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2015年7月

2015年7月29日 (水)

9月,10月,11月の神山ゼミ

神山ゼミを以下の要領で行います。皆様のご参加をお待ちしています。

日時
9月4日(金)午後6時から午後8時まで
10月23日(金)午後6時から午後8時まで
11月6日(金)午後6時から午後8時まで

※ 8月の神山ゼミはお休みです。

場所
伊藤塾東京校 521B教室
http://www.itojuku.co.jp/keitai/tokyo/access/index.html

備考
法曹、修習生、学生に開かれた刑事弁護実務に関するゼミです。刑事弁護を専門にする神山啓史弁護士を中心に、現在進行形の事件の報告と議論を通して刑事弁護技術やスピリッツを磨いていきます。

特に,実務家の方からの,現在受任している事件の持込相談を歓迎いたします。方針の相談や,冒頭陳述・弁論案の批評等,弁護活動にお役立ていただければと思います。なお,進行予定を立てる都合上,受任事件の持込相談がある場合には,参加連絡の際にその旨伝えていただけると助かります。

参加を希望される方は予めメールにて,下記の事項を金澤万里子までご連絡下さるようお願いします。

[件名] 9月の神山ゼミ(10月の神山ゼミ,11s月の神山ゼミ)
[内容]
・氏名:
・メールアドレス:
・持込相談の事件がある場合にはその旨を。

2015年7月16日 (木)

大田区議会議員いぬぶし秀一氏に対する抗議と議会に対する申入れをしました

今年は中学校の教科書採択がなされる年です。4年前,大田区の教育委員だった私も当然採択に携わりました。その際の採択で,歴史教科書は多数決の結果育鵬社の教科書に決まりました。

私が推した教科書は別の教科書でしたが,採択自体は公正に行われました。ところが今年の第2回定例区議会の一般質問において,いぬぶし秀一議員は,あたかも私が教科書採択が公正でなかったと言いふらしているかのような発言をしました。

https://www.youtube.com/watch?v=Q4MSkSur-gc&feature=youtu.be (12分01秒~20秒)

これではまるで私が自分の意見が通らなかった腹いせに手続に難癖をつけているかのようです。到底看過することができないので,同議員に対して抗議をし,大田区議会議長に対して申入れをしました。
 申入れの内容は以下の通りです。

申 入 書

拝啓 大田区議会並びに議員各位におかれましては日ごろから地方自治の精神にのっとり大田区民のために尽力されていることと存じ,感謝申し上げます。さてこの度は,去る6月22日の定例会における犬伏秀一議員の一般質問の中に事実に反する誤った発言がありましたので,これに対して事実に反する旨の指摘があったことを議会においてご報告されたく本状をもって申し入れます。

 上記一般質問で,犬伏区議は,育鵬社の教科書の評価について質問を行った際に,「『公正な教科書採択を求める大田区民の会』なる名称の団体が,あたかも前回の教科書採択は公正でなかったかのようなチラシや講演会を開催しており,当時採択に携わった教育委員までが公正でなかったというような発言を繰り返しています。」と述べているのを知り,驚きました。ここにいう「当時採択に携わった教育委員」は私を指すと思われるところ,全く事実に反するからです。

前回の中学校教科書採択のとき,私は大田区の教育委員を務めていました。社会科の歴史教科書について,私は帝国書院を推しましたが,他の委員の方々は全員育鵬社を選ばれたため,大田区の歴史教科書は育鵬社に決まりました。その採択は,教育総務部長が明確に回答された通り,公正を疑われるようなものではなく,どの委員に対しても,どこからも,圧力などがかかることはなく,それぞれの委員がそれぞれの考えで意見を述べ,公正に行われたものでした。私は,自分が推した教科書が採択されなかったことは残念に思いますが,だからと言って採択が不公正だなどと思ったことはありませんし,そのような発言をしたこともありません。

私はその年の12月で教育委員の任期を終え,退任しましたが,その翌年の春に,「公正な教科書採択を求める市民の会(以下「市民の会」と略称します。)」の方から講演の依頼を受けました。
私はこの依頼に対して,「育鵬社に反対したという趣旨ではなく,『中学校教科書を選ぶ時に考えたこと』というテーマでならお受けします。」とお断りして依頼を受けました。
聴衆の中には,どこからか不当な圧力がかかったとか,何らかの画策がされたなどという話を期待した人もいたかもしれませんが,そのような誤解は解きたかったので,「どこからか見えやすい圧力がかかったということはありませんし,制約もありませんし,外からいろんなことを言われることもなくて,各自が考えたところを述べていたという感じです。議論をして結果的には決まったということなんです。」と説明しました。そして,「教育委員がフリーに議論して,その結果そういう風になったということは,世の中全体の雰囲気をよく表していることなのかも知れないという風に思っています。」と述べました。
採択の手続きに関して私が述べたのは以上の事実です。その後何度か教科書の内容についての講演を依頼されましたが,採択が公正でなかったなどということは一度も,一言も言っていませんし,もともとそのようには考えていません。

そして講演の内容の本題は,私が推した帝国書院の教科書と育鵬社の教科書とを比較して,私が帝国書院を推した理由について21か所の記述を例にとり,解説したものです。その解説も適切なものだったと思います。現に,帝国書院が優れている例として挙げた,「ルネサンスを説明するための三美神の変遷の図版」は今回そっくりそのまま,今年の育鵬社の教科書に掲載されました。また,同じく帝国書院が優れている例として挙げたアイヌオムシャの錦絵も,今年の育鵬社の教科書に掲載されるようになりました。さらに,前回の育鵬社には「帝国主義」の語が一言も載っていないことも指摘しましたが,これも,今年の教科書には載ることになりました。育鵬社が私の講演録をご覧になったとは思いませんが,私が指摘した21項目のうち3項目も取り入れられ,改善されているわけです。

 以上の次第ですから犬伏議員の「当時採択に携わった教育委員までが公正でなかったというような発言を繰り返しています。」という発言は全く事実に反するものであるに止まらず,元教育委員である私が事実に反する発言をして教育委員会を貶めているかのような印象を議員各位はじめ広く大田区民に与えるもので,誠に遺憾です。
 よって,犬伏議員の発言が根拠のない誤ったものであることを指摘させていただくとともに,この指摘があったことを議会においてご報告いただきたく,本申入れに及ぶ次第です。
 
末筆ながら大田区議会並びに議員各位のますますのご活躍を祈念いたします。
敬具

(櫻井光政)

デモ活動への警察撮影について

昨日(2015年7月15日)、国会議事堂前で行われていた安保関連法案に反対するデモに、見守り弁護士として参加してきました。これぞ表現の自由という、素晴らしい場でした。

そこで散見されたのが、警察官によるデモ活動の撮影です。
弁護士が違法であることを告げてもなかなか辞めませんでしたが、粘り強く繰り返し抗議し、一人ずつ辞めさせました。

このような撮影行為は、憲法13条の趣旨に反し許されません。記録のためとか、今後のデモのためとか、違法行為が行われそうとか、色々言ってきますが全て許されません。
理由は、以下のとおりです。見かけたときは「撮影は辞めて下さい、判例を知らないんですか」と注意して、このブログを警察官に見せてください。

デモ活動を、【警察が撮影】する行為は、原則として憲法13条の趣旨に反し許されません。例外は、次の1~3の要件を全て満たした場合だけです( 最大判昭和44年12月24日)
※公益目的の報道機関による撮影、一般市民による撮影は別です

1 現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合
2 証拠保全の必要性および緊急性があり
3 その撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるとき

まず、現に犯罪が行われなければ、1には該当しません。
そして、周りに多数の警察官がいて目撃しているのが通常ですから、証拠保全の必要性もありません。警察官の調書だけで十分です。もちろん、何も犯罪行為が行われていないところを継続的に広く撮影し続ける行為は違法です。

【該当判旨抜粋】
憲法一三条は、「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」と規定しているのであつて、これは、国民の私生活上の自由が、警察権等の国家権力の行使に対しても保護されるべきことを規定しているものということができる。そして、個人の私生活上の自由の一つとして、何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態(以下「容ぼう等」という。)を撮影されない自由を有するものというべきである。
 これを肖像権と称するかどうかは別として、少なくとも、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法一三条の趣旨に反し、許されないものといわなければならない。しかしながら、個人の有する右自由も、国家権力の行使から無制限に保護されるわけでなく、公共の福祉のため必要のある場合には相当の制限を受けることは同条の規定に照らして明らかである。そして、犯罪を捜査することは、公共の福祉のため警察に与えられた国家作用の一つであり、警察にはこれを遂行すべき責務があるのであるから(警察法二条一項参照)、警察官が犯罪捜査の必要上写真を撮影する際、その対象の中に犯人のみならず第三者である個人の容ぼう等が含まれても、これが許容される場合がありうるものといわなければならない。
 そこで、その許容される限度について考察すると、身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影を規定した刑訴法二一八条二項のような場合のほか、次のような場合には、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるものと解すべきである。すなわち、現に犯罪が行なわれもしくは行なわれたのち間がないと認められる場合であつて、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当な方法をもつて行なわれるときである。このような場合に行なわれる警察官による写真撮影は、その対象の中に、犯人の容ぼう等のほか、犯人の身辺または被写体とされた物件の近くにいたためこれを除外できない状況にある第三者である個人の容ぼう等を含むことになつても、憲法一三条、三五条に違反しないものと解すべきである。

【判例のリンク】
最高裁大法廷判決昭和44年12月24日(刑集23・12・1625)
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/765/051765_hanrei.pdf

(小口幸人)

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