原発で分断される住民達
原発賠償の支援に関わり1年半近くが経過しました。昨年の3月11日以後、蹴飛ばされるように(ある避難者が言っていた言葉です)避難を余儀なくされた方がまた困難な問題に直面しています。町や村に帰還できない期間が今後何年に及ぶのかということが自治体関係者や住民を苦しめています。
今年の4月以降、避難指示区域(主に福島第一原発から20キロ圏内の地域と計画的避難区域)の再編が行われていますが、未だ見直しがされない自治体がいくつかあります。大熊町、双葉町、浪江町、富岡町、葛尾村です。
区域の見直しというのは、年間放射線量に応じて、低い順に避難指示解除準備区域、居住制限区域、帰還困難区域に分けるということです。例えば、南相馬市の小高区は今年の4月16日からその大半が既に避難指示解除準備区域に指定され、その結果立入りが今は自由になっています(但し、宿泊は今も禁止)。
しかし、先に挙げた自治体では見直しがなされていないことから、未だ立入りも除染も目途が立っていません。見直しが遅れている理由のひとつには、どの区域に分類されるかで東京電力から受ける賠償額が異なってくることが挙げられます。
例えば、経済産業省が今年の7月20日に公表した「避難指示区域の見直しに伴う賠償基準の考え方」では、帰還困難区域では不動産について全額賠償するが、居住制限区域、避難指示解除準備区域については解除までの期間に応じて賠償するとされています。
しかし、避難指示から既に1年半以上も経過している中、避難者の中には既に避難先で就労先を見つけたり、子どもがようやく学校に慣れ始めたりして、既に戻らない(というよりは戻れない)と考えている方がかなりいます。主に若い世代に多いようです。このような方にとっては避難指示が何年後に解除されるかという問題より、新たな場所で生活を再建できるだけの賠償額をきちんと受け取れるのかということが重大な関心事になります。
一方で、自分の住んでいた地域が5年以上も帰還できない帰還困難区域と指定されることが耐え難いと感じる方もいます。特に高齢者であればそうでしょう。生きている内に自分の家に戻りたいと思うのは自然なことです。一刻も早く除染が始まり、解除されるのをじっと待っている人にとって区域の見直しは重大な問題です。
残念ながらこのように同じ地域の人でも求めるものが既に異なってしまっています。家族内でも意見が分かれることです。実際、親世代は福島の狭い仮設で帰還できる日を待ち、子供・孫世代は離れた地域で新たな暮らしを始めているという家族をいくつも見てきました。元々同居していた孫に会いに行きたいのにその交通費すら東京電力は出してくれないのかという相談を何度も受けました。
人々が物理的にも精神的にも分断されてしまったこと自体が原発事故の最大の被害かもしれません。
東京電力は経済産業省が公表した新しい賠償基準を受けて、見直された区域に応じて賠償金を支払う旨発表をしています。一方で区域の見直しがされるまでは、不動産や家財の賠償は認否保留、すなわち今は賠償しないという態度をとっています。賠償の遅れが避難者をよりいっそう苛立たせています。区域の見直しが決まらないこと自体が避難者の生活再建を遅らせるといういわば悪循環に陥らせているのです。
しかし、本来、いつ避難指示が解除されるかという区域の見直しと賠償は必ずしもセットで語られる問題ではありません。帰還か賠償かという究極の選択を自治体や住民にさせることも妥当ではありません。早く帰りたい人にも帰れないと考えている人にも十分な賠償を早急にするべきなのは当然のことです。
解決すべき問題は山積みですが、せめて弁護士として被災者ひとりひとりの声に耳を傾け、法的サポートをしていければと考えています。
(亀井)
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