たとえば、怪我を負わされた被害者が、100万円の損害を被ったとします。しかし、請求しても加害者は「自分が怪我させたことは認めるが、今は手持ち不如意」などと言ってお金を払ってきません。
30年後、加害者は宝くじを当てて金持ちになりました。さて、被害者は30年前の100万円の損害を加害者に払ってもらえるでしょうか。
答えはNoです。何故なら、民法724条は、前段で「不法行為による損害賠償の請求権は、被害者…が損害及び加害者を知った時から3年間行使しないときは、時効によって消滅する」とし、後段で「不法行為の時から20年を経過したときも同様とする」とあるからです。つまり、「不法行為の時から」20年以上が経過している場合、後段によって請求ができなくなることがあるのです。
しかし、民法724条を素直に読むと、「時効によって請求権が消滅する」前段と「同様」なのですから、後段は時効を定めた文言に読めます。立法者は、立法当時はそのような意図で条文を作成しました。後段が時効を定めた文言であれば、上記事例では被害者は加害者に30年後、お金を払ってもらえます。何故なら、時効には「中断」というものがあり、加害者が債務を承認することで、法定期間を経過しても時効にはならないのです。
ところが、判例はそのようになっていません。後段は時効ではなく、「除斥期間」であるとして、中断されない期間制限とみなされているのです。立法者の意図と判例が、ずれているわけです。
しかし、それではあまりにも被害者に酷な場合があります。たとえば、20年過ぎてから加害行為による損害が発生するような場合です。じん肺(アスベスト)や水俣病などがこれに当たります。
このような場合、判例は、被害者の救済のために「不法行為の時から」という文言を「損害が発生した時から」と読み替えることで、加害行為から20年以上が経過していても損害賠償請求ができるようにしていました。
この場合の「損害発生時」とは、じん肺では「行政によってその管理区分に認定された時」、水俣病では「認定制度によって水俣病と認定された時」です。もちろん、認定以前から病状は現れていたはずですが、認定制度によってじん肺や水俣病であると認められなければ、社会的には「損害が発生した」とは見なされなかったわけです。
このような事例を受けて、近年の民法改正では、724条は時効を定めた条文であると見直す動きが活発化しています。
ところが、3月21日、福岡地裁小倉支部では以上のような流れに逆行する判決が出されました。これまで何度かご紹介してきた、カネミ油症新認定訴訟です。
判決は、不法行為時から20年以上たっているから、損害賠償請求権は消滅していると述べました。上記じん肺や水俣病のように、「認定された時が損害発生時」と主張した被害者の意見は取り入れられませんでした。そして、何と「心神喪失者だったわけではないのだから、認定前でも加害企業に請求することはできた」と判じたのです。
認定前に、油症患者であることを証明することは不可能です。認定されなければ、油症患者として治療費の免除を受けることもできません。認定された人に対してさえ、様々な病状は「加齢のせい」と反論してきたのが加害企業であるカネミ倉庫です。
まして、認定前に軽々に訴訟を起こして敗訴し、これが確定してしまえば、二度と賠償請求はできません。そのような危険な請求、不可能を強いる判決が出されたのです。
不法行為を受けた被害者はいつまで請求が可能か?という表題に対して、一般的には「20年(時効は3年)」と答えることになります。しかし、これはいかなるケースでも適用されるものではありません。
法は、徒に加害者を守るものではないのです。
(石丸文佳)
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