残業代の未払と会社役員の責任
残業代の時効は2年とされています(労働基準法115条 ただし、不法行為に基づいて3年まで遡れる可能性があります)。
時効期間が短くて多額の請求ができないようにも思われがちですが、長時間労働と残業代の未払が常態化している企業では、従業員1人あたり100万円を超える残業代が未払になっていることもあります。
そうした企業で何人かが示し合わせて残業代を請求すると、会社は相当高額な請求を受けることになります。
企業規模が小さい場合、被告会社には残業代を払えないことがあります。残業代を十分に回収できない場合、労働者の側で被告会社の取締役個人の責任を追及することはできないのか、取締役には個人の責任を追及されるリスクがあるのか、が本稿のテーマです。
この問題を考えるにあたっては大阪地裁の判例(大阪地判平21.1.15労判979-16)が参考になります。
この判例の原告は残業代を会社に請求して勝訴したものの支払を受けられなかった労働者達です。原告らは会社の取締役や監査役が任務を怠ったせいで割増賃金相当額の損害を被ったと主張して役員個人に対して損害賠償を請求しました。
裁判所は、
「株式会社の取締役及び監査役は、会社に対する善管注意義務ないし忠実義務として、会社に労働基準法37条を遵守させ、被用者に対して割増賃金を支払わせる義務を負っているというべきである」「取締役の善管注意義務ないし忠実義務は、会社資産の横領、背任、取引行為など財産的範疇に属する任務懈怠だけでなく、会社の使用者としての立場から遵守されるべき労働基準法上の履行に関する任務懈怠も包含する」
と述べた後、
「代表取締役である被告甲野については、昭和観光が倒産の危機にあり、割増賃金を支払うことが極めて困難な状況にあったなどの特段の事情がない限り、取締役の上記義務に違反する任務懈怠が認められるというべきである」 「被告甲野以外の被告らは、本件で問題とされている原告らに対する割増賃金の未払の生じた後に、昭和観光の取締役ないし監査役に就任している以上、昭和観光をして原告に対し上記未払いの割増し賃金の支払をさせる機会はあったというべきである。したがって、被告甲野以外の被告らが、悪意又は重過失により、取締役ないし監査役として負っている上記1で認定した義務に違反して、昭和観光をして原告らに上記未払いの割増賃金を支払わせなかった場合には、被告甲野の以外の被告らは、商法266条の3(280条1項)に基づき、原告らに対し損害賠償責任を負うことになる」
と判示して各役員の責任を認めました。
簡単にまとめると、倒産の危機にあって割増賃金を支払うことが極めて困難であったなどの例外的な事情がない限り、割増賃金を支払わないことは原則として取締役や監査役に損害賠償責任を発生させる要件としての「任務懈怠」に該当するということです(判例は旧商法の時代ですが、会社法にも同様のルールが引き継がれています)。
会社に残業代を請求して回収できない場合、労働者は役員個人を相手に損害賠償の名目で時間外勤務手当を請求することが考えられます。役員の側には、残業代の未払を放置していると個人責任を追及されるリスクがあります。
残業代を回収できずにお困りの方、適切な労務管理をしたいと考えている経営者の方、当事務所ではいずれの立場の方からのご相談にも応じさせて頂くことが可能です。お心あたりのある方は、ぜひご一報ください。
(師子角允彬)
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