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2013年7月

2013年7月24日 (水)

所得水準と離婚慰謝料

 以前DV事件の記事で言及した著明なサッカー選手が離婚したようです。ご当人が否定しているため真偽のほどは分かりませんが、慰謝料の金額は一部では3億円と報じられているとのことです。
http://www.sanspo.com/geino/news/20130710/div13071005020000-n1.html)。
 
本件に限らず、お金持ちが離婚する際、とんでもない額の慰謝料が支払われたとの報道に接することがあります。

 しかし、お金持ちとそうでない人とで離婚による精神的な苦痛はそんなに違うものなのでしょうか? 同じように浮気したり暴力を振るったりしても、所得水準によって支払わなければならない額は変わってくるのでしょうか?

 私なりの回答を申し上げると、若干の影響はあるにせよ、現在の裁判所では所得水準によって大きく慰謝料が変わってくるという考え方はとられていないように思われます。

 確かに、伝統的には慰謝料の算定にあたり、①有責性の程度、②婚姻期間、③相手方の資力などが大きな要因であると考えられていました。しかし、慰謝料は精神的な苦痛を慰謝するためのお金です。浮気や暴力で受ける心の傷はお金持ちかそうでないかで大きく差が出るものではありません。

 このような問題意識はかなり古くから指摘されており、平成14年11月10日に発表された千葉家庭裁判所判事による論文の中でも「離婚慰謝料を不法行為に基づく損害賠償であると解するならば、相手方の資力により、その有責性や当事者の受けた精神的苦痛の大きさが左右されるものであるとは直ちにいえない。和解や調停による解決の場においては、早期の話し合いによる解決や、現実的な履行可能性を考慮した当事者の意向が反映されて、相手方の資力は重要な要素になるものと思われるが、以下にみるように、判決においては、相手方の資力要件は、直接、明確には示されておらず、双方当事者の年齢、職業、収入、学歴・経歴、親権の帰属等を含めた生活状況全体の中で総合考慮されているものと考えられる。」との指摘が見られます(松原里美「慰謝料請求の傾向と裁判例」判例タイムズ1100号66頁参照)。

 DVが原因で離婚に至る場合、相当深刻な被害を受けている場合でも、慰謝料の額は数百万円に留まっているのが裁判例の傾向です。

 例えば、「妻子には充分な生活費も渡さず、一人外へ出かけては酒食や女遊びにこれを浪費」していた夫が妻を「婚姻の当初から、…ほとんど毎日のように、頭髪を引張つたり、手拳で殴打したり、足で蹴つたりするなどの暴行を加え」ていたという事案で認められた慰謝料は500万円です(大阪家庭裁判所審判昭和50年1月31日 家庭裁判所月報28巻3号88頁)。本件での暴行は熾烈を極めており「通報により警察官が仲裁に駆けつける回数が三日に一回というような時期」もありました。また、妻は「下駄で頭を殴られてかなりの裂傷を負わされたこと」や「出刃包丁で手指などに切りつけられた」こともありました。「薪割りやスコップを振り上げて追いかけまわされたりしたこともしばしばあつた」ようです。

 また、体調不良から性交渉を拒否したことを契機として妻に対し拳で顔面を殴る・腕を掴んで引っ張り回す・押さえつけて髪の毛を引っ張る・性交渉を強要する・止めに入った子どもまで殴るなどの暴行を断続的に繰り返していたという事案で認められた慰謝料は800万円です(神戸地方裁判所判決平成13円11月5日 LLI/DB判例秘書登載)。この事案で妻はPTSDを発症し自殺未遂を繰り返していました。

 慰謝料額を算定するにあたり、所得水準は必ずしも大きなウェイトを占めているわけではありません。加害者が任意に支払に応じる場合は別として、訴訟になった場合に3億円の慰謝料が認められる例は現実には殆ど想定できないのではないかと思います。仮に、数千万円・数億円規模のお金が動いているとすれば、それは慰謝料ではなく財産分与である可能性が高いと考えられます。

(師子角允彬)

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2013年7月18日 (木)

告発詐欺

「告発詐欺」という手口での詐欺が横行しているようです。

http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/tochigi/news/20130713-OYT8T01103.htm)。

 「あなたが以前購入した違法わいせつ物の製造に関与したグループが摘発されました。性犯罪女性被害者の拡大防止のため、購入者も告発します」「謝罪の気持ちがあるなら告発を取りやめることもできます。告発を取りやめたい方は期日までに必ず電話をください」などと書かれた通知を送りつけ、電話をかけてきた人に対して告発を取り消すという名目で金銭の支払いを要求するという手口のようです。通知には架空の弁護士や団体の名前が記載されているとのことです。架空請求の一種に位置付けられます。

 身に覚えのない人にとっては一笑に付するような手紙ですが、多少なりとも心当たりのある人はとても不安な気持ちになるだろうと思います。

 ただ、記事で指摘されているような文面の手紙であれば、単なる怪文書であることは明らかです。当然のことながら、お金を払う必要もありません。

 違法なわいせつ物として先ず思い浮かぶのは無修正画像や児童ポルノですが、単に無修正画像や児童ポルノを買って所持していたからといって処罰されることはありません。

わいせつな図画等を有償で頒布する目的で所持していた場合には、わいせつ物頒布等の罪に問われる可能性があります(刑法175条)。提供目的や不特定多数の者に見せる目的で児童ポルノを所持していた人に、児童ポルノ提供等の罪に問われる可能性があることも否定できません(児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律7条)。

しかし、上に掲げたような目的を持たず、単に購入した・所持しているというだけで法律上処罰されることはありません(ただし、地域によっては条例で児童ポルノ画像を購入することを禁止している場合があるので注意は必要です(京都府児童ポルノの規制等に関する条例第7条、第13条等参照)。また、児童ポルノについて単純所持を処罰する方向での法改正の動きがあることには留意しておかなければなりません。)。

 したがって、単に無修正画像や児童ポルノを購入し持っているに留まる場合、告発される心配は殆どありません。記事の中で「捜査関係者」が、「販売目的でなく、趣味で持っているなら違法ではない」と話しているのはそういう意味だと思われます。

 また、仮に無理矢理わいせつな画像の被写体にさせられた児童の代理人になった弁護士がいたとしても、一般に児童ポルノを買った人に対して慰謝料を請求しようという発想には立ちません。購入者の特定が困難であることもさることながら、購入者が撮影・販売した人の共同不法行為者と評価できるか否かという先例性に乏しい論証に挑まなければならないからです。この種の事件では売った人が財産を蓄えていることが多く、敢えて購入者に損害賠償を請求する必要に乏しいことも理由に挙げられるかも知れません。いずれにせよ、児童の代理人弁護士が購入者に訴訟を提起したという裁判例は私の知る限り存在しません。

 弁護士の名前で送られてきた通知が偽造でないかを見分ける方法についても触れておきます。弁護士の名前で通知が送られてきた場合、先ずは当該弁護士の名前に注目してみてください。弁護士が仕事をするには弁護士会に登録しなければなりません。当該弁護士が登録されているかどうかは日弁連のホームページから簡単に検索できます
http://www.nichibenren.or.jp/bar_search/)。
ここで弁護士登録が確認されなければ、架空名義の通知とみて問題ありません。

実在する弁護士の名前が無断で使われるケースもないわけではありませんが、その場合には上記ホームページから検索できる電話番号を手掛かりに当該弁護士に通知を発送したのかどうかを確認してみてください。そうすれば弁護士の名前で送られてきた通知が偽造されたものかどうかは簡単に判別することができます。
記事で指摘されているような通知を受け取った時の対処法は無視が基本です。どうしても不安な場合には弁護士へのご相談をお勧めします。弁護士には守秘義務があるのでご相談内容が公になることもありません。間違ってもお一人で悩んで指示されている番号に電話をかけてはいけません。

もっとも、このような時に心を乱されないためにも、平素から法律に触れそうな文書・画像等に関わらないよう気をつけておくのが一番であることは言うまでもありません。

(師子角允彬)

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2013年7月17日 (水)

いじめとどのように向き合うか

先月、いじめ防止対策推進法が成立しました
http://mainichi.jp/select/news/20130622k0000m040108000c.html)。

一昨年に起きた大津市の中学校2年生の男児の自殺など、いじめをめぐる悲惨な事件が後を絶たないことから成立した法律です。法律が出来たところでいじめがなくなることはないという冷ややかな見方をする人もいますが、いじめが生じた時に速やかに発見・解決する枠組みを作り、自殺などの深刻な事態を未然に防ぐことは十分実現可能性のあることだと思われます。私はこの法律がいじめによる悲惨な事件を根絶する契機になることを期待しています。

いじめによる自殺が問題になった裁判例を見ると、程度の差はあれ途中で大人の介入する契機があった事件が多く見られます。気付くきっかけとしては、教師による現認、被害者からの申告、他の生徒からの申告、被害者の外傷の存在、被害者による不自然な金銭の支出、理由の不明確な遅刻・欠席・早退などが挙げられます。気付いた時に問題を軽視することなく初期段階から適切な対処をしていれば、救うことができる命は決して少なくなかったと思われます。

問題はどのような対応が適切かです。これを考えるにあたっては、福島地裁いわき支部 平成2年12月28日判決 判例タイムズ746号116頁が参考になります。本判決は学校の注意義務の内容を判示したものですが、いじめを受けている児童やその保護者が学校にどのような対応を求めて行くかを考える上での指針にもなります。

 上記判決は,いじめを認知したときに取るべき学校の対応として,「まず第一に、迅速に、しかし慎重に、当事者達はもとより必要に応じて周囲の生徒など広い範囲を対象にして事情聴取をするなど、周到な調査をして事態の全容を正確に把握すること」を求めています。その際には「学校側が調査に乗り出したことによって、被害生徒に更に増幅されたいじめが加えられないよう、場合によってはその間の被害生徒の登校を見合わせることも考慮するなど、十分な配慮」をしておかなければならないとしています。

 結果、「放置することができないいじめの実態が解明されたときには、当事者達だけの問題としてではなく、当事者生徒が所属するクラス全体、場合によっては当該学年全体…更には学校全体の問題としてこれを取り上げ、いじめがいかに卑劣で醜い行為であるか、また、被害生徒の屈辱や苦悩がいかに大きいものであるかなどを、加害生徒は勿論、生徒達全員に理解させると共に、周囲の生徒達にはいじめを決して傍観することなく、身をもって制止するか、或いは教師に直ちに報告する勇気を持って欲しいということを訴え、他方、被害生徒に対しては自らいじめと戦う気概を持つことの大切さを説ききかせ、それができそうにもない生徒であれば、いじめを受けた時には全てを包み隠さず担任教師や家人に申告することを約束させるなどの教育的手段を講ず」ることが必要になります。

 それでもなお、いじめが継続する場合には「再度、加害生徒の保護者をも交えるなどして、場合によっては『このまま事態が改善されないときには、児童相談所や家庭裁判所への通告というような手段を執らざるを得ない』ということも明示するなどして、より一層強力な指導をなすべきであり、更には、学校教育法26条の出席停止の措置をとることをも検討」することになります。

それでも「依然として何らの効果もみられず、加害生徒がなおも暴力、金銭の強要などの悪質かつ重大ないじめまたはその他の問題行動を繰り返し」ている場合には「もはや学校内指導の限界を超えるものとして、警察や家庭裁判所その他の司法機関に対して、当該行為を申告して加害生徒をその措置に委ねること」も必要になってきます。

 あまり知られてはいないかもしれませんが、いじめ問題は弁護士も取り扱っています。それは損害賠償請求訴訟を提起するなどの裁判上の業務に限られことではありません。
例えば、時として被害者の親御さんが学校や加害者方に出向いて改善を求めても真剣に取り合ってくれないということがあります。しかし、弁護士が調整役として介入することで被害者-学校-加害者の意思疎通を円滑にし、問題の解決に向けて事態が動き出すこともあります。上記に見られるようないじめが問題となった裁判例を引用しながら、学校の取るべき対応を明示した上で建設的な話合いを進めることができる場合もあります。

また、いじめの加害児童・生徒は家族から虐待を受けているなど強度のストレスを抱えていることが珍しくありません。弁護士は少年犯罪を取り扱うことによって得られた再非行を防止するための知見を活かし、問題の根本的な解決に寄与できることもあります。

上記の福島地裁いわき支部の判決でも指摘されていますが、いじめは陰湿でありなかなか表面化しません。たまたま表面にあらあれた時には既に相当深刻な事態が潜在していたということも珍しくありません。小さなサインであったとしても、軽視することなく適切な対処をすることが重要です。いじめを受けている方でも、いじめを見てしまった方でも構いません。お困りの方は、ぜひお気軽にご相談頂ければと思います。悲惨な事件を一つでも減らすことに寄与できれば、とても嬉しく思います。


(師子角允彬)

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2013年7月16日 (火)

名ばかり取締役と労災認定

 中央労働基準監督署で過重労働が原因で死亡したとされる取締役の男性に労災が認定されました。
http://mainichi.jp/area/saitama/news/20130706ddlk11040248000c.html)。

 記事によると男性は「工事受注など営業活動に従事しており、実態は『名ばかり取締役』だった」とのことです。

 労働者災害補償保険法は労働災害による負傷・疾病・障害・死亡等を手厚く保護していますが、これは飽くまでも「労働者」にしか適用されません(労働者災害補償保険法1条参照)。労働者災害補償保険法は労働者に関する独自の定義規定を設けてはいませんが、これは労働基準法上の「労働者」に合致すると理解されています(大阪地方裁判所判決 平成15年10月29日 労働判例866-58参照)。

 労働基準法は「労働者」を「職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下『事業』という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう」と定義しています(労働基準法9条)。取締役は使用「する」側で使用「される」側ではないため、一般に労働者には該当しないと理解されています。その意味で中央労働基準監督署の認定は例外的な判断と位置付けられます。

 ただ、中小規模の企業では取締役といっても名ばかりで、実体は使用「される」側の従業員であるということは決して珍しくありません。絶対数としては結構たくさんいると言っても良いだろうと思います。こうした名ばかり取締役が一切労働者災害補償法上の保護を一切受けられないというのでは、何のための法律か分かりません。

 こうした我が国の実情には行政も比較的早期から問題意識を有しており、昭和34年には「法人の取締役、理事、無限責任社員等の地位にある者であっても、法令、定款等の規定に基づいて業務執行権を有すると認められる者以外の者で、事実上、業務執行権を有する取締役、理事、代表社員等の指揮、監督を受けて労働に従事し、その対象として賃金を得ている者は、原則として労働者として取り扱う」との通達が出されていました(昭和34年1月26日 基発第48号参照 厚生労働省のホームページhttp://www.mhlw.go.jp/topics/2007/03/tp0323-1b.htmlも参考になります)。

 また、平成15年には取締役に労働者性を認めた裁判例も出されています(前掲大阪地方裁判所判決平成15年10月29日 労働判例866-58)。これは専務取締役に就任していたものの、就任の前と後とで業務内容に特段の変化がなかったこと等を指摘した上で、労働者性を認めた事例です。

 今回は取締役に労災認定が出されたことが大々的に報道されていますが、昭和34年から行政実例が積み重ねられていることからすれば、比較的珍しいにしても決して特殊例外的な判断ではないと思われます。

 労災の適用が受けられるかどうかは労働者・ご遺族にとって切実な問題です。取締役であったとの一事で労災認定を諦めなければならないわけではありません。お心あたりがおありの方はぜひ一度ご相談ください。

(師子角允彬)

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2013年7月12日 (金)

退職後の元勤務先との競業

 従業員が勤務先で培った知識・技術・経験をもとに独立することは良く聞かれます。この時、顧客を奪われることを阻止しようとする勤務先から、競合する事業を行わないことを内容とする誓約書の差し入れを求められる場合があります。退職時に揉めるのが面倒で安易に誓約書や合意書の作成に応じてしまい、後々問題になるケースが後を絶ちません。

 元職場との競業に関する紛争を避けるために一番良いのは、そもそもこうした誓約書や合意書の作成に応じないことです。労働者には職業選択の自由があります。したがって、よほど背信性の高いやり方をした場合を除けば、特別な合意を結ばない限り競業したからといって法的な責任を問われることはありません。

 問題は競業しないことを内容とする誓約書や合意書の作成に応じてしまった場合です。近時、辞められない会社という紛争類型が増加していることもあり、
(http://sakuragaoka-lo.cocolog-nifty.com/blog/2013/06/post-2d90.html)
勤務先からの嫌がらせを怖れて当面の対応として誓約書や合意書の作成に応じてしまう方もいるようです。
 
 こうした誓約書や合意書を差し入れてしまった場合、競業することは一切できなくなるのでしょうか? 競業したことを把握した勤務先から損害賠償を求められた場合、無条件に応じなければならないのでしょうか?
 
 結論から申しますと、必ずしもそのようなことはありません。

 先ず、自由意思に基づいていない場合、幾ら競業禁止を合意したとしても、そのような合意は無効になります。

 例えば、大阪地方裁判所判決平成12年9月22日労働判例794号は、同業他社への転職を疑われるなかで勤務先代表者らから個別に呼び出され退職理由等を追及された上、あらかじめ文面の用意されていた書面に署名するという方法で提出させられた誓約書の有効性について、「提出を拒絶しがたい状況の中で、意思に反して作成提出させられたもの」であることを根拠の一つとして合意の効力を否定しました。

 また、誓約書や合意書への署名を拒絶し難い状況がなかったとしても、必要かつ合理的な範囲を逸脱した合意には効力が認められません。

 営業秘密、特殊技術、顧客などを確保するにあたり、他の手段がある場合には必要性が否定されます。例えば、浦和地方裁判所決定平成9年1月27日判例時報1618号は「退職後の従業員による競業を厳しく禁止すること以外の方法で守ることの困難な正当な利益が存在したことは、本件全証拠を検討しても認めることができない」と判示して、競業禁止の合意の効力を否定しました。また、裁判例の全体的な傾向としては、業務・期間・地域の限定のないものほど必要性・合理性が厳しく問われています。

 代償措置がない場合にも競業禁止の合意の有効性は認められにくい傾向にあります。代償措置とは、簡単に言えば、競業を禁止する代わりに多額の株式や高額の退職金が付与することなどをいいます。もともと競業の禁止を織り込んで高額な年収が合意されていた場合も該当することがあります。代償措置がなかったり不十分であったりすることを理由に競業禁止の合意を無効だと判断した裁判例は相当数に上ります(東京地方裁判所決定平成7年10月16日労働判例690号75頁、福岡地方裁判所判決平成19年10月5日判例タイムズ1269巻197頁等参照)。

 特に、東京地方裁判所決定平成7年10月16日労働判例902号は、「競業避止義務を合意により創出する場合には、労働者は、もともとそのような義務がないにもかかわらず、専ら使用者の利益確保のために特約により退職後の競業避止義務を負担するのであるから、使用者が確保しようとする利益に照らし、競業行為の禁止の内容が必要最小限度にとどまっており、かつ、十分な代償措置を執っていることを要するものと考えられる」と代償措置について競業禁止を定める契約を有効と解する要件として位置付けた事例として重要な意味を持っています。

 退職を妨害してくる会社を辞めて独立するにあたり、やむにやまれず誓約書や合意書を提出してしまったからといって、必ずしも元勤務先からの要求に従わなければならないわけではありません。差止めや損害賠償を請求されている方はぜひ一度相談にいらしてください。

 ただ、競業禁止の合意は有効と判断された裁判例も相当数出されています。誓約書や合意書を提出するか迷われている方には、慎重な判断をお勧めします。どんなに面倒くさくても、不本意な合意は結ばないのが一番です。なお、当事務所では退職するにあたっての会社との交渉を代理させて頂くこともできます。併せてご検討頂けると幸甚です。

(師子角允彬)

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2013年7月 6日 (土)

いつまで経っても結婚してくれない交際相手への損害賠償請求

「時期が来たら結婚するから。」という言葉を信じて継続的に性交渉に応じてきた女性が、何時まで経っても結婚してくれない男性に業を煮やし、「結婚詐欺だ。騙された。」と損害賠償を求める事案が一定の頻度で相談されています。そうした事例での損害賠償請求の可否についてお話しさせて頂きます。

 交際開始から結婚までの期間の長短は人によって千差万別ですから、婚約が成立していない場合に、単に継続的に性的関係が続いた後に結婚に至らなかったというだけでは、なかなか損害賠償請求は認められません。ただ、下記の二つの類型に見られるように人格無視の意味合いの強い事案では損害賠償請求が認められる例も散見されます。

 一つ目は妻子等がいることを隠していた場合です。

 例えば、東京地方裁判所判決平成16年3月25日LLI/DB判例秘書登載は、妻子がいることを隠し、繰り返し婚姻の意思があるような言動を続け、性交渉を伴う交際をつづけてきた背信行為は極めて重大であるとして男性に対し300万円の損害賠償の支払を命じました。

 二つ目は、結婚する意思を持たない一方の側が他方の側の結婚への強い期待を利用した場合です。結婚相談所を介して知り合った女性を弄んだような場合が典型です。

 例えば、東京地方裁判所判決昭和53年12月7日判例タイムズ380号114頁は、当初から婚姻の意思がないのに結婚相談所で知り合った婚姻を希望する女性と1年余にも及ぶ性関係を含む交際を持続した男性に対し、100万円の慰謝料の支払を命じました。

 この判決は「原、被告間に婚約が成立したとみることは困難であるが」と婚約が成立していない段階でも不法行為責任が生じることを明らかにしています。なお、本事例では被告が原告と交際後もなお結婚相談所から情報の提供を受け続けていたことが、被告に原告と婚姻する意図が当初からなかったとの認定を導く一因になっているようです。

 また、東京地方裁判所判決平成15年11月14日LLI/DB判例秘書登載は、結婚斡旋業者を介して知り合った中国人女性との関係につき、結婚する期待感を抱かせ継続的に性関係を持ったとして、男性に対し80万円の慰謝料の支払を命じました。

 この判決も「婚約が成立したものと認めることはできず」と婚約の成立が認められないことを前提にしています。その上で、結婚を真面目に考えていない男性が、結婚に対する強い願望を有していた女性に対し、そのことを容易に察知できたはずであるのに、自らも結婚する意思があるかのような言動を示しながら、結婚に対する期待感を抱かせ、継続的な性的関係を結ぶ所為は女性の人格権を違法に侵害するものとの趣旨の判断を下しています。

 婚約が成立していないとしても、相手方があまりにも不誠実な態度に出ている場合には慰謝料を請求できる場合があります。本稿が同様の問題でお困りの方の一助になれば幸いですが、ご自身のケースで損害賠償請求が可能かどうか気になる方は是非お気軽にご相談ください。

(師子角允彬)

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