2018年2月22日 (木)

当事務所での養成・地方赴任で得られること

 現在、当事務所では、71期司法修習生の採用を受け付けています。

 そこで、今回は、当事務所での養成・地方赴任で得られることを、お話しさせて頂きたいと思います。

 当事務所は元々、弁護士過疎地域を解消するために設立されました。若手弁護士を育成し、任期付きで弁護士過疎地域等に派遣し、任期満了後に事務所に受け入れるというシステムは櫻井弁護士が提唱・創設したものです。

(詳細は当事務所HP http://www.sakuragaoka.gr.jp/kosetsu/ 参照)。

 ひまわり基金や法テラスの制度の草創期から養成・派遣事業に取り組んでいたため、これまで養成してきた弁護士は25名に及びます。新人弁護士を短期間で、独断で適切な事件処理ができるレベルの弁護士に養成する知見に関しては、どの事務所よりも経験の蓄積があると自負しています。

 当事務所で養成・地方赴任で得られることは、大きくいって三つあると思っています。

 一つ目は、やりたいことが好きなだけできるということです。

 弁護士になろうと思われたからには、きっとそれなりの理由があるのだと思います。高齢者や障碍者など社会的に弱い立場の人達を助けたい、冤罪に立ち向かう刑事弁護人になりたい、過労死等の悲惨な事故で身近な人を亡くした方の助けになりたいなど、色々な夢をお持ちだと思います。

 当事務所では伝統的に個々の弁護士がやりたいと思うことを尊重する気風があります。法律事務所の中には、委員会活動や公益活動、外部団体への参加など、いわゆる事務所の収益に直結しにくい活動に勤務弁護士が関与することに良い顔をしないところもありますが、当事務所では寧ろ所内に閉じこもるよりも、外部に出て色々な人と交流し、経験を積んでゆくことが奨励されています。

 二つ目は、弁護士としての基本的な技術を短期間で習得できることです。

 弁護士が少ない地域に赴任したら、その地域で生じてくる問題は、基本的には何でも処理できなければなりません。どのような問題に直面しても、適切な事件処理ができるよう、当事務所では新人弁護士に様々な事件類型を経験してもらうことを重視しています。不動産、交通事故、消費者、家事、刑事、中小企業法務、労働など、基礎的な事件は一通り経験できます。都市型公設事務所では公設事務所という特徴からどうしても事件の質に一定の偏りが生じてしまいますが、当事務所での養成ではそうした偏りの心配はありません。

また、事件を共同受任しながらのOJTでは、労働力になってもらうことよりも教育的効果を上げることを重視しています。これが短期間で適切な事件処理のできる弁護士を養成・派遣してきた実績に繋がっているのではないかと思います。きちんと勉強して頂ければ、1年ないし1年半後には、単独でもベテランの先生と渡り合える一人前の弁護士になることができます。

三つ目は、経験に裏付けられた確かな自信です。

ひまわりであれ、法テラスであれ、地方に赴任すると、基本的には、自力で、何でもやっていかなければなりません。受任ルートの開拓、事件処理、事務所運営、地域での問題の発見、地元との関係づくり、縁もゆかりもない地域でこうした仕事に取り組むことは、困難ではあります。しかし、これを乗り切った後では、肚さえ括れば、どんな地域でも、どんな仕事でもやり切ることができるという経験に裏付けられた確かな自信を手に入れることができます。このような自信は、都市部で勤務弁護士を続けているだけでは、なかなか得られにくいのではないかと思います。

私は長崎県の法テラス佐世保法律事務所への3年間赴任していました。楽しいことも、困難なことも色々ありましたが、どれも良い思い出で、任地のことは第二の故郷のように思っています。

 事務所訪問は随時受け付けておりますので、ご興味がおありの方がおられましたら、ぜひ、ご連絡ください。応募を前提とせず、取り敢えず話だけでも聞いてみたいという方でも全く問題ありません。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年2月21日 (水)

71期司法修習生の採用を受け付けています

募集人数 71期 1名
採用条件
 入所後1年~2年のトレーニングの後,事務所の指定に従い法テラスのスタッフ弁護士又はひまわり基金公設事務所の弁護士として地方に赴任できる人。
 権威にこびない人。
選考方法
1 書面審査
 履歴書,志望理由書及び司法試験の成績票(写し可)をまずはお送り下さい。
(定型のエントリーシートはありません。)
 なお,応募書類は原則としてお返ししませんが,返還を希望される場合には応じますので,返信用封筒を併せてお送り下さい。
2 面接(書面審査通過者のみ)
 日時については、修習地、時期などを勘案しながら、個別に調整させて頂きます。 
 
3 結果通知
 面接後、メールにて結果を通知しますので,履歴書にメールアドレスをご記載ください。
 
 なお,当事務所への応募にあたっては,事務所の雰囲気を事前に知っていただいたうえで応募していただくという意味でも,神山ゼミや説明会に参加したことがあるのが望ましいですが,必須の条件ではありません。
 神山ゼミについては,本ブログに開催告知をアップしておりますので,ご参照ください。

「騙されたふり作戦」に関する裁判例のご紹介

1 はじめに

先日の所内勉強会で、いわゆる「騙されたふり作戦」により逮捕・起訴されるに至った「受け子」(共犯者が被害者を騙した後、財物の受け取り行為に関与する者のことをいいます。)の詐欺未遂被告事件の裁判例を取り扱いました。取り扱ったのは、福岡高裁平成29年5月31日判決です(以下、本稿では「福岡高裁平成29年判決」とします。)。

昨年12月11日には福岡高裁平成29年判決の上告審である最高裁の決定が登場し注目を集めましたが、後述のとおり理論的な問題を残しています。

そこで本稿では、上記最高裁決定に触れつつ、福岡高裁平成29年判決で示された内容が今後の実務に及ぼしうる影響を紹介したいと思います。

 

2 「騙されたふり」作戦とは

そもそも「騙されたふり作戦」とは、オレオレ詐欺をはじめ言葉巧みに現金をだまし取ろうとするいわゆる特殊詐欺に対する捜査において、被害者が警察に協力し、容疑者からの電話に引っかかったふりをして逮捕に結びつける作戦を指します。近年、オレオレ詐欺等の被害が深刻になっていますが、警察がこの「騙されたふり作戦」を発動し、犯人逮捕につながるケースが増えていました。

この「騙されたふり作戦」で逮捕された「受け子」が無罪とされる裁判例が相次いで出されていましたが、本日紹介するケースは、一審で無罪とされたものが控訴審で逆転有罪判決となったものです。

 

2 詐欺罪成立と「騙されたふり作戦」

そもそも詐欺罪が成立するためには、犯人が騙す行為(これを「欺もう行為」といいます。)を行い、それによって被害者が騙されて錯誤に陥り、その錯誤に基づいて現金を渡すという行為を行い、現金が犯人の手元に渡るという経過(欺もう行為→錯誤→錯誤に基づく現金交付という経過)を辿ることが必要とされています。

典型的なケースからは少し離れますが、被害者が騙された後で別の者が受け取り行為に関与しても、被害者が騙された状態を「受け子」が知りつつそれを利用して犯行に加わったと評価できれば、詐欺罪の共犯の成立は肯定できるというのが一般的な理解です。

ところが、「騙されたふり作戦」では、被害者が途中で騙されたことに気づいている点に大きな特徴があります。

犯行の一部に加担した者が共犯者として処罰される理由は、結果発生に寄与した(危険性を高めた)といえる点にあるとされます。そのような考え方からすると、被害者が途中で騙されたことに気づいている以上、「受け子」が現金を受け取る行為は、危険性を高めたと評価できないのではないかという点が問題になります。

まさに、福岡高裁平成29年判決の原審である福岡地裁平成28年9月12日判決はこの点を問題とし、「受け子」に対して無罪の判決を言い渡しました。すなわち、被害者が警察に相談した段階で既に騙されたことに気づいたわけだから、これ以降の「受け子」の詐欺行為は客観的には既遂に至る危険性はなくなっている、そして、「受け子」が荷物の受け取りを依頼されたのは被害者が騙されているのに気付いた後であるから、その時に共謀しても、荷物を受取る「受け子」は詐欺行為に加担したとはいえないと判示したのです。

 

3 福岡高裁平成29年判決の概要

  無罪判決を言い渡した福岡地裁平成28年9月12日判決に対し検察官が控訴し、福岡高裁平成29年判決は、概ね以下のように述べて、「受け子」に対して逆転有罪判決を示しました。

 

a. 「このような時期・方法による加担であっても、先行する欺罔行為と相俟って、財産的損害の発生に寄与しうる・・・。また、詐欺罪における本質的な保護法益は個人の財産であって・・・錯誤に陥った者から財物の交付を受ける点に、同罪の法益侵害性がある・・・。・・・欺罔行為の終了後、財物交付の部分のみに関与したものについても、本質的法益の侵害について因果性を有する以上、詐欺罪の共犯と認めてよい」。

b. 「行為時点でその場に置かれた一般人が認識し得た事情と、行為者が特に認識していた事情とを基礎とすべき・・・敢えて被害者の固有の事情まで観察し得るとの条件を付加する必然性は認められない」。

 

  上記a.では、詐欺罪の受領行為のみに関与した者につき承継的共同正犯の成立を認めうること示しています。本判決は「本質的法益の侵害について因果性を有する」ことを理由としていることから、結果について因果性を及ぼすことがあれば共犯の責任を問うことが可能との立場を明らかにしたものと考えられます。また、同罪について保護法益を「個人の財産」、法益侵害性について「財物の交付」と明示したことは、後述する因果的共犯論との関係で重要な意味を持つと思われます。

上記b.では、原審が、被害者が騙されたのに気付いた後は結果発生の危険性がないとしたのとは対照的に、不能犯における危険性判断の基礎事情について具体的危険説を採用しながら「被害者側の事情」を取り込まないことを規範レベルで明示したことに大きな特徴があります。

 

4 最高裁の判断―最高裁第3小法廷平成29年12月11日決定

福岡高裁平成29年判決に対して弁護人が控訴し、判断を示したのが最高裁第3小法廷平成29年12月11日決定でした。本決定は次のように述べて、原審で示された有罪の結論を支持しました。

 

 「被告人は,本件詐欺につき,共犯者による本件欺罔行為がされた後,だまされたふり作戦が開始されたことを認識せずに,共犯者らと共謀の上,本件詐欺を完遂する上で本件欺罔行為と一体のものとして予定されていた本件受領行為に関与している。そうすると,だまされたふり作戦の開始いかんにかかわらず,被告人は,その加功前の本件欺罔行為の点も含めた本件詐欺につき,詐欺未遂罪の共同正犯としての責任を負うと解するのが相当である。」

 

本決定は、「受け子」として特殊詐欺に関与した者に対する処罰の必要性を示したものとして大きな意義を有しているものと評価できます。なお、同種事案において、以前には無罪となったケースが散見されましたが(松江地裁平成29年1月20日判決、京都地裁平成27年4月17日判決等)、現在そうでなくなりつつあります。本決定もそうした流れに沿うものといえるでしょう。

 

5 おわりに

上記最高裁決定は、財物交付のみに関与した「受け子」の責任について、「本件詐欺を完遂する上で本件欺もう行為と一体のものとして予定されていた本件受領行為に関与している」と指摘するにとどめています。

しかし、因果的共犯論の見地から検討したとき、因果性が必要となる範囲をいかに解するかという問題が生じます。すなわち、共犯成立を認めるには構成要件該当事実の全体について因果関係が必要か、あるいは結果との間にこれがあれば足りるのかという問題です。前者の見解を採れば、欺もう行為に因果関係を有しない本件のような「受け子」は処罰されないことになるのに対し、後者の見解を採れば、そのような「受け子」について処罰される可能性が生じることになります。さらに後者の見解を採った上でも、詐欺罪の「結果」をどのように理解するかという問題があります。すなわち、同罪の保護法益を端的に「個人の財産」とみるか、これに加え「取引上の信義誠実」も含まれるのか、いずれと解するかによって本件のような「受け子」に対する共犯の成否を分かつことになります。近時、承継的共犯を巡って因果的共犯論に基づく解決を指向したとみられる最高裁決定(最高裁第2小法廷平成24年11月6日決定)が登場していますが、このような観点から上記平成29年最高裁決定を見たとき、本件のようなケースで「受け子」が財物の受領行為のみに関与した場合に共同正犯としての責任が生じる根拠が十分に示されたとはいい難い状況にあります。最高裁平成24年決定の射程を検討していく上でも、いかなる理論構成を前提にするのかについて明らかにしてもらいたかったところです。

そうすると、上記最高裁決定によってもなお理論的な課題は残されたままといえますが、その点で、福岡高裁平成29年判決が示した承継的共犯に関するa.の部分は、今後上記最高裁平成24年決定の射程を検討するに当たり、詐欺罪の保護法益を「取引上の信義誠実」まで含むのではなく端的に「個人の財産」と理解した上で、「財物の交付」という結果との間に因果関係があれば共犯成立を認めうるという方向で、一定の影響を持ってくるのではないか思われます。

(弁護士 馬場大祐)

 

2018年2月20日 (火)

医師の残業代・時間外勤務手当(国公立病院を念頭に)

医師の労働時間の管理が適切になされていないのではないかとの新聞報道がありました。これによると、特に大学病院の医師の労働時間の管理体制の不備が顕著で、労働時間がタイムカードなどで客観的に管理されていると回答した医師の割合は5.5%でしかなかったとのことです

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201802/CK2018021902000108.html)。

 医師の就労形態としては、時間外勤務手当を含む形の高額の年俸で雇用されている例がしばしば見受けられます。

 しかし、年俸が高額であったとしても、それだけで労働時間規制を免れることはできません。医師が労働者に該当する限り、事業主は労働時間を管理したうえで、時間外勤務手当を支払う必要があります。時間外勤務手当部分が明確に区分されていない場合に残業代の支払いがあるとみなされないことはもとより(最二小判平29.7.7判タ1442-42)、年俸のうち時間外勤務手当分が幾らといったように、時間外勤務手当の額が明確に区分されていたとしても、その固定部分で賄えない部分は、きちんと清算されなければなりません。固定残業代の仕組みがとられていたとしても、固定部分で賄えない時間外勤務手当の有無及び金額を把握するため、事業主は労働時間を適切に管理する必要があります。

 新聞記事によると、民間病院ではタイムカードなどによる管理がなされていると回答した割合が49.5%であるのに対し、公的病院では19.1%、国公立病院では10.2%、大学病院では5.5%と、民間とそれ以外とで顕著な差が生じています。

 民間とそれ以外とで顕著な差が生じている背景には、国公立病院や公的病院、国立の大学病院の勤務関係を把握している弁護士が不足していて、残業代請求の受け皿が十分に整っていないこともあるのではないかと思います。

 公的な機関の職員の勤務関係はかなり複雑で、知っていなければ答えられないことも多々あります。例えば、公立の学校の教育職員の場合、法律で「時間外勤務手当及び休日勤務手当は支給しない」(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法3条2項)と残業代が発生しないことが法律上明記されています。このような規定は法律家的な感覚からすると相当に違和感があり、直観に頼ると回答を誤りかねない問題の一つです。

 国立病院の場合、独立行政法人国立病院機構に組み込まれている病院であれば、同機構を相手に時間外勤務手当を請求することになります。同機構は独立行政法人通則法上の中間目標管理法人とされています(独立行政法人国立病院機構法4条)。中間目標管理法人は非公務員型の独立行政法人なので(独立行政法人通則法51条に対応する規定がないこと参照)、労働基準法の定め通りに時間外勤務手当を請求してゆくことになります。

 国立の大学病院は国立大学法人が大学設置基準(文部省令第28号)39条所定の附属施設として設置するものです。したがって、国立の大学病院に勤務する医師は国立大学法人を相手に時間外勤務手当を請求することになります。国立大学法人も非公務員型の法人なので、労働基準法の定め通りに時間外勤務手当を請求してゆくこといなります。

 公立病院の職員の場合の勤務関係は少し複雑です。

 地方公共団体が自分で病院事業を行っていて、かつ、条例に特別な定めがない場合、勤務医の立場は一般職の地方公務員になります。この場合、地方公共団体に対して時間外勤務手当を請求することになります。地方公務員法では労働基準法の適用除外が定められていますが、時間外勤務手当の発生根拠である労働基準法37条の適用は除外されていないため(地方公務員法58条参照)、労働基準法の定め通りに時間外勤務手当を請求してゆくことになります。

 地方公共団体が自分で病院事業を行っていて、かつ、条例で地方公営企業法の職員の身分取扱いに関する規定の適用が定められている場合、その勤務関係は地方公営企業法などによって規律されます。この場合、地方公共団体に対して時間外勤務手当を請求することになります。労働基準法37条の適用は除外されていないため(地方公営企業法39条1項)、労働基準法の定め通りに時間外勤務手当を請求してゆくことになります。

 地方公共団体が病院事業を特定地方独立行政法人や一般地方独立行政法人に委託している場合、その法人に対して時間外勤務手当を請求することになります。特定地方独立行政法人は公務員法型の法人なので(地方独立行政法人法47条)、一般職の地方公務員と同様に時間外勤務手当を請求できることになります(適用除外に関しては地方独立行政法人法53条参照)。一般地方独立行政法人は非公務員型の法人なので(地方独立行政法人法47条に相当する規定がないこと参照)、労働基準法の全面的な適用のもと、時間外勤務手当を請求してゆくことになります。

 相談窓口でお悩みの医師ほか医療従事者の方がおられましたら、ぜひ、ご相談にいらしてください。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年2月16日 (金)

不本意な合意の効力を否定できる場面(労働事件)

 一般論として言えば、不承不承交わした合意であったとしても、それだけでは合意の効力を否定することはできません。合意の効力を否定するには、錯誤に陥っていたとか、騙されたとか、強迫されたといった事情が必要になります。

 しかし、労働者と使用者との間で交わされた合意に関していえば、騙されていたり、誤解していたり、脅かされたりしたといった事情がなくても、自由な意思に基づいていないという理由で、合意の効力を否定できる場合があります。

 外形的に合意してしまっていたとしても、自由な意思に基づいていないという理由で合意の効力を覆せる場面は、大きく言って二つあります。

 一つは、賃金や退職金、残業代の放棄や不利益変更が問題になる場面です。

 賃金である退職金債権を放棄する旨の意思表示が有効であるためには「自由な意思に基づくものであることが明確でなければならない」と理解されています。自由な意思に基づくものであるか否かを判断するにあたっては「合理的な理由が客観的に存在していたものということ」ができるか否かがポイントになるとされています(最二小判昭48.1.19民集27-1-27参照)。要するに、単に外形的に権利放棄に同意や承諾をしたとしても、その同意や承諾が自由意思に基づいているといえるような客観的な何かがなければ、同意や承諾を有効とみることはできないという意味です。

 この判断枠組みは、賃金や退職金に関する労働条件の不利益変更に同意した場面や、時間外勤務手当(残業代)の請求権の放棄が問題となる場面でも適用されます(最二小判平28.2.19民集70-2-123、最一小判平成24.3.8労判1060-5)。

 もう一つは、妊娠・出産に関係して降格や退職に同意してしまった場合です。

 妊娠や出産を理由として解雇その他不利益な取り扱いをしてはならないことは、特別法で禁止されおり、妊産婦は一般の労働者よりも更に強く保護されています(男女雇用機会均等法9条3項)。

 降格に承諾してしまった場合にも「当該労働者につき自由な意思に基づいて降格を承諾したと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在」しないことを理由に承諾の効力を覆せる可能性があります(最一小判平26.10.23労判1100-5参照)。また、下級審で「自由な意思に基づいて退職を合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在すること」を合意退職が有効であるための要件としているかのように読める裁判例があることは先に当ブログでもご紹介させて頂いたとおりです(東京地裁立川支部判平29.1.31労判1156-11参照)。

 労使間の合意の場面では、判例上、一般の契約法理とは異なる特殊な取り扱いがされていることも珍しくありません。

 強く言われて仕方がなくて合意してしまった、きちんとした情報の提供を受けないまま合意してしまった、退職にあたり未払残業代のことを良く考えることなく債権債務なしという内容の合意をしてしまったなどの事情がある場合には、本当に合意の効力を覆すことができないのかを改めて検討する価値があります。

 もし、釈然としない感覚をお抱えの方がおられましたら、一度、専門家に相談されることをお勧めします。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年2月15日 (木)

合意退職を争える場合(マタハラ)

 会社の辞めさせられ方には、二つの類型があります。

 一つは、よく知られている解雇です。

 もう一つは、退職勧奨を受けて、個々の労働者が使用者と退職を合意する場合です(合意退職)。

 一般論として言うと、裁判所が解雇の有効性をそう簡単に認めることはありません。社会通念上相当であると認められない解雇権の行使が許されないことは法文上も明記されています(労働契約法17条)。

 他方、一旦してしまった合意退職の効力を覆すことは簡単ではありません。退職勧奨の過程で使用者が労働者を錯誤に陥らせていたり、強迫的な言動が用いられていたりするなどの事情があり、かつ、それを立証することができるだけの材料が揃っていなければ、合意退職をなかったことにするのは困難です。使用者の側が、あまりにあからさまな証拠を残すことは、それほど多くみられるわけではなく、実務的な感覚でいえば、解雇を争うのと合意退職を争うのとでは、難易度にかなりの差があります。

 しかし、妊娠や出産に関係して、不本意ながらも退職を合意してしまったというケースでは、錯誤や詐欺、強迫といった事情がなかったとしても、合意退職の効力を覆せる可能性があります。

 東京地裁立川支部平29.1.31労判1156-11は、「退職は、一般的に、労働者に不利な影響をもたらすところ、雇用機会均等法1条、2条、9条3項の趣旨に照らすと、女性労働者につき、妊娠中の退職の合意があったか否かについては、特に当該労働者につき自由な意思に基づいてこれを合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか慎重に判断する必要がある。」としたうえ「被告側で、労働者である原告につき自由な意思に基づいて退職を合意したものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在することについての、十分な主張立証が尽くされているとはいえず、これを認めることはできない」と合意退職の効力を否定しました。

 この件は事実経過に照らして合意の事実自体が認定されなくても不思議ではないケースでしたが、それでも単に合意しただけでは退職の効力は認められない・合意に効力が認められるためには自由意思に基づいているといえるだけの客観的な状況が必要だとしたことは、かなり画期的な判示です。

 この判例は、不本意な形で退職勧奨に応じてしまった妊婦・産婦に対し、司法的な救済の道を広げています。

 もし、ご自身にもあてはまるのではないかとお思いの方がおられましたら、お気軽にご相談ください。

 お役に立つことができれば、大変嬉しく思います。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年2月14日 (水)

パワーハラスメントの類型(不正行為の強要)

職場のパワーハラスメントとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう」と定義されています。(厚生労働省 職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループ報告 http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000021hkd.html 参照)。

 上記報告は、パワーハラスメントの行為類型として、①身体的な攻撃(暴行・傷害)、②精神的な攻撃(脅迫・暴言等)、③人間関係からの切り離し(隔離・仲間外し・無視)、④過大な要求(業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害)、⑤過小な要求(業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと)、⑥個の侵害(私的なことに過度に立ち入ること)を掲げています。ただ、これらは「職場のパワーハラスメントのすべてを網羅するものではないことに留意する必要がある」とされています。

 円卓会議で掲げられている行為類型で概ねの事案が網羅されるため、時折、円卓会議の報告以外にどのようなパワーハラスメントの類型があるのかという疑問が寄せられることがあります。

 この問の答えとして、本記事の副題として掲げさせて頂いた不正行為の強要が挙げられるのではないかと思います。

 居宅介護等を業とする会社(被告)が従業員(原告)に対し業務命令として大阪市に提出する書類の改ざんという不正行為を命じたという事案において、「書類の改ざんという不正行為を命じたこと、そのために労働基準法所定の労働時間を優に超える労働を強いたこと、また改ざんした書類に基づく虚偽の報告をするよう指示したことは、被告による違法な業務命令として、原告に対する不法行為にあたるというべきである」とした判例があります(大阪地裁平18.9.15労判924-169参照)。この事案は労働時間的な意味での「過大な要求」を含むものですが、不正行為の指示が従業員に対する不法行為を構成し得ることを明示的に指摘した点に意味があります。

 不正行為の指示には、行政に対する不正行為ではあっても労働者に対する不法行為になるわけではないとした事例もあります(静岡地判平26.7.9労判1105-57参照)。ただ、これは労働者自身も作業に従事している間は、その違法性に気付いていなかったという事実認定を前提にしているため、もともと不正行為の強要があったとは言いにくい事案であるように思われます。

 嫌々ではあっても、不正行為に加担したことを認める形になることから、この種のパワハラは表に出にくい性質があります。代表的な行為類型に書かれていないのは、そのためではないかと思われますが、実際にはそれなりの件数が眠っているのではないかと思います。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年2月 1日 (木)

公務員の労働問題(懲戒処分2)

 1月30日、東京都教育委員会が勤務先の公立中学校の男子生徒に「抱きしめて」とメッセージを送ったり、キスをしたりした女性教諭を懲戒免職処分にしたようです

https://www.nikkansports.com/general/news/201801300000591.html)。

 東京都教育委員会の「教職員の主な非行に対する標準的な処分量定」では、生徒に対してメール等での性的行為の誘惑を行った場合、免職又は停職にすると規定されています。また、キスをした場合には、同意の有無を問わず、免職処分にするとされています

http://www.kyoiku.metro.tokyo.jp/pickup/p_gakko/kizyun.htm)。

 行われた処分は処分量定に沿ったもので、教育委員会の処分としては予想の範囲内のことです。

 しかし、都立高校の男性教諭が担任している女子生徒に対し「逢った時一緒に横になって寝よう」「付き合ってほしい」「俺と一緒になってほしい」「結婚してほしい」「抱かせてほしい」などの性的な内容を含むメールを多数送信したという事実関係のもと、懲戒免職処分の効力が裁判所によって取り消された事案もあります(東京地判平27.10.26判タ1422-153)。

 この裁判が行われた当時の東京都教育委員会の処分量定は「わいせつな内容のメール送信・電話等」に対して「停職」を示しているだけでした。また、東京地裁の事案ではキスや性的関係があったことまで認められているわけではありません。

しかし、具体的な事情によっては、新聞記事の事案でも懲戒処分の有効性を裁判所で争う余地はあるのではないかと思います。未成年者に十分な判断能力がない可能性もあることからすれば「同意の有無を問わず」とする処分量定にも一定の合理性があることは否定できませんが、それでも男子生徒が不快感を示していなかった場合にまで処分量定を機械的に適用して常に懲戒免職とすることができるかどうかは、なお議論の余地があるように思います。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年1月31日 (水)

公務員の労働問題(懲戒処分)

 福島県の職員が勤務時間中に職場の公用パソコンから900回以上にわたって懸賞に応募していたとして、減給処分を受けたとのことです。

http://www.yomiuri.co.jp/national/20180130-OYT1T50151.html

 回数を見ると、処分が軽いという印象を持たれる方がいるかも知れません。

 しかし、公務員の懲戒処分には自治体内部で何等かの基準が定められていることが多くみられます。やったことの類型と科される処分とが結びつけられているため重すぎる処分や軽すぎる処分が下されないようになっています。

 国家公務員に関しては、人事院が「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職―68 人事院事務総長発)という基準を示しています。

http://www.jinji.go.jp/kisoku/tsuuchi/12_choukai/1202000_H12shokushoku68.htm

 これによると、「職場のコンピュータをその職務に関連しない不適正な目的で使用し、公務の運営に支障を生じさせた職員は、減給又は戒告とする。」とされています(第2 標準例 2 公金官物取扱い関係(10)コンピュータの不適正使用 参照)。

 自治体の基準は人事院の「懲戒処分の指針について」に準じて作られている例が比較的多くみられます。

 福島県の基準がどうなっているのかは良く分かりませんが、国家公務員のコンピュータの不適正使用の懲戒処分の標準例との関係で言えば、重ための処分が下されていることが推測できます。

 弁護士が懲戒処分の効力を争う場合、先ずは懲戒処分の基準との関係で標準例を逸脱しているのかどうかを検討することになります。

標準例を逸脱して重い処分が科されている場合、それを正当化するだけの個別的な事情があるのかどうかを検討して行くことになります。それが見当たらない場合、審査請求などの法的措置をとって懲戒処分の効力を争ってゆくことになります。

 また、処分が標準例の枠内にある場合でも、悪性が極めて低いなど標準例通りの処理をすることが不適切な場合には、それを考慮していないことを理由に懲戒処分の効力を争えないかを検討することになります。

 公務員の労働問題は弁護士業界として手薄な領域の一つですが、書籍の執筆にあたり研究したことがあるため、普通の弁護士よりは詳しいと自負しています。

 もし、お困りの方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談ください。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2018年1月26日 (金)

交通事故の範囲~降車時の怪我は交通事故にあたるか

自動車を運転する方は、交通事故に遭った場合に備えて、強制加入である自賠責保険のほかに、任意の自動車保険に入っていることが多いと思います。任意の自動車保険では、様々な特約をつけることができますが、その一つとして人身傷害補償特約というものがあります。人身傷害補償特約の特徴は、単独で交通事故を起こした場合や、自分の過失により交通事故を起こしてしまった場合でも、保険金が支払われることです。交通事故に遭ったときの備えになりますので、大変便利な特約です。

ところで、自動車保険を使える典型的な場面は、走行中の車が人や物にぶつかったときというものですが、それ以外の場合でも保険を利用できることがあります。

自動車保険の利用の可否を判断する場面においては、交通事故か否かを「自動車の運行に起因する事故」にあたるかどうかにより判断します。「運行に起因する事故」という言葉を見ると、自動車が走行している場面に限定されるような印象をもちますが、エンジンが動いていなくても、ブレーキやハンドルなど何らかの装置を操作していれば、自動車の「運行」に当たると考えられています。

ところで、先日の事務所内の勉強会で、自動車からの降車した時に怪我をした場合に、人身傷害補償特約に基づく保険金の請求ができるか否かが争われた裁判例(大阪高裁平成23720日判決)を取り扱いましたのでご紹介いたします。

事案は、夜の午後9時ころ、タクシーから降車して1、2歩程度歩いたところで、道路の段差でつまずいて転倒し、足を骨折したというものです。転倒したときには、同乗者がタクシーの車内で支払いをしていたところであり、タクシーのドアもまだ開いていた、という事情がありました。

転倒された方は、自身が契約していた自動車保険の会社に対して、任意保険に人身傷害補償特約をつけていたことを理由に、保険金の支払いを求めました。しかし、保険会社が、今回の転倒事故は、自動車の「運行に起因する事故」にはあたらない(つまり交通事故にはあたらない)という理由で支払いを拒んだため、訴訟となりました。

裁判所は、降車後の転倒事故が「運行に起因した事故」にあたると判断して、保険会社に保険金の支払いを命じました。その理由として、何らかの操作をしている場合は、停車中であっても、自動車の「運行」に当たる場合がありうるとしたうえで、今回の転倒時には、タクシーのドアが開いたまま同乗者が支払いをしていた最中であったことに着目し、タクシーが目的地で乗客を降車させるために停車する場合は、運転手が座席のドアを開け、乗客全員が降車し終わってドアを閉じるまでの間は、自動車の運行中にあたると判断しました。

このように、典型的な交通事故ではない場合でも自動車保険を利用できる場合がありますが、保険の契約・約款は複雑ですから、ご自身で調べることには大変労力がかかります。保険に関する困りごとについても、お気軽に弁護士にご相談ください。

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