【裁判例の紹介】相続に関する弁護士の助言につき弁護士に説明義務違反があったとする事例
当事務所では定期的に所内弁護士による勉強会を行っており、先日その勉強会の中で弁護士が説明義務違反とされた事件の裁判例をピックアップしました。この裁判例(平成28年8月24日東京地裁判決 判例タイムズ1433号211頁)のでは、弁護士の助言により被相続人名義の不動産の贈与原因の登記をした相続人が単純承認したとみなされたことについて弁護士に説明義務違反を認められており、原告が請求した損害賠償請求については全額認められています。
この裁判例についてツイッターで呟いたところ反響がそれなりにありましたので、事務所のブログの方でも取り上げることに致しました。
この裁判例についてツイッターで呟いたところ反響がそれなりにありましたので、事務所のブログの方でも取り上げることに致しました。
裁判例における事実関係は次の通りです。
(1)父親Aと母親Bの間には子供として長女Cと次女X(訴訟の原告)がいた。また長女CにはDという子どもがいた。
(2)Aは数千万円の借金があり債務超過の状態にあったが、自宅の土地建物についてDに対して贈与する内容の契約書を作っていた(ただし生前に登記手続までは行われていなかった)。
(3)弁護士YはCの代理人として相続放棄手続をとった。
(4)弁護士YはAとDを代理してAからDの贈与による所有権移転登記手続を行った。
(5)弁護士YはXとBの代理人として相続放棄の手続を行った。
(6)Aの債権者がXとBに対して支払を求める訴訟を行った。Aの債権者はXとBの行った相続放棄について、放棄を行う前に行った所有権移転登記手続が相続財産の処分にあたり相続を承認したことになるから、相続放棄は無効であるとの主張を行った。裁判所はこの主張を認め、XとBは敗訴し支払義務を負うことになった。
Xは弁護士Yに対し、相続放棄より先に所有権移転登記を行うと相続放棄が無効になるおそれがあると説明する義務があるにもかかわらずこれを怠ったとして、説明義務違反による損害賠償請求訴訟を起こしました。
弁護士YはXの主張に対し、相続放棄の前に所有権移転登記をした場合相続放棄が無効とされてしまう可能性は半々程度であるが、相続放棄を先行させるよりは不動産を守る可能性が高いこと、仮に相続放棄が無効でも破産をするなどの方法があること等説明は行っているので、説明義務違反はないという反論を行いました。
裁判所は弁護士Yの主張に関し、上記の程度の説明は行ったことについては認定しました。しかしながら、所有権移転登記手続を行うことにより相続放棄が無効と判断される可能性は相当高く、相続放棄が無効とされる可能性が半々程度と考えたこと自体見通しを誤ったものなので、その見通しの上で行った説明も不十分であるとしました。また、相続放棄が無効となった場合多額の債務の支払いを求められて自己破産まで余儀なくされるような危険を現実性のあるものとして説明せず、かりにそのような説明があったら通常相続放棄を選択したはずであると指摘しました。
その上で弁護士Yに説明義務違反があるとして、Xに対して損害賠償責任を負うとしています。
弁護士による説明義務違反については過ちを犯さないよう自戒しなければいけないところです。
Xは弁護士Yに対して「Y先生に相続手続きをお願いした当初は、こんなにも大変なことになると思っていませんでした」「1日考えましたが、やはり自己破産には抵抗があります。先生もご指摘されたように、私は何の利益も受けていませんし・・・敗訴にならないように、御力を貸してください」と記載されたメールを送っています。自己破産という重大なリスクを甘受するという人はまずいませんので、Xがメールに書いてあるようなことを考えるのは当然のことだと思いました。
またXは訴えられた債権者以外の関係でも相続により債務を負っており、そのことについて弁護士Yに問い合わせたところ、弁護士Yからは時効待ちを行うのが賢明であるとのメールが送られてきています。ただ借金について時効待ちという説明で納得できる人は殆どいないのではないでしょうか。その間に訴えられればさらに多額の遅延損害金のついた債務名義が増えてしまい、ますます苦しい状況に追いやられてしまいます。
依頼者が負うリスクについて軽く考えることなく、その上で適切な説明を行うべきであることを改めて考えさせてくれる裁判例でした。
(弁護士大窪和久)
(弁護士大窪和久)
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