2019年2月10日 (日)

固定残業代の有効性が否定された例

1.固定残業代とは、残業代(割増賃金)を予め基本給に組み込んだり、定額の手当として残業代を支払ったりする仕組みをいいます。

  固定残業代が有効であるためには、

通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要…(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁,最高裁平成21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁,最高裁平成27年(受)第1998号同29年2月28日第三小法廷判決・裁判所時報1671号5頁参照)」

とされています。

また、固定残業代を導入したとしても、使用者は、

「割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは,・・・その差額を労働者に支払う義務」を負います(以上、最二小判平29.7.7労判1168-49等参照)。

2.使用者には「労働時間を適切に管理する責務」があります(平成13.4.6基発第399号「労働時間の適正な把握のため使用者が講ずべき措置に関する基準」参照)。この義務は固定残業代を導入したところで免れることはできません。そのことは、上記基準が、

① 「本基準の対象事業場は、労働基準法のうち労働時間に係る規定の全部又は一部が適用される全ての事業場とする」と明記していること

 ② 「時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認」を求めていること

 からも明らかです。

このことは、固定残業代を導入することが、企業側から見て経済合理性がないことを意味します。

  個々の労働時間を把握する責務から解放されるわけではありませんし、定額残業代を上回る時間外勤務手当が発生していないかを確認するため法所定の方式に従って時間外勤務手当を計算する作業を免れるわけでもないからです。

  そして、実際の時間外勤務手当が定額残業代を下回っている場合には本来払わないで良い残業代を支払うことになりますし、実際の時間外勤務手当が定額残業代を上回っている場合にはその差額を労働者に支払わなければなりません。

  法の趣旨をきちんと順守すれば、理論上、定額残業代を導入した場合の企業の人件費総額は、導入以前よりも常に高くなることになります。

3.ところが、現実には、固定残業代を導入している・導入したがっている企業は相当数に及びます。

  このことは法の趣旨を曲解した適法性に疑義のある運用がなされている例が蔓延しているからではないかと思います。実際、固定残業代の適否を巡る紛争は頻発していて、しばしば判例集にも掲載されています。

  近時、判例集に掲載された東京高裁平30.10.4労判1190-5イクヌーザ事件もその一つです。

  この事案では、月80時間分の固定残業代を基本給に組み込んでいたことの有効性が問題になりました。この事案では基本給23万円のうち、8万8000円が月間80時間の時間外勤務に対する割増賃金とする旨が記載された雇用契約書が取り交わされていました。

  裁判所は、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の労災認定基準に言及したうえ、

 「1か月当たり80時間程度の時間外労働が継続することは,脳血管疾患及び虚血性心疾患等の疾病を労働者に発症させる恐れがあるものというべきであり,このような長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定して,基本給のうちの一定額をその対価として定めることは,労働者の健康を損なう危険のあるものであって,大きな問題があるといわざるを得ない。そうすると,実際には,長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情が認められる場合はさておき,通常は,基本給のうちの一定額を月間80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とすることは,公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当である。」

 との規範を示し、

 「本件固定残業代の定めは,労働者の健康を損なう危険のあるものであり,公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当」

 であると判示しました。

  その後、裁判所は基本給の全部を時間外、深夜割増賃金算定の基礎となる賃金額としたうえで時間外勤務手当の額を計算し、使用者側に200万円を超える時間外・深夜割増賃金額と100万円を超える付加金の支払いを命じる判決を言い渡しました。

4.最初に述べたとおり、法の趣旨に従って運用する限り、固定残業代は本来経済合理性に乏しい仕組みです。求人広告で基本給を高く見せかけるだとか、過大な時間数を設定して定額働かせ放題の仕組みとして運用するだとか、法が想定していないような趣旨で導入されている例は、相当数眠っているのではないかと思います。

  固定残業代の名のもとに不当な扱いを受けているのではないかとお感じの方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談においでください。その疑問には十分な理由がある可能性があります。

(弁護士 師子角 允彬)

2019年1月28日 (月)

司法書士による問題のある事件処理(風俗店からの退職をめぐる労働事件に関連して)

.以前、退職させてくれないブラック企業のお話をしましたが、そうした職種の1つに風俗店があるようです。退職を持ち出すと逆に理不尽な要求をされることも少なくありません。そういうときは弁護士など専門職に解決を委ねることが望ましいのですが、残念ながら専門職なら誰でもいいというわけでもないのです。

  そこで今回は、司法書士により問題のある事件処理がなされた例をお話しします。問題の司法書士はインターネットを通じて風俗トラブルを解決すると大々的な宣伝を行っているため、同種の被害の発生を防ぐ必要があると思われたからです。

2.風俗店に勤務していた女性Aさんは、勤務先の店に退職を申し出ました。給与明細が支給されないうえ、賃金の計算方法もはっきりとしていないなど、給料の支払いがきちんとしていなかったからです。

  Aさんは勤務先の店に退職の意思を伝えました。しかし、風俗店はAさんには紹介料が発生している(風俗店にAさんを紹介した人に紹介料を払っているため、Aさんに抜けられると紹介料が無駄になる)などと言って退店を認めてくれませんでした。そればかりか、Aさんに対し、同僚の女性を介して「店を辞めるのであれば、必要書類に直筆のサインをもらうため家に行く。」などと伝えてきました。

  Aさんは既婚者です。家には旦那さんと二人の子どもさんがいます。家に来られて風俗店で働いていた事実を知られるのは避けたいと思いました。

  Aさんはインターネットで風俗に強いとされている法律家を探し、問題のB司法書士に事件を依頼しました。

3.AさんはB司法書士との間で「風俗店との退職トラブルの交渉代理」と表題が付けられた委任契約書を取り交わしました。

  委任契約書の「着手金」の欄は空欄になっていました。その一方で「報酬又は成功報酬」の欄には「270,000(税込)円」という記載がありました。

  また、契約書には、

「受任者の承諾なくして受任後に依頼内容及び進行状況を他言することを禁止します。」

「報酬未払いによって訴訟に移行する場合、前提として依頼者の家族、親族から依頼者に報酬支払を進言して頂くことを目的…として受任者から依頼者の家族、親族に通知書が届く可能性があります」

といった文言も書かれていました。

4.その後、B司法書士による風俗店との「交渉」が始まりました。

  B司法書士は、Aさんに対し、

贈り物を渡して風俗店を懐柔していることや、

謝罪金9万円(示談金と称する金額10万円から未払賃金概算1万円を控除した額)を払うことで退店を認めてくれそうだ、

ということを報告してきました。

 しかし、Aさんは別に悪いことをしているわけではないのに、自分がお金を払わなければならないことがどうしても納得できませんでした。本来であれば未払賃金の精算を求めたいところなのに、逆にお金を払わなければならないのは、意味が分からないと感じました。

  そのような意向を示すAさんに対し、B司法書士は風俗店への謝罪金9万円を自分の「報酬又は成功報酬」27万円から差引くことを提案してきました。それで和解してくれないかというのです。

  B司法書士の事件処理に違和感を覚えたAさんは、私のところに相談に来ました。

5.B司法書士の事件処理には、かなりの問題があると思われます。

  先ず、取り交わされている契約書の特異性です。

 弁護士が依頼人との間で交渉代理を目的とする委任契約を結ぶ場合、

「受任者の承諾なくして受任後に依頼内容及び進行状況を他言することを禁止します。」

 という内容の条項を挿入することは基本的にありません。

  専門家が一般の方と契約を結ぶにあたり、セカンド・オピニオン、サード・オピニオンを受ける自由を制約することは許されるべきではないと思います。そもそも、同僚の専門家の批判に耐えられる水準の仕事をしているという矜持があれば、依頼内容を他言されたところで、どうということはないはずです。

  私に法律相談をするとき、Aさんは他言禁止条項の存在を気にしていました。このような条項は、セカンド・オピニオン、サード・オピニオンを受けたいという気持ちを抑制することになり、適切とは思われません。

6.次に指摘できるのが、交渉の相手方との関係性です。

  対立関係にある交渉相手に贈り物を送るというのは、強い違和感があります。受任事件に関して相手方に利益の供与をすることは、弁護士職務基本規程に違反します(弁護士職務基本規程54条)。これは弁護士に限ったことではなく、相手方への利益供与は司法書士倫理上も禁止されています(司法書士倫理39条2項)。誰のための代理人なのかを考えれば自明のことです。

7.取り付けようとした合意の内容や、その取り付け方にも問題があります。

  前提として申し上げると、本件で風俗店からのAさんに対する損害賠償請求が認められる可能性は殆どありません。「紹介料」などと称する損害は、Aさんが辞めようが辞めまいが発生していた営業上の費用であり、Aさんが店を辞めたこととは因果関係がありません。また、法定の予告期間(基本2週間 民法627条1項参照)さえ置けば退店することには何の違法性もなく、その観点から責任を問われるいわれはないという言い方もできます。Aさんが直観的に感じたように、風俗店にお金を払うというのは明らかにおかしいのです。

8.おかしな合意を結ぶことを断るAさんに対し、B司法書士は自分の報酬を減らして和解することを持ち掛けてきます。

  これも常識を逸脱した事件処理のやり方です。

  既婚・子持ちのAさんは、「家に行く。」などと脅されて、いわれのない金銭の支払いを請求されています。言ってみれば恐喝の被害に晒されています。

  反社会的な手法に対しては、絶対に屈してはならないと依頼人を励ますのが普通の法律家です。金銭を払うことを勧めることには強い違和感を覚えます。まして、自分の報酬を減らすというのは、経済的な意味合いとしては、司法書士が恐喝行為をしている風俗店と結託し、依頼人から支払われるお金を分配しているのと何ら変わりありません。

9.Aさんから相談を受けた私は、B司法書士との契約を解除したうえ、風俗店との交渉を引き継ぎました。

  風俗店とは、①退職に合意すること、②Aさんが未払賃金1万3400円の支払いを受けること、③風俗店関係者はAさんの自宅や職場を訪問しないこと、④風俗店関係者はAさんが風俗店で稼働していた事実を第三者に口外しないことなどを内容とする合意が成立しました。当然のことながら、Aさんが風俗店にお金を支払うことはありませんでした。

10.しかし、B司法書士との関係は、委任契約を解除しただけでは終わりませんでした。B司法書士が報酬を請求するとの意向を示したからです。

  契約書の体裁上、明らかにAさんとの委任契約は着手金零の完全成功報酬制契約でしたし、B司法書士が成功と言えるような成果を何一つ獲得していないことは明白でした。

  しかし、放置していては、契約書の記載を口実に家族宛ての督促状でも出されたら、風俗店で働いていたというAさんの秘密は暴露されてしまいます。

  Aさんから訴訟委任を受けた私は、やむなくB司法書士を相手に報酬支払債務が存在しないことの確認を求める訴えを提起しました。

  当然、裁判所ではAさんの訴えを全面的に認める判決が言い渡されました。

  判決はB司法書士の行為について「〇〇(風俗店の店舗名 括弧内筆者)に不法な利益を供与することを条件に示談金を給付する民法の不法原因給付及び司法書士倫理39条1項で禁止されている相手方からの利益供与に該当するもの以外の何物でもない。」「被告の…行為は、もはや法律及び司法書士倫理規定に反する行為に該当し無効であると言わざるを得ない」と厳しく批判しています。

11.専門家の能力を評価するのは、一般の方にとっては困難です。「風俗に強い」と自称している専門家が本当に強いとは限りません。だからこそ、セカンド・オピニオン、サード・オピニオンを受けることは重要であり、その自由は守られなければなりません。

  余程特殊な事件でもない限り、依頼している弁護士や司法書士から、依頼内容や事件の進行状況について他言を禁止するなどと言われた時には、本当に依頼を続けて良いのかを一旦立ち止まって考えてみてください。何かおかしいのではないかという直観を大事にしてください。

  弁護士には守秘義務があります。依頼人の承諾もないのにセカンド・オピニオンを求められたことを第三者に明らかにすることはありません。

  派手な宣伝文句に惑わされることなく、違和感を覚えたら、取り敢えず相談に来ていただければと思います。

(弁護士 師子角 允彬)

2019年1月10日 (木)

予告ない即時解雇は可能か?

1.「問題社員はすぐクビに。予告なく即日解雇が可能な雇用契約は?」と銘打った記事が掲載されていました(https://www.mag2.com/p/news/381188)。

  記事は、問題のある社員を雇うことへのリスク対策として、

「採用時には2か月の有期雇用契約にすべきです。2か月以内の有期雇用契約であれば、期間途中で問題が発覚した場合に、解雇予告なく即日解雇が可能です。もちろん、2か月での雇止めもできます。」

との方法を紹介しています。

 しかし、これは間違いだと思います。

  このような方法をとっても、即時解雇は可能にはなりません。

2.労働基準法上、「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。」とされています(労働基準法20条1項本文)。

  ただ、このルールは例外があり、

 「二箇月以内の期間を定めて使用される者」

 には適用されません(労働基準法21条2号)。

  記事の筆者は、この解雇予告手当の例外規定を根拠に「解雇予告なく即時解雇が可能」と称しているものと思われます。

  しかし、これは解雇の有効性と解雇予告手当の除外事由に該当するか否かを混同しています。

  法は「使用者は、期間の定めのある労働契約・・・について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。」と規定しています(労働契約法17条1項)。

  有期労働契約では「やむを得ない事由」がない限り労働者を解雇することはできません。解雇予告手当の支払い義務の存否は、「やむを得ない事由」が認められて解雇できる場合に問題になることです。厚生労働省労働基準局が発行している概説書にも、労働基準法21条2号の説明箇所で「契約に期間の定めがある場合に、その契約期間満了前に解除することは、民法上は原則としてやむを得ない事由があるとき(同法第六二八条、同様の規定として労働契約法第一七条第一項)又は使用者が破産したとき(同法第六三一条)に限られており(これらの事由の存しない解雇は無効と解される…)、無条件には解雇することができない。」と明記されています(厚生労働省労働基準局『労働基準法 上』〔労務行政,平成22年版,平23〕325-326頁)。

  解雇予告手当の支払義務の存否は、解雇が有効になし得る場合であって初めて問題になるものです。2か月以内の有期雇用契約にしたところで、客観的に合理的な理由、社会通念上相当であると認められる理由のない即時解雇はできません。

3.更に言えば、有期雇用にした趣旨や目的が労働者の適正を評価・判断するためである場合、有期雇用にしてもあまり意味がありません。

  最高裁が、

「使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は契約の存続期間ではなく、試用期間であると解するのが相当である。」

との判断を示しているからです(最三小判平2.6.5民集44-4-668)。

 最高裁の判断は20年以上も昔に出されたものであり、下級審判例の蓄積も進んでいます。期間の定めが試用期間であると理解される場合、当然のことながら、期間の経過をもって自動的に雇止めにすることはできません。労働やの適性を評価・判断する趣旨で有期雇用契約を締結する場合、特段の事情がない限り、有期雇用契約とは扱ってもらえないのです。

4.記事は、

「2か月たって問題がないようでしたら、更に6か月の有期雇用契約を結びます。」

と論旨を進めています。

 しかし、法は、

「使用者は、有期労働契約について、その有期労働契約により労働者を使用する目的に照らして、必要以上に短い期間を定めることにより、その有期労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならない。」

と規定しています(労働契約法17条2項)

 また、「試用の期間の延長規定・・・の適用は、これを首肯できるだけの合理的な事由のある場合でなければならない。」と無制約な試用期間の延長を否定した裁判例も古くから出されています(大阪高判昭45.7.10労判112-35参照)。

  記事にあるような細切れの有期雇用契約で労働者の適正を見極めるという制度設計は、構築したところで、それが裁判になった場合に有効に機能するのかは甚だ疑問です。

5.問題のない有為な人材を集めたいのであれば、有為な人材にとって魅力的な処遇を用意することが肝要です。余程給料が高いのであれば別かも知れませんが、経営者の方は、自分が労働者であったとした場合、有期雇用契約で細切れにされ、地位が不安定になっているような会社に応募したくなるかを考えてみると良いと思います。きちんとした処遇ができないと、問題のある方しか応募してくれなくなり、それがまた歪な制度設計に繋がるという負のスパイラルに陥ってしまう危険があります。そして制度設計の歪さは集団訴訟のリスクを抱えることに繋がってしまいます。就業規則の作成・変更を行うにあたっては、弁護士と相談のうえ、慎重に検討することが肝要です。

  また、所掲のような記事を真に受けた会社から不安定な立場に置かれた挙句、合理的な理由もなく雇い止めに遭った方がおられましたら、一度相談に来てみてください。私の実務感覚上、裁判所は法を潜脱しようとするやり方に対しては、それが露骨であればあるほど厳しい姿勢をとってくれます。

(弁護士 師子角 允彬)

2019年1月 8日 (火)

5年無期転換ルールは人手不足のご時世に5年で人を辞めさせざるを得ないおかしな悪法か?(続)

1.過日、無期転換ルールに対して「人手不足のご時世に5年で人を辞めさせざるを得ないおかしな悪法」として揶揄する見解を紹介させて頂きました。

https://www.mag2.com/p/news/375000)。

 同記事の不適切だと思われる点は既にブログに掲載させて頂いたとおりです

http://sakuragaokadayori.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-6d73.html)。

 本日は記事の中で引用されていた、

「女性が20年働いた職場を雇止めされたケースでした。大手企業だから早くに対応も始めていて、法改正時の今から5年前、2013年の契約更新時の新しい契約書に『4月以降の通算契約期間は5年を超えないものとする』と今までなかった文言を追加したそうです。会社側は、当然のように『法律が変わって、5年を超えて更新できなくなった』と説明をして、『ここでやめるか、ハンコを押すかの二択だ』と言ったらしいです」

との事例への対応についてお話しします。

2.このような場合、基本的には判を押さないという対応が正解だと思います。

  20年以上も有期雇用契約を反復していれば、雇い止めにあたり、客観的に合理的な理由や社会通念上の必要性が認められなければならないことは明らかだからです。

  会社との関係をどのように調整するのかは問題になりますが、不更新条項付きの雇用契約書に署名・押印しなかったとしても、法的には同一の労働条件で契約が更新された扱いとなる可能性が高いと考えられます。

  更新回数・勤続年数が少なく、労働契約法19条所定の雇止めを制限するルールが適用されるかが読みづらい時には、目先の雇用の確保をとるかどうかで判断に悩むことはあります。しかし、本件はそのようなケースではありません。

3.では、記事で、

「有期雇用の女性は、『おかしい』と思いながら、5年経てば、社会情勢や経営環境もまた変わって、残ることもできるかもしれない…とハンコを押したそうです」

 と続けられているように、判を押してしまったらどうでしょうか。

  この場合、次期で雇止めを争うことは不可能になるのでしょうか。

  結論から申し上げると、そのようなことはありません。

  確かに、不更新条項付きの契約書に署名・押印してしまったことは、雇止めの効力を争うにあたって不利な材料になることは否定できません。

  しかし、二者択一を迫られた時の労働者の立場は、裁判所も理解していて、不更新条項付きで有期労働契約を更新してしまったら直ちに雇止めが有効になるといった硬直的な判断はしていません。

  例えば、東京地決平22.7.30労判1014-83は、「不更新条項を保留して、本件労働契約の更新はできないか」と質問したところ「そのような契約はできない」と断られた為、不更新条項付きの契約書に署名・押印したという事案において、「雇用調整を行うことの合理性を窺わせる事情が想定できない」と述べたうえ「本件不更新条項を付した労働契約時の事情を考慮しても、本件雇止めの正当性を認めることはできない。」と判示しています。

  裁判官による著作の中にも、

 「労働者としては署名を拒否して直ちに契約を終了させるか、とりあえず署名して次期の期間満了時に契約を終了させるかの二者択一を迫られるため、労働者の自由意思に基づいた意思表示といえるか疑問があり、不更新の合意を含む契約書に署名押印したことをもって、それまでに生じた更新の合理的期待を放棄する意思表示又は消滅をさせる意思表示をしたといえるかについて、慎重な検討を要する」

 「不更新条項による合理的期待の減殺を認めつつも、なお雇用継続にたいする 合理的期待が認められる場合があると考えらえられる」

 「更新時に不更新条項が付された事実は、期間満了時の合理的期待の有無を判断するための重要な要素とはいえるが、あくまで一要素にとどまる」

 としたものがあります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院,初版,平29〕294-295頁参照)。

  20年以上に渡って雇用が継続している中、法の趣旨について誤った説明を受け、やむなく不更新条項付きの契約書に署名・押印してしまったという場合であれば、救済される可能性も決してなくはありません。

  不更新条項付きの契約書に署名・押印してしまったとしても、何とかなるケースはあります。釈然としない方は、諦めることなく、一度弁護士に法律相談されることをお勧めします。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2019年1月 6日 (日)

5年無期転換ルールは人手不足のご時世に5年で人を辞めさせざるを得ないおかしな悪法か?

1.労働契約法18条1項は、有期労働契約が更新されて5年をこえたときは、労働者の申し込みにより、期間の定めのない労働契約に転換できるとするルールを定めています(以下「無期転換ルール」といいます)。

  無期転換ルールに対しては「人手不足のご時世に5年で人を辞めさせざるを得ないおかしな悪法」として揶揄する見解もみられます

https://www.mag2.com/p/news/375000)。

 記事は、無期転換権の発生を阻止するため、有期労働契約の更新をしない企業があることを念頭に、

「企業も辞めさせたくないのに働きたい人を辞めさせないといけない、人手不足の時代にアンマッチングが起こる、ヘンで理不尽な法改正」

と無期転換ルールを批判しています。

  しかし、問題視されるべきなのは、無期転換ルールの適用を免れるために有期労働契約の更新をしない企業側の姿勢なのであって、議会や政府、無期転換ルールを批判するのは筋違いであると思われます。

2.そもそも、無期転換ルールは「辞めさせたくないのに働きたい人を辞めさせないといけない」法律ではありません。

  企業としては、辞めさせたくないのであれば、無期雇用にするなり、無期転換権が発生することを前提に有期労働契約を更新することが可能だからです。

  5年以上も必要性が認められ続けている類の業務であれば、すぐにすぐ仕事がなくなるということも考えづらく、担当者を無期雇用にしたところで、それほどの実害があるとは思われません。

また、本邦では整理解雇がそれ自体違法とされているわけでもありません。一定の要件さえ充足すれば、仕事がなくなった時に余剰人員を整理解雇することも可能です。無期雇用になったところで、本当に不必要な人員が生じてしまったときは、企業は整理解雇の要件にきちんと従って解雇できるのです。

3.記事は、

「長く働きたい人が辞めざるを得なくなる法律っておかしい」

ということを言うために、

「女性が20年働いた職場を雇止めされたケースでした。大手企業だから早くに対応も始めていて、法改正時の今から5年前、2013年の契約更新時の新しい契約書に『4月以降の通算契約期間は5年を超えないものとする』と今までなかった文言を追加したそうです。会社側は、当然のように『法律が変わって、5年を超えて更新できなくなった』と説明をして、『ここでやめるか、ハンコを押すかの二択だ』と言ったらしいです」

 との事例を引用し、

「大手企業としては、そういわざるを得ないんでしょうね。理想の方法とは違うけど、あながちやり方が間違いとも言えないし…」

 と無期転換ルールを批判しています。

4.しかし、これは明らかに間違ったやり方です。

  法は雇止め(有期労働契約の不更新)だからといって全く自由に行えるという建付けにはなっていません。

 ① 有期労働契約が過去に反復して更新され、期間の定めのない労働契約と社会通念上同視することが可能な場合、

 や、

 ② 契約更新への期待に合理的な理由がある場合、

 には、雇止めにあたって、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められることが必要とされています(労働契約法19条参照)。

  20年も有期労働契約を反復して稼働しているというケースである場合、①、②いずれの観点からみても、雇止めを行うにあたっては、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要になります。

「法律が変わって、5年を超えて更新できなくなった」というのは無期転換ルールの説明として明らかに誤っています。

更新はできるけれども、無期転換ルールが適用されるというのが正確な説明になります。法の内容を誤解させて意思決定を迫るような手法は明らかに間違っています。

5.では、無期転換ルールの適用を避けたいからだと正直に説明しさえすれば、契約不更新が認められるかといえば、それも法の趣旨に照らすと疑義があります。

  厚生労働省は、無期転換ルールについて

 「無期転換申込権が発生する有期労働契約の締結以前に、無期転換申込権を行使しないことを更新の条件とする等有期契約労働者にあらかじめ無期転換申込権を放棄させることを認めることは、雇止めによって雇用を失うことを恐れる労働者に対して、使用者が無期転換申込権の放棄を強要する状況を招きかねず、法第18条の趣旨を没却するものであり、 こうした有期契約労働者の意思表示は、公序良俗に反し、無効と解されるものであること。」

 との解釈を示しています(基発0810第2号 平成24年8月10日 厚生労働省労働基準局長「労働契約法の施行について」

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/141128d.pdf 参照)。

  また、平成27年8月7日には厚生労働省大臣官房地方課長・厚生労働省労働基準局長・厚生労働省職業安定局長名で「労働契約法の『無期転換ルール』の定着について」という通知が出されています。

  ここでは参議院厚生労働委員会の附帯決議を指摘したうえ、

「政府は『無期転換ルールの本格的な適用開始に向けて、労働者及び事業主双方への周知、相談体制の整備等に万全を期すとともに、無期転換申込権発生を回避するための雇止めを防止するため、実効性ある対応策を講ずること』を求められている」

との認識が示されています。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc2180&dataType=1&pageNo=1

 無期転換申込権発生を回避するための雇止めは防止されるべきものだとするのが議会の意思ですし、行政解釈でもあります。

  法の趣旨を普通に理解すれば、無期転換ルールを免れることを目的とした雇止めに客観的な合理性や社会通念上の相当性が認められる可能性は著しく低いだろうと思われます。

6.社会保険労務士の方がどのような対応をとるのかは不分明ですが、所掲のような事案に直面した場合、企業側の弁護士であれば、少なくとも法の趣旨について誤った説明を行うことは間違いだと言うでしょうし、20年働き続けた女性側から相談を受けた弁護士であれば、雇止めの理由が無期転換ルールを免れることだけにある場合、そんなことでは首にならない可能性が高いと励ますところだと思います。

  立法の経緯や趣旨を正確に説明せず、所掲のような不更新条項付きの契約書の取り交わしを迫ることに対しては、理想の方法とは違うし、やり方としても間違っていると言うのが法専門家としての一般的な見解だと思います。

  所掲のような事態が法的に問題ないものだとの誤解が招かれないよう、本記事を執筆しました。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2018年12月28日 (金)

1月,2月の神山ゼミのお知らせ

神山ゼミを以下の要領で行います。

【1月】
日時:1月16日(水)午後6時から午後8時頃まで
場所:伊藤塾東京校204教室
https://www.itojuku.co.jp/itojuku/school/tokyo/index.html
【2月】
日時:2月26日(火)午後6時から午後8時頃まで
場所:伊藤塾東京校203教室
https://www.itojuku.co.jp/itojuku/school/tokyo/index.html
【備考】
法曹,修習生,学生に開かれた刑事弁護実務に関するゼミです。 刑事弁護を専門にする神山啓史弁護士を中心に,現在進行形の事件の報告と議論を通して刑事弁護技術やスピリッツを磨いていきます。
特に,実務家の方からの,現在受任している事件の持込相談を歓迎いたします。
方針の相談や,冒頭陳述・弁論案の批評等,弁護活動にお役立ていただければと思います。
なお,進行予定を立てる都合上,受任事件の持込相談がある場合には,参加連絡の際にその旨お伝えください。
参加を希望される方は予めメールにて,下記の事項を澤田若菜(sawada@sakuragaoka.gr.jp)までご連絡下さるようお願いします。
※スパム対策として,@を全角にしています。半角の@に変換して送信してください。
[件名]1月の神山ゼミ(2月の神山ゼミ)
[内容]
・氏名:
・メールアドレス:
・持込相談の事件がある場合にはその旨
皆様のご参加をお待ちしています。

2018年12月26日 (水)

マタハラによる慰謝料

1.男女雇用機会均等法は、妊娠・出産を理由とする女性労働者に対する解雇その他不利益な取り扱いを禁止しています(男女雇用機会均等法9条3項、同施行規則2条の2)。また、育児・介護休業法10条は、労働者が育児休業の申出をしたり、育児休業をしたりしたことを理由とする解雇その他不利益な取り扱いを禁止しています。

  しかし、妊娠、出産を機会に仕事を辞める方は珍しくありません。第一生命経済研究所の試算によると、出産を機に仕事を辞める女性正社員やパート・派遣労働者は年間で20万人にのぼるといいます。

https://www.fnn.jp/posts/00344160HDK

 その中には法の趣旨に反する形で退職を余儀なくされた方も、多数含まれているのではないかと思います。

2.近時、女性歯科衛生士に対する産休後退職扱いの有効性が問題になった事案が公刊物で公表されました(東京地判平29.12.22労判1188-56)。

  これは、女性に退職の意思もそれを表示する言動もなかったにもかかわらず、不快感を抱いた理事長が、出産後の女性を強引に退職扱いにしてしまったという事件です。

退職扱いになった女性は、理事長や同僚職員に対し、「育児休業を取得した上、職場復帰する意思を表示」したり、被告や社会保険労務士事務所に「育児休業取得の手続を進めるための必要書類」を求めたりしていました。被告法人は随分と無理のあることをやったと思います。

  こうした扱いは当然違法であり、裁判所は女性からの地位確認請求、育児休業給付金相当額の損害賠償、慰謝料などの請求を認めました。

  その結論自体は普通の判断ですが、注目されるのはその慰謝料の高さです。

  裁判所は

「労働契約上の権利を有する地位及び賃金、育児休業取得その他の権利」

に対する侵害について、

「原告には労働契約上の権利を有する地位の確認、賃金及び育児休業給付金相当額等の損害賠償に関する請求が別途認容されても回復しえない重大な精神的損害が発生している」

として、200万円もの慰謝料を認めました。

  その理由として、裁判所は

「職そのものを直接的に奪っていること、原告には退職の意思表示とみられる余地のある言動はなかったこと、A理事長に故意又はこれに準じる著しい重大な過失が認められること、判決確定後も専ら使用者側の都合による被害拡大が見込まれること」

のほか

「いわゆるマタニティ・ハラスメントが社会問題となり、これを根絶すべき社会的要請も平成20年以降も年々高まっていること」

を指摘しています。

3.これだけ高額の慰謝料が認定される可能性があるとなると、嫌がらせをするような会社には戻りたくない・職場復帰(地位確認)までは望まないというケースであったとしても、訴訟提起することに相応の経済的な合理性があります。

  もし、理不尽な目に遭って悔しい思いをされている方がおられましたら、ぜひご相談にいらしてください。一人一人が声を上げることは、社会問題としてのマタニティ・ハラスメントの根絶にも繋がってゆくのではないかと思います。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2018年12月24日 (月)

「明日から会社に行かない」は許されるか?(退職に当たっての予告期間の要否)

1.近時、退職代行を謳うサービスが流行しているようです。

https://www.j-cast.com/2018/07/21334344.html?p=all

記事によると「明日から会社に行かなくてOK!」なる売り文句が使われることもあるとのことですが、そのような煽情的な宣伝文句を一般化することに対しては、少し疑問を感じます。

2.退職に関するルールは民法で規定されています。

  期間の定めのない雇用契約に関していえば、いつでも解約の申入れをすることができます。この場合、雇用は、解約の申入れの日から2週間を経過することによって終了します(民法627条1項)。

  解雇予告期間とされている2週間に関しては、就業規則や合意等で1か月程度までであれば延長することも可能とする見解と、片面的強行規定であって合意による予告期間の延長が労働者を拘束することがないとする見解と、大雑把に言って二通りの理解があるように思われます(野川忍『労働法』〔日本評論社,第1版,平30〕356頁等参照)。

  いずれにせよ、「明日から会社に行かなくてもOKか?」と聞かれた場合には、最低2週間、就業規則の体裁により1か月程度は引継ぎに従事する必要があるというのが法律家としての一般的な回答ではないかと思います。

3.ただ、明日から会社に行かなくても良くなる方法は絶対にないのかと言われれば、そうとも限りません。以下の二つの場合には、明日から会社に行かなくても良いという判断を下せるのではないかと思います。

  一つは有給休暇を利用できる場合です。

「解雇予定日をこえての時季変更は行えない」とした解釈例規(昭49.1.2基収5554号)に準拠し、退職予定日までの勤務日を有給休暇で埋めてしまえる場合です。

  もう一つは、多忙かつ長時間の深夜にも及ぶサービス残業を余儀なくされていたり、会社代表者が高圧的な態度で罵声を浴びせていたりするなど、予告期間中の勤務を要求することが妥当でない事由が認められる場合です。

  民法628条は「当事者が雇用の期間を定めた場合であっても、やむを得ない事由があるときは、各当事者は、直ちに契約の解除をすることができる。」と規定しています。期間の定めのない場合にも、この規定が適用されて、やむを得ない事由がある場合に即時退職できるかは、法文上定かではありません。しかし、「労働者は、期間の定めの有無を問わず、やむを得ない事由があるときは予告期間を設けることなく、直ちに労働契約を解除して退職することができる(民法628条)。この『やむを得ない事由』は当該労働関係に関する全ての事情を考慮して解除の前に予告期間を要求することが妥当でない事由を指すものと解される。」と判示したうえ、予告期間を置かない即時退職を認めた下級審裁判例があります(東京地判平30.3.9労経速2359-26)。

  著しいサービス残業を強いられていたり、パワーハラスメントを受けていたりする場合には、予告期間を置かない即時退職も適法になる余地があります。

  一般に退職代行を利用したくなるようなのは後者のような場合だと思われます。ただ、そもそも期間の定めがない雇用契約に民法628条が適用されるという理解が一般性を有するのかといった問題があるほか、予告期間を置かずに出勤しないことが適法となる「やむを得ない事由」があるといえるかどうかに関しては裁判例の集積がそれほど進んでいないため、個別の事案で予告期間を置く必要があるかどうかに関しては、弁護士でも判断が難しいと思います。

4.退職代行を謳う業者の中には、交渉を行うわけではないから弁護士法72条で禁止されている非弁行為には該当しないと主張するものもあるようです。

  しかし、きちんとした法的判断を伴わず退職の意思表示だけ取り次いで、勤務先から反論が寄せられた場合に交渉も行わないといったことをして、本当に大丈夫なのかと心配に思います。

損害賠償請求を受けることは実務上あまりないにせよ、無断欠勤を理由とする懲戒解雇や退職金不支給等の報復行為に及ばれることは考えられないわけではないからです。実際、データ消去や在庫持ち出しを伴う集団退職に関する特異な例ではあるものの、退職の意思表示から一斉に出社しなかった労働者に対する懲戒解雇・退職金不支給を肯定した裁判例もあります(東京地判平18.1.25労判912-63等)。また、退職金不支給の判断に対しては、当方から退職金請求訴訟を提起する労をとらなければどうにもなりません。

  個人的には、非弁行為に該当しないことについて、工夫や説明をしなければならないサービスを利用することは推奨していません。

  法律が絡むことには、法専門家である弁護士に相談・依頼するのが安全だと思います。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年12月18日 (火)

求人広告と話が違う(残業代との関係)

1.法は、労働契約の内容について、できる限り書面による確認をするものとしています(労働契約法4条2項)。また、使用者に対しては、労働者に対し、賃金、労働時間その他労働条件を書面で明示することを義務付けています(労働基準法15条、同法施行規則5条3項)。

  しかし、労働関係の法律相談をしていると、雇用契約書を作っていない、労働条件明示書面の交付も受けていないという方が結構おられます。

  法律関係を明確にする書面がないと、使用者と労働者との間での認識の齟齬が生じやすく、紛争が発生する危険も高まります。

2.近時、労働契約書も労働条件明示書面も作成されていなかった事案において、時間外勤務手当の請求の可否が問題となった事案が公刊物に掲載されました。東京地判平30.3.9労経速2359-26です。

  被告となった会社は、

 「月給25万円~40万円」

 「※ 年齢・経験・能力などを考慮の上、給与額を決定します。」

 「9:30~23:00(実働8時間/シフト制)」

 「4週6休」

 などという労働条件を公開して募集をかけました。

  原告2名はこれを見て応募し、被告会社に採用されました。原告らの賃金は、それぞれ40万円、34万円と定められました。

  通常、求人広告は申込の誘引と理解されており、そのまま労働条件になるわけではありません。応募者に対しては、求人広告とは別に、改めて労働条件明示書面が渡されることになっていて、労働条件になるのは、この労働条件明示書面や労働契約書に書かれていることです。

  しかし、この事案では、労働契約書も労働条件明示書面も作成されなかったことから、原告らは40万円、34万円というのを基本給だと考えました。

  これに対し、会社は40万円、34万円を、基本給、家族手当、技能手当、皆勤手当、定額残業手当、普通残業手当、深夜残業手当、休日勤務手当に区分して支給しました。

  こうした扱いに対し、原告らは40万円、34万円を基礎賃金として時間外勤務手当が支払われるべきだとして会社を訴えました。

結論から申し上げると、裁判所は、時間外勤務手当の基礎賃金を、それぞれ40万円、34万円を基礎に算定すべきと判示しました。残業代に当たる部分の存在、金額、計算方法を示すことなく、給与明細書を交付する段階で一方的に内訳を決定しても、そのようなことは認められないとしています。

3.俗にブラック企業と言われる遵法意識の希薄な会社には、法を無視しても、既成事実を積み重ねて行けば済し崩し的に何とかなるといった発想を持つ傾向があるように思われます。

  しかし、現実には何ともなりません。裁判所に事件が係属する事態になってしまうと、法を順守していない側が圧倒的に不利です。

  求人広告を見て応募・採用されたものの、労働条件について事前に書面で明示されることもなく、入社してから突然「あれは残業代込みでの給料だ。」などと言われて理不尽さをお感じになられている方がおられましたら、ぜひ、一度相談にいらしてください。

  残業代に関する事件は争点や検討対象が似通っていることが多く、原告となる方の数が増えても比例的に手間が増えるわけではありません。今回ご紹介させて頂いた裁判例の事案のように複数の方で同時にご依頼を頂けると、スケールメリットから一人あたりの着手金の負担を減らすこともできるかと思います。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年11月21日 (水)

続・医学部入試問題

以前、東京医科大学が女子の合格者を一定以下に抑えるために、こっそり一律減点していた件で投稿しましたが、11月17日付朝日新聞朝刊で、またしても非常に衝撃を受ける内容の記事が載りました。

この記事は、医学部の入試における不正を受け、全国医学部長病院長会議で医学部入試に関する規範を公表したというものです。ところがこの規範、女性を理由に差別することを禁じ、浪人年数や年齢制限も一応不適切としたものの、内部進学、卒業生の親類、地域枠は取り扱いの差を良しとしています。

 内部進学や、地域枠については、理解しないでもありません。一律教育の必要性や、田舎等特定地域で勤務する医師を養成したいという意向の現れでしょう。しかし、卒業生の親類が何故、どういう理由で取り扱いの差を許されたのでしょうか。それはまさしく、これまで問題とされてきた「裏口入学」に類するものではないでしょうか。

 新聞の記事によれば、これを許したのは「親が医療人であれば医師になるのをやめにくく愛校心が強い」からだそうです。親が医師なら子も医師にならなければならないなんて、憲法の定める職業選択の自由はどこに行ったのかと思います。親が引退するときに子が医師ではないなら、部下に引き継ぐなり廃業するなりすればいいだけの話ですし、能力のない二世医師に診られたい患者などいません。また、愛校心の強さが何故その学校への入学の是非を決めるのかも理解不能です。受験制度は、いくら愛校心が強くても能力がなければ入学を認めない、そのためにあるもののはずです。愛校心が強ければ寄付金が期待できるからでしょうか。金で枠を買う、それこそを裏口入学と呼び、これまで批判されてきたことのはずなのに、今回、部長院長会議はこれを公然認める規範を出してきたということなのです。

 女性差別が許されないのは、人は性別を選んで生まれて来られないからです。この観点からすれば、内部進学か外部進学かは選べますし、浪人年数の差についても1年目の挑戦権は誰にでも平等にあったわけですから、その機会をものにできるだけの能力があったかどうかで差を設けることは理解できなくはありません。しかし、医師の家系に生まれるかどうかを人は選んで生まれて来ることができないのです。家柄、門閥主義は、既得権益を保護したいという現在の医学部上層部のエゴでしかないと思います。

(石丸 文佳)

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