当番弁護士減少についての産経社説について
3月27日付産経新聞の「当番弁護士の減少 司法担う使命感あるのか」と題する社説は、当番弁護士の登録者の減少を憂うものであるが、その責めの大部分を弁護士あるいは弁護士会に負わせる趣旨のもので、私が所属する第二東京弁護士会の当番弁護士登録率が全国最低で10%を切っていることを指摘した上で「大変恥ずかしい数字である」とまで酷評している。
しかし、誰が何を恥じるべきなのか。議論の前提として、当番弁護士制度の成り立ちから考えてみたい。
社説では「刑事事件では、逮捕から勾留の可否が決まるまでの最長72時間は国選弁護制度の対象外となる。当番制度はこの期間を埋めるため設けられた。」と紹介されているが、間違いである。当番弁護士制度が発足した当時には被疑者国選の制度は存在しなかった。逮捕後最長23日間、別件で再逮捕を繰り返せばさらに数十日も勾留が続く中で取られた自白調書が多くの冤罪事件を生んでいることは弁護士の間では当時から自明だった。これを防ぐためには逮捕勾留段階から弁護人がつくことが必要だった。しかし国は被疑者段階の国選弁護制度の新設には頑として応じない。そうであれば、せめて逮捕後速やかに適切な助言をする体制を弁護士会自前で作ろうとして始めたのが当番弁護士の制度だ。範となったのは英国のduty solicitor(デューティーソリシター、「当番弁護士」と訳される)の制度である。体制の整った大分県弁護士会が1990年に最初に実施し、1992年に全国実施が実現した。弁護士が身銭を切ってまでして作ったこの制度は各方面に衝撃を与え、日弁連戦後最大のヒット商品と称された。そして私たちはこの制度を被疑者国選弁護の布石と考えていた。
被疑者国選までの空白の72時間を埋めるためにできたものではなく、被疑者段階の弁護士の必要性を証明し、且つ日弁連・弁護士会はその担い手たりうることを実証するべく、被疑者国選実現を目指して作った制度なのである。
こうした経緯を見るだけでも、登録者数や登録率の減少をとらえて「司法を担う使命感があるのか」との意見がいかに皮相なものであるかわかるだろう。
被疑者国選実現の最大の障害は弁護士過疎地域が存在することだった。1度の接見・助言の援助に止まらず、現実に弁護人に就任して弁護活動を行うとなれば、本庁からの出張では到底賄えない。私が司法過疎解消のために桜丘法律事務所を立ち上げて司法過疎地域に弁護士を送り続けたのもその障害の解消のためであった。
日弁連・弁護士会は司法過疎解消のためにひまわり基金を設け、各地にひまわり基金法律事務所を設置した。法テラスの設立に当たっては「スタッフ弁護士」の制度を設け、司法過疎対策を充実させた。その上で、被疑者段階の国選制度が生まれたのである。
この時、多くの弁護士/弁護士会は当番弁護の負担から解放されることを期待したが、制度設計の困難や対応能力の問題があったため、国選弁護が付けられるのは勾留決定後からということになり、空白の72時間が残った。そのため、当番の制度も存続したまま今日に至っている。
今、日弁連では逮捕段階からの国選弁護の実施について議論しているが、当番弁護士の制度はしばらく続きそうだ。当番弁護士の担い手が不足するようになっては困るが、登録率よりも登録の数と質を問題にしたい。勾留請求の却下率は、登録率が全国最低ランクの東京が最も高い。
私は、日弁連や弁護士会が当番を義務化して強制することには反対だ。意欲や起訴前弁護の力量に欠ける弁護士に強いることで良い結果が生まれるとは思えないからだ。
司法の分野も専門化が進んでいる。今日の弁護士は、人権の擁護を旨としながらそれぞれの分野で司法を担っている。当番に登録しないからといってその弁護士が司法の担い手たる使命感を持っていないかのように言うのはいささか早計であろう。記者は試みに自社あるいは自社グループの顧問弁護士等に、当番に登録しているかどうかを一度尋ねてみてはいかがだろうか。


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