されています
(https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/227918/1)。
記事は、
「“逆パワハラ”によって出勤停止になった部下が上司と会社を提訴し、勝訴した。」
事例を引き合いに出し、
「法律も無力だったりする。」
と指摘しています。
また、該当の事例に対する弁護士のコメントとして、
「『その部下は、上司の指導や指摘に対して『勝手にしろよ』などとタメ口で、上司を批判し、取り合わなかった。そういう言動があまりにも続いたため、会社側が出勤停止にしたのです。ただ、パワハラの定義は職場内での優位性を利用し、職場環境を悪化させたり、精神的・身体的苦痛を与えること。この部下は人間関係や経験の面でも上司の優位に立っていなかったため、パワハラには該当しないと判断されました。相手が“下”の立場である以上、上司が被害を受けても、法的に守ってもらえないケースもあるのです』」
という発言を引用しています。
しかし、部下から上司への不適切な振舞いに対し、法律は必ずしも無力ではないと思います。
2.記事が挙げているような事例での部下の勝ち方には、二つの類型があります。
一つ目は、「勝手にしろよ」などの暴言が「あまりにも続いた」という事実自体が証拠によって認定できなかったという類型です。懲戒処分の原因になった事実自体が証拠によって認められない場合、会社が敗訴するのは当たり前です。
これはきちんとした証拠もなく懲戒処分を下した会社の不手際であって、法律が無力であることとは違うと思います。
二つ目は、「勝手にしろよ」などの暴言が「あまりに続いた」事実自体は認定できるものの、当該事実に対する処分として出勤停止が重すぎるという類型です。
この場合、裁判所が判断しているのは、飽くまでも出勤停止が不相当に重いということだけです。戒告、減給などのより軽い処分であれば、部下が敗訴していた可能性は十分にあると思います。法律は、部下の言動に問題がないとお墨付きを与えているわけではありませんし、部下の不適切な言動に無力であるわけでもありません。
私企業がどのような懲戒処分の基準を持っているのかは外部からは分かりませんが、公務員の場合、他の職員に対する暴言により職場の秩序を乱した職員に対する懲戒処分の標準例は「減給又は戒告」とされています(平成12年3月31日職職-68「懲戒処分の指針について」第2-1(5)参照)。既に何度も同じような言動で戒告などの懲戒処分を受けているというのであればともかく、暴言でいきなり出勤停止という重い処分をとったとすれば、それは元々負けても不思議でない事案だったという見方もできると思います。
3.処分との均衡が害されていない限り、暴言を吐いた部下を就業規則に基づいて懲戒に処することは当然可能です。部下の側が優位というわけではないのであれば、懲戒処分を下すなり、部下を配置転換させるなりすればよいと思います。こうした対応は現行の法律の枠内でもとることが可能です。
また、行政解釈上、職場のパワーハラスメントは「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義されています。定義上、パワハラが「職務上の地位や人間関係といった『職場内での優位性』を背景にする行為」であれば上司から部下に対するものに限られないことは厚生労働省のホームページ上でも明確にされています
(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000126546.html)。
部下が何等かの優位性を背景に上司に対してパワハラをしていたとすれば、当然、不法行為として損害賠償請求をすることが可能です。また、近時では使用者に「パワハラの訴えがあったときには、その事実関係を調査し、調査の結果に基づき、加害者に対する指導、配置換え等を含む人事管理上の適切な措置を講じるべき義務」があるとする裁判例も出されています(東京高裁平29.10.26労判1172-26参照)。このような裁判例を根拠に、会社に対して問題の部下に人事管理上の適切な措置を講じるよう求めることも可能だと思います。
4.より適したルールを模索するため、法の不備を指摘することは必要です。
ただ、「法律は守ってくれない」といった類の論稿を掲載することには慎重さも必要だと思います。それを見て、権利の救済を諦め、絶望してしまう人が出てくるかも知れないからです。
部下から上司に対するものであったとしても、暴言や無視、意地悪から人を守ることに関して、法律は決して冷淡ではないと思います。
理不尽なことには何等かの対応策があるのが普通なので、諦めたり泣き寝入りしたりする必要はないと思います。
(弁護士 師子角 允彬)
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