離婚事件 不可能は可能にはならない(前編)
離婚事件に絡んで「不可能を可能にする裏マニュアル」なるものが販売されているようです
(http://www.tuyuki-office.jp/rikon9025.html)。
上記のホームページでは、
1.無収入の相手から養育費をもらえる。
2.お金のない人から慰謝料をもらえる。
3.公正証書がなくても強制執行はかかる。
4.祖父母に孫の養育費を請求できる。
5.証拠がなくても浮気相手に慰謝料を請求できる。
6.自営業の人に差し押さえをかける。
7.不貞行為を認めない相手に慰謝料を請求する。
ことが可能になると標榜しています。
サイトを作成しているのは行政書士の方のようです。行政書士には家事調停、家事審判、訴訟といった裁判所での手続を代理する権限がありません。作成者の方は裁判実務の経験に基づいて上記のようなことを標榜しているわけではないのだろうと思います。
上記のような宣伝文句で文書を販売することに関しては、裁判実務に携わっている弁護士からすると、かなり強い違和感があります。
私は問題のマニュアルを読んだわけではありません。しかし、上記のような宣伝文句を見た一般の方の中には、そのような手段があるのだと字義通りに受け取る方がいるかも知れません。誤解に基づいて逸脱した行動がなされないよう注意喚起する必要があると思われたことから、今回は、上記のような宣伝文句を標榜することの適否について、私なりの見解を前編・中編・後編の三回に分けてお話させて頂きたいと思います。
今回の記事は前編です。前編では1.2についてコメントします。
1.無収入の相手から養育費をもらえる。
もらえないと思います。
養育費の計算方法は実務的に固まっています。
裁判実務では、三代川俊一郎ほか『簡易迅速な養育費等の算定を目指して-養育費・婚姻費用の算定方式と算定表の提案―』判例タイムズNo.1111-285という論文に掲載されている算定方式が採用されています。これに基づいて作成された養育費・婚姻費用の算定表を家庭裁判所では一般公開しています
(http://www.courts.go.jp/tokyo-f/saiban/tetuzuki/youikuhi_santei_hyou/)。
表を見て頂ければお分かりになると思いますが、義務者の収入が零であれば、設定される養育費は零円です。
ただ、真実収入がなければ、その人は飢え死にしていなければ辻褄が合わないことになります。そのため、家裁での調停で義務者の側が、幾ら収入が零だと言い張っても、何か余程特殊な事情でもない限り、まともに取り合われることはありません。こういう場合、嫌がらせのためだけに働いていない、あるいは、収入を殊更に隠匿しているという前提のもと、過去の就労実績や賃金センサスのような統計資料に基づいて収入が推計され、算定表にあてはめて養育費が計算されることになります。
しかし、真実無収入であれば、養育費はもらえません。養育費の計算は算数の問題のように公式に一定の数値を代入して行われるため、相手の収入が零の場合にもらえることはありません。収入を零と仮装している相手方から養育費をもらう方法はありますが、これを「無収入の相手から養育費をもらえる。」というのは正確ではないように思われます。
2.お金のない人から慰謝料をもらえる。
もらえることもないわけではありませんが、お金のない人から確実に慰謝料をもらう方法は存在しません。確実にもらう方法という意味の裏技はないです。
判決などで払うように命じられた慰謝料を相手方が任意に支払わない場合に備え、法律では強制執行という仕組みが用意されています。
強制執行は、相手方が持っている財産を、差し押さえ、換価して、回収する、という構造を持っています。
相手方が財産を持っていなければ、差押・換価の対象がないため、慰謝料を回収することはできません。
強制執行手続に基づかないで強制的に金銭債権を回収する方法は存在しません。相手方が任意に払わない場合に法律が定めている手続に基づかないで債権を回収することを自力救済といいます。自力救済は違法です。
相手方がどこかから借金をしてきて金銭を支払ったり、親族の方が相手方の支払う慰謝料を立替えたりすることはありますが、それは実務上偶々そうなる事案もあるというだけです。借金や立替を強要すれば、下手をすれば犯罪になりかねません。そのような意味において、やはり、お金がない方から確実に慰謝料を回収する方法は存在しません。
法制度上不可能であるはずなのに、「お金のない人から慰謝料をもらえる。」と断定的なことを言うのは誤解を招くように思います。
(弁護士 師子角 允彬)
« 3月,4月の神山ゼミ | トップページ | 離婚事件 不可能は可能にはならない(中編) »
「民事事件」カテゴリの記事
- インターネット上の誹謗中傷の投稿者に関する情報開示のための新しい裁判手続(発信者情報開示命令事件)について(2022.09.17)
- SNSでの誹謗中傷の投稿があったときにやってはならないこと(2020.05.26)
- 無期雇用契約から有期雇用契約への変更や、不更新条項は同意してしまったらそれまでか?(2019.03.15)
- ハラスメントに対し、適切な対応を求める権利(2019.03.07)
- 芸能人の方が不当な働き方を強いられていた事件(2019.03.04)
コメント