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2010年5月 5日 (水)

最高裁大法廷判決の壁~猿払事件~

亀井です。

国家公務員が休日に私服で職場とは全く関係のない場所で政治的ビラを配布したら逮捕されたという事実を知っているでしょうか。実は,現行の国家公務員法,人事院規則では,これだけで立派な犯罪として処罰されることになっています。

1970年代,当該法律,規則が表現の自由を保障した憲法21条に反するのではないかということが激しく裁判で争われ,最高裁でも意見が分かれました。司法試験受験生であれば誰もが真っ先に学ぶ有名な「猿払事件」です。

猿払(さるふつ)というのは北海道宗谷郡にある「猿払村」のことです。私が赴任していた紋別から北に100キロ余り,ホタテの有名なとても小さな村です。40年以上前,村の郵便局員が選挙用ポスターを貼ったことで刑事罰に問われ,その裁判の中で国家公務員法,人事院規則の合憲性が問題になったのです。

この事件で,当時の最高裁大法廷多数意見は行政の中立的運営に対する国民の信頼などを理由として,規制も合理的で必要やむをえない制限であり,合憲であるとしました。
 そのため,この法律と規則は建前上生き続け(実際には30年以上起訴されることはなく無名化していたのですが)冒頭に述べたような事件が2004年(堀越事件),2005年(世田谷事件)に起きてしまいました。

ひとりは社会保険事務所職員,もうひとりは厚生労働省職員ですが,どちらも職務とは全く無関係にビラ配布をしていただけでした。逮捕などされなければ彼らが国家公務員であることなど誰も知る由がありませんでした。勿論,公務の中立性が実際に侵害されたとか,彼らが政治活動をすることで国民の信頼が害されたということもありません。仕事は仕事として,普通に真面目に公務を遂行していたのですから当然です。仕事も事務的なものであり政治的信条を及ぼす余地もありませんでした。それにも関わらず,プライベートな時間にビラ配布をしただけで被告人として訴追されてしまったのです。理由は国家公務員だったからです。
東京地裁は,2006年6月29日に堀越事件について罰金10万円執行猶予2年の有罪判決を,2008年9月19日に世田谷事件について罰金10万円の有罪判決をそれぞれの部で下しました。

何故,このように明らかにおかしな事件で東京地裁はこぞって有罪判決を下したのか,また合憲性をあくまでも維持しようとしたのか。それは,紛れもなく36年も前の猿払事件最高裁大法廷判決が存在するからです。下級審裁判官にとっては,過去とはいえ,最高裁,しかも大法廷(最高裁裁判官15名全員で構成。通常は5名で構成される小法廷。重要な事件だけが大法廷判決となります。)が合憲だと言っている以上,それと異なった判断をするということは裁判官生命を揺るがしかねないことなのです。少なくともそう思いこんでいる裁判官はとても多いはずです。それくらい最高裁大法廷判決というのは重みのある,威力のある「先例」なのです。36年経っても,この間圧倒的に多くの憲法学者が判決を批判し続けていてもなお,それをうち破るのは並大抵のことではないでしょう。

あれっ,裁判官の独立は?良心は?と思うかもしれません。その通り,建前からすれば過去の最高裁判例に追従しなければならない義務はありません。ただ,理由はご想像にお任せしますが,残念ながら裁判官の独立を貫くことの難しさを一番痛感しているのは裁判官自身かもしれません。その点,言いたいことを言える弁護士とは全く違うといえます。

私も弁護人として参加している世田谷事件一審の東京地裁は自らが「下級審」である以上,最高裁判決を「尊重することが,その採るべき基本的な立場である」と述べ,本当に情けないくらい猿払事件最高裁大法廷判決をなぞる判決を下しました。そこには裁判官自らの良心も正義もありませんでした。

しかし,つい最近の2010年3月29日,堀越事件の方で,同じく下級審でもある東京高等裁判所刑事第5部は,何と第一審判決を破棄し,当該国家公務員法,人事院規則を適用することの違憲性に言及し,無罪を言い渡しました。蓋を開けてみれば,しごく常識的な当たり前の理屈と結論でした。多くのマスコミも,時代に沿う当然の判断であるなどとして概ね良い評価を与えていました。この判決は猿払事件最高裁大法廷判決と明らかに判断を異にするものです。裁判体の勇気には敬意を表したくなります。

もうすぐ5月13日,今度は世田谷事件の控訴審判決が東京高等裁判所刑事第6部で下されます。下級審裁判所の「立場」か,裁判官の「良心」か。36年前の最高裁大法廷判決の壁を破ってくれることを期待したいものです。

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