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2018年2月16日 (金)

不本意な合意の効力を否定できる場面(労働事件)

 一般論として言えば、不承不承交わした合意であったとしても、それだけでは合意の効力を否定することはできません。合意の効力を否定するには、錯誤に陥っていたとか、騙されたとか、強迫されたといった事情が必要になります。

 しかし、労働者と使用者との間で交わされた合意に関していえば、騙されていたり、誤解していたり、脅かされたりしたといった事情がなくても、自由な意思に基づいていないという理由で、合意の効力を否定できる場合があります。

 外形的に合意してしまっていたとしても、自由な意思に基づいていないという理由で合意の効力を覆せる場面は、大きく言って二つあります。

 一つは、賃金や退職金、残業代の放棄や不利益変更が問題になる場面です。

 賃金である退職金債権を放棄する旨の意思表示が有効であるためには「自由な意思に基づくものであることが明確でなければならない」と理解されています。自由な意思に基づくものであるか否かを判断するにあたっては「合理的な理由が客観的に存在していたものということ」ができるか否かがポイントになるとされています(最二小判昭48.1.19民集27-1-27参照)。要するに、単に外形的に権利放棄に同意や承諾をしたとしても、その同意や承諾が自由意思に基づいているといえるような客観的な何かがなければ、同意や承諾を有効とみることはできないという意味です。

 この判断枠組みは、賃金や退職金に関する労働条件の不利益変更に同意した場面や、時間外勤務手当(残業代)の請求権の放棄が問題となる場面でも適用されます(最二小判平28.2.19民集70-2-123、最一小判平成24.3.8労判1060-5)。

 もう一つは、妊娠・出産に関係して降格や退職に同意してしまった場合です。

 妊娠や出産を理由として解雇その他不利益な取り扱いをしてはならないことは、特別法で禁止されおり、妊産婦は一般の労働者よりも更に強く保護されています(男女雇用機会均等法9条3項)。

 降格に承諾してしまった場合にも「当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在」しないことを理由に承諾の効力を覆せる可能性があります(最一小判平26.10.23労判1100-5参照)。また、下級審で「自由な意思に基づいて退職を合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すること」を合意退職が有効であるための要件としているかのように読める裁判例があることは先に当ブログでもご紹介させて頂いたとおりです(東京地裁立川支部判平29.1.31労判1156-11参照)。

 労使間の合意の場面では、判例上、一般の契約法理とは異なる特殊な取り扱いがされていることも珍しくありません。

 強く言われて仕方がなくて合意してしまった、きちんとした情報の提供を受けないまま合意してしまった、退職にあたり未払残業代のことを良く考えることなく債権債務なしという内容の合意をしてしまったなどの事情がある場合には、本当に合意の効力を覆すことができないのかを改めて検討する価値があります。

 もし、釈然としない感覚をお抱えの方がおられましたら、一度、専門家に相談されることをお勧めします。

(弁護士 師子角 允彬)

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