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2015年8月21日 (金)

低い基本給と定額残業代が招く紛争について

「定額残業代」とは時間外労働の対価を定額で支払うことをいいます。

 残業代を一律定額で支払うことができるのかは、法律上、明文で規定されているわけではありません。

 この問題について最高裁判所は、
① 支払われた賃金のうちどの部分が通常の賃金で、どの部分が割増部分であるかが判別可能であること、
② 当該割増賃金相当額が法所定の額を満たさないときには、その差額が支払われること、
との二つの条件が満たされる場合には適法だという姿勢をとっています(最判昭和63.7.14労判523-6、最判平成6.6.13労判653-12等参照)。

 近時、この最高裁の判断を逆手にとって人件費節約の手段として定額残業代を利用する企業が増加しています。具体的に言えば、基本給を引き下げ、その部分を定額残業代に転嫁するという手法です。

 例えば、基本給20万円で働いていた人がいたとします。このままだと時間外労働をさせた場合に残業代を支払わなければなりません。これを避けるため、基本給を10万円に減額するとともに、定額時間外勤務手当(残業代)として10万円を支払うように賃金を改定します。そうすると、もともとの基本給が低いこととあいまって、かなり長い時間、賃金月額20万円のラインを動かさずに残業をさせることができるようになります。

 上に述べたのは飽くまでも説明を分かりやすくするための例えです。実際にはもっと巧妙で分かりにくく行われます。定額残業代に関しては形式上最高裁の判断に合致しているように見えることもあり、泣き寝入りをしている方も多いのではないかと思います。

 しかし、当然のことながら、裁判所は上記のような脱法行為を野放しにはしていません。例えば、東京高判平成26年11月26日労判1110-46は、次のような事実関係のもと、使用者から支給された「時間外勤務手当」が基本給と同様に残業代を計算する上での基礎賃金に含まれると判断しました。

 被告会社は元々、原告に対して、①基本給20万円、②住宅手当、③配偶者手当1万5000円、④資格手当2000円、⑤非課税通勤費3360円に加え、⑥毎月数万円程度の時間外勤務手当を支給していました。

 これが賃金の改定を経て、①基本給18万5000円、②営業手当12万5000円に改定されました(内訳 時間外勤務手当8万2000円、休日出勤手当2万5000円、深夜勤務手当1万8000円)。

 裁判で残業代の支払が求められたのは、平成23年3月から平成25年2月までの分ですが(このようになっているのは残業代の時効が2年だからだと思われます)、この時の原告の賃金は、①基本給24~25万円、②営業手当17万5000円~18万5000円となっていました。

 裁判所は営業手当の性質を

「割増賃金の対価としての性格を有すると評価できなくもない」

としながらも、

「上記営業手当はおおむね100時間の時間外労働に対する割増賃金の額に相当することになる。」「100時間という長時間の時間外労働を恒常的に行わせることが上記法令の趣旨に反するものであることは明らかであるから…恒常的な長時間労働を是認する趣旨で、控訴人・被控訴人の労働契約において本件営業手当の支払いが合意されたとの時事を認めることは困難である」

「さらに、…変更前後の上記内訳、金額に照らすと、上記営業手当には、従前基本給、住宅手当、配偶者手当、資格手当として支払われていた部分が含まれていたと推認することができる。」

と述べて、

「本件営業手当の全額が割増賃金の対価としての性格を有すると認めることはできない」

と判断しました。

 その上で「本件営業手当は、割増賃金に相当する部分とそれ以外の部分についての区別が明確になっていない」(最高裁が提示した条件の②が満たされない)として、定額残業代によって割増賃金の支払義務は消滅したと
の被告の主張を排斥しました。

 その結果、

「本件営業手当は、基本給とともに、割増賃金算定の基礎賃金となる。」

ことになりました。

 この裁判例は労働者の側からも使用者の側からも重要な意味を持っています。

 労働者の側から見ると、基本給が極端に低く抑えられている場合、比較的高額の時間外勤務手当が定められていたとしても、それは適法な残業代の支払とは認められないとして改めて残業代を請求できる可能性があるということです。低い基本給のもと長時間労働を強いられている労働者にとっては画期的な判例といえます。

 使用者の側から見た場合、法の潜脱ととられかねないような賃金体系を構築すると手痛いしっぺ返しをくらうことを意味します。東京高裁の判例は営業手当が割増賃金の対価としての性質を有することを認めています。しかし、営業手当は基礎賃金に含められた上、未払残業代の計算にあたり全く考慮されませんでした。使用者としては、まさに踏んだり蹴ったりで二重の不利益を受けたことになります。

 法の抜け穴は滅多にあるものではありません。一体誰が基本給を極端に低く抑えて定額残業代を活用するという手法を広めているのかは不分明ですが、脱法的なアドバイスを真に受けると酷い目に遭うことがあります。

 極端に低い基本給と定額残業代のせいで長時間・低賃金労働を強いられている労働者の方も、適切な賃金体系の構築にお悩みの経営者の方も、直観的に問題がありそうだなと思ったら、取り敢えず法律家に意見を求めてみることをお勧めします。

 もちろん、当事務所でもご相談はお受け付けします。

(師子角允彬)


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