ハローワークの求人票の記載と労働条件が違う場合の法律関係
昨年度、求人票の記載された労働条件と実際の賃金が違うとしてハローワークに6641件もの苦情が寄せられていたとのことです
(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20130731/k10013418031000.html)。
求人票の記載と実際の労働条件が違っていた場合、労働者は自分の待遇が不当であると争うことができるのでしょうか?
結論から申し上げると、労働者は求人票に記載されていた労働条件を当然に主張できるわけではありません。ただ、採用前の段階で、きちんと労働条件が明示されていなかった場合には、求人票記載の労働条件を主張したり、約束を破られて精神的な苦痛を被ったとして慰謝料を請求したりできる場合があります。
確かに、求人者には労働条件を明示する義務があります(職業安定法5条の3第1項参照)。求人票の記載と実際の労働条件とがあまりに懸け離れていた場合、当然行政指導等の対象になってくるだろうと思われます。
ただ、求人は不特定多数の人に目安を提示して「契約を申し込みませんか?」と勧誘するものです。それ自体が契約の申込みに該当するわけではありません。東京高等裁判所も「求人は労働契約申込みの誘引であり、求人票はそのための文書であるから、労働法上の規制(職業安定法一八条)はあつても、本来そのまま最終の契約条項になることを予定するものでない。」と判示しています(東京高判昭和58年12月19日判タ521号241頁参照)。
もっとも、使用者には雇用契約の締結に先立って賃金などの重要な労働条件を明示した書面を交付することも義務付けられています。(労働基準法第15条、労働準法施行規則第5条)。この義務は求職票や求人広告で代えられるわけではありません。
(http://www.mhlw.go.jp/bunya/roudoukijun/roudoujouken02/sonota.html参照)。
事前に交付される労働条件明示書面にきちんと目を通していれば予想外の不利益を受けることはあまり考えられません。求人票や求人広告の記載がそのまま労働条件になるわけではないという解釈論が展開される背景の一つには上記のような事情があるのではないかと推察されます。
しかし、事前に労働条件明示書面が交付されていない上、労働条件について面接でもきちんと話し合われていなかったという場合は話が違ってきます。このような場合、求人票や求人広告の内容は労働条件に関する合意の内容を解釈する上で重要な資料になります。求人票や求人広告に記載されたとおりの労働条件が認められる可能性は十分にあります。
例えば、募集広告の記載を根拠に基本給の額を認定した事案に東京地判平成20年11月11日労判982号81頁があります。この事件で被告とされた会社は、試用期間中の給料は18万8000円であるものの本採用後は12万8000円に減額されると主張しました。これが自社の給与体系であると主張したようです。これに対し裁判所は、①「募集広告に…『月給18万8000円+能力給+各種手当』と記載」されていること、②被告会社が原告に「給与が減額になる…点を説明したという証拠(が)存在しない」こと等を理由に原告の基本給は18万8000円のままであると認定しました。
また、給与待遇について誤解を招く不適切な説明をして中途採用者を入社させたことが不法行為に該当するとして、企業の側に100万円の慰謝料の支払を命じた判例もあります(東京高判平成12年4月19日労判787号35頁 ただし、本判決は慰謝料の考慮要素として配置転換の点に問題があったことなども問題にしており、雇用契約締結の過程の点のみを取り出して高額の慰謝料を認定したわけでないことには注意が必要です。単に事前の説明と実際の労働条件が違っていたというだけではこれほど高額な慰謝料が認定される可能性は低いと思われます。)。
求人票の記載とは異なる労働条件を適用されるに至った経緯によっては、使用者に法的な責任を追及できる余地があります。遵法意識に欠ける会社では、労働契約の締結過程のみならず、残業代の未払い・パワーハラスメントなど他にも問題のあるケースがままみられます。こうした問題と併せて使用者の姿勢を問題にするのも良いかも知れません。お困りの方はぜひ一度ご相談ください。
(師子角允彬)
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