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2012年6月 8日 (金)

東電OL事件(2)

 東電OL殺人事件について、2000年に会計人コース(中央経済社)という雑誌に掲載したコラムの原稿を見つけましたので、ご紹介します。改めて、感慨深いものがあります。以下引用。
 
 この春、電力会社OL殺人事件で裁判にかけられていたネパール人の無罪判決が出ました。著名な事件でしたからご存じの人も多いことでしょう。検察官は判決を不服として控訴しました。問題はその後です。

普通は一審で無罪判決が出ると、検察から控訴されても身柄が拘束されることはありません。ところがこの事件では検察は立続けに3度も裁判所に身柄拘束を申し立て、ついに3度目の申立を受けた東京高等裁判所は勾留を決定しました。弁護側はこれを争いましたが、最高裁判所は3対2で勾留を認めてしまいました。

刑事訴訟法は、罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があるときに、定まった住所がない、証拠隠滅のおそれがある、逃亡のおそれがある等の場合に被告人の身柄を拘束することを認めています。しかし罪を犯したと疑うに足る相当な理由という点では第一審の無罪判決で払拭されている筈です。記録を一見すれば罪を犯したかに見えるのは当然のことで、だからこそ3年に及ぶ審理を行い、証拠を精査したわけです。そしてその結果が無罪判決だったわけですから、控訴審での審理を開始する前に一審の無罪判決を覆さなければならないような「疑い」がどうして認められるのか不思議ですらあります。また、定まった住所がないというのは、日本国内にないというのであれば当たり前のことで、えん罪で3年間も獄につながれている間にアパートの契約が切れたのは被告人のせいではありません。もちろんネパールにはきちんと住所があります。証拠隠滅のおそれについては何をか言わんやというべきです。殺人の疑いで逮捕された被告人はその後今日に至るまで自由を奪われています。その間検察側は考えられる全ての証拠を収集しているわけです。被害者の居室内の体液の痕跡まで収集しているほどですから、被告人が今後隠滅しうる証拠の存在など全く考えられません。しかもこの被告人は釈放されたら直ちに強制送還される立場ですから、ますます証拠隠滅などできるはずがありません。最後の逃亡のおそれについて言えば、控訴審は被告人の出頭を求めませんので、被告人の身柄が確保できなくとも審理の進行には何ら問題は生じません。この点は被告人が在廷しなければ審理が開けない第一審と異なる点です。にもかかわらず「逃亡のおそれ」を言うのであれば、それは控訴審で無罪判決が覆されたとき、刑を執行するために支障が生じるという理由に他ならず、一審の無罪判決をあまりに軽んじるものです。

いずれにしても今回の勾留決定は訴訟法的にも合理的な理由を欠くもので、まじめな弁護士なら誰もが許し難いと思う内容ですが、仮に法的な問題を抜きにしても、一旦無罪判決がでたらとりあえず身柄は解放されるべきだというのが健全な市民感覚ではなのないかと思います。

私が今回この問題を指摘したのは、この問題が最近巷間を賑わせている司法改革の問題と大きな関わりがあると考えるからです。司法改革は、これまでの行政主導型の国家を脱して企業や市民の自主性を尊重する自由な国家を作って行こう、その上で不適切な事態が生じたときは司法により解決して行こう、そのために国民にとって使いやすい司法を実現して行こうという議論です。そのためには裁判官の意識改革も必要で、一部に見られる独善的で市民感覚を全く理解しないような裁判官は考えを改めるか、他の有能な人材に取って代わられるべきです。それなのに現実は、無能で人権感覚に乏しく、独善的な人間がその地位に止まり、時に害悪を流しているのです。

まず裁判官の人材の改革を。

(櫻井)
 

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