2019年3月15日 (金)

無期雇用契約から有期雇用契約への変更や、不更新条項は同意してしまったらそれまでか?

1.無期雇用契約から有期雇用契約への同意の効力が争われた事案が公刊物に掲載されていました(熊本地判平30.2.20労判1193-52 社会福祉法人佳徳会事件)。

  この事件では、無期の正職員としての就業の開始後に、契約期間を2年間と明示している労働条件通知書・確認書に署名・押印したことの効力が争点の一つとなっていました。

2.個別合意による賃金や退職金に関する労働条件の変更に関しては

「当該変更を受け入れる旨の労働者の行為があるとしても…直ちに労働者の同意があったとみるのは相当でなく、…同意の有無については当該行為を受け入れる旨の労働者の行為の有無だけではなく、当該変更により労働者にもたらされる不利益の内容及び程度、労働者により当該行為がされるに至った経緯及びその態様、当該行為に先立つ労働者への情報提供又は説明の内容等に照らして、当該行為が労働者の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するか否かという観点からも判断される」

 との判断枠組みが示されています(最二小判平28.2.19民集70-2-123 山梨県民信用組合事件)

  これは、外形的に同意があったとしても、それが自由な意思に基づいてなされたと認められるだけの合理性が客観的に担保されていなければ、同意の効力が否定される場合があるという意味です。このルールは、専門家の間では「自由意思による同意の法理」と言われることもあります。

3.熊本地裁の判決は、無期労働者と有期労働者との間には

「契約の安定性に大きな相違がある」

ことなどから、有期か無期かは

「賃金及び退職金等と同様に重要な事項であるといえる」と判示しました。

  そのうえで、上記最高裁の枠組みと同様の判断基準に従うことを示し、

「期間の定めのある雇用形態に変更した理由について、…労働者の雇用形態を配慮した変更とは考えられないこと」

「雇用形態を変更することについての不利益を原告に十分行ったと認められないこと」

「本件労働条件通知書に署名・押印しなければ解雇されると思ったためこれに署名したとする原告の供述も合理的であること」

を指摘し、

「原告が本件労働条件通知書に署名した行為は、原告の自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえない。したがって、原告と被告との雇用契約を期間の定めのある雇用契約へと変更することに原告の合意があったとは認められない。」

と判示しました。

  自由意思による同意の法理が適用される場面は限られていますが、熊本地裁の判決は、無期雇用契約から有期雇用契約に変更する場面においても、同法理の適用を認めた点に意義があります。

4.この判例は、他の紛争類型でも活用できる可能性を持っています。

  例えば、以前、このブログで、

 「女性が20年働いた職場を雇止めされたケースでした。大手企業だから早くに対応も始めていて、法改正時の今から5年前、2013年の契約更新時の新しい契約書に『4月以降の通算契約期間は5年を超えないものとする』と今までなかった文言を追加したそうです。会社側は、当然のように『法律が変わって、5年を超えて更新できなくなった』と説明をして、『ここでやめるか、ハンコを押すかの二択だ』と言ったらしいです」

 との事例をもとに、有期雇用の無期転換ルールを批判する社会保険労務士の記事を紹介させて頂いたことがあります。

 https://www.mag2.com/p/news/375000

http://sakuragaokadayori.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-6d73.html

 20年も有期労働契約を反復更新していれば、それは期間の定めのない労働契約と同視できるはずだという議論は十分に成り立つのではないかと思います。

 この場面で不更新条項付きの有期雇用契約書に署名・押印してしまったとしても、今回の熊本地裁の判決を引用すれば、「自由な意思に基づいてされたものと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するとはいえない」として不更新条項への同意の効力を否定することができるかも知れません。

  今後、同種の判例が積み重ねられるかまでは不分明ですが、熊本地裁の判決により、無期雇用契約(実質的なものも含む)を有期雇用契約に切り替えられ、その後、契約が更新されることなく雇い止めをされてしまったという場合でも、地位の回復を図ることができる可能性が、より開かれることになったのではないかと思います。

 お悩みの方は、ぜひ、一度ご相談にいらしてください。

(弁護士 師子角 允彬)

2019年3月 7日 (木)

ハラスメントに対し、適切な対応を求める権利

1.近時、従業員による知的障害者に対する暴言等と使用者責任の有無等をテーマとする裁判例が公刊物に掲載されました。

  生鮮食品・一般食品・家庭用品・衣料品等を販売するスーパーマーケットのベーカリー部門で働いていた知的障害者の原告が、同僚の従業員から「幼稚園児以下」「馬鹿でもできる。」といった趣旨の暴言を浴びせられていたことなどを理由に当該従業員及び勤務先会社に対して損害賠償を請求した事案です(東京地裁平29.11.30労判1192-67)。

  この事案で、裁判所がハラスメントが起きた場合の事後対応について、目を引く判示をしていました。

  具体的には、

 「事業主は、障害者に限らず被用者が職場において他の従業員等から暴行・暴言を受けている疑いのある状況が存在する場合、雇用契約に基づいて、事実関係を調査し適正に対処をする義務を負うべきであるが、どのように事実関係を調査しどのように対処すべきかは、各企業の置かれている人的、物的設備の現状等により異なり得るから、そのような状況を踏まえて各企業において判断すべきものである。そうすると、企業は、その人的、物的設備の現状等を踏まえた事実関係の調査及び対処を合理的範囲で行う安全配慮義務を負うというべきである。」

 という判示です。

  本件では、

 「店長としては、被告丙川及び他のベーカリー部門の従業員1名に対して事実関係を確認し、原告と他人を比べるような発言をしてはいけない旨注意をしている」こと、

 「被告丙川に注意をした上でそれでも事態が変わらない場合は、原告の配置転換やベーカリー部門の業務を切り分けるなどの対応を検討」していたこと

 などをしたうえ、結論として勤務先会社の事後対応義務違反を否定しています。

  しかし、ハラスメントの疑義に対し、事実関係を調査し、適正に対処する義務の存在を正面から認めたことは画期的だと思います。

2.裁判には立証責任というルールがあります。これは、ある事実が存在するのかしないのかが良く分からない場合、その事実をないものと同じように取り扱ってしまうというルールをいいます。ハラスメントの有無を争点とする裁判では、損害賠償を請求する側がハラスメントの事実を立証しなければならず、水掛け論になって真偽不明という状態に陥れば、ハラスメントはなかったものと同じように扱われます。

  事後対応義務は事実関係の調査義務を含むものです。ハラスメントの被害者としては、こうした義務を根拠に勤務先に調査を求めることにより、ハラスメントを受けたという痕跡を残しやすくなると思われます。また、今後の裁判例の集積をみなければ即断はできませんが、ハラスメントの事実自体が真偽不明で認定できない場合であっても、それが労働者側から申出があった適時の時期に必要な調査が行われていないことに起因する場合、そのこと自体によって一定の慰謝料を請求する根拠になる可能性を含んでいます。

3.セクハラに関しては、男女雇用機会均等法11条2項を受けた平成18年厚生労働省告示第615号「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針」(最終改正:平成28年8月2日厚生労働省告示第314号)において、事業主は、

 事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること、

 職場におけるセクシュアルハラスメントが生じた事実が確認できた場合には、速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと、

 などの措置を講じなければならないとされています。

  今回ご紹介した裁判例は、セクハラだけではなく、男女雇用機会均等法11条2項のような明示的な法的根拠のないパワハラの場合においても、適切な事後対応を求める根拠となるものです。

4.「パワハラはセクハラの場合とは異なって、他の部下の面前で叱責する例も多いことから、密室性の程度がより低い場合は多いものの、被害者の立証手段が供述に限られることも多く、結局、好意の存否、態様等にかかる事実認定が困難である場合が多い」(白石哲編著『労働関係訴訟の実務』〔商事法務,第2版,平30〕278頁)事件類型の一つです。

時の経過とともに、記憶が薄れたり、関わり合いになりたくないという気持ちが大きくなったりして、周辺第三者の供述は得られにくくなることは珍しくありません。被害直後に適切な事後調査が行われるようになることは、企業側に深刻な事態に至る前の段階での適切な対応を促したり、この種の事案における真相の解明を容易にしたりする可能性を持っています。

5.都道府県労働局等が受け付けている総合労働相談窓口コーナーに寄せられる「いじめ・嫌がらせ」に関する相談件数は、平成18年度には2万2153件であったものが平成28年には7万0917件と3倍以上に増え、その後も増加傾向にあります。

https://www.no-pawahara.mhlw.go.jp/foundation/statistics/

 直ちに損害賠償請求訴訟を提起することまでは考えていない場合でも、勤務先への事後対応の申し入れなど、弁護士が関与できる余地はそれなりにあるかと思います。

 お悩みの方は、ぜひ、一度ご相談にいらしてください。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2019年3月 4日 (月)

芸能人の方が不当な働き方を強いられていた事件

1.近時、女性歌手の方からの相談を受けました。

  アプリケーションを通じてインターネット配信されている動画番組への出演契約を違約金なしで取り消すことができないかとのことでした。

  契約書を見てみると、

 「報酬金額:番組に関しての金銭報酬は発生しないものとする。」

 「出演依頼者の自由意思による契約であり、出演者は強制的に依頼書提出するものではない旨を確認する。」

 「連絡が取れなくなったり、出演不可となった場合は無催告解除となり直ちに製作費の損害を請求致します。」

 「出演依頼に対するメール・LINEへの返信がない場合(日程含む内容)に関して適時に連絡のない場合、協議の上、製作費の損害を請求致します。」

 「原則24時間以内の返信とします。連絡できない理由がある場合は、速やかに甲(番組制作側 括弧内筆者)への通知を要し、後日証明書類を提示しなければなりません。」

 「番組内で酩酊状態になったとしても、一切の責任は乙(出演者 括弧内筆者)とします。」

 などの文言が並んでいました。

  かみ砕いて言うと、要するに、

タダ働きをしてください、

 ただし、タダ働きを嫌だと言い出せば、番組制作費を払ってもらいます、

 当方からの連絡に対しては24時間以内に返信してください、

 返信がなければ、やはり番組制作費を払ってもらいます、

 番組では酒を飲ませますが、どれだけ酔っても自己責任です、

 あと、この契約は、あくまでも、出演者の自由意思によるという設定になっているので、そこのところ了解しておいてください、

 というものです。

ブラック企業と呼ばれるような会社でも、ここまで無茶な条件を並べて働かせているところは少ないのではないかと思います。

2.自由意思による契約だということを明記している契約書は、街弁をやっていると、それなりに目にすることがあります。消費者被害を生じさせているような会社が挿入していることの多い条項です。弁護士的な発想で言えば、このような条項を入れなければならないこと自体、公正さに欠ける契約であることを自認しているに等しいと思うのですが、問題のある契約を押し付ける側はそうは思わないようです。

  こういう胡散臭い条項から予想されるとおり、番組内容は酷いものだったようです。

  「(芸能界の)先輩やぞ。」などと言いながら飲酒を強要し、性交渉を最初にした時の状況などの性的な質問を執拗に繰り返されたとのことでした。

3.女性歌手の方が、なぜ、このような無茶な契約書を取り交わしたのかと言うと、著名企業が番組のスポンサーをしていて、宣伝になると思ったからです。

  番組はインターネットを通じて生動画で流される形式でした。番組紹介のページに著名企業の名前が掲げられていたほか、契約前に当該企業がスポンサーであると伝えられていました。

  しかし、番組の規模や内容から疑問を持った女性歌手が問い合わせたところ、当該著名企業が問題の番組のスポンサーになっている事実はないことが明らかになりました。

  端的に言ってしまえば、女性歌手の方は騙されていたのです。

4.女性歌手の方は、錯誤に陥らされて契約を結んだものであり、問題の契約は無効であると解されます。実際、スポンサーの件を問い質して交渉したところ、裁判にもならずに番組側は契約が無効であることを認めました。もちろん、違約金を請求されることもありませんでした。

5.芸能関係の方は、フリーランス・個人事業主の立場で仕事をしている人も珍しくありません。

  労働者であれば、労働基準法、労働契約法をはじめとする労働関係の法令によって保護されます。個人事業主の形式をとっていても実質的には労働者と理解されるような働き方をしている方に関しても、労働者性を争うことによって救済を図ることができます。

しかし、名実ともに雇用関係によらず、フリーランス・個人事業主として働く方を守ることは、それほど簡単ではありません。どれだけパワーバランスがとれていなかったとしても、事業者間の契約である以上、基本的には契約自由・自己責任の問題として片付けられてしまうからです。

昨年2月、公正取引委員会が「人材と競争政策に関する検討会」報告書を公表し、フリーランス・個人事業主を保護する方策として独占禁止法が注目されています。

https://www.jftc.go.jp/cprc/conference/index.html

しかし、独占禁止法を使って契約の私法的効力を否定することは、現実問題として考えると、非常にハードルが高いです。本件でも、本当に当該著名企業が番組のスポンサーであったとするならば、契約の効力を否定できたかは微妙なところだと思います。そう考えると、やはり、不当な契約、不合理な契約は結ばないに越したことはありません。

変な契約を結ばないことは、それほど難しいことではありません。一拍置いて弁護士に契約書をチェックしてもらえば良いのです。その場で契約書への署名・押印を迫るような相手とは契約を結ばなければ良いのです。

弁護士は色々な事案に触れて公平な契約がどういうものなのかを知っているため、変な契約は一読すれば分かります。安心して働くため、フリーランスや個人事業主の方こそ、気軽に相談できる弁護士を確保しておくことをお勧めします。

(弁護士 師子角 允彬)

2019年3月 1日 (金)

3月,4月の神山ゼミのお知らせ

神山ゼミを以下の要領で行います。

 

【3月】

日時:3月22日(金)午後6時から午後8時頃まで

場所:伊藤塾東京校203教室

https://www.itojuku.co.jp/itojuku/school/tokyo/index.html

【4月】

日時:4月17日(水)午後6時から午後8時頃まで

場所:伊藤塾東京校204教室

https://www.itojuku.co.jp/itojuku/school/tokyo/index.html

【備考】

法曹,修習生,学生に開かれた刑事弁護実務に関するゼミです。 刑事弁護を専門にする神山啓史弁護士を中心に,現在進行形の事件の報告と議論を通して刑事弁護技術やスピリッツを磨いていきます。

特に,実務家の方からの,現在受任している事件の持込相談を歓迎いたします。

方針の相談や,冒頭陳述・弁論案の批評等,弁護活動にお役立ていただければと思います。

なお,進行予定を立てる都合上,受任事件の持込相談がある場合には,参加連絡の際にその旨お伝えください。

参加を希望される方は予めメールにて,下記の事項を松岡孝(matsuokasakuragaoka.gr.jp)までご連絡下さるようお願いします。

※スパム対策として,@を全角にしています。半角の@に変換して送信してください。

[件名]3月の神山ゼミ(4月の神山ゼミ)

[内容]

・氏名:

・メールアドレス:

・持込相談の事件がある場合にはその旨

皆様のご参加をお待ちしています。

2019年2月21日 (木)

フランチャイズ加盟店のオーナー(コンビニオーナー)の働き方に対する法的保護について

1.セブンイレブンのフランチャイズ加盟店のオーナーが「24時間はもう限界」として営業時間を短縮したことで、本部と対立しているとの記事が掲載されていました。

http://news.livedoor.com/article/detail/16044762/

 記事によると、

「この店舗は人手不足などを理由に、2月1日から午前1~6時の営業をやめ『19時間営業』を開始。本部から『24時間に戻さないと契約を解除する』と通告されている。応じない場合、違約金約1700万円を請求された上、強制解約されてしまうという。」

とのことです。

 加盟店のオーナーである「松本さん」が24時間営業に限界を感じた背景には、妻を亡くし、人手不足が顕著になったことがあるとのことです。

 また、記事では24時間営業を維持するため、

「親の通夜を途中で抜け出し、泣きながら勤務したという人もいる」

とのエピソードも紹介されています。

2.こうした自営業者の法的保護を考えるにあたっては、二つのアプローチ方法があります。

  一つは独占禁止法からのアプローチです。

  独占禁止法というと、一般には、談合や巨大企業による寡占を問題にする法律だというイメージがあります。しかし、力関係に格差のある事業者間の契約を規律するという側面も持っています。

  例えば、優越的地位の濫用という法規制があります。

  独占禁止法は

「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない。」

と規定しています(独占禁止法19条)。

  そして、独占禁止法2条9項5号ハは、

 「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に」

 「取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること」

 を禁止しています。

  加盟店オーナーがフランチャイズ本部から無茶な取引条件を押し付けられている場合、独占禁止法上の優越的地位の濫用に該当するとして救済を求めて行くことが考えられます。

  しかし、コンビニの深夜営業に関しては、既に、

「被告(フランチャイズ本部 括弧内筆者)が本件基本契約等の変更を拒み、本件深夜営業を行うことを原告らに求めることは、正常な商慣習に照らして不当に原告ら(フランチャイズ加盟店 括弧内筆者)に対して不利益を与えるものではなく、独占禁止法2条9項5号ハ所定の『不公正な取引方法(優越的地位の濫用)』に当たるということはできない。」

という判例が出されています(東京地判平23.12.22判タ1377-221参照)。

 記事とは前提にする事実関係が違いますし、現在の社会情勢は当時のものとも相当に異なっています。地裁レベルの裁判例ということもあり、どこまで通用性のあるものかは分かりません。しかし、公刊物に搭載されている東京地裁の判例があることは、決して24時間営業を強いられているコンビニオーナーの救済が容易でないことを物語っています。

3.もう一つ考えられるのは、労働法からのアプローチです。

  コンビニのオーナーに労働者性が認められれば、労働基準法を始めとする各種労働法上の保護が受けられます。

  労働基準法上、

「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」(労働基準法16条)

とされているので、記事の事案でも労働者性が認められれば、1700万円といった巨額の損害賠償金を支払わされることは防げそうです。

 都労委平成24年不第96号ファミリーマート事件、岡委平成22年(不)第2号セブン-イレブン・ジャパン事件のように、コンビニのオーナーの労働者性を肯定した命令はないわけではありません。

 しかし、これらは労働組合法上の労働者性を認めた事件でしかありません。

 労働者概念については、「労働組合法の方が、労働基準法・労働契約法よりも広い」という理解が一般的であり(山川隆一ほか編著『労働関係訴訟Ⅰ 最新裁判実務体系7』〔青林書院,初版,平30〕16頁)労働組合法上の労働者といえるからといって、直ちに労働基準法上の労働者として労働基準法の保護を受けられることにはなりません。

 一般論としては、フランチャイズ契約の当事者となっている加盟店オーナーを労働者とみるのは、それほど簡単なことではないだろうとは思います。

4.フランチャイズの本部と加盟店の関係もそうですが、力関係に相当な格差があっても、事業者間の契約となると、内容に偏りがあっても、契約自由・自由競争とはそういうものだという理解のもと、裁判所はそのままの内容で契約の有効性を承認することが多いように思われます。

  しかし、働き方が多様化して、労働者とフリーランス・個人事業主との境目が曖昧な就労形態も生じてきている現状を考えると、本当にそれでいいのかと思います。

  望ましいのは事業者間での契約の公平性を担保するための何等かの立法措置だとは思います。

  しかし、それが困難である間は、公平性に欠ける取引条件を押し付けられている個人事業主の法的利益を保護するためには、独占禁止法や労働法を用いた解釈論によるアプローチをとってゆくしかないのだろうと思います。

  勝てる・何とかなると軽々に言える事件類型でないことは確かですが、お悩みの方は、一度相談にいらしてください。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2019年2月10日 (日)

固定残業代の有効性が否定された例

1.固定残業代とは、残業代(割増賃金)を予め基本給に組み込んだり、定額の手当として残業代を支払ったりする仕組みをいいます。

  固定残業代が有効であるためには、

通常の労働時間の賃金に当たる部分と割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要…(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁,最高裁平成21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁,最高裁平成27年(受)第1998号同29年2月28日第三小法廷判決・裁判所時報1671号5頁参照)」

とされています。

また、固定残業代を導入したとしても、使用者は、

「割増賃金に当たる部分の金額が労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回るときは,・・・その差額を労働者に支払う義務」を負います(以上、最二小判平29.7.7労判1168-49等参照)。

2.使用者には「労働時間を適切に管理する責務」があります(平成13.4.6基発第399号「労働時間の適正な把握のため使用者が講ずべき措置に関する基準」参照)。この義務は固定残業代を導入したところで免れることはできません。そのことは、上記基準が、

① 「本基準の対象事業場は、労働基準法のうち労働時間に係る規定の全部又は一部が適用される全ての事業場とする」と明記していること

 ② 「時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認」を求めていること

 からも明らかです。

このことは、固定残業代を導入することが、企業側から見て経済合理性がないことを意味します。

  個々の労働時間を把握する責務から解放されるわけではありませんし、定額残業代を上回る時間外勤務手当が発生していないかを確認するため法所定の方式に従って時間外勤務手当を計算する作業を免れるわけでもないからです。

  そして、実際の時間外勤務手当が定額残業代を下回っている場合には本来払わないで良い残業代を支払うことになりますし、実際の時間外勤務手当が定額残業代を上回っている場合にはその差額を労働者に支払わなければなりません。

  法の趣旨をきちんと順守すれば、理論上、定額残業代を導入した場合の企業の人件費総額は、導入以前よりも常に高くなることになります。

3.ところが、現実には、固定残業代を導入している・導入したがっている企業は相当数に及びます。

  このことは法の趣旨を曲解した適法性に疑義のある運用がなされている例が蔓延しているからではないかと思います。実際、固定残業代の適否を巡る紛争は頻発していて、しばしば判例集にも掲載されています。

  近時、判例集に掲載された東京高裁平30.10.4労判1190-5イクヌーザ事件もその一つです。

  この事案では、月80時間分の固定残業代を基本給に組み込んでいたことの有効性が問題になりました。この事案では基本給23万円のうち、8万8000円が月間80時間の時間外勤務に対する割増賃金とする旨が記載された雇用契約書が取り交わされていました。

  裁判所は、脳血管疾患及び虚血性心疾患等の労災認定基準に言及したうえ、

 「1か月当たり80時間程度の時間外労働が継続することは,脳血管疾患及び虚血性心疾患等の疾病を労働者に発症させる恐れがあるものというべきであり,このような長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定して,基本給のうちの一定額をその対価として定めることは,労働者の健康を損なう危険のあるものであって,大きな問題があるといわざるを得ない。そうすると,実際には,長時間の時間外労働を恒常的に労働者に行わせることを予定していたわけではないことを示す特段の事情が認められる場合はさておき,通常は,基本給のうちの一定額を月間80時間分相当の時間外労働に対する割増賃金とすることは,公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当である。」

 との規範を示し、

 「本件固定残業代の定めは,労働者の健康を損なう危険のあるものであり,公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当」

 であると判示しました。

  その後、裁判所は基本給の全部を時間外、深夜割増賃金算定の基礎となる賃金額としたうえで時間外勤務手当の額を計算し、使用者側に200万円を超える時間外・深夜割増賃金額と100万円を超える付加金の支払いを命じる判決を言い渡しました。

4.最初に述べたとおり、法の趣旨に従って運用する限り、固定残業代は本来経済合理性に乏しい仕組みです。求人広告で基本給を高く見せかけるだとか、過大な時間数を設定して定額働かせ放題の仕組みとして運用するだとか、法が想定していないような趣旨で導入されている例は、相当数眠っているのではないかと思います。

  固定残業代の名のもとに不当な扱いを受けているのではないかとお感じの方がおられましたら、ぜひ、一度ご相談においでください。その疑問には十分な理由がある可能性があります。

(弁護士 師子角 允彬)

2019年1月28日 (月)

司法書士による問題のある事件処理(風俗店からの退職をめぐる労働事件に関連して)

.以前、退職させてくれないブラック企業のお話をしましたが、そうした職種の1つに風俗店があるようです。退職を持ち出すと逆に理不尽な要求をされることも少なくありません。そういうときは弁護士など専門職に解決を委ねることが望ましいのですが、残念ながら専門職なら誰でもいいというわけでもないのです。

  そこで今回は、司法書士により問題のある事件処理がなされた例をお話しします。問題の司法書士はインターネットを通じて風俗トラブルを解決すると大々的な宣伝を行っているため、同種の被害の発生を防ぐ必要があると思われたからです。

2.風俗店に勤務していた女性Aさんは、勤務先の店に退職を申し出ました。給与明細が支給されないうえ、賃金の計算方法もはっきりとしていないなど、給料の支払いがきちんとしていなかったからです。

  Aさんは勤務先の店に退職の意思を伝えました。しかし、風俗店はAさんには紹介料が発生している(風俗店にAさんを紹介した人に紹介料を払っているため、Aさんに抜けられると紹介料が無駄になる)などと言って退店を認めてくれませんでした。そればかりか、Aさんに対し、同僚の女性を介して「店を辞めるのであれば、必要書類に直筆のサインをもらうため家に行く。」などと伝えてきました。

  Aさんは既婚者です。家には旦那さんと二人の子どもさんがいます。家に来られて風俗店で働いていた事実を知られるのは避けたいと思いました。

  Aさんはインターネットで風俗に強いとされている法律家を探し、問題のB司法書士に事件を依頼しました。

3.AさんはB司法書士との間で「風俗店との退職トラブルの交渉代理」と表題が付けられた委任契約書を取り交わしました。

  委任契約書の「着手金」の欄は空欄になっていました。その一方で「報酬又は成功報酬」の欄には「270,000(税込)円」という記載がありました。

  また、契約書には、

「受任者の承諾なくして受任後に依頼内容及び進行状況を他言することを禁止します。」

「報酬未払いによって訴訟に移行する場合、前提として依頼者の家族、親族から依頼者に報酬支払を進言して頂くことを目的…として受任者から依頼者の家族、親族に通知書が届く可能性があります」

といった文言も書かれていました。

4.その後、B司法書士による風俗店との「交渉」が始まりました。

  B司法書士は、Aさんに対し、

贈り物を渡して風俗店を懐柔していることや、

謝罪金9万円(示談金と称する金額10万円から未払賃金概算1万円を控除した額)を払うことで退店を認めてくれそうだ、

ということを報告してきました。

 しかし、Aさんは別に悪いことをしているわけではないのに、自分がお金を払わなければならないことがどうしても納得できませんでした。本来であれば未払賃金の精算を求めたいところなのに、逆にお金を払わなければならないのは、意味が分からないと感じました。

  そのような意向を示すAさんに対し、B司法書士は風俗店への謝罪金9万円を自分の「報酬又は成功報酬」27万円から差引くことを提案してきました。それで和解してくれないかというのです。

  B司法書士の事件処理に違和感を覚えたAさんは、私のところに相談に来ました。

5.B司法書士の事件処理には、かなりの問題があると思われます。

  先ず、取り交わされている契約書の特異性です。

 弁護士が依頼人との間で交渉代理を目的とする委任契約を結ぶ場合、

「受任者の承諾なくして受任後に依頼内容及び進行状況を他言することを禁止します。」

 という内容の条項を挿入することは基本的にありません。

  専門家が一般の方と契約を結ぶにあたり、セカンド・オピニオン、サード・オピニオンを受ける自由を制約することは許されるべきではないと思います。そもそも、同僚の専門家の批判に耐えられる水準の仕事をしているという矜持があれば、依頼内容を他言されたところで、どうということはないはずです。

  私に法律相談をするとき、Aさんは他言禁止条項の存在を気にしていました。このような条項は、セカンド・オピニオン、サード・オピニオンを受けたいという気持ちを抑制することになり、適切とは思われません。

6.次に指摘できるのが、交渉の相手方との関係性です。

  対立関係にある交渉相手に贈り物を送るというのは、強い違和感があります。受任事件に関して相手方に利益の供与をすることは、弁護士職務基本規程に違反します(弁護士職務基本規程54条)。これは弁護士に限ったことではなく、相手方への利益供与は司法書士倫理上も禁止されています(司法書士倫理39条2項)。誰のための代理人なのかを考えれば自明のことです。

7.取り付けようとした合意の内容や、その取り付け方にも問題があります。

  前提として申し上げると、本件で風俗店からのAさんに対する損害賠償請求が認められる可能性は殆どありません。「紹介料」などと称する損害は、Aさんが辞めようが辞めまいが発生していた営業上の費用であり、Aさんが店を辞めたこととは因果関係がありません。また、法定の予告期間(基本2週間 民法627条1項参照)さえ置けば退店することには何の違法性もなく、その観点から責任を問われるいわれはないという言い方もできます。Aさんが直観的に感じたように、風俗店にお金を払うというのは明らかにおかしいのです。

8.おかしな合意を結ぶことを断るAさんに対し、B司法書士は自分の報酬を減らして和解することを持ち掛けてきます。

  これも常識を逸脱した事件処理のやり方です。

  既婚・子持ちのAさんは、「家に行く。」などと脅されて、いわれのない金銭の支払いを請求されています。言ってみれば恐喝の被害に晒されています。

  反社会的な手法に対しては、絶対に屈してはならないと依頼人を励ますのが普通の法律家です。金銭を払うことを勧めることには強い違和感を覚えます。まして、自分の報酬を減らすというのは、経済的な意味合いとしては、司法書士が恐喝行為をしている風俗店と結託し、依頼人から支払われるお金を分配しているのと何ら変わりありません。

9.Aさんから相談を受けた私は、B司法書士との契約を解除したうえ、風俗店との交渉を引き継ぎました。

  風俗店とは、①退職に合意すること、②Aさんが未払賃金1万3400円の支払いを受けること、③風俗店関係者はAさんの自宅や職場を訪問しないこと、④風俗店関係者はAさんが風俗店で稼働していた事実を第三者に口外しないことなどを内容とする合意が成立しました。当然のことながら、Aさんが風俗店にお金を支払うことはありませんでした。

10.しかし、B司法書士との関係は、委任契約を解除しただけでは終わりませんでした。B司法書士が報酬を請求するとの意向を示したからです。

  契約書の体裁上、明らかにAさんとの委任契約は着手金零の完全成功報酬制契約でしたし、B司法書士が成功と言えるような成果を何一つ獲得していないことは明白でした。

  しかし、放置していては、契約書の記載を口実に家族宛ての督促状でも出されたら、風俗店で働いていたというAさんの秘密は暴露されてしまいます。

  Aさんから訴訟委任を受けた私は、やむなくB司法書士を相手に報酬支払債務が存在しないことの確認を求める訴えを提起しました。

  当然、裁判所ではAさんの訴えを全面的に認める判決が言い渡されました。

  判決はB司法書士の行為について「〇〇(風俗店の店舗名 括弧内筆者)に不法な利益を供与することを条件に示談金を給付する民法の不法原因給付及び司法書士倫理39条1項で禁止されている相手方からの利益供与に該当するもの以外の何物でもない。」「被告の…行為は、もはや法律及び司法書士倫理規定に反する行為に該当し無効であると言わざるを得ない」と厳しく批判しています。

11.専門家の能力を評価するのは、一般の方にとっては困難です。「風俗に強い」と自称している専門家が本当に強いとは限りません。だからこそ、セカンド・オピニオン、サード・オピニオンを受けることは重要であり、その自由は守られなければなりません。

  余程特殊な事件でもない限り、依頼している弁護士や司法書士から、依頼内容や事件の進行状況について他言を禁止するなどと言われた時には、本当に依頼を続けて良いのかを一旦立ち止まって考えてみてください。何かおかしいのではないかという直観を大事にしてください。

  弁護士には守秘義務があります。依頼人の承諾もないのにセカンド・オピニオンを求められたことを第三者に明らかにすることはありません。

  派手な宣伝文句に惑わされることなく、違和感を覚えたら、取り敢えず相談に来ていただければと思います。

(弁護士 師子角 允彬)

2019年1月10日 (木)

予告ない即時解雇は可能か?

1.「問題社員はすぐクビに。予告なく即日解雇が可能な雇用契約は?」と銘打った記事が掲載されていました(https://www.mag2.com/p/news/381188)。

  記事は、問題のある社員を雇うことへのリスク対策として、

「採用時には2か月の有期雇用契約にすべきです。2か月以内の有期雇用契約であれば、期間途中で問題が発覚した場合に、解雇予告なく即日解雇が可能です。もちろん、2か月での雇止めもできます。」

との方法を紹介しています。

 しかし、これは間違いだと思います。

  このような方法をとっても、即時解雇は可能にはなりません。

2.労働基準法上、「使用者は、労働者を解雇しようとする場合においては、少くとも三十日前にその予告をしなければならない。三十日前に予告をしない使用者は、三十日分以上の平均賃金を支払わなければならない。」とされています(労働基準法20条1項本文)。

  ただ、このルールは例外があり、

 「二箇月以内の期間を定めて使用される者」

 には適用されません(労働基準法21条2号)。

  記事の筆者は、この解雇予告手当の例外規定を根拠に「解雇予告なく即時解雇が可能」と称しているものと思われます。

  しかし、これは解雇の有効性と解雇予告手当の除外事由に該当するか否かを混同しています。

  法は「使用者は、期間の定めのある労働契約・・・について、やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。」と規定しています(労働契約法17条1項)。

  有期労働契約では「やむを得ない事由」がない限り労働者を解雇することはできません。解雇予告手当の支払い義務の存否は、「やむを得ない事由」が認められて解雇できる場合に問題になることです。厚生労働省労働基準局が発行している概説書にも、労働基準法21条2号の説明箇所で「契約に期間の定めがある場合に、その契約期間満了前に解除することは、民法上は原則としてやむを得ない事由があるとき(同法第六二八条、同様の規定として労働契約法第一七条第一項)又は使用者が破産したとき(同法第六三一条)に限られており(これらの事由の存しない解雇は無効と解される…)、無条件には解雇することができない。」と明記されています(厚生労働省労働基準局『労働基準法 上』〔労務行政,平成22年版,平23〕325-326頁)。

  解雇予告手当の支払義務の存否は、解雇が有効になし得る場合であって初めて問題になるものです。2か月以内の有期雇用契約にしたところで、客観的に合理的な理由、社会通念上相当であると認められる理由のない即時解雇はできません。

3.更に言えば、有期雇用にした趣旨や目的が労働者の適正を評価・判断するためである場合、有期雇用にしてもあまり意味がありません。

  最高裁が、

「使用者が労働者を新規に採用するに当たり、その雇用契約に期間を設けた場合において、その設けた趣旨・目的が労働者の適性を評価・判断するためのものであるときは、右期間の満了により右雇用契約が当然に終了する旨の明確な合意が当事者間に成立しているなどの特段の事情が認められる場合を除き、右期間は契約の存続期間ではなく、試用期間であると解するのが相当である。」

との判断を示しているからです(最三小判平2.6.5民集44-4-668)。

 最高裁の判断は20年以上も昔に出されたものであり、下級審判例の蓄積も進んでいます。期間の定めが試用期間であると理解される場合、当然のことながら、期間の経過をもって自動的に雇止めにすることはできません。労働やの適性を評価・判断する趣旨で有期雇用契約を締結する場合、特段の事情がない限り、有期雇用契約とは扱ってもらえないのです。

4.記事は、

「2か月たって問題がないようでしたら、更に6か月の有期雇用契約を結びます。」

と論旨を進めています。

 しかし、法は、

「使用者は、有期労働契約について、その有期労働契約により労働者を使用する目的に照らして、必要以上に短い期間を定めることにより、その有期労働契約を反復して更新することのないよう配慮しなければならない。」

と規定しています(労働契約法17条2項)

 また、「試用の期間の延長規定・・・の適用は、これを首肯できるだけの合理的な事由のある場合でなければならない。」と無制約な試用期間の延長を否定した裁判例も古くから出されています(大阪高判昭45.7.10労判112-35参照)。

  記事にあるような細切れの有期雇用契約で労働者の適正を見極めるという制度設計は、構築したところで、それが裁判になった場合に有効に機能するのかは甚だ疑問です。

5.問題のない有為な人材を集めたいのであれば、有為な人材にとって魅力的な処遇を用意することが肝要です。余程給料が高いのであれば別かも知れませんが、経営者の方は、自分が労働者であったとした場合、有期雇用契約で細切れにされ、地位が不安定になっているような会社に応募したくなるかを考えてみると良いと思います。きちんとした処遇ができないと、問題のある方しか応募してくれなくなり、それがまた歪な制度設計に繋がるという負のスパイラルに陥ってしまう危険があります。そして制度設計の歪さは集団訴訟のリスクを抱えることに繋がってしまいます。就業規則の作成・変更を行うにあたっては、弁護士と相談のうえ、慎重に検討することが肝要です。

  また、所掲のような記事を真に受けた会社から不安定な立場に置かれた挙句、合理的な理由もなく雇い止めに遭った方がおられましたら、一度相談に来てみてください。私の実務感覚上、裁判所は法を潜脱しようとするやり方に対しては、それが露骨であればあるほど厳しい姿勢をとってくれます。

(弁護士 師子角 允彬)

2019年1月 8日 (火)

5年無期転換ルールは人手不足のご時世に5年で人を辞めさせざるを得ないおかしな悪法か?(続)

1.過日、無期転換ルールに対して「人手不足のご時世に5年で人を辞めさせざるを得ないおかしな悪法」として揶揄する見解を紹介させて頂きました。

https://www.mag2.com/p/news/375000)。

 同記事の不適切だと思われる点は既にブログに掲載させて頂いたとおりです

http://sakuragaokadayori.cocolog-nifty.com/blog/2019/01/post-6d73.html)。

 本日は記事の中で引用されていた、

「女性が20年働いた職場を雇止めされたケースでした。大手企業だから早くに対応も始めていて、法改正時の今から5年前、2013年の契約更新時の新しい契約書に『4月以降の通算契約期間は5年を超えないものとする』と今までなかった文言を追加したそうです。会社側は、当然のように『法律が変わって、5年を超えて更新できなくなった』と説明をして、『ここでやめるか、ハンコを押すかの二択だ』と言ったらしいです」

との事例への対応についてお話しします。

2.このような場合、基本的には判を押さないという対応が正解だと思います。

  20年以上も有期雇用契約を反復していれば、雇い止めにあたり、客観的に合理的な理由や社会通念上の必要性が認められなければならないことは明らかだからです。

  会社との関係をどのように調整するのかは問題になりますが、不更新条項付きの雇用契約書に署名・押印しなかったとしても、法的には同一の労働条件で契約が更新された扱いとなる可能性が高いと考えられます。

  更新回数・勤続年数が少なく、労働契約法19条所定の雇止めを制限するルールが適用されるかが読みづらい時には、目先の雇用の確保をとるかどうかで判断に悩むことはあります。しかし、本件はそのようなケースではありません。

3.では、記事で、

「有期雇用の女性は、『おかしい』と思いながら、5年経てば、社会情勢や経営環境もまた変わって、残ることもできるかもしれない…とハンコを押したそうです」

 と続けられているように、判を押してしまったらどうでしょうか。

  この場合、次期で雇止めを争うことは不可能になるのでしょうか。

  結論から申し上げると、そのようなことはありません。

  確かに、不更新条項付きの契約書に署名・押印してしまったことは、雇止めの効力を争うにあたって不利な材料になることは否定できません。

  しかし、二者択一を迫られた時の労働者の立場は、裁判所も理解していて、不更新条項付きで有期労働契約を更新してしまったら直ちに雇止めが有効になるといった硬直的な判断はしていません。

  例えば、東京地決平22.7.30労判1014-83は、「不更新条項を保留して、本件労働契約の更新はできないか」と質問したところ「そのような契約はできない」と断られた為、不更新条項付きの契約書に署名・押印したという事案において、「雇用調整を行うことの合理性を窺わせる事情が想定できない」と述べたうえ「本件不更新条項を付した労働契約時の事情を考慮しても、本件雇止めの正当性を認めることはできない。」と判示しています。

  裁判官による著作の中にも、

 「労働者としては署名を拒否して直ちに契約を終了させるか、とりあえず署名して次期の期間満了時に契約を終了させるかの二者択一を迫られるため、労働者の自由意思に基づいた意思表示といえるか疑問があり、不更新の合意を含む契約書に署名押印したことをもって、それまでに生じた更新の合理的期待を放棄する意思表示又は消滅をさせる意思表示をしたといえるかについて、慎重な検討を要する」

 「不更新条項による合理的期待の減殺を認めつつも、なお雇用継続にたいする 合理的期待が認められる場合があると考えらえられる」

 「更新時に不更新条項が付された事実は、期間満了時の合理的期待の有無を判断するための重要な要素とはいえるが、あくまで一要素にとどまる」

 としたものがあります(佐々木宗啓ほか編著『類型別 労働関係訴訟の実務』〔青林書院,初版,平29〕294-295頁参照)。

  20年以上に渡って雇用が継続している中、法の趣旨について誤った説明を受け、やむなく不更新条項付きの契約書に署名・押印してしまったという場合であれば、救済される可能性も決してなくはありません。

  不更新条項付きの契約書に署名・押印してしまったとしても、何とかなるケースはあります。釈然としない方は、諦めることなく、一度弁護士に法律相談されることをお勧めします。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2019年1月 6日 (日)

5年無期転換ルールは人手不足のご時世に5年で人を辞めさせざるを得ないおかしな悪法か?

1.労働契約法18条1項は、有期労働契約が更新されて5年をこえたときは、労働者の申し込みにより、期間の定めのない労働契約に転換できるとするルールを定めています(以下「無期転換ルール」といいます)。

  無期転換ルールに対しては「人手不足のご時世に5年で人を辞めさせざるを得ないおかしな悪法」として揶揄する見解もみられます

https://www.mag2.com/p/news/375000)。

 記事は、無期転換権の発生を阻止するため、有期労働契約の更新をしない企業があることを念頭に、

「企業も辞めさせたくないのに働きたい人を辞めさせないといけない、人手不足の時代にアンマッチングが起こる、ヘンで理不尽な法改正」

と無期転換ルールを批判しています。

  しかし、問題視されるべきなのは、無期転換ルールの適用を免れるために有期労働契約の更新をしない企業側の姿勢なのであって、議会や政府、無期転換ルールを批判するのは筋違いであると思われます。

2.そもそも、無期転換ルールは「辞めさせたくないのに働きたい人を辞めさせないといけない」法律ではありません。

  企業としては、辞めさせたくないのであれば、無期雇用にするなり、無期転換権が発生することを前提に有期労働契約を更新することが可能だからです。

  5年以上も必要性が認められ続けている類の業務であれば、すぐにすぐ仕事がなくなるということも考えづらく、担当者を無期雇用にしたところで、それほどの実害があるとは思われません。

また、本邦では整理解雇がそれ自体違法とされているわけでもありません。一定の要件さえ充足すれば、仕事がなくなった時に余剰人員を整理解雇することも可能です。無期雇用になったところで、本当に不必要な人員が生じてしまったときは、企業は整理解雇の要件にきちんと従って解雇できるのです。

3.記事は、

「長く働きたい人が辞めざるを得なくなる法律っておかしい」

ということを言うために、

「女性が20年働いた職場を雇止めされたケースでした。大手企業だから早くに対応も始めていて、法改正時の今から5年前、2013年の契約更新時の新しい契約書に『4月以降の通算契約期間は5年を超えないものとする』と今までなかった文言を追加したそうです。会社側は、当然のように『法律が変わって、5年を超えて更新できなくなった』と説明をして、『ここでやめるか、ハンコを押すかの二択だ』と言ったらしいです」

 との事例を引用し、

「大手企業としては、そういわざるを得ないんでしょうね。理想の方法とは違うけど、あながちやり方が間違いとも言えないし…」

 と無期転換ルールを批判しています。

4.しかし、これは明らかに間違ったやり方です。

  法は雇止め(有期労働契約の不更新)だからといって全く自由に行えるという建付けにはなっていません。

 ① 有期労働契約が過去に反復して更新され、期間の定めのない労働契約と社会通念上同視することが可能な場合、

 や、

 ② 契約更新への期待に合理的な理由がある場合、

 には、雇止めにあたって、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められることが必要とされています(労働契約法19条参照)。

  20年も有期労働契約を反復して稼働しているというケースである場合、①、②いずれの観点からみても、雇止めを行うにあたっては、客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要になります。

「法律が変わって、5年を超えて更新できなくなった」というのは無期転換ルールの説明として明らかに誤っています。

更新はできるけれども、無期転換ルールが適用されるというのが正確な説明になります。法の内容を誤解させて意思決定を迫るような手法は明らかに間違っています。

5.では、無期転換ルールの適用を避けたいからだと正直に説明しさえすれば、契約不更新が認められるかといえば、それも法の趣旨に照らすと疑義があります。

  厚生労働省は、無期転換ルールについて

 「無期転換申込権が発生する有期労働契約の締結以前に、無期転換申込権を行使しないことを更新の条件とする等有期契約労働者にあらかじめ無期転換申込権を放棄させることを認めることは、雇止めによって雇用を失うことを恐れる労働者に対して、使用者が無期転換申込権の放棄を強要する状況を招きかねず、法第18条の趣旨を没却するものであり、 こうした有期契約労働者の意思表示は、公序良俗に反し、無効と解されるものであること。」

 との解釈を示しています(基発0810第2号 平成24年8月10日 厚生労働省労働基準局長「労働契約法の施行について」

https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/141128d.pdf 参照)。

  また、平成27年8月7日には厚生労働省大臣官房地方課長・厚生労働省労働基準局長・厚生労働省職業安定局長名で「労働契約法の『無期転換ルール』の定着について」という通知が出されています。

  ここでは参議院厚生労働委員会の附帯決議を指摘したうえ、

「政府は『無期転換ルールの本格的な適用開始に向けて、労働者及び事業主双方への周知、相談体制の整備等に万全を期すとともに、無期転換申込権発生を回避するための雇止めを防止するため、実効性ある対応策を講ずること』を求められている」

との認識が示されています。

https://www.mhlw.go.jp/web/t_doc?dataId=00tc2180&dataType=1&pageNo=1

 無期転換申込権発生を回避するための雇止めは防止されるべきものだとするのが議会の意思ですし、行政解釈でもあります。

  法の趣旨を普通に理解すれば、無期転換ルールを免れることを目的とした雇止めに客観的な合理性や社会通念上の相当性が認められる可能性は著しく低いだろうと思われます。

6.社会保険労務士の方がどのような対応をとるのかは不分明ですが、所掲のような事案に直面した場合、企業側の弁護士であれば、少なくとも法の趣旨について誤った説明を行うことは間違いだと言うでしょうし、20年働き続けた女性側から相談を受けた弁護士であれば、雇止めの理由が無期転換ルールを免れることだけにある場合、そんなことでは首にならない可能性が高いと励ますところだと思います。

  立法の経緯や趣旨を正確に説明せず、所掲のような不更新条項付きの契約書の取り交わしを迫ることに対しては、理想の方法とは違うし、やり方としても間違っていると言うのが法専門家としての一般的な見解だと思います。

  所掲のような事態が法的に問題ないものだとの誤解が招かれないよう、本記事を執筆しました。

(弁護士 師子角 允彬)

 

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