2018年7月19日 (木)

71期司法修習生の採用を受け付けています

募集人数 71期 1名
採用条件
 入所後1年~2年のトレーニングの後,事務所の指定に従い法テラスのスタッフ弁護士又はひまわり基金公設事務所の弁護士として地方に赴任できる人。
 権威にこびない人。
選考方法
1 書面審査
 履歴書,志望理由書及び司法試験の成績票(写し可)をまずはお送り下さい。
(定型のエントリーシートはありません。)
 なお,応募書類は原則としてお返ししませんが,返還を希望される場合には応じますので,返信用封筒を併せてお送り下さい。
2 面接(書面審査通過者のみ)
 日時については、修習地、時期などを勘案しながら、個別に調整させて頂きます。 
 
3 結果通知
 面接後、メールにて結果を通知しますので,履歴書にメールアドレスをご記載ください。
 
 なお,当事務所への応募にあたっては,事務所の雰囲気を事前に知っていただいたうえで応募していただくという意味でも,神山ゼミや説明会に参加したことがあるのが望ましいですが,必須の条件ではありません。
 神山ゼミについては,本ブログに開催告知をアップしておりますので,ご参照ください。

2018年7月18日 (水)

離婚事件 相手方が死ぬまで待つのは得策か?

1.「夫に離婚を切り出された59歳主婦、離婚せずに夫の死を待つ『打算』」なる記事が掲載されていました。

https://otonanswer.jp/post/18795/

https://otonanswer.jp/post/18804/

 記事は脳梗塞で倒れたことがある会社社長の夫から妻が離婚を求められたという事案を例に挙げ、

① 現時点で離婚を成立させた場合と、

② 夫が協議離婚中「3年後に逝去」して相続が発生する場合

を比較して、「のらりくらりとかわしておく」「あえて何もしない」という選択を示唆し、

「35年も連れ添った相手に「死んでほしい」と願うのは罪悪感が伴いますが、夫のわがままをかなえるために不利な条件をのむ義理はないので、啓子さんが自分の選択を恥じることはないのです。」

 と結んでいます。

このような試算をして離婚に応じるのか否かを決めるのも、一つの考え方だと思います。

ただ、このような試算に基づいての意思決定が専門家から見ての唯一の正解というわけでないことは、ご紹介させて頂いた方が良いと思い、本稿を執筆することにしました。

2.結論から申し上げると、私が同じような相談を受けたとすれば、現在時点である程度まとまった金額を得て離婚することの意義について、この行政書士の方よりも、もう少し詳しく説明するだろうなという気がします。

  それは相手方が当方の思惑を妨害してくることを想定するからです。

  弁護士と行政書士との差は、大雑把に言って、紛争に日常的に接しているのかという点にあると思います。

弁護士は常日頃から相手方のある紛争に関与しています。対立当事者である相手方は、当然、こちらに都合よく動いてくれるわけではありません。むしろ、当方の利益を抑え込み、相手方の利益を最大化するために積極的に活動します。そのため、紛争性のある事案では、将来予測を立てるにしても、相手方が邪魔をせず、ぼうっと見ていていることを前提とした予測ではあまり役に立ちません。

3.記事では遺言が作成されないことを前提に試算がされています。しかし、相手方が余程間抜けでない限り、この種紛争で遺言が作成されないことは先ずないと思います。離婚したい理由が妻に財産を渡したくないことにあるのだとすれば、遺留分減殺請求を想定したうえで全財産を他の相続人に相続させる内容の遺言を残したり、遺留分ギリギリしか妻に相続させない遺言を作ったりすることが容易に想定されます。そういう意味で、遺言が作成されないことを基礎に予測を立てるのは、あまり現実的ではありません。

  相手方の手落ちを前提にした将来予測は、勝敗の行方を神風に期待するようなもので、あまりお勧めはできません。死亡時に得られる財産は、法定相続分の半分(遺留分相当分)程度と見ておくのが、弁護士の一般的な発想だと思います。

4.また、将来予測を立てるうえでは、割合的に削ってくるであろうことと共に、散財・費消といった可能性も考慮しなければなりません。

  あまり露骨なことをしないという前提のもとでも、相続の発生までに財産が減少してしまっていることはそれほど珍しくありません。

  収入は会社の代表取締役社長を退き、息子等に経営を委ねてしまえば、激減します。収入が減れば婚姻費用も減ります。脳梗塞による健康上の不安を抱えての措置であり、現実に就労実体もなくなっているということであれば、これを婚姻費用の支払いを免れるための偽装工作と言い切れるかは難しい問題です。

  また、老後資金の目安は、3000万円といわれることもあります。

https://www.tr.mufg.jp/dekirukoto/commentary/05.html

  記事では夫が3年後に逝去することが前提になっています。しかし、脳梗塞といっても3年内に再発しない可能性の方が再発する可能性よりも大分高いわけです。

https://noureha.com/for_family/attention/relapse/

  しかも、死亡したくない相手方夫は、当然、予防のために手を尽くすでしょうから、逝去してくれる可能性は統計上の数値よりも低くなると推測されます。

  また、相手方による当方の思惑の阻止とは少し異なりますが、会社の経営も何時も上手くゆくとは限りません。会社が倒産して夫が個人保証をしていれば、幾ら財産を持っていても債権者に持っていかれてしまいます。

  回収できる時に回収するということは、債権回収を考えるうえでの重要な考慮要素になります。将来の皮算用よりも、目の前の現金の回収を優先することは債権回収の場面ではそれほど珍しくありません。

5.離婚に応じるのか否かを考えるにあたり、応じた場合に得られる利益と、応じなかった場合に得られる利益とを対照するという発想自体は、それほど特別なことではありません。

  しかし、将来予測を立てるには、相手方の要望を拒絶した場合に、相手方が当方の思惑を阻止するために、二の矢、三の矢としてどういう行動をしてくるかまで考えなければなりません。

  そのためには、紛争解決についての実務経験、遺言や遺留分など離婚と直接的には関わらない領域にまで及ぶ幅広い法律知識が必要になります。

  裁判離婚できないことを梃子に大幅な譲歩を引き出してすぐ離婚した方が良いのか、それとも、離婚せず相手方が死去するまで待った方が良いのか、といった判断は、ある程度の紛争解決の実務経験を積まなければ分かりにくいのではないかと思われます。意思決定に試算を用いるにあたっては、その試算が相手方の行動や、自分でコントロールできないリスクを適切に考慮したうえで作られたものなのかを見極めてからにする必要があります。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年7月 7日 (土)

使用者側のハラスメントと精神疾患による休職・自然退職

1.会社勤めをしていると、病気になったり、怪我をしたりして、働けなくなることがあります。

  病気や怪我が業務上の事由によるものであれば、労働者災害補償保険法に基づいて療養給付や休業給付を受けることができます。また、業務上の病気や怪我で療養のために休業している期間(及びその後30日間)に労働者を解雇することは原則として禁止されています(労働基準法19条1項)。

  他方、私傷病の場合にはこうした制約はありません。私傷病で働けなくなった場合の従業員の立場は就業規則に規定されているのが通例です。厚生労働省のモデル就業規則では、業務外の傷病で療養を継続する必要がある場合に休職とすることとし、休職期間が満了しても傷病が治癒せず就業が困難な場合には、休職期間の満了とともに退職する扱いになると定められています

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000118951.pdf)。

2.業務上の病気や怪我か、私傷病かが問題になる場合として、使用者側のパワハラが関係している場合があります。

  パワハラによって精神疾患を発症した場合、それは業務上の疾病になる可能性があります。

ただ、パワハラは、集積すれば大きな負荷となるものでも、一つ一つを取り出してみると、それほどのことでもないという場合が珍しくありません。また、指導や叱責との区別がつきにくいものもあります。その他、会社を訴える前提で一つ一つの出来事を記録している労働者は稀であること、報復の危険から同僚など協力してくれる関係者を見つけるのが困難であることから、一般論として言うと、パワハラによって精神疾患を発症したことを立証するのは、必ずしも簡単ではありません。

  そのため、法律相談をしていると、直観的な印象としてパワハラによって精神疾患を発症したと思われるのに、私傷病休職の扱いとされている場面を目にすることがあります。

3.休職期間の満了による一般退職扱いの有効性が争われた事案として近時公刊物に掲載された岐阜地判平30.1.26労経速2344-3も、この系譜に属する事件です。

  この事案では、

 ① 育休に復帰した直後から従前と同様の勤務条件での勤務を希望する原告に対し、給与体系を時給制にしたり精勤手当を支給しないとしたりするなどの勤務条件の変更を度重ねて申し入れていたこと、

 ② 歯科技工士として採用された原告に対し、勤務条件の変更の提案を受け入れなかったことや労働局に相談したことに対する制裁的な意味合いで、使用者側がクリニックの歯科技工士らに技工指示書を渡さないように指示していたこと、

 ③ 他の従業員らを立ち会わせたうえで、いわれのない懲戒処分を行ったこと、

 ④ 朝礼で例え話を用いたり、「身近な人の『こうげき』がなくなる本」なる書籍を使ったりしながら、他の従業員らの面前で原告を揶揄し続けたこと、

 を指摘したうえ、

 「被告らの行為によって精神的負荷を受けており、かつ、原告がもともと精神疾患を発症していなかった上、本件精神疾患を発症させるようなその余の事情が認められないことからすれば、これらの精神的負荷の積み重ねによって、原告が本件精神疾患を発症したものと優に推認できる。」

 とし、原告に生じていた不安抑うつ状態・抑うつ神経症に業務起因性を認め、労働基準法19条1項の類推適用により、退職扱いを無効としました。

  また、賃金に関しても、

「使用者たる被告Dの責めに帰すべき事由によって、労働者たる原告が債務の履行として労務を提供することができなくなった以上、原告は賃金請求権を失わない」

 と判示しています。

4.一昔前、社会保険労務士がブログに「社員をうつ病にする方法」なる記事を投稿して物議を醸しました

https://www.sankei.com/life/news/151225/lif1512250012-n1.html)。

  この社会保険労務士は「『世間をお騒がせしたのは申し訳ないと思っています。一部、筆が滑って過剰な表現はありましたがブログに書いた趣旨は間違っていないと思います』などと話しているという」とのことです

https://www.huffingtonpost.jp/2015/12/30/certified-social-insurance-labor-consultant_n_8892716.html)。

 しかし、弁護士の視点から申し上げると、上記のようなアドバイスは会社を間違った方向に導くものだというほかありません。

  社員を鬱病にしたところで、業務起因性が認められてしまえば、基本的には解雇(当該社労士のやや品位に問題のある言葉を借りれば「会社から追放」「首切り」)することはできません。特定の社員を追放するために合目的的・組織的にパワハラをしていれば相当数の痕跡(証拠)が残るだろうとも思います。

  無茶なやり方で退職扱いを強行しようとしても法的紛争に発展するリスクを抱えるだけですし、当該社員が自殺でもしたら恨み骨髄に徹した遺族から莫大な損害賠償を請求されたりマスコミ報道で晒し上げられたりされかねません。

  また、パワハラは被害に遭っていない社員にとっても見ていて楽しいものではありません。仕事への意欲を低下させたり、明日は我が身かという危機感から大量離職を生じさせたります。

  法は常識に沿うように作り込まれているため、素人目にみても「おかしい」と思われるアドバイスは、専門家からみても間違っていることが多いです。過激なアドバイスを受けた場合、それが専門家を標榜する方からのものであったとしても、弁護士等にセカンド・オピニオンを求めてみることをお勧めします。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年7月 2日 (月)

違法解雇で慰謝料を請求できる場合-妊娠等を理由とする解雇

1.法律上、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない解雇は無効とされています(労働契約法16条)

  このルールをもとに、違法な解雇をされた労働者は、使用者に対して労働契約上の地位の確認を求めることができます。

  労働契約法上の地位の確認が認められれば、解雇されたことによって働けなかった期間に相当する賃金の支払いを求めることができます。

  違法な解雇は、収入の途を奪ってしまうというだけではなく、働いている人に対して大きなショックを与えます。しかし、裁判例の傾向として、こうした精神的苦痛に対して慰謝料まで請求できる事例は決して多くはありませんでした。一般論として、賃金が支払われることで経済的な損失が補填されれば、解雇に伴う精神的苦痛は緩和されると理解されているからです。

  こうした一般論が裁判例として集積される中、近時、注目される裁判例が公刊物に掲載されていました。東京地判平29.7.3労判1178-70です。

2.この裁判例では、妊娠・出産と近接して行われた解雇の有効性が問題になりました。

  解雇の有効性を判断するにあたり、裁判所は、

「事業主において、外形上、妊娠等以外の解雇事由を主張しているが、それが客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められないことを認識しており、あるいは、これを当然に認識すべき場合において、妊娠等と近接して解雇が行われたときは、均等法9条3項及び育休法10条と実質的に同一の規範に違反したものとみることができるから、このような解雇は、これらの各規定に反しており、少なくともその趣旨に反した違法なものと解するのが相当である。」

「本件においては、原告が第2回休業後の復職について協議を申し入れたところ、本来であれば…被告において…原則として、元の部署・職務に復帰させる責務を負っており、原告もそうした対応を合理的に期待すべき状況にありながら、原告は特段の予告もないまま、およそ受け入れ難いような部署・職務を提示しつつ退職勧奨を受けており、被告は、原告がこれに応じないことを受け、紛争調整委員会の勧告にも応じないまま、均等法及び育休法の規定にも反する解雇を敢行したという経過をたどっている。こうした経過に鑑みると、原告がその過程で大きな精神的苦痛を被ったことが見て取れ、賃金支払等によって精神的苦痛がおおむね慰謝されたものとみるのは相当でない。」

 と判示し、解雇を無効と判断したうえで、事業主に対し、賃金の支払いに加え、慰謝料50万円の支払いを命じました。

3.労働者が妊娠・出産したことや、育児休業をしたことを理由に解雇することは法律で禁止されています(男女雇用機会均等法9条3項、育児休業法10条)。

  明文で禁止されているため、真実は妊娠・出産、育休取得を理由に解雇する場合でも、事業主が「妊娠・出産、育休取得を理由に解雇しました。」と言うことは先ずありません。勤務態度不良、成績不良、適格性欠如など、他にもっともらしい理由を掲げるのが普通です。

  そのため、解雇の有効性をめぐる紛争では、専ら、事業主が挙げている「もっともらしい理由」に解雇を正当化するだけの客観的合理性・社会的相当性が認められるかが争点となるのが通例で、均等法9条3項や育休法10条への違反に解雇無効を導くほか、どのような法的効果が付与されるのか(慰謝料請求の根拠となるのか)が今一判然としていませんでした。

  この裁判例は、

① 妊娠・出産、育児休業の取得と近接した時点の解雇について、客観的合理性・社会的相当性を欠く場合には、仮に他にもっともらしい理由を掲げていたとしても、均等法9条3項違反、育休法10条違反の問題が生じ得ること、

② 単に労働契約法16条違反であるに留まらず、それと同時に均等法違反、育休法違反にも該当する場合、解雇期間中の賃金だけではなく慰謝料まで請求する余地を認めたこと、

に意義があるように思います。

  どこまでが妊娠・出産、育児休業の取得と「近接」しているのかは積み残しの課題です。ただ、この裁判例では、育休明けから解雇の意思表示がされるまで、約8か月の時間的間隔があります。8か月程度の間隔では、未だ「近接」しているとの評価は失われないのだと思われます。

4.労働事件を含め、普通の規模の民事事件の着手金は、50万円もあれば概ねカバーすることが可能です。

  妊娠・出産、育休取得から近接した時期に解雇され、そのことに納得できていない方がおられましたら、ぜひ、一度相談にいらしてください。

  権利保護のお役に立つことができれば、大変嬉しく思います。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2018年7月 1日 (日)

7月,8月の神山ゼミのお知らせ

神山ゼミを以下の要領で行います。

【7月】
日時:7月10日(火)午後6時から午後8時頃まで
場所:伊藤塾東京校202教室
http://www.itojuku.co.jp/keitai/tokyo/access/index.html
【8月】
日時:8月10日(金)午後6時から午後8時頃まで
場所:伊藤塾東京校202教室
http://www.itojuku.co.jp/keitai/tokyo/access/index.html
【備考】
法曹,修習生,学生に開かれた刑事弁護実務に関するゼミです。 刑事弁護を専門にする神山啓史弁護士を中心に,現在進行形の事件の報告と議論を通して刑事弁護技術やスピリッツを磨いていきます。
特に,実務家の方からの,現在受任している事件の持込相談を歓迎いたします。
方針の相談や,冒頭陳述・弁論案の批評等,弁護活動にお役立ていただければと思います。
なお,進行予定を立てる都合上,受任事件の持込相談がある場合には,参加連絡の際にその旨伝えていただけると助かります。
参加を希望される方は予めメールにて,下記の事項を澤田若菜(sawada@sakuragaoka.gr.jp)までご連絡下さるようお願いします。
※スパム対策として,@を全角にしています。半角の@に変換して送信してください。
[件名]7月の神山ゼミ(8月の神山ゼミ)
[内容]
・氏名:
・メールアドレス:
・持込相談の事件がある場合にはその旨
皆様のご参加をお待ちしています。

2018年6月17日 (日)

転勤(配転命令・出向)と家庭生活

1.2019年卒業学生向け就職情報サイトを運営する民間企業が就職活動に関するWEBアンケートをとったところ、志望する条件として「休日・休暇がしっかり取れる」「転勤のない企業」などの比率が高まっているとのことです

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000268.000013485.html)。

2.転勤が家庭生活に与える影響は、近時、メディアに良く取り上げられるようになっています。

  共働き妻が会社を辞めざるを得ない深刻事情

http://news.livedoor.com/article/detail/14811437/

「親の介護で転勤できない」男性社員の申し出増加

https://style.nikkei.com/article/DGXKZO24427650Y7A201C1NZBP00/

  終身雇用の前提が崩れつつある中、勤務先の辞令一つで家庭生活を犠牲にすることへの疑問の高まりが、学生の希望にも反映してきているのではないかと思われます。

3.転勤をめぐる問題が社会的に耳目を集めるようになってきたためか、近時公刊された判例集に、配転命令の効力が問題になった事案が複数掲載されていました。

  大阪地判平30.3.7労判1177-5は、妻の病気を理由に異動を拒否した職員に対する解雇を無効と判断しました。

  この裁判例は、傍論での判断ではありますが、

 ① 「原告の妻の病状は、相当に深刻なものであったと言わざるを得ず、既に日常生活においても多大な支障が具体的に生じていたと認められる」こと、

 ② 「原告の妻は、本件人事異動を聞いて現にパニック状態となり、自殺未遂を起こすまでの状況に立ち至っており、原告が本件人事異動命令に従えば環境変化により重大な事態を引き起こす可能性も十分に想定し得たこと」

 ③ 「原告の妻の主治医も『治療環境としては居住地ならびに夫の職務や勤務地は現在の状況を維持するのが必須であると判断する。』旨の診断書を作成していること」

 ④ 「原告が本件人事異動を拒否する動機は、妻の病状以外には見当たらず、…不当な動機で本件人事異動を拒否しているとは認められないこと」

 ⑤ 「本件人事異動は…ジョブローテーションの一環として定期的に行われるものであって、原告を…異動させることそのものに高度な必要性があったとまでは言い難いこと」

 などを総合的に勘案すると、人事異動は出向に関する権限を濫用したものと認めるのが相当だと判示しています。

4.また、京都地判平30.2.28労判1177-29は、職種変更及び勤務地異動を伴う配転命令について、

 「使用者である被告としては、労働者である原告Dらに対する本件配転命令にあたり、原告Dらの個々の具体的な状況に十分に配慮し、事前にその希望するところを聴取等したうえで…本件配転目例の業務上の必要性や目的を丁寧に説明し、その理解を得るように努めるべきであった」

 「原告Dらに対する本件配転命令は、原告Dらの個々の具体的な状況への配慮やその理解を得るための丁寧な説明もなくなされたものであり、…その業務上の必要性の大きさを考慮しても、これを受ける原告Dらに予期せぬ大きな負担を負わせるものであることやこれに応じて執るべき手続を欠いていたことという点において、その相当性を著しく欠くものといわざるを得ない。」

 として原告Dらに対する配転命令を違法だと判示しました。

  原告D(女性)は独身ではありましたが、脳梗塞の後遺症によって目が不自由な父ら家族の介護に関わる事情を持っていました。

5.配偶者の病気が深刻なものであり、かつ、そのことが医師による医学的判断に裏付けられている場合、ジョブローテーション程度の必要性しかない配転や出向の命令は拒むことができる可能性があります。

  また、業務上の必要性があったとしても、個々の労働者の置かれた具体的な状況への配慮や説明が不十分なまま行われたなど、適切な過程・手続がとられていない配転命令に対しても、その効力を問題にできる可能性があります。

6.育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律26条は、「事業主は、その雇用する労働者の配置の変更で就業の場所の変更を伴うものをしようとする場合において、その就業の場所の変更により就業しつつその子の養育又は家族の介護を行うことが困難となることとなる労働者がいるときは、当該労働者の子の養育又は家族の介護の状況に配慮しなければならない。」と定めています。あまりに家庭生活に犠牲を強いる転勤には、法も消極的な考えを示しています。

  人生設計や家庭生活を考える上で許容できない転勤を命じられた方は、一度法律相談を受けてみても良いかも知れません。

  もちろん、当事務所でも、ご相談はお受付しています。

(弁護士 師子角 允彬)

 

2018年6月14日 (木)

スタッフ弁護士になる10の理由(その1)

 最近、法テラスの常勤弁護士(スタッフ弁護士)への志望者が減っているといいます。私はスタッフ弁護士として6年間働いた経験から、ロースクール生や修習生に自信を持って法テラスを就職先としてお勧めします。題して「スタッフ弁護士になる10の理由!」(書きながら自分がスタッフ弁護士に戻りたくてなってきたことはさておき・・・)。

 なお、この4月から私は法テラスの広報・調査室長として働いていますが、以下は法テラスの組織としての見解ではなく、かつまた今の自分の所属先を喧伝するために書くわけでもありません(法テラスを宣伝することが私の今の仕事ではあるのですが、それを措いてもという意味で)。純粋に、元スタッフ弁護士としての私個人の意見です。桜丘で2年間修業した後、2006年に法テラス佐渡を立ち上げて3年半を佐渡で過ごし、その後に那覇へ異動して2年半、合計6年間をスタッフ弁護士として過ごしました。

 那覇の後は、法テラスを辞めてアメリカに留学たり、JICAの長期専門家としてネパールに赴任したりしておりましたが、こちらの話はまた別の機会に。とりあえず、「スタッフ弁護士になる10の理由(その1)」いきます!

 

1 事件に集中できる。

 法テラスの司法過疎対策事務所と、日弁連のひまわり公設事務所の役割は基本的には同じです。私は佐渡にいましたが、佐渡島内の事件をどんな事件でも受けて、地域の司法アクセスを確立することです。異なるのは、法律事務所の「経営」をするかどうか。ひまわり公設に限らず、法律事務所のパートナーになると、事務所の収支はもちろんのこと、雇用主として職員の待遇も考えなければなりません。

 法テラスでは、組織として職員を採用しているため、人事評価に参考意見をつけることを除けば、スタッフ弁護士個人が労使交渉の使用者側になることはありません。事務職員と名実ともに「同士」として、事件に取り組める環境があると言えます。独立し、あるいはひまわりの公設の同期が経営について悩んでいる時に事件処理だけに没頭していた私は、ある意味幸せものでした。

 スタッフ弁護士として働く間、地元の弁護士会の委員会や研修に参加することで、先輩から多くのことを学ぶことができました。ただ、法曹界でよく「事件が人を育てる」と言われるように、依頼者の人生がかかった一つ一つの事件にこそ、最も大きな学びがあります。経営のリスクを負わない以上、事件を数多くこなすことによる経済的な受益こそありませんが、弁護士として事件に集中できる環境はプライスレスです。

 

2 単価の低い事件にも取り組める。

 スタッフ弁護士には一般の弁護士が受け控えてしまうような、時間当たりの単価が低い事件に積極的に取り組むことが期待されています。

 私が経験した「単価の低すぎる事件」の一つには、離婚調停に一年以上かかったものがありました。様々な事情で5年間別居していた高齢者夫婦が、離婚調停の中で、病気や介護、住宅、年金の問題を一つずつ解決し、同居を再開したという事案でした。事件が終了してから暫くしてから、体の不自由な夫の体を妻が支えて事務所を訪ねて下さり、「二人で釣りに行ったんだ!」と魚をくれた時は本当に嬉しかったのを覚えています。

 しかし、常勤弁護士ではなく契約弁護士として事件を受任したいたら、民事法律扶助家事調停の報酬は数万円です。ご本人達が本音で語れるようになるまでの数か月をじっくり付き合えたか。市役所への介護保険の申請に付き合ったり、調停外での夫婦の面談に付き合ったりできたかは疑問です(手弁当を覚悟してやると思うけどね!というのは、今の契約弁護士としての自分に対する宣言)。スタッフ弁護士だったからこそ、とことん付き合って、最後にご夫婦の仲良く並ぶ笑顔を見ることができたのだと思います。

 

3 困難な事件に集中できる。

 さて、ここまで「事件に集中できる」とか言っていませんが、もう一回だけ言います。たまに、「そんなお金にならない事件ばかりやって、弁護士としての力がつくのか?」と言われます。でも、「単価が低い=簡単」ではありません。その多くは、困難さ故に時間がかかり、結果として単価が低くなるものです。

 本来的には困難な事件であれば、その単価があがることが理想なのでしょうが、法テラスの利用者は経済的に困窮しており、民事法律扶助では最終的に利用者本人が弁護士報酬を償還しなければなりません。一方で、国選刑事弁護事件は、報酬計算に係る法テラスの裁量の余地がないようにという弁護士会からの要請から、統一的な基準が作られているため、「例外的な」困難さに対応することができないのが現実です。

 櫻井弁護士から新人の頃に聞かされていたことの一つに、「困難な事件を避けるのはもったいない。困難な事件に真剣に取り組んでこそ力が伸びるし、依頼者からの信頼を勝ち得ることができる。」というものがあります。沖縄では2年半の間に裁判員裁判8件を受けることができました。スタッフ弁護士としての6年間、民事でも刑事でも様々な意味で困難な事件に取り組めたことが、弁護士としての自分の基礎体力を作ったと感じます。

 事件に集中できる環境があり、単価の低く(社会の隅っこで複合的な苦しんでいる人が最も必要とする)、特に困難な事件に取り組むことが期待されている。振り返ってみると、私にとってはとても幸福な時間でした。

 

4 ノーリスクで事務所経営の練習ができる。

 事件に集中できる環境があるとはいえ、事務所の収支が分からない訳ではありません。事件処理にかかる経費はもちろんですが、人件費を含む事務所の固定経費も知ろうとさえすれば、把握することができます。契約弁護士として受任していたら支払われていただろう国選・民事法律扶助事件の報酬は事件毎に分かります。司法過疎事務所であれば、「有償事件」と呼ばれる一般的な弁護士報酬で受任する事件もあります。

 国選・扶助事件だけで収支を合わせることは難しいでしょうが、日々の事務所運営かかる経費を知り、自分がどの程度のボリュームの事件を受けることができるかを知ることは、将来の独立開業する際の貴重なトレーニングになります。一度開業して日々の運転資金を自分で回す前に、「自分の財布から経費を支出する」という痛みなく事務所運営の練習ができるというのはスタッフ弁護士の魅力の一つだと思います。

 少々脱線しますが、「スタッフ弁護士は事件処理経費を『全く』気にしなくていいことが魅力だ!」という人がいます。私は、それは事実ではなく、仮に事実だったとしても「魅力」には当たらないと考えます。確かに、経営者として自分の財布から人件費や固定経費を支出しなければならない開業弁護士に比べれば、経費のことが頭に浮かぶ機会は遥かに少なくて済みます。

 しかし、スタッフ弁護士が受けている事件だからといって、一般弁護士が受任したら出せない経費が支出できる訳ではありませんし、スタッフ弁護士の人件費を含む法テラスの運営費が公費で賄われている以上、コスト意識を持つことは必要です。これは事件の費用対効果を考えるべきと言っている訳ではありません。一回の訪問で済むことが自分の準備不足のために二回目の訪問が必要になってしまうことを避けたり、職員の事務処理がスムーズに進むような工夫をして残業を減らしたりすることで、効率的な事務所運営を行なうことが求められると考えています。ただ、法律事務の独立性があるため、このような細かいことを組織側から言われることは、少なくとも私がスタッフ弁護士をしていた頃はありませんでした。自ら律することで、自分や職員の負担を減らしてワークライフバランスを高めることにも繋がると思います。

 社会人経験のないまま弁護士になった私には、経営者としてのリスクを負う前に事務所運営の練習ができたこと、職員との人間関係学んだことは、とても貴重な経験となりました。

 

2018年6月 3日 (日)

教師の残業代(私立学校の部活動顧問の労働時間性)

1.公立学校の小中高の教育職員には時間外勤務手当が支給されません(公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法3条2項)。

  そのため、給与に反映されないにも関わらず部活動顧問に多くの時間を割かざるを得ない学校の先生の過酷な労働環境が話題を集めるようになっています。

2.現行の法律上、教育職員に対しては、時間外勤務手当の代わりに、給与月額の4%に相当する教職調整額が支給されています(同法3条1項)。

  また、部活動に対しては、条例によって手当を支給されることも可能とされています。例えば、東京都では学校職員の特殊勤務手当に関する条例で「学校の管理下において行われる部活動の指導業務に従事した場合で、当該業務が心身に著しい負担を与える程度のもの」には教員特殊業務手当という名目で手当を支給することとされています(同条例15条1項参照)。

  しかし、教育職員の方が部活動顧問に費やす時間を考えると、不十分なのが実情ではないかと思われます。

3.部活動顧問の活動に十分な手当がされていなかった背景には、その法的な位置付けが曖昧なことが挙げられるのではないかと思います。

  中学校学習指導要領は部活動について、「生徒の自主的,自発的な参加により行われる部活動については,スポーツや文化及び科学等に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養等に資するものであり,学校教育の一環として,教育課程との関連が図られるよう留意すること」と言及しています。

高等学校学習指導要領も部活動については、「生徒の自主的,自発的な参加により行われる部活動については,スポーツや文化及び科学等 に親しませ,学習意欲の向上や責任感,連帯感の涵養等に資するものであり,学校教育の一環として,教育課程との関連が図られるよう留意すること」と中学校学習指導要領と同じような言及をしています。

  学習指導要領上、部活動は「生徒の自主的、自発的な参加により行われる」ものにすぎないのか、「学校教育の一環として」行われるものなのかが明確に読み取れません。

  学校教育活動の一環であるならば部活動顧問は教育職員の業務といえるのでしょうが、単なる生徒の自主的な活動を支えているにすぎないものであれば業務と認めない考えも出てくる余地があるように思われます。

  上述の東京都の学校職員の特殊勤務手当に関する条例も、部活動の指導業務に従事したとしても、心身に著しい負荷を与えるようなものでなければ、手当の対象外であるかのように読めます。

  冒頭の公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法3条2項との関係で、公立学校の教育職員の方から時間外勤務手当の請求に係る訴訟が起こされないこともあり、裁判所が部活動顧問に従事した時間の労働時間性についてどのように考えているのかもあまり良く分かりません。

4.そうした状況の中、近時興味深い裁判例が公刊物に掲載されました。

  さいたま地判平29.4.6 東京高判平29.10.18労判1176-18です。

  この事例では私立学校におけるバレーボール部の顧問としての活動の労働時間性が争点の一つになりました。

  被告学校法人は、

「部活動の朝練は、何ら強制されるものでなく、原告は何時に来るかを自ら自由に決定できたことに照らすと、それが労働時間にあたるとは認めがたい。」

などと顧問としての活動の労働時間性を争いました。

  しかし、さいたま地裁は、

 「バレーボール部の活動として、本件学校に朝練習の届け出をしている日や、…原告作成の本件日記中に、バレーボールの朝練習をした日については…原告の早出残業を認める。」

 「週番日誌にバレーボール部の活動が記録されている場合には、当該部員の下校時刻を原則として終業時刻とする」

 と部活動の労働時間性を認めました。

  この判断は控訴審である東京高裁でも維持され、確定しています。

  地裁・高裁の判例は公刊物では教諭に対する経歴詐称、勤務態度不良等を理由とする解雇の有効性等に関する事案として紹介されています。しかし、部活動顧問としての活動に労働時間性を認めた事案としても注目されて良いように思われます。

5.公立の学校の場合、法制度上の問題として、いくら部活動の顧問業務に多くの時間が割かれたとしても、時間外勤務手当を請求することは現状ではかなり困難です。

  しかし、私立学校の場合に関して言えば、部活動の顧問業務に従事した時間を労働時間として計算したうえで、時間外勤務手当を請求する余地があるように思われます。

  部活動の顧問業務に忙殺されているのに時間外勤務手当が支払われないとお悩みの私立学校の教育職員の方がおられましたら、ぜひ一度相談にいらして下さい。私立学校の場合、公立学校とは異なり立法の壁があるわけではないため、何等かの形で救済を図れる可能性があります。

(弁護士 師子角 允彬)

2018年5月24日 (木)

インターネット上のなりすまし行為を行う代償はとても大きい

 最近、インターネット上でのなりすまし行為についての相談を多く受け付けております。

  インターネット上でのなりすまし行為とは、本人の実名や本人がインターネット上で使っているハンドルネームをつかったり、本人の写っている画像を使ったりしてあたかも本人がそのアカウントを使っているような形でインターネットの掲示板やSNSで投稿を行うことを指します。

 インターネット上でのなりすまし行為が続いて本人であれば絶対に投稿しないような内容が投稿されネット上に拡散された結果、本人の名誉が毀損され続けるということも珍しくありません。またインターネット上のなりすまし行為による被害は有名人ばかりではなく、一般の方でも多いのが実情です。本人の知り合いが嫌がらせでインターネット上のなりすまし行為を行うということも少なくありません。

 インターネット上のなりすまし行為は、どうせ自分がやっていることがばれることはないだろうという安易な気持ちで行っている人が多いようです。確かになりすまして投稿する際には、どこかに自分の実名や住所を入力するわけではありませんので、自分がやっていることが特定されるわけはないだろうと考えるのでしょう。

 しかしながら実際には裁判上の手続を使いインターネット上でのなりすまし行為をした者を特定することは可能です。特定するためにはまず投稿がなされたサイトやSNSを運営する会社に対して仮処分を申立て、投稿者の発信者情報(ログイン時のIPアドレス)の開示を求めます。開示された投稿者の発信者情報からは投稿者が利用しているプロバイダが特定できます。そのプロバイダの運営会社に対して発信者情報開示請求訴訟を提起して判決を得れば投稿者の情報(氏名、住所、メールアドレスなど)が判明し、投稿者の特定に至ります。

 インターネット上でのなりすまし行為により本人の名誉が毀損されている場合には、加害者に対しては損害賠償請求を行うことが可能です。それでは具体的にどの程度の損害賠償が得られるのでしょうか。損害賠償の金額は事案の内容によりますが、近時判例タイムズで紹介された裁判例(大阪地裁平成29年8月30日判決 判例タイムズ1445号202頁)の事案が参考になるかと思いますのでご紹介いたします。

 この事案では、加害者はSNSで被害者のなりすましアカウント(被害者がSNSで使っていたアカウント名と同じ名前を使い、かつ被害者の顔写真を使用したもの)をSNSで作りました。このなりすましアカウントは約一か月程度SNS上にそのままの状態で存在していました。そして加害者はこのなりすましアカウントを使って、他者に対し「ザコなんですか」「お前の性格の醜さは、みなが知った事だろう」などといった誹謗中傷を繰り返したり、被害者の顔について醜い顔である旨の侮辱行為を行っていました。そこで被害者は加害者を特定した上で、損害賠償請求訴訟を裁判所に提起したのです。

 裁判所はこの加害者のなりすまし行為によって、被害者の名誉権及び肖像権が侵害されたとして、加害者に対し慰謝料60万円の支払を命じました。

 しかし裁判所が認めた損害はこの慰謝料だけではありません。被害者は加害者を特定するために、SNSの運営会社に対する仮処分およびプロバイダに対する発信者情報開示訴訟を行いましたが、その為に58万6000円の弁護士費用を負担しました。この弁護士費用についても損害として加害者に対して支払を命じているのです。

 さらに裁判所はこの損害賠償請求訴訟自体の弁護士費用(12万円)も損害として加害者に対して支払を命じておりますので、合計130万6000円の損害賠償責任を加害者は負うこととなったのです。
 
 安直な気持ちで行ったなりすまし行為であっても、その結果上記のように大きな代償を払うことになることは良く知っておくべきだと思います。
 
 また一方で、なりすまし行為がどこの誰によって行われたか分からないと言って泣き寝入りする人も多いですが、法的手続をしっかりとっていけば上記のような形で判決を得た上で被害回復へ繋げることもできますので、被害にあったら弁護士に相談されることをお勧めいたします。 
                                                           (弁護士 大窪 和久)

2018年5月22日 (火)

取引先・顧客からのセクハラ

1.財務省の前財務次官の一件以降、連日のようにセクハラに関する報道がされています。

  その中で気になるデータがありました。

  メディア業界内でのセクハラ被害についてアンケートをとったところ、セクハラの相手で最も多かったのは、取材先・取引先だったとのことでした。アンケート回答者107人のうちセクハラの相手として取材先・取引先を挙げた方が74人もいたとのことなので、かなり深刻な状況だと思います

https://mainichi.jp/articles/20180518/k00/00m/040/076000c)。

2.セクハラへの対策を規定しているのは、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」といいます)です。

  均等法11条1項は「事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」と事業主にセクハラを防止するための措置を講じることを義務付けています。

  この雇用管理上必要な措置に関して、厚生労働省は指針を作成しています(平成18年厚生労働省告示第615号

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/0000133451.pdf)。

  指針では「取引先の事務所、取引先と打ち合わせをするための飲食店、顧客の自宅等であっても、当該労働者が業務を遂行する場所であれば」職場に該当するとしています。

  また、厚生労働省が作成しているパンフレットには「性的な言動」に関して「取引先、顧客…などもセクシャルハラスメントの行為者になり得る」と明記されています

http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11900000-Koyoukintoujidoukateikyoku/00.pdf)。

 指針上、職場におけるセクハラに係る相談の申出があった場合、事業主は事実関係を迅速かつ正確に確認しなければならないとされています。セクハラが生じた事実が確認できた場合には、被害者に対する配慮のための措置を実施し、同時に行為者に対する措置を適正に行わなければなりません。また、再発の防止に向けた措置を講じることともされています。

 現行法の範囲内でも、取引先からのセクハラを受けた被害者を救済する枠組自体は用意されています。

 しかし、冒頭の毎日新聞の記事のアンケート結果を見る限り、社会に対して法の趣旨が浸透しているとは言い難そうです。

3.取引先からのセクハラが顕在化しにくい背景には、労働者自身に面倒だと思われたくないという意識があるほか、相談を受けた事業主としても強い立場に出にくいという事情があるのではないかと思われます。

  ただ、後者の問題に関しては、近時、事業主に警鐘を鳴らす判決が出されています。千葉地松戸支判平28.11.29労判1174-79です。

  この事案では、男性の大学の非常勤講師が男子学生から臀部を触られるなどのセクハラ行為を受けたことに関し、セクハラ行為がなかったと結論付けた大学が非常勤講師からの情報提供及び要望に対して労働契約上適切な対応をとっていたと認められるのかが争点となりました。

  裁判所は、ハラスメント行為はなかったとする大学を、

 「被告乙山(学生)の履修を継続させるべく、当初から『何もなかった』かのように事態を収束させたいという考えを有していた」

「被告乙山のハラスメント行為を否定することで早期決着を図った」

と批判したうえ、

「被告乙山によるハラスメント行為はなかったという結論を下したことについては、不十分な調査によって被用者である原告に不利な結論を下したというほかなく、被告学園(大学)の措置は労働契約上の義務に違反する」

と判示しました。

 そして、

「被告学園は被告乙山の履修継続及び事態の早期決着を目指すことを優先して、原告側の言い分を尊重しない行動に出たものと言う外なく、…非常勤講師である原告を精神的に相当傷つけた」

として80万円の慰謝料の発生を認めました。

 非常勤講師は学生を授業に出席させないようにしてほしいと求めていました。しかし、大学から「被告乙山は授業料を支払っていることから、授業に出席させない措置をとることはできない」と伝えられたことを受け、代理人弁護士に法的手続を委任したようです。

 大学にとって学生は顧客に近い立場にあります。学校経営上、あまり厳しい指導・処分はしにくかったのかも知れません。しかし、早期決着を図るため被害者を黙らせようとしたことで慰謝料の支払を命じられました。

4.取引先・顧客からのセクハラに対しても法は決して冷淡ではありません。声を上げたい方は、ぜひお気軽にご相談ください。

 また、労働者からセクハラに関する相談を受けた事業者は、言い分が食い違う場合にも適切な事実認定をしなければならないなど、今後、難しい判断を迫られる局面が増えてくることが想定されます。対応に迷われた際には、ご相談を頂ければ、お力になれることは多いかと思います。

  法の趣旨に沿った紛争解決に役立つことができれば、大変嬉しく思います。

(弁護士 師子角 允彬)

«“逆パワハラ”は法律も守ってくれない?

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