所得水準と離婚慰謝料
以前DV事件の記事で言及した著明なサッカー選手が離婚したようです。ご当人が否定しているため真偽のほどは分かりませんが、慰謝料の金額は一部では3億円と報じられているとのことです。
(http://www.sanspo.com/geino/news/20130710/div13071005020000-n1.html)。
本件に限らず、お金持ちが離婚する際、とんでもない額の慰謝料が支払われたとの報道に接することがあります。
しかし、お金持ちとそうでない人とで離婚による精神的な苦痛はそんなに違うものなのでしょうか? 同じように浮気したり暴力を振るったりしても、所得水準によって支払わなければならない額は変わってくるのでしょうか?
私なりの回答を申し上げると、若干の影響はあるにせよ、現在の裁判所では所得水準によって大きく慰謝料が変わってくるという考え方はとられていないように思われます。
確かに、伝統的には慰謝料の算定にあたり、①有責性の程度、②婚姻期間、③相手方の資力などが大きな要因であると考えられていました。しかし、慰謝料は精神的な苦痛を慰謝するためのお金です。浮気や暴力で受ける心の傷はお金持ちかそうでないかで大きく差が出るものではありません。
このような問題意識はかなり古くから指摘されており、平成14年11月10日に発表された千葉家庭裁判所判事による論文の中でも「離婚慰謝料を不法行為に基づく損害賠償であると解するならば、相手方の資力により、その有責性や当事者の受けた精神的苦痛の大きさが左右されるものであるとは直ちにいえない。和解や調停による解決の場においては、早期の話し合いによる解決や、現実的な履行可能性を考慮した当事者の意向が反映されて、相手方の資力は重要な要素になるものと思われるが、以下にみるように、判決においては、相手方の資力要件は、直接、明確には示されておらず、双方当事者の年齢、職業、収入、学歴・経歴、親権の帰属等を含めた生活状況全体の中で総合考慮されているものと考えられる。」との指摘が見られます(松原里美「慰謝料請求の傾向と裁判例」判例タイムズ1100号66頁参照)。
DVが原因で離婚に至る場合、相当深刻な被害を受けている場合でも、慰謝料の額は数百万円に留まっているのが裁判例の傾向です。
例えば、「妻子には充分な生活費も渡さず、一人外へ出かけては酒食や女遊びにこれを浪費」していた夫が妻を「婚姻の当初から、…ほとんど毎日のように、頭髪を引張つたり、手拳で殴打したり、足で蹴つたりするなどの暴行を加え」ていたという事案で認められた慰謝料は500万円です(大阪家庭裁判所審判昭和50年1月31日 家庭裁判所月報28巻3号88頁)。本件での暴行は熾烈を極めており「通報により警察官が仲裁に駆けつける回数が三日に一回というような時期」もありました。また、妻は「下駄で頭を殴られてかなりの裂傷を負わされたこと」や「出刃包丁で手指などに切りつけられた」こともありました。「薪割りやスコップを振り上げて追いかけまわされたりしたこともしばしばあつた」ようです。
また、体調不良から性交渉を拒否したことを契機として妻に対し拳で顔面を殴る・腕を掴んで引っ張り回す・押さえつけて髪の毛を引っ張る・性交渉を強要する・止めに入った子どもまで殴るなどの暴行を断続的に繰り返していたという事案で認められた慰謝料は800万円です(神戸地方裁判所判決平成13円11月5日 LLI/DB判例秘書登載)。この事案で妻はPTSDを発症し自殺未遂を繰り返していました。
慰謝料額を算定するにあたり、所得水準は必ずしも大きなウェイトを占めているわけではありません。加害者が任意に支払に応じる場合は別として、訴訟になった場合に3億円の慰謝料が認められる例は現実には殆ど想定できないのではないかと思います。仮に、数千万円・数億円規模のお金が動いているとすれば、それは慰謝料ではなく財産分与である可能性が高いと考えられます。
(師子角允彬)
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