「やれない」ではなくて
先日、ある司法修習生が再犯を防ぐためにはその人の背後にある生活支援が必要だとコメントしました。それに対して、じゃあ刑務所に行っちゃった人についてはどうするの?と聞いたところ、その修習生は間髪入れず「出所する時に迎えに行きます」と答えました。
私はあまりの潔さに正直唖然としてしまいました。この回答を聞いて多くの実務法曹家は、物理的に弁護士がそこまでやるのは無理、どこの刑務所に行ったかいつ出てくるのかという情報を得るのだって容易ではないんだ、知ったからといってその日予定が空いているとは限らないじゃないか、刑務所は全国にあるんだぞ、等々思いめぐらし「やっぱり修習生は分かっていないなあ」と感想を持つのではないででしょうか。私自身もそれは否定しません。
しかし、です。しかし本当に「無理、無理」で片付けてしまってよいのでしょうか。やれない理由を見つけるのはたやすいことです。いくらでも挙げられます。ただそれは「やれない」ではなく「やらない」、実は「やりたくない」になってしまっていないでしょうか。
よく考えてみれば、刑事当番弁護制度も弁護士過疎対策も「できない」ではなく、「できるところから」「できるようにするために何が必要か」という意識で実現してきたものです。10数年前、都心に弁護士が集中してしまっているという現実を目の前にして「じゃあ都心から弁護士を過疎地に送ればいいじゃないか」「そのための養成事務所を作ればいいではないか」と言って、公設事務所制度が始まったのです。あのころも弁護士過疎を解消できない言い訳はいくらでもあったはずです。
昨今、刑務所内の高齢者・障害者の数が増加していると言われています。刑務所内で様々な問題が生じているとともに、出所後にまたすぐ罪を犯す人が後を絶たないという深刻な事態に至っています。
これまで司法サイド(矯正・更生保護)と福祉サイドの間では、福祉の支援を必要とする受刑者等に対する情報提供・連携がほとんどなされていませんでした。その結果、高齢者や障害者などは、社会に出ても居場所を見つけられずに罪を繰り返してしまうことが多くありました。このような負のスパイラルを高齢者・障害者自身で断ち切ることはほぼ不可能です。
こういった事態を直視し、厚生労働省は触法障害者の社会復帰支援事業の構築に乗り出しています。検察庁も知的障害者の再犯防止につなげるために社会福祉士を採用し、起訴をする前から社会復帰に向けた支援を始めようとしています。弁護士会も障害者問題に精通した刑事弁護人名簿を作り、社会福祉士や地域生活定着支援センターなどとの連携を始めています。警察段階から実刑判決・矯正施設退所後まで切れ目なく関与する寄り添い弁護士も提唱され始めています。いわゆる刑事手続きの「入口」「出口」支援がどんどん具体化されようとしているのです。
このような動きは10年前にはおよそ誰も想定できませんでした。弁護士が出所時に元被告人を迎えに行く・・・というのはもはや笑い話でも一蹴すべきものでも実はありません。そう遠くない将来に弁護士の重要な役割のひとつになっている可能性があります。司法修習生の先見の明は侮れません。
(亀井 真紀)
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