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2012年11月14日 (水)

有名タレントの離婚裁判について思う

 有名タレントの離婚裁判が大きくとりあげられています。当事者双方が法廷に出廷して証言をする日にマスコミや一般人が傍聴席を競い合うのはまだ分かるとしても,数分で終わるはずの弁論の日にまで家庭裁判所前にすごい人だかりができているのには驚きました。

 そうはいってもわたしも法律専門家として(一視聴者として?)この裁判の行方に少なからず関心を持っていましたのであまり他人のことはいえません。

 事前の報道ではどちらかというと離婚は厳しいという事前の見方が多くあったように思います。確かに別居期間は2年程のようであり,他に決定的といえる大きな原因がない以上,離婚へのハードルは高いとみる感覚は一応理解できます。司法業界にも最低でも別居3年が目安という説もないわけではありません。

 しかし,別居期間だけが目安でないことも明らかです。離婚請求をしている方に暴力や不貞などのはっきりした有責事由があるわけではなく,また未成年の子どもがいるわけではなければ,現実的に考えて修復が可能かどうか,一方の意思に反して離婚を認めることが正義に反するかどうかが結局は最後の決め手になります。これらの判断に明確な基準などありません。個々の裁判官の価値観,つまり感覚に依るところが大きいといえます。

 今回のケースを見ていて一番感じたのは,有名人がイメージダウンのリスクを負ってまでも,裁判での離婚請求をしている状況からして,やはりどう考えても修復不可能なのではないかということです。冒頭にも書いたように,離婚事件といえども裁判である以上,手続きの一部は必ず公開法廷で行うことになります。個人情報保護が叫ばれる昨今,一般人であっても生々しいプライバシーを第三者に公開するなんてたまったものではないでしょう。タレントであればなおのことです。それでもなお,しばらく別居状態を維持するのではなく(いわゆる仮面夫婦は珍しくないですよね),あえて裁判までするということはもはや何が何でも「別れたい」という決意がとても強いということのように思います。

これはいいか悪いかという問題ではなく事実状態の問題です。そして,離婚を認容するべきか否かにあたってはこの事実状態は他の分野の事件に比べて大きくのしかかってきます。離婚を認めないという判決を下したとしても,一方が嫌だと言っている以上強制的に同居させることはできません。離婚請求棄却の判決後に裁判官や代理人弁護士が修復の手伝いをするわけではありません。そうであればもはやそれぞれ新しい一歩を踏み出して・・・と考えるのはそう不自然でも不正義でもないように思います。

 もちろん離婚したくない方にとっては,こんな感覚的な理由で大事な身分関係を強制的に変動させられるいわれはないと感じることでしょう。仕方ありません,和解ができなかった以上,双方同時に納得させる判決は土台無理なのです。

 ちなみに,実際には離婚裁判までしても判決には至らずに和解で離婚することが多いです。わたしの経験でもそうです。最初は離婚原因の有無について激しく争っていても,裁判をやっていく中で判決が双方にとって必ずしもいい結果になるものではないと見えてくるからだと思います。時間の経過も大きく影響します。

 裁判は一見,理屈で白黒つける世界のようにも見えますが,実際は生身の人間のデリケートな心情が結論に大きく左右するといってよいでしょう。

  (亀井)

 

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