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2012年6月 8日 (金)

東電OL事件(3)

 私が昨年7月に雑誌に寄せたエッセイの原稿です。ここから更に1年近くも時間がかかっていることに憤りを感じます。(以下引用)


 私の事務所の神山啓史弁護士が主任を務める東電OL殺人事件の再審裁判は徐々に進展が見られるようです。先頃は、被害者の胸と口の周りに付着していた唾液がO型血液のヒトのものであるとの鑑定結果が初めて弁護側に開示されました。

ここで重要なのは、O型の鑑定結果は事件直後に出ていたということ、それにも拘わらず検察はその証拠を裁判所に提出しなかったということです。ゴビンタさんの血液型はB型です。ですから被害者の胸や口の周りに別の血液型の者の唾液が付着していたということは、犯人がゴビンタさん以外の者、少なくともその可能性が極めて高いことの有力な証拠になります。それを、十分承知しながら、というよりも承知しているからこそ証拠を出さなかったのでしょう。ゴビンダさんを有罪にするためにはゴビンダさんの無罪につながるような証拠はあえて出さないという姿勢です。

お気づきの方もいるかも知れませんが、これは、厚労省の村木元局長のえん罪事件と全く同じ構図です。村木元局長の裁判で大阪地検特捜部の検事は同局長を有罪にするために証拠の改ざんまで行いました。この者を有罪にすると決めた以上はどんな手を使ってでも有罪にする。そういうことが許される、少なくとも大目に見られる体質があるのだということです。

刑事訴訟法第1条はその目的を「公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現すること」と定めます。また、検察庁法第4条は検察官の職務につき、「刑事について公訴を行い、裁判所に法の正当な運用を請求」すると定めます。事案の真相を明らかにし、法の正当な運用を請求するのであれば、証拠隠しや証拠の改ざんはあってはならないはずですが、どうしてこのような事態が起こるのでしょうか。

検察官は端的に正義を実現する官職です。個々の検察官は強い自負心を持ってその職務に臨んでいます。けれどもここに落とし穴があります。この自負心は、ともすると、自らあるいは同僚が「こいつが犯人だ」と起訴した被告人は犯人に違いないはずだ、だとすれば被告人を何としても有罪にして処罰することが正義だ、という独善に転化します。そこから、被告人を有罪にするためには「真相」を見えにくくする証拠は裁判官の目に触れないようにしようという証拠隠しの発想や、更に進んで被告人に有利な証拠を改ざんしてしまおうという発想が生まれます。いずれも誤った自負心と皮相な正義観に基づくものです。

検察は、「検察故に正義」なのではなく、「検察故に正義でなければならない」のです。そして正義はそれを実現する過程においても不正義の存在を許さないものです。それが「手続的正義」「適正手続の保障」などと言われるものです。

村木元局長は、先頃新聞のインタビューに答えて、取調べの全面的可視化は絶対必要だと言っていました。全く同感です。従来の裁判では法廷での証言よりも密室での取調べで検察官が作成した調書の方が信用される傾向がありました。被告人が脅されたから自白したと言ってもなかなか信じてもらえませんでした。自白強要などがないのであれば、取調べを録音録画しても全く問題ないはずです。それよりも、物的証拠の採集、分析能力を高め、科学的な捜査能力を高めるべきです。

検察の改革は正念場にさしかかっています。

(櫻井)
 

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