« 2018年4月 | トップページ | 2018年6月 »
1.財務省の前財務次官の一件以降、連日のようにセクハラに関する報道がされています。
その中で気になるデータがありました。
メディア業界内でのセクハラ被害についてアンケートをとったところ、セクハラの相手で最も多かったのは、取材先・取引先だったとのことでした。アンケート回答者107人のうちセクハラの相手として取材先・取引先を挙げた方が74人もいたとのことなので、かなり深刻な状況だと思います
(https://mainichi.jp/articles/20180518/k00/00m/040/076000c)。
2.セクハラへの対策を規定しているのは、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」といいます)です。
均等法11条1項は「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と事業主にセクハラを防止するための措置を講じることを義務付けています。
この雇用管理上必要な措置に関して、厚生労働省は指針を作成しています(平成18年厚生労働省告示第615号
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000133451.pdf)。
指針では「取引先の事務所、取引先と打ち合わせをするための飲食店、顧客の自宅等であっても、当該労働者が業務を遂行する場所であれば」職場に該当するとしています。
また、厚生労働省が作成しているパンフレットには「性的な言動」に関して「取引先、顧客…などもセクシャルハラスメントの行為者になり得る」と明記されています
(http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/00.pdf)。
指針上、職場におけるセクハラに係る相談の申出があった場合、事業主は事実関係を迅速かつ正確に確認しなければならないとされています。セクハラが生じた事実が確認できた場合には、被害者に対する配慮のための措置を実施し、同時に行為者に対する措置を適正に行わなければなりません。また、再発の防止に向けた措置を講じることともされています。
現行法の範囲内でも、取引先からのセクハラを受けた被害者を救済する枠組自体は用意されています。
しかし、冒頭の毎日新聞の記事のアンケート結果を見る限り、社会に対して法の趣旨が浸透しているとは言い難そうです。
3.取引先からのセクハラが顕在化しにくい背景には、労働者自身に面倒だと思われたくないという意識があるほか、相談を受けた事業主としても強い立場に出にくいという事情があるのではないかと思われます。
ただ、後者の問題に関しては、近時、事業主に警鐘を鳴らす判決が出されています。千葉地松戸支判平28.11.29労判1174-79です。
この事案では、男性の大学の非常勤講師が男子学生から臀部を触られるなどのセクハラ行為を受けたことに関し、セクハラ行為がなかったと結論付けた大学が非常勤講師からの情報提供及び要望に対して労働契約上適切な対応をとっていたと認められるのかが争点となりました。
裁判所は、ハラスメント行為はなかったとする大学を、
「被告乙山(学生)の履修を継続させるべく、当初から『何もなかった』かのように事態を収束させたいという考えを有していた」
「被告乙山のハラスメント行為を否定することで早期決着を図った」
と批判したうえ、
「被告乙山によるハラスメント行為はなかったという結論を下したことについては、不十分な調査によって被用者である原告に不利な結論を下したというほかなく、被告学園(大学)の措置は労働契約上の義務に違反する」
と判示しました。
そして、
「被告学園は被告乙山の履修継続及び事態の早期決着を目指すことを優先して、原告側の言い分を尊重しない行動に出たものと言う外なく、…非常勤講師である原告を精神的に相当傷つけた」
として80万円の慰謝料の発生を認めました。
非常勤講師は学生を授業に出席させないようにしてほしいと求めていました。しかし、大学から「被告乙山は授業料を支払っていることから、授業に出席させない措置をとることはできない」と伝えられたことを受け、代理人弁護士に法的手続を委任したようです。
大学にとって学生は顧客に近い立場にあります。学校経営上、あまり厳しい指導・処分はしにくかったのかも知れません。しかし、早期決着を図るため被害者を黙らせようとしたことで慰謝料の支払を命じられました。
4.取引先・顧客からのセクハラに対しても法は決して冷淡ではありません。声を上げたい方は、ぜひお気軽にご相談ください。
また、労働者からセクハラに関する相談を受けた事業者は、言い分が食い違う場合にも適切な事実認定をしなければならないなど、今後、難しい判断を迫られる局面が増えてくることが想定されます。対応に迷われた際には、ご相談を頂ければ、お力になれることは多いかと思います。
法の趣旨に沿った紛争解決に役立つことができれば、大変嬉しく思います。
(弁護士 師子角 允彬)
1.「部下が上司イジメ…“逆パワハラ”は法律も守ってくれない?」という記事が掲載されています
(https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/227918/1)。
記事は、
「“逆パワハラ”によって出勤停止になった部下が上司と会社を提訴し、勝訴した。」
事例を引き合いに出し、
「法律も無力だったりする。」
と指摘しています。
また、該当の事例に対する弁護士のコメントとして、
「『その部下は、上司の指導や指摘に対して『勝手にしろよ』などとタメ口で、上司を批判し、取り合わなかった。そういう言動があまりにも続いたため、会社側が出勤停止にしたのです。ただ、パワハラの定義は職場内での優位性を利用し、職場環境を悪化させたり、精神的・身体的苦痛を与えること。この部下は人間関係や経験の面でも上司の優位に立っていなかったため、パワハラには該当しないと判断されました。相手が“下”の立場である以上、上司が被害を受けても、法的に守ってもらえないケースもあるのです』」
という発言を引用しています。
しかし、部下から上司への不適切な振舞いに対し、法律は必ずしも無力ではないと思います。
2.記事が挙げているような事例での部下の勝ち方には、二つの類型があります。
一つ目は、「勝手にしろよ」などの暴言が「あまりにも続いた」という事実自体が証拠によって認定できなかったという類型です。懲戒処分の原因になった事実自体が証拠によって認められない場合、会社が敗訴するのは当たり前です。
これはきちんとした証拠もなく懲戒処分を下した会社の不手際であって、法律が無力であることとは違うと思います。
二つ目は、「勝手にしろよ」などの暴言が「あまりに続いた」事実自体は認定できるものの、当該事実に対する処分として出勤停止が重すぎるという類型です。
この場合、裁判所が判断しているのは、飽くまでも出勤停止が不相当に重いということだけです。戒告、減給などのより軽い処分であれば、部下が敗訴していた可能性は十分にあると思います。法律は、部下の言動に問題がないとお墨付きを与えているわけではありませんし、部下の不適切な言動に無力であるわけでもありません。
私企業がどのような懲戒処分の基準を持っているのかは外部からは分かりませんが、公務員の場合、他の職員に対する暴言により職場の秩序を乱した職員に対する懲戒処分の標準例は「減給又は戒告」とされています(平成12年3月31日職職-68「懲戒処分の指針について」第2-1(5)参照)。既に何度も同じような言動で戒告などの懲戒処分を受けているというのであればともかく、暴言でいきなり出勤停止という重い処分をとったとすれば、それは元々負けても不思議でない事案だったという見方もできると思います。
3.処分との均衡が害されていない限り、暴言を吐いた部下を就業規則に基づいて懲戒に処することは当然可能です。部下の側が優位というわけではないのであれば、懲戒処分を下すなり、部下を配置転換させるなりすればよいと思います。こうした対応は現行の法律の枠内でもとることが可能です。
また、行政解釈上、職場のパワーハラスメントは「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義されています。定義上、パワハラが「職務上の地位や人間関係といった『職場内での優位性』を背景にする行為」であれば上司から部下に対するものに限られないことは厚生労働省のホームページ上でも明確にされています
(http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000126546.html)。
部下が何等かの優位性を背景に上司に対してパワハラをしていたとすれば、当然、不法行為として損害賠償請求をすることが可能です。また、近時では使用者に「パワハラの訴えがあったときには、その事実関係を調査し、調査の結果に基づき、加害者に対する指導、配置換え等を含む人事管理上の適切な措置を講じるべき義務」があるとする裁判例も出されています(東京高裁平29.10.26労判1172-26参照)。このような裁判例を根拠に、会社に対して問題の部下に人事管理上の適切な措置を講じるよう求めることも可能だと思います。
4.より適したルールを模索するため、法の不備を指摘することは必要です。
ただ、「法律は守ってくれない」といった類の論稿を掲載することには慎重さも必要だと思います。それを見て、権利の救済を諦め、絶望してしまう人が出てくるかも知れないからです。
部下から上司に対するものであったとしても、暴言や無視、意地悪から人を守ることに関して、法律は決して冷淡ではないと思います。
理不尽なことには何等かの対応策があるのが普通なので、諦めたり泣き寝入りしたりする必要はないと思います。
(弁護士 師子角 允彬)
与党のスキャンダルが続き,少し下火になってきたものの,今だに憲法を改正すべきだという声がくすぶっている。確かに字句的な修正を施す余地が一寸たりともないかというとそういうわけでもなかろうと思う。けれども今のところ,多少の不自由は解釈によって補えていると思うし,これからもしばらくの間,使い続けて行くことができる憲法だと思っている。そもそも多数の国会議員,吏員,そして国民の多くが,今なお現憲法の理念,その水準に追いついていないように感じる。加えて昨今の憲法をないがしろにする風潮の下では,今改正しようとしてもろくなものができないと考えるからだ。
最近,憲法がないがしろにされていると強く感じたのは,今度教科化される小中学校の「道徳」の内容をだ。
道徳の内容として掲げられているのは,
1 主として自分自身に関すること
2 主として他人とのかかわりに関すること
3 主として自然や崇高なものとのかかわりに関すること
4 主として集団や社会とのかかわりに関すること
の4つで,その中で教える具体的な内容が小学校1・2年,3・4年,5・6年と中学校と進むにつれて変わって行くのだが,この中には「人権」という思想が全く含まれていないのだ。
例えば主として自分自身に関することについて,中学で教える内容は,
(1)基本的な生活習慣・調和のある生活
(2)希望・勇気・強い意志
(3)自主自律・誠実・責任
(4)真理愛・理想の実現
(5)向上心・個性の伸長
主として他人とのかかわりに関することで教える内容は
(1)礼儀
(2)人間愛・思いやり
(3)信頼友情
(4)異性の理解
(5)寛容・謙虚
(6)尊敬・感謝
となっている(東京学芸大学ホームページ,表現の仕方は大学により相違がある)。
しかし,自分自身のことや他人とのかかわりを考えた時に真っ先に考慮しなければならないことは,それぞれが尊厳ある個として人権の享有主体であるということだろう。上記の内容は,それなくしてああしろこうしろと言われているだけのような印象だ。
強い意志を持った個性ある自分は,自分が個人として尊重されるべき存在だという自覚があって初めて生まれるものだ。強い意志を持てと言われて持つようなものではない。個性ある自分は,何か趣味特技を見つければ生まれるものでもない。他者に対する礼儀や尊敬などは,他者の尊厳に思いをいたしてこそ心からのものになる。
また,主として集団や社会とのかかわりに関することという項目では,法の順守や公徳心等々,中学では10もの内容が挙げられるが,組織を変えて行くことや不正を正すこと,異を唱えることなどは含まれていない。こんな道徳では,より良い社会を建設する気概ある人材を育てる役には立つまい。
人が人であるがゆえに尊厳ある個人として尊重されるべきだという人権思想は200年以上前に登場した思想だが,今なおその内容を豊かにし続けている。それは,この思想を受け継いだ者たちが「人が個として尊重されるとはどういうことなのか」という問いを常に発し続けて来たから,そして今も発し続けているからだ。
そしてこの人権思想は,現代社会では世界標準の道徳律の一部をなしていると言って良い。グローバル化に対応する教育を言うのであれば,語学教育もさることながら,憲法に象徴される人権思想をきちんと根付かせることが肝要であろう。
道徳という教科も個の尊厳と基本的人権の尊重という憲法理念を軸に構成されるべきである。
1.弁護士に相続を相談するデメリットとして、「もっとモメるかも」という指摘をしている方がいます
(http://sozock.com/category56/entry172.html)。
しかし、所掲のサイトでの指摘は、弁護士業務の実体を誤解しているように思われます。
2.所掲のサイトは「弁護士の場合は、モメればモメるほどお金になるという仕事の性質上、まとまる方向に話が進まない可能性があります。」と指摘しています。
この点が誤解の出発点であるように思われます。
3.相続問題を扱うようないわゆる町弁が事件を受任する場合、着手金-報酬金という報酬形態をとるのが一般です。
着手金というのは、「事件の結果に関わらず、最低限、これだけの費用が発生しますよ。」という事件処理の対価のことです。
報酬金というのは、「得られた金銭の何%」といったように、成果に対して発生する費用です。依頼が成功しなければ報酬は発生しないのが普通です。
4.弁護士が事件を受任する場合、先ず、依頼人の依頼の趣旨を確認します。
その後、依頼人の依頼の趣旨を実現するにあたっての着手金、報酬金の見積もりをします。依頼人が了承すれば、契約書を取り交わし、事件処理に入るという手順をとります。
弁護士が依頼人に見積もりを提示するうえでポイントになるのは、着手金-報酬金方式で契約をする場合、弁護士費用が発生するのが、基本的に事件の着手時と終結時の二回に限られるということです。
半年で事件が解決しようが、事件解決までに10年かかろうが着手金-報酬金の額は変わりません。
しかし、半年で解決できるか事件解決までに10年かかるかは弁護士にとっては非常に重要な意味を持ちます。
例えば、着手金30万円の事件でも、半年で解決すれば着手金換算で1か月あたり5万円の利益を生みます。しかし、着手金60万円の事件でも解決までに10年かかれば、1か月あたり着手金換算で5000円の利益しかもたらさないことになります。これではとても経営が成り立ちません。
弁護士業務は、モメればモメるほど金になるどころか、モメればモメるほど利益が薄くなって儲からなくなるというのが実体に近いと思います。
5.セカンドオピニオンや、合い見積もりをとることが珍しくなくなっている東京の市場環境では、過大な着手金を提示すれば、顧客は他所に流れてしまいます。
そのため、見積もりを提示するにあたっては、依頼の趣旨を実現することの可否だけではなく、発生する労力や紛争解決までに要する期間を正確に見通すことが経営上重要な意味を持ってきます。
報酬を得るために必要な部分で徹底的に争うのは普通のことです。手を抜くと顧客満足度・評判や技量が落ちるため、予想外の労力が発生するとしても、この点で易きに流れる弁護士は少ないと思います。
しかし、必要のないところでわざとモメさせようという発想を持っている弁護士は、漫画の世界ではともかく、現実には殆どいないと思います。
引用元のような記事を見れば、弁護士に事件処理を依頼することで、意味のないモメ事を作られてしまうのではないかというご懸念をお持ちの方が出てくるかも知れませんが、そうした理由で依頼をためらう必要はないと思います。
(弁護士 師子角 允彬)
最近のコメント