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2014年2月

2014年2月28日 (金)

勤務先が雇用保険を適用してくれない

判例タイムズの2014年2月号に、会社との間で「専門職スタッフ委任契約」を締結して生命保険契約に関わる確認業務に従事していた職員を雇用保険法上の労働者に該当する判示した判例が掲載されていました(判タ1394-123)。

 雇用保険は「労働者」にしか適用されません(雇用保険法4条1項)。労働者の典型は雇用契約を結んでいる被用者です。個人事業主は失業保険の被保険者にはなりません。幾ら大量に仕事を発注したとしても、発注先が個人事業主である限り、発注元の会社には発注先の個人事業主の雇用保険料を支払う義務はないのが原則です。

 ただ、業務委託・請負・委任といった言葉を付した表題の契約を結び、実質的には社員と大差ない扱いをしているにもかかわらず、雇用保険や労災保険などの適用を回避しようとする会社もあるようです。上記の裁判例には、そうした脱法的な扱いに警鐘を鳴らす意味があります。

 この裁判例は雇用保険法上の労働者というためには「民法623条による雇用契約が締結されている場合にとどまらず、仕事の依頼や業務に従事すべき旨の指示等に対する諾否の自由の有無、業務遂行上の指揮命令の有無、場所的・時間的拘束性の有無、代替性の有無、専属性の程度、その他事情をも総合考慮して…(雇用保険)法上の保護を与えるに相当な関係が存すれば足りる」と判示しています。

 要するに雇用保険法上の保護が受けられる労働者には、雇用契約という表題の契約が結ばれている場合だけでなく、仕事の実体に注目して法的な保護を与えるに値する場合まで含まれるということです。

 労災保険の場合、使用者が労災保険料を支払っていなくても、労働者は特段の制約なく保険給付を受けることができます。しかし、雇用保険の場合、被保険者期間は原則として2年間を越えて遡ることができません(雇用保険法14条2項2号参照)。したがって、雇用保険法上の労働者としての実体があるにもかかわらず、雇用保険の適用を受けられていない人は、速やかに被保険者となったことの確認を求めておく必要があります(雇用保険法8条、9条参照)。そうしなければ、所定給付日数が本来よりも少なくなってしまう可能性があるからです。

 働き方の多様化が進む中、契約の表題と労働実態とが必ずしも合致しない例は増えて行くだろうと思います。本来雇用保険が適用されなければならないのに、その適用を受けられない人も増えてくるだろうと予想されます。

 確認請求(雇用保険法8条、9条)やそれに対する不服申立である審査請求・再審査請求(雇用保険法69条)は従来弁護士があまり関与してこなかった業務ですが、労働者性の判断が複雑になるに従い、弁護士が積極的に関与しなければならない領域になりつつあります。

 お悩みの方は、ぜひ当事務所までご一報ください。

(師子角允彬)

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2014年2月27日 (木)

カネミ油症新認定訴訟控訴審の結果から

平成20年8月に、カネミ油症新認定訴訟を福岡地裁小倉支部に提起して5年と半年が経ちました。平成25年3月に1審敗訴の判決があり、本日再び福岡高裁(控訴審)で敗訴判決が出されました。敗訴理由は、1審と全く同じ、除斥期間の経過によるものです。

つまり、概要としては、カネミ油症はじん肺訴訟の様な進行性のものである、あるいは水俣病の様な潜伏性のものであるという証明が科学的に為されていない。ゆえに、除斥期間の起算点を遅らせることはできない。油症認定されなければ提訴が難しかったことは認めるが、それは「事実上の障害」に過ぎないというものです。

しかし、じん肺訴訟でも水俣病訴訟でも、最高裁が除斥期間の起算点を遅らせたのは、まさに「訴訟提起できるだけの症状が現れたときには除斥期間が経過していたという事実上の提訴の困難」があったがゆえであり、法は不可能を求めるものではないことからこのような決断が下されたものです。

カネミ油症は、症状の大半が非特異(他の病気と区別がつくような特徴的な症状を呈さない)であるため、血中濃度を測って未だ高濃度のダイオキシン類が体内に残留しているということが明らかにならなければ、その体調不良を油症ゆえと判断することができない病気です。油症認定されるまで、患者に現れている症状は油症によるものであるとはわからないため、症状が油症であると覚知されるには認定が不可欠なのであり、訴訟提起できるようになったときには除斥期間が経過していたというのは、じん肺や水俣病と何ら構造的に変わりがないものであって、裁判所が「事実上の障害」という言葉ひとつで原告の主張を排斥したのは、何の説明にもなっていないのです。

カネミ油症は、進行性のものであるとも潜伏性のものであるとも証明できないかもしれませんが、体内に残るダイオキシン類ゆえに、継続して今も様々な病状を発生させ続けていることは明らかです。損害が日々新たに発生しているのに、20年が経過したら損害を請求できなくなるというのは問題です。この理論は、例えば最近の事例で言えば、原発事故で避難を継続していて日々損害が発生し続けていたとしても、一定期間を経過すればその損害は請求できなくなるということだからです。

今日、原告団の1人の人は、こう言いました。「私の子どもは油症事件から20年と半年後に生まれました。私の子どもは油症であるにも拘らず、生まれたときには既に除斥期間という名のもとに提訴権を失っていたということになります。これこそが、文字通り本人に帰責性のない提訴不可能というものではないですか?」
また、この5年半の内に、5名もの原告が仲間に希望を託して他界しました。
このような不当判決を維持させてはなりません。

(石丸文佳)


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2014年2月25日 (火)

調停期間は長い方がよいか、短い方がよいか

この前、離婚と婚姻費用の調停が横浜家裁でありました。

離婚と婚姻費用の調停というのは割と多い事案なので、色々な家裁で経験したことがありますし、とりわけ東京家裁では何件も行っています。

ところが、所変われば品変わるとでもいうのか、横浜と東京では全く期日の進行の仕方が異なっていました。

最近の東京家裁は、初めからまとまらないことが予想されるような事案でも、何とか和解することができないか、一部でもまとめることができないかと考えているようで、調停委員も家事調停官(裁判官)も「次回までに~を検討してきてください」等と課題を出しては期日を何度も入れようとします。当事者が双方共に、考え方に開きが大きいので合意することはどう考えても無理だから審判にしてくださいと言っても、まだ本音を聞けていないからなどと言って期日を重ねる傾向にあるように思います。また、家事調停官の持つ1人頭の事件数が多く、家事調停官の意見を仰がなくてはならない段階になってもなかなか調停官がお出ましにならずに長く待たされるという傾向も顕著です。

ところが、先日の横浜家裁の調停では、離婚も婚姻費用も1期日だけですぐに調停官が現れ、本件はまとまりそうにないから調停終了と言われ、審判に即刻移行してしまいました。

私とて、本件は最終的な合意には至らないだろうと思っていましたが、それでも話し合いの期日が数期日は重ねられるのだろうと思っていたため、あまりのスピーディーな運営に驚きました。実は、本件は、相手方も東京の弁護士で、そのためか相手方もいくらなんでもこんなに早く終結するとは思っていなかったらしく、提出してきた書面は基本こちらとは折り合える余地のないような強気な書面内容であったにもかかわらず本音はどうも違ったようで、話し合いである程度妥協して有利な解決に導きたいという思いを持っていたようなのです。

さて、和解をまとめようとする東京家裁のやり方だと、最初から本音を言わずに期日が長引くかもしれず、あるいは真実まとまる余地がないものでも無駄に期日を重ねているかもしれない一方で、スピーディーな横浜家裁のやり方だと、実は和解の余地があったかもしれないのにその芽をつぶしているのかもしれません。
どちらが調停のやり方としては適当なのでしょうか。興味深い運営方法の差だと思います。

(石丸文佳)

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2014年2月 6日 (木)

弁護士の選び方

先日,あるテレビ番組で,医師が,医師の選び方についてこのようなことを話していました。「医師は,話をしてみて,あなたが信頼できると思った人にするのがいいと思います。話をして信頼できる人であれば,その病気が自分の手に負えないものであっても,手に負える医師を紹介するはずですから。」

 以前,病気になった際,どこの病院がいいのかネットでいろいろ探したものの,結局どこがいいのかわからないということがありましたが,この話を聞いて,なるほどと納得のいく思いがしました。私には医師の良し悪しを判断するだけの医学的知識はありませんが,医学的に優秀かどうかが判断できなくても,会ってみてその医師が信頼のおける人であれば,病気に対してまじめに取り組み,いい仕事をしてくれるだろうから,会ってみて信頼できると感じられるかどうかで判断すべきということなのだと思います。

 この考えは,弁護士の選び方に通じるところがあるように思います。私の目から見ても,人として信頼できる弁護士は,いい仕事をしています。

 司法改革により弁護士が増加し,依頼者が弁護士を選べるようになってきました。ネットを検索すればたくさんの弁護士や法律事務所が出てきて,どの弁護士を選べばいいのかわからないという方も多いのではないかと思います。そのようなときには,ネットなどの情報だけで判断せず,直接会ってみて,その弁護士が人として信頼できるかどうかで選ぶことをお勧めします。
 
(河合智史)


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2014年2月 4日 (火)

「やれない」ではなくて

先日、ある司法修習生が再犯を防ぐためにはその人の背後にある生活支援が必要だとコメントしました。それに対して、じゃあ刑務所に行っちゃった人についてはどうするの?と聞いたところ、その修習生は間髪入れず「出所する時に迎えに行きます」と答えました。

 私はあまりの潔さに正直唖然としてしまいました。この回答を聞いて多くの実務法曹家は、物理的に弁護士がそこまでやるのは無理、どこの刑務所に行ったかいつ出てくるのかという情報を得るのだって容易ではないんだ、知ったからといってその日予定が空いているとは限らないじゃないか、刑務所は全国にあるんだぞ、等々思いめぐらし「やっぱり修習生は分かっていないなあ」と感想を持つのではないででしょうか。私自身もそれは否定しません。

 しかし、です。しかし本当に「無理、無理」で片付けてしまってよいのでしょうか。やれない理由を見つけるのはたやすいことです。いくらでも挙げられます。ただそれは「やれない」ではなく「やらない」、実は「やりたくない」になってしまっていないでしょうか。
 
 よく考えてみれば、刑事当番弁護制度も弁護士過疎対策も「できない」ではなく、「できるところから」「できるようにするために何が必要か」という意識で実現してきたものです。10数年前、都心に弁護士が集中してしまっているという現実を目の前にして「じゃあ都心から弁護士を過疎地に送ればいいじゃないか」「そのための養成事務所を作ればいいではないか」と言って、公設事務所制度が始まったのです。あのころも弁護士過疎を解消できない言い訳はいくらでもあったはずです。
 
 昨今、刑務所内の高齢者・障害者の数が増加していると言われています。刑務所内で様々な問題が生じているとともに、出所後にまたすぐ罪を犯す人が後を絶たないという深刻な事態に至っています。
これまで司法サイド(矯正・更生保護)と福祉サイドの間では、福祉の支援を必要とする受刑者等に対する情報提供・連携がほとんどなされていませんでした。その結果、高齢者や障害者などは、社会に出ても居場所を見つけられずに罪を繰り返してしまうことが多くありました。このような負のスパイラルを高齢者・障害者自身で断ち切ることはほぼ不可能です。

 こういった事態を直視し、厚生労働省は触法障害者の社会復帰支援事業の構築に乗り出しています。検察庁も知的障害者の再犯防止につなげるために社会福祉士を採用し、起訴をする前から社会復帰に向けた支援を始めようとしています。弁護士会も障害者問題に精通した刑事弁護人名簿を作り、社会福祉士や地域生活定着支援センターなどとの連携を始めています。警察段階から実刑判決・矯正施設退所後まで切れ目なく関与する寄り添い弁護士も提唱され始めています。いわゆる刑事手続きの「入口」「出口」支援がどんどん具体化されようとしているのです。
 
 このような動きは10年前にはおよそ誰も想定できませんでした。弁護士が出所時に元被告人を迎えに行く・・・というのはもはや笑い話でも一蹴すべきものでも実はありません。そう遠くない将来に弁護士の重要な役割のひとつになっている可能性があります。司法修習生の先見の明は侮れません。

(亀井 真紀)

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