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2012年9月24日 (月)

なぜ弁護士は責任能力を争うのか(続)

前回、弁護士が責任能力を争うのは、精神科医に診てもらわないと自分では分からないからだと書きました。しかし、このような考えに対しては、なるほど病気かどうかは精神科医に診てもらわないと分からないかもしれないが、精神鑑定で病気でないとか、病気だけれども犯行に影響はなかったという意見が出れば、争うことはないのでは、という疑問を持たれる方もいらっしゃると思います。

たしかに、そのような場合もあります。精神鑑定が行われた結果、病気でないことがはっきりしたり、病気だけれども犯行には影響がなかった(厳密には、著しい影響まではなかった)ということがはっきりすれば、責任能力を争わずに量刑だけを争うことも決して少なくありません。

しかし、実際には、素人なりに考えても、精神鑑定の内容が納得できないものであったり、他の精神科医に相談してみると全く異なる見解が述べられるということも、珍しいことではないのです。そうなると、元に戻って、分からない以上はきちんと検察官の立証してもらい、裁判官と裁判員に判断してもらおう、ということになります。

更に、精神鑑定の内容自体に争いがなくても、法的にみて、心神喪失つまり無罪とすべき状態なのか、心神耗弱すなわち刑を減軽すべき程度なのか、いずれでもなく完全責任能力の状態なのかの判断は残ります。これは法的判断ですから、仮に精神科医が意見を述べても、それに拘束されることはありません(裁判員裁判では、精神科医はこの意見を述べないことも増えています。)。

そうなると、病気の影響があったことは間違いないけれども、検察官のいうように完全責任能力ではなく、心神耗弱あるいは心神喪失の状態にあったのではないか、という疑問を持つことがあり得ます。この場合も、さきほどと同様に、疑問がある以上は検察官に立証してもらい、裁判官と裁判員に判断してもらおうということになります。

弁護人は、判断者ではありません。最近、検察官が非常に弱気で、起訴すれば有罪になる事件もどんどん不起訴にしてしまい、起訴しても争わないということが増えています。殺人未遂などは、殺意の立証が難しいということで、ほとんどが不起訴または傷害での起訴となっています。これでは、検察官自身が判断者になってしまっています。私は弁護人の立場ですが、疑問があれば疑問を提示し、裁判官と裁判員の正しい判断を可能にするのが役割だと考えています。

もともと、裁判というのはすぐれて個別具体的な営みであるはずです。責任能力という制度も、制度が先にあったのではなく、精神障害を持っている人を処罰するのはかわいそうだとか、治療を受けさせるべきだという、その時代の人々の判断が先にあったはずです。

わが国でも近代刑法が成立するはるか以前、養老律令の時代には精神病者の不処罰ないし減免規定があったことがしられています。高齢者や少年についても同様です。もっとも、他方でさまざまな権利が制限されていました。

いまは高齢者だからと言って、刑を軽くしようと考えいる人はあまりいないと思いますし、少年法についても見直しの議論が絶えずなされている状況です。責任能力についても、徐々にではありますが心神喪失の範囲が狭められ、精神障害者を処罰する方向に傾いているように思えます。

しかし、抽象的にノーマライゼーションだからとか、アメリカでも厳しくなっているからという理由で進められるべきものではなく、また、一部の裁判官や精神科医の判断によって進められるべきものでもないでしょう。裁判員の参加した裁判の積み重ねによって、必要があれば、徐々に変わっていくものだろうと思います。

そして、その判断が正しい判断であることを担保するためには、個別具体的な事件において、弁護人が的確な主張立証をし、個々の裁判官・裁判員に対して、本当にそれでよいのかを問いかけて行くことが必要でしょう。私が責任能力を争うのは、そんな理由からです。

(田岡)

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