遮へい措置
先日担当した裁判員裁判で,証人本人の希望で,遮へい措置が解かれたという場面がありました。遮へい措置を安易に認める運用に疑問をもったので,少しコメントします。
刑事裁判では,一定の場合に,証人尋問の際の遮へい措置が認めらます(刑訴法157条の3第1項及び第2項)。「遮へい措置」というのは,具体的には,①証人と被告人の間に衝立を立てて,一方から又は相互に相手の状態を認識できなくすること,②証人と傍聴人の間に衝立を立てて,相互に相手の状態を認識できなくすることです。
被告人には証人に尋問をする権利があります(憲法37条2項)。被告人としては,十分に尋問を行うため,単に証人がどんな内容を証言しているのかだけでなく,どんな表情や仕草で証言をしているのかを法廷で確認する必要があります。また,裁判は公開が原則です(憲法82条1項)。国民としても,公正な裁判が行われているかを監視するため,証言内容だけでなく,証人の表情・仕草を確認する必要があります。したがって,証人と被告人の間も,証人と傍聴人の間も,遮へい措置は認められないのが「原則」です。
とはいえ,事件の内容,証人と被告人との関係,証人と傍聴に来る可能性のある関係者との関係等によっては,証人が,被告人や傍聴人の前で証言することが精神的に難しいという場合があります。証人が証言できなければ,真実の発見が後退します。そこで,証人と被告人の間は,「圧迫を受け精神の平穏を著しく害されるおそれがあると認める場合であって,相当と認めるとき」に(刑訴法157条の3第1項),証人と傍聴人の間は,「相当と認めるときに」(刑訴法157条の3第2項)に限って,遮へい措置が認められることになっているのです。あくまで,遮へい措置は,証人の自由な証言を確保する必要性から認められる「例外」です。
先日の裁判員裁判は,息子が母親に凶器で怪我をさせたという親子の事件でした。検察官は被害者の母親を証人として申請するとともに,証人と被告人の間,証人と傍聴人の間の遮へい措置を求めました。弁護人は遮へい措置は不要である旨の意見を述べました。裁判所は,検察官の意見に従って,証人と被告人の間,証人と傍聴人の間の遮へい措置を認めました。
実際に証人尋問が始まると,不思議なことが起きました。弁護人は,母親に,どういう気持ちで遮へい措置を希望したのかを質問しました。すると,証人の母親は,裁判官と裁判員に言いました。「遮へいって何ですか?これ(衝立)は何のためにあるんですか?これ(衝立)いらないんですけど。息子はここ(法廷)にいるんですか?息子に会いたいんですけど。」
弁護人は,そうであれば,遮へい措置の必要はない旨の意見を述べました。その結果,証人と被告人の間の衝立は撤去されました。親子の久しぶりの再会でした。証人が被告人に話しかけたため,尋問は一時中断しました。再開後,弁護人は,久しぶりに息子の顔をみてどう思ったかを質問しました。
弁護人として疑問に思うのは,検察官は,本当に,証人の自由な証言を確保する必要があると考えて遮へい措置を求めたのかという点です。検察官は,捜査段階で,被告人に対する被害感情を述べた母親の調書をとっていました。母親が法廷で被告人の姿を見たら,息子に対する気持ちから被害感情についての証言を変えるかもしれません。でも,遮へい措置をしておけば,そのリスクを減らせます。断定はできませんが,あの法廷での母親の言葉を聞く限り,遮へい措置をしたかったのは,証人ではなく,検察官だったのではないか。「やっぱり,被告人のことは怖いという気持ちがあるんですよね。」と証人を誘導して,恣意的に遮へい措置を求めたのではないか。そんな疑念をもたざるをえません。
裁判所に対しても,検察官の言うことを鵜呑みにして安易に遮へい措置を認めることがないよう,十分注意をしてもらいたいと思いました。
(鏑木信行)
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