残業代は何年前まで遡って請求できるのか
残業代の消滅時効は2年とされています。
これは、労働基準法115条の
「この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は二年間、この法律の規定による退職手当の請求権は五年間行わない場合においては、時効によって消滅する。」
という規定が根拠になっています。
時間外勤務手当は「賃金…その他の請求権」に該当するという理解です。
この規定があるため、未払残業代を請求する場合、過去2年分に限定して請求している例が多々みられます。
しかし、未払残業代の請求は必ずしも過去2年以内に限定されるわけではありません。残業代の未払を不法行為と構成することで、3年分まで遡って請求できる可能性があります(注.民法723条で不法行為に基づく損害賠償請求権は損害及び加害者を知った時から3年間は行使可能とされているからです)。
この点に関しては、広島高等裁判所で判決が言い渡されています(広島高判平19.9.4判タ1259-262)。
この判例は掲載紙上で「時間外手当請求権が労基法115条によって時効消滅した後においても、使用者側の不法行為を理由として未払時間外勤務手当相当額の請求が認められた事例」として紹介されています。
裁判所は消滅時効の完成をいう被告(被控訴人)の主張に対し、「被控訴人は、…時間外勤務手当については、仮に存在しても、本件提訴が平成18年7月14日であることからすれば、労働基準法115条によって2年の消滅時効が完成しているとの主張をする。しかしながら、本件は不法行為に基づく損害賠償請求であって、その成立要件、時効消滅期間も異なるから、その主張は失当である」と判示し、未払時間外勤務手当相当分を不法行為を原因として請求することを認めました。
法律には「特別法は一般法を破る」という原則があります。
賃金や時間外勤務手当の不払いは微罪ながら犯罪とされています(労働基準法120条1号、同法24条、同法119条1号、37条)。賃金や時間外勤務手当を支払わないことは常識的に考えれば、不法行為にも該当します。そういう意味では賃金の時効は不法行為一般に対する特別法という見方ができるかも知れません。しかし、広島高裁はそのような見方を否定し、不法行為の成立要件を満たす限り、不法行為を根拠として未払時間外勤務相当分を請求できると判断しました。労働者側にとっては画期的な判例であると思われます。
もちろん、広島高裁の判例があるからと言って、全ての事案で3年分の請求が可能というわけではないと思います。請求するには不法行為の成立要件を満たす必要がありますし、広島高裁の事例は「出勤簿には、…出退勤の時刻が全く記載されて」いないことが指摘されるなど残業代の未払事件の中でも相当悪質な事案です。広島高裁の判決の論理がどの事案まで適用できるのかは法律家として当然慎重に検討するところだと思います。
しかし、そうした検討を経ないで流れ作業的に2年分しか残業代を請求しないように思われる場合、依頼人としては他の弁護士にセカンドオピニオンを求めても良いかも知れません。先に述べたとおり、賃金や時間外勤務手当の不払いが(象徴的な意味であるにせよ)犯罪とされていることからすれば、その違法性は強いはずで基本的には不払いは不法行為の成立要件を満たすはずだという視点があっても良いからです。
請求権が2年分か3年分かは割合にして1.5倍の差があります。決して無視できるような差ではありません。
お困りの方、ご不安をお抱えの方は、ぜひ一度ご相談ください。
(師子角 允彬)
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