離婚事件 不可能は可能にはならない(中編)
離婚事件に絡んで「不可能を可能にする裏マニュアル」なるものが販売されているようです
(http://www.tuyuki-office.jp/rikon9025.html)。
上記のホームページでは、
1.無収入の相手から養育費をもらえる。
2.お金のない人から慰謝料をもらえる。
3.公正証書がなくても強制執行はかかる。
4.祖父母に孫の養育費を請求できる。
5.証拠がなくても浮気相手に慰謝料を請求できる。
6.自営業の人に差し押さえをかける。
7.不貞行為を認めない相手に慰謝料を請求する。
ことが可能になると標榜しています。
サイトを作成しているのは行政書士の方のようです。行政書士には家事調停、家事審判、訴訟といった裁判所での手続を代理する権限がありません。作成者の方は裁判実務の経験に基づいて上記のようなことを標榜しているわけではないのだろうと思います。
上記のような宣伝文句で文書を販売することに関しては、裁判実務に携わっている弁護士からすると、かなり強い違和感があります。
私は問題のマニュアルを読んだわけではありません。しかし、上記のような宣伝文句を見た一般の方の中には、そのような手段があるのだと字義通りに受け取る方がいるかも知れません。誤解に基づいて逸脱した行動がなされないよう注意喚起する必要があると思われたことから、今回は、上記のような宣伝文句を標榜することの適否について、私なりの見解を前編・中編・後編の三回に分けてお話させて頂きたいと思います。
今回の記事は中編です。
1.2は前編に収録しています。本編では3、4、5について解説します。
3.公正証書がなくても強制執行はかかる。
これは当たり前です。
例えば、調停調書や審判書、判決書に基づいて強制執行をかけられるのは当然のことです。寧ろ、公正証書がないと強制執行できないと誤解している人の方が少ないのではないかと思います。
4.祖父母に孫の養育費を請求できる。
これは理論上、請求できる場合もあるというのが正確なところだと思います。
直系血族には互いに扶養する義務があります(民法877条1項)。孫から見て祖父母は直系血族なので、扶養料を請求することは理論的には可能です。
ただ、扶養義務には順位があり、「先順位者となった扶養義務者に現実に扶養能力がある限り、後順位扶養義務者に扶養能力があってもその義務は具体的に生じない」(島津一郎ほか編『別冊法学セミナー基本法コンメンタール 親族』〔日本評論社,第5版,平20〕290頁)とされています。
実務的に問題になることが殆どないため、それほど裁判例が充実しているわけではありませんが、扶養義務は祖父母よりも親が優先します(東京家裁昭33.6.30家庭裁判所月報10-8-32、新潟家裁昭53.2.3家庭裁判所月報30-12-61)。
したがって、父母に扶養能力がある限り、祖父母への養育費の請求は基本的には難しいと思われます。
収入が零であるという言い分が、裁判所に受け入れられにくい主張であることと併せて考えると、祖父母に扶養料を請求できるのは、親が死亡・失踪しているような場面に限られてくるのではないかと思います。
祖父母に孫の養育費を請求できると言い切っている点は、扶養の順位決定の問題を看過している点で、誤解を招く表現だと思います。
5.証拠がなくても浮気相手に慰謝料を請求できる。
請求できるのは当たり前です。ただ、相手方が否認した場合、裁判所が慰謝料の支払を命じることはありません。
金銭を請求することと、その請求を法的に理由があるものと裁判所が認めるかどうかは全く別の問題です。
証拠がなくても金銭を請求すること自体は可能です。相手方が浮気を認めれば裁判所は応分の慰謝料の支払を命じてくれます。しかし、証拠がない中で相手方が浮気の事実を認めるかどうかは偶然に頼ることになります。否認された場合、立証責任という裁判のルール上、証拠がなければ必ず負けます。なお、当然のことながら、否認している相手方やその周辺に圧力を加え、浮気を認めるように強要することには適法性に重大な疑義があります。
一般の方の中には、「請求できる」ことと「それを裁判所が認める」ことを厳密に区別していない方もいます。そのような中で「請求できる」と標榜するのは誤解を招く表現だと思います。
(弁護士 師子角 允彬)
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